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36 メガネ、同胞

 やあやあ、どうしたんだい?

 眼鏡を上に上げようとしたら今日は眼鏡をかけてなかったから空振りしたみたいな顔をして。

 私だよ私、メガネだよ!


 私は今、ノヴィルのミーティア様に招待されて客室らしい場所でふかふかのソファに腰を下ろしてるよ。右手側のソファにはミーティア様が、そして私の正面にはミーティア様のお兄さんで、このノヴィルの教皇猊下が座っているよ。

 いやぁ、居づらい。ニコニコと笑顔でこちらを見ている。凄く居づらい。出してもらった紅茶らしいものに口を付けるのもはばかられるぐらい。

 それに気づいてくれているのか、ミーティア様が不機嫌そうに口を開いた。


「兄様、用事が無いようなら公務に戻ってください。忙しいはずですよね?」

「今は休憩中だ。それにミーティの友人がいらっしゃっているならもてなすのが兄の務めだと思ってな」

「ま、まだメガネ様とはそこまで親交をしているわけではないです!」

「だが、こうして招待して来て頂いたのなら友人と呼んでもいいのではないだろうか。どう思う?メガネ殿」


 突然話を振られて反応が遅れたけれど、とりあえず笑顔で返す。


「そうですね。ミーティア様がよければお友達になりたいと思ってます。同じ巫女ですし、歳も近いように見えますので。勿論、ミーティア様がよければ、ですが」


 私の言葉にミーティア様が顔を輝かせてくれた。元々ミーティア様は美少女だと思っていたけれど、こうして笑顔を見るとさらに美人さんだ。可愛らしい。

 猊下も何度か頷いてから微笑を向けてくれた。


「では、ノヴィル教皇としてではなく、ミーティアの兄であるエトワレとしてもお願いしたい。これからミーティアと仲良くしてくれ。私は大歓迎だ」

「はい。勿論です」


 彼の名前はエトワレというのか。そういえばノヴィル教皇に関する情報は何も聞いていない。ルデルはファタリテのノヴィル編はプレイしていないらしいからゲーム情報を詳しく知れないのが少し悔しい。でも、知らないからこそ、こうやって何も気にせずミーティア様と仲良くできるなら知らなくてよかったかもしれない。

 しばらくお互いの国の事を話していた。メガニアの食べ物の話をしているとお二人はすごく食いつきがよく、是非ともメガニアに来たいと言ってくれた。


「まさかフォルモ隊長が料理をしているとは」

「私もメガニアに訪れた時、とても驚きました」

「フォルモさんのおかげで美味しい物が沢山増えているんです。ミーティア様が食べていたおにぎりもさらに種類が増えてます。私は卵焼きと明太子が具材として入っているおにぎりが好きで」

「それも美味しそうですね!」

「めんたいこ?」

「魚卵を漬けたものなんです。兄様は辛い物は大丈夫でしたか?」

「大丈夫だ。辛い物なのか」

「漬け方とかによるかもしれませんが……。メガネ様、どうでしょうか?」

「辛いの好きな方向けとマイルドな物と二つ用意されてますよ」


 そう答えつつ、ふと違和感を感じた。でもそれを口にする前に、部屋の扉がノックされた。

 エトワレが返事をすると扉が開かれてオクルスが入って来た。


「失礼します。……猊下、執事長が探していましたよ」

「執事長め。オクルスに捜索を頼んだのか」

「私にかかればどんな場所に隠れても見つけれますからね。さ、公務に戻ってください」

「仕方ない。申し訳ない、メガネ殿。そろそろ私は退席させてもらうよ」

「いえ。楽しいお話をありがとうございました」


 立ち上がったエトワレにお見送りの為にと立ち上がってお辞儀する。エトワレは少し名残惜しそうに部屋を出ていった。それを見送ったミーティア様が扉が閉まったと同時に息を吐き出した。


