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35 メガネ、友人

 やあやあどうしたんだい。風が強い日でも眼鏡があるから眼球にゴミ入らないな!と思ってたら隙間からゴミが入って呻いているような顔をして。

 私だよ私、メガネだよ!


 メガネはオクルスの運転で無事にノヴィルの街の中にやってきたようだよ。

 不確定なのは今は丁度車が停まったタイミングだからだと言うのと、ずっと地下の高速道路を走っていたから外の状況は全く分からないからだよ。

 それにしても、前世でもなかなか体験しないスピードだった……。ジェットコースターにも近いけど、あれと違って安全ベルトとかそんなものは無いから、いくら真っ直ぐな道だったとはいえ振り落とされるんじゃないかと不安が常に襲っていた。

 おかげでルデルが軽く酔って道の横にある排水溝に顔を突っ込んでいる。道の脇に真っ直ぐに排水溝も伸びているけれど、酔った人向けのものなのかもしれない。


「この道はずっと昔からあるのか?」

「作られたのは最近ね。ノヴィルの領土内ならどこでも出入り口があるわ。おかげでどこで何が起きても軍がすぐに駆けつけられるようになったの」


 アンちゃんとオクルスの会話にそういえば十字路もいくつかあったような気がするのを思い出す。速すぎてどれだけあったのか、むしろ今十字路を通り過ぎたのかも覚えていないけれど。

 それにしても、この地下道を照らす明かりは蛍光灯だ。プレニルもメガニアも灯りと言えば蝋燭の火なのでそれだけ技術の違いがあるのがよくわかる。もしかしたらノヴィルは前世の世界に近いのかもしれない。


 ルデルが復活するのを待ってから私達はオクルスの案内の下、地下道を出た。先ほどは地下道に入る出入り口を知らせない為に目隠しされたけれど、こちら側から出る時は目隠しの必要はないようだ。

 コンクリートの階段を上り天井に付けられた扉を開けると眩しい光が入ってくる。オクルスの手を借りつつ外に出ると、そこは質素な小部屋だった。一つある出入り口の傍に机と椅子が置かれそこに一人の男性が座っている。男性は私達の姿を見て立ち上がり敬礼した。


「お疲れ様です、オクルス殿」

「お疲れ様です。ミーティア巫女様の御客人をお連れしました。メガニアの巫女、メガネ様とその警護のルデル殿、そしてダフォディル隊長への客人、アン殿です」

「承知しました」

「ダフォディル隊長はどこに?」

「今は指令室にいるかと思われます」

「了解」


 そうして会話を終えたオクルスがこちらを見る。


「では行きましょうか。先にミーティア様の元へご案内しましょう」

「あ、俺は先にダフォディル隊長の元へ一人向かわせて頂きたいのですが。俺の用事はメガネ様達には関係ありませんし」

「道はわかりますか?」

「俺がいた頃と変わらなければわかります。メガネ様をお願いします」


 そう言ってアンちゃんは先に部屋から出ていった。

 その背中を見送ってから私達も小部屋を出る。

 部屋を出ると沢山の軍人らしき人たちが多かった。皆こちらを見て敬礼はしてくれるけれど、どこか嫌な物を見る目線だった。でも大きな体格のルデルが睨むと皆視線を逸らしてくれたので、後でルデルにはご褒美にでもあげよう。

 それにしても、私達が歩く道もコンクリートで舗装されていて、道の脇には工場のような建物や訓練場みたいな建物も多い。それらの建物の傍には車が置かれていたり、軍人たちは剣よりも銃を持っている人が多い。銃も前世であった最新のものというわけではなく、恐らくマスケット銃とか言う銃のようだ。銃については詳しくないから細かい事はわからないけれど、それでもそれだけ技術の違いを感じさせてくれる。

 しばらく歩くと真っ白な教会のような建物に辿り着いた。周りの無骨な建物の群の中に教会があるので場違いな気がしてくる。周囲の景色を見なければ立派で美しい教会だ。

 そんな教会の前に一人の女性が立っている。

 格好はオクルスと同じで黒い軍服を着ている。高い位置に結んだツインテールが可愛らしいのだが、その表情は不機嫌を表していた。


「あら、ナーススじゃない。こんなところでどうしたの?」


 オクルスがそう声をかけると、ナーススと呼ばれた少女は表情を崩すことなく、腕組みをして言う。


「あんたを待っていたのよ。ミーに頼まれて」

「こらこらウサギちゃん。お客様の前なのだから愛称呼びはやめなさい」


 オクルスに窘められ、ナーススはこちらを見てから腕を解き、表情を和らげた。


「失礼しました。ここからはオクルスに代わり私がご案内いたします。ナーススと申します」

「ナーススさんですね。よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げて見せる。簡単な自己紹介をしている間、オクルスは教会の方に視線を向けていた。