「ごめんなさい、メガネ様。兄様がいて緊張されたでしょう?」

「……そうですね、流石に教皇猊下に会えるとは思っていなかったので」

「ほ、本当は二人でのんびりお茶をしたかったんですよ!?なのにお兄ちゃんったら急にやってきて」

「それだけ、ミーティア様の事大事なんですね」


 そう言って見せると、ミーティア様は少し頬を染めて、その顔を隠すように俯いた。

 これはシスコンでブラコンなのかもなと思いつつも先程気になった事を聞いて見る事にした。


「そう言えばミーティア様、明太子のこと知っていたんですか?」

「え?」

「魚卵で作られているなんて知っている人はメガニアでも少なかったので。ミーティア様はどちらで知ったのですか?」


 そうだ。明太子なんてもの、使っているフォルモさんも最初は知らなかったものだ。

 メガニアに住む一軒の老夫婦が好んで自分達の分だけ作っていたと言うだけの物で、もし他にも明太子が作られているのなら輸入をお願いしたいところだ。

 ミーティア様はしばらく黙ってから顔を上げて私の目を見つめてくる。


「その、日本という場所をメガネ様は知っていますか?」


 日本。その言葉をここで聞けるとは思っていなかった。それは恐らく護衛として部屋の隅にいるルデルも一緒だろう。

 ミーティア様が日本を知っている。それはつまり。


「ミーティア様も、転生者なのですか?」


 ミーティア様も私達と同じ転生者だという可能性が高いと言う事なのだろう。

 私の問いにミーティア様はとても嬉しそうに目を輝かせた。


「そう!そうなの!私も、前は日本の大学生で!このファタリテート ノヴィルに転生してきたの!」


 ゲーム名もはっきりと言ってもらった。これは疑いようもない。

 ミーティア様も転生者なのだ。


「同じ転生者に会えるなんて嬉しいです!メガネ様もこのゲームをプレイしてたんですか?」

「私はファタリテートの無印だけで、プレニル編とノヴィル編は知らないんです。プレニル編に関してはルデルが詳しくて」

「え?つまりそこのルデルさんも転生者?」


 私とミーティア様の視線を受け、黙っていたルデルは口を開く。


「そうですけど、そう言う話はここでしていいんですか?ミーティア様の護衛の方が戸惑うのでは」


 確かにルデルの傍にはナーススが立っている。

 ミーティア様はナーススを見て頷いた。


「いいわ。ナースス、楽にして。この方々は大丈夫」

「……わかったわ」

「じゃあナーススもルデルさんもこちらに座って。疲れたでしょう?一緒にお茶を飲みながらお話ししましょう?ナーススにはわからない話だけど気にしないでいてね」


 ミーティア様の言葉にナーススは歩き出し、遠慮することなくエトワレが座っていたソファに座った。ルデルも戸惑いながらも私の隣に座る。

 それを待ってからミーティア様は話し出した。


「私はこのファタリテート ノヴィルをプレイしていたの。だからシナリオはよく覚えているわ」

「もしかしてミーティア様がアンブラを探していたのも」

「シナリオに関連してくるから会いたいってのと、私はミーティアとアンブラの組み合わせが好きだったから、私がミーティアに転生したからにはくっつかせたかったの。それに、できるならアンブラに辛い道を歩かせたくなかったし」

「すんごいわかる」


 私とルデルの声が重なった。

 推しを持たないアンちゃんは推しを持つ気持ちはわかってもらえなくて、いつも私とルデルがお互いの推しを語っていたけれど、推しを語れる仲間が増えるのは凄く嬉しい。

 そうか。ミーティア様は推しカップリングがいるタイプの人だったのか。これからまた新しい仲間が増えるなんてすごく嬉しい。


「でも、シナリオとは違う展開に持って行き過ぎたからか、今後の展開が読めないことになってるんです」

「え?」

「ルデルさんはプレニル編をプレイしていたんですよね。アネスというキャラを覚えてますか?」

「そりゃ覚えてますよ。プレニル編の主人公なんすから」


 ルデルの言葉にあぁ、と私は頷いた。ルデルがプレニルから発つ時に言っていた。ピンク髪のふわふわした女の子だったか。


「そのアネスが、今このノヴィルにいます」


 プレニル編の主人公がノヴィルにいる?ゲーム展開でそういう事があるのかと思ったけれど、ルデルの表情を見る限りはプレニル編のシナリオには無い事のようだ。


「そしてアネスは、ノヴィルの聖女として人々から崇められていて、反教皇派の者達によって地位を上げているんです」

「聖女?」


 ルデルが顔を顰めて反復した。ミーティア様は頷く。


「はい。……教皇の妹でもある巫女よりも我ら国民を気にかけてくれる聖女様、と言われているようです」

「ミー、それは」

「いいよナースス。大きな噂で流れてるんだから、メガネ様達もここに過ごす以上聞く機会があるかもしれない」


 ナーススは悔し気に顔を顰めながらも、それ以上は口を開かなかった。

 アネスの事も気にはなるけれど、他にも少し知っておきたい事がある。


「ミーティア様、反教皇派ってなんですか?」

「教皇の否定、いえ、神の否定を謳う人たちが集まった集団です。このノヴィルは弱肉強食主義、良き暮らしを望むならそれだけ人よりも強き事を、賢き事を示せというのを強く主張しています。メガネ様がノヴィルに来る際に使われた車や地下道、蛍光灯等もそうやって作られたものでした。その中で、神を信仰するという意思はどんどん薄れていったんです」


 神に願うよりも己が努力すれば良きものを得られる。その強者の力によって生活が良く変わっていく。

 その中で過ごす中で、神の奇跡を望む者も、神に祈る者も減っていった。


「つまり、神はいないと感じる者が増え、それであればノヴィル神を信仰しトップに立つ教皇は不要ではないか、と考える組織。それが反教皇派です。まぁ、他にも理由があるんですが」

「神様か」


 この世界の国、プレニルとノヴィルはそもそも神がいてその下に国が作られたはずだ。国全体が宗教になっているようなものなのに、神を否定するということは、国家の滅亡にも近い物ではないだろうか。


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