「あー、そういうことね。騒がしくてアウリスが逃げたのね。それで私に探してほしいと」

「口にしないでよ。アウリスに聞こえちゃう」

「はいはい。ではメガネ様。申し訳ありませんが私は外します」

「わかりました。ここまで案内ありがとうございました」


 オクルスはノヴィルの挨拶をしてその場から離れていく。それを見送るのを許さないのか、ナーススがすぐに口を開く。


「では、ご案内します。こちらへ」

「は、はい」


 ナーススの案内の下、私達は教会の中に入った。

 外を歩いていたのと違って教会の中では人とすれ違う事は少なかった。すれ違う人は皆白い服を身に纏い、ベールで顔を伺う事はできなかった。

 こうして歩いていると軍服を着ているナーススは浮いて見える。まるでこの教会とおんなじだと思った。


「オクルスは、失礼な事はしていませんか?」


 黙っていると思っていたナーススからの問いに一瞬反応できなかったが、慌てて答える。


「失礼な事は何も。会話があまりなかったのでもっと会話がしたかったです」

「それなら後に出来るでしょう。数日は滞在するのですよね」

「えぇ。ミーティア様からのお誘いで」


 恐らくプレニルで滞在した時と同じくらいの時を過ごすだろう。部屋もわざわざ用意してくれているのでこちらが準備するのは着替えぐらいだ。不安があるとすれば食事だろう。

 前にアンちゃんがノヴィルの食事はほとんど素材の味だと言っていた。甘いお菓子は甘すぎて辛いとも。それが本当なら、私はナハティガル君に報告するついでにフォルモさんの料理も味わいに帰らないと。


「何事も無くのんびりと滞在できるようこちらも努めさせて頂きます。何か気になる事があればすぐにお伝えください」


 はい、と答えてからふと思う。先ほどのナーススの言葉は、普通に過ごしているだけではのんびりするのは難しいということだろうか?

 何か嫌な予感を感じつつ歩いていると何か争うような声が聞こえてきた。

 前を歩いていたナーススが片手で頭を押さえる。その視線の先に扉が開いている部屋がある。声が聞こえるのは恐らくあそこからだろう。


「だから!お兄ちゃんは公務に戻って!」

「戻れるはずないだろ!これからミーティの友達がくるならお兄ちゃんが直々にもてなさなければ!お前の初めての友達だろう!?」

「私が友達いないみたいに言わないでよ!それにお兄ちゃんがいたらメガネ様が委縮しちゃうじゃない!いいから戻って!」


 一つはミーティア様だとはわかった。もう一つは男性の声だ。聞こえてきた会話からミーティア様のお兄さんなのだろう。……あれ?ミーティア様のお兄さん?


「ミーティア様、教皇猊下。その辺にしてください。お客人が参られましたよ」


 私達を置いてつかつかと空いてる扉に近づいてそう声をかけた。すると声は止み、何かドタバタと動かす音が聞こえてきた。その音も止んでからナーススが私達に手招きをしてきた。私はナーススに近づき、部屋の前に立つ。部屋に入る前にメガニアの挨拶をする。


「この度はお誘いくださりありがとうございます。メガニアの巫女を努めるメガネと申します」


 一応先程までの声は聞こえてないですよという体で挨拶をする。顔を上げると椅子に座ったミーティア様と男性の方が私を見ていた。

 ミーティア様は優雅に立ち上がり、私に少し早足で駆け寄って手を取った。


「いらっしゃいませメガネ様。来てくださった事、心から感謝します。それで、ええと」


 ミーティア様は少し困ったように視線を彷徨わせる。私が何か聞く前に座っていた男性が口を開いた。


「ミーティ。お客人はお疲れだろうから早く座らせて差し上げたらどうだい?折角座り心地の良い椅子を用意したんだし」


 何か言いたい事を我慢している顔をしつつもミーティア様は私の手を引いて一人がけのソファに座るよう促してくれた。でもここで普通に座るのも礼儀がなっていないように思う。

 扉近くの壁に背を向けて立っているルデルに視線だけ一度送ってから私は男性に向けてメガニアの挨拶を見せた。


「初にお目にかかります。こうしてお会いできるなんて思っておらず光栄で御座います。目の前に腰を落ち着けることをお許しください。ノヴィル教皇猊下」


 私の言葉に満足したのか、ミーティア様と仲がいい私の姿を見れたことに喜んでか、ノヴィル教皇猊下は柔らかな笑顔を見せて頷いた。


「あぁ。許す。私もこうして会えて嬉しいよ。メガニアの巫女」

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