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32 メガネ、謝罪

 やあやあ、どうしたんだい?新しい眼鏡を買いに来たら店員さんにクリーニング勧められたから掛けていた眼鏡を渡したことで新しい眼鏡を試しても自分に合っているかわからないみたいな顔をして。

 私だよ、メガネだよ!


 さて、ナハティガル君のお屋敷に到着した私達は時間が丁度お昼だった事もあって皆で昼食を取ったよ。勿論フォルモさんのお手製料理。まるで懐石料理で、前世でも食べる機会が無かった料理ばかりだから大分楽しませてもらったよ。やはり和食最高。プレニルでは味気の無い食事だったから本当に嬉しい。

 長テーブルに並んでいた最高の料理が盛られていた食器が片づけられ(片付けはヨナキウがやっていて、手伝おうとしたけれどやんわりと断られた)、ナハティガル君も用事を少し片づけてくると部屋を出て行ってしまった。のんびりお茶でも飲んで待っていようかと思ったけれど、何か切羽詰まった顔のウェコがナハティガル君が出ていくと同時に私に詰め寄って来た。


「ちょ、メガネさん?俺聞いてねぇんすけど?」

「え?何が?」

「なんで俺はメガニア教皇様と一緒に食事してたんすか!?普通あり得ないっすよね!?」

「あー、ナハティガル君はその辺気にしてないみたいだし、それに美味しかったでしょ?」

「美味しかったけれど緊張して存分に味わえなかったすよ!!」


 ウェコの声に私の向かいに座っていたアンちゃんが苦笑する。


「まぁ、そうだよなぁ。メガネもナティも気にしてないみたいだし、お前の気持ちは少しはわかる」

「わかんなら助け入れて欲しいんすけど!?猊下から声かけられて必死に答えてる俺に何も助けを差し伸べなかったっすよね!?」

「お前なら大丈夫かと思って。口調もちゃんとしたのに戻していたし」

「大丈夫じゃねぇっすよ!」


 そんな会話を止めるように昼食中に合流したクデルが咳払いをする。それに皆の視線がクデルに集まった。


「まぁ、教皇猊下がこうして下の者と一緒に食事は確かに良くないでしょう。メガネ様、後で猊下にさりげなく伝えてください」

「アンちゃんよろしく」

「俺かよ」


 私が簡単にナハティガル君にそんなことを言えると思っているのか。そんなこと言ってしょぼんとしたナハティガル君を見たら私はなんでも許しちゃうよ。それでもいいのか。

 そう伝えるとアンちゃんは黙り込んで頷いてくれた。アンちゃんはまだ私をよくわかってないな。

 少ししてナハティガル君とセレナード、そして兵士の人が一人部屋に入って来た。セレナードは私達の姿に目を輝かせていた。ナハティガル君に背中を押され、セレナードは嬉しそうにクデルに駆け寄った。その後ろに兵士もついて行く。


「セレナード様、お元気そうで何よりです。私達がいない間、不便はなかったですか?」


 クデルの言葉にセレナードは紙に文字を書いて答えるかと思ったけれど、セレナードは背後にいた兵士の方を向いて手を動かし出した。それを見ていた兵士が口を開く。


「不便は何もありませんでした。クデル様達も無事に帰ってきてくださり安心しました。道中でのお話、後で伺いますね」


 皆が唖然と見ている事に気づいた兵士は慌てて頭を下げた。


「紹介が遅れてすみません。私は警備兵の一人シムコムと申します。皆さまが不在の間、セレナード様の警護を担当しておりました。また声が出せないセレナード様の代わりに代弁させて頂いております」

「シムコム、それって手話だよね?」


 詳しくは知らないけれど、ニュースなんかの端っこに手話通訳者さんが耳が聞こえない人向けに手話をしているのを覚えている。先ほどのセレナードの手の動きはまさに手話なのではないだろうか。

 私がそう聞くとシムコムは首を傾げ、でも私の姿を見て慌てて膝をついた。そのおかげでテーブルに隠れてしまいシムコムの姿が見えない。


「し、失礼しましたメガネ様。ご挨拶が遅れてしまいました」

「あー、それはいいから、さっきのセレナードの手の動きは?」

「わ、私が幼い頃より一人でやっていた動作です。普段から喋りながら手を動かしてしまいまして、それをセレナード様にもお気に召してもらえたのでお伝えし、こうして紙に文字を書かなくても話が出来るように致しました。……シュワと言う名前は聞いた事がありません」


 手話で伝わらないとなるとシムコムは別に転生者というわけではなさそう。ただ偶然手話と同じ動きが癖になっていただけってことかな。文字を書くのはどうしても時間がかかってしまうから、通訳者がいた方がスムーズに会話が出来ていいかもしれない。少し強面だなぁと思っていたけれど、シムコムなかなか良い奴じゃないか。

 シムコムを立ち上がらせてから楽しく会話しているとまた部屋の扉が開いた。入って来たのはヨナキウとシバだった。私達がプレニルに向かう前は怪我を負って牢屋に入っていたけれど、今は怪我が治ったのかな?いや、でもほんのりやつれているような。

 私達の方を向いたシバはウェコの姿を見つけて目を輝かせた。やっぱり知り合いがいて安心するよね。

 皆が席に着いてからアンちゃんが口を開いた。


「改めて、私の方からプレニルでの話と、プレニル教皇猊下と話し決めたシバの今後についてお話しします」


 そう言ってアンちゃんはナハティガル君に伝えた。

 プレニルにつくまでの道中での目立つ話、プレニルでアンちゃんが捕らえられた話、そしてエレオスとの話。クデルとルデルの話はウェコ達がいなくなってから改めて伝えるのかもしれない。とりあえず、ほとんどの内容は私がナハティガル君に毎日伝えていた物と相違は無い。ナハティガル君としては改めての確認になっただろう。

 シバは自分の待遇に関しての説明で目を白黒させていた。見ていて面白い。


「以上になります。猊下からお話が無ければ、プレニル教皇猊下直属騎士のウェコに発言させてもいいでしょうか」

「構いません。ウェコ、お願いします」


 ナハティガル君に促され、ウェコは立ち上がる。その様子からは緊張が見えないけれど、食事後の様子を振り返るとかなり緊張しているのかもしれない。

 ウェコはナハティガル君に一礼してから口を開いた。


「ご紹介預かりました。プレニル教皇猊下の直属騎士、プレニルの犬の一員であるウェコと申します。この度はメガニアの歌姫様に対し、大変失礼な事をしてしまい申し訳ありません。そこにいるシバは実行役ではありますが、計画した一員には私も組しています。許されない事であることは重々承知していますが、こうして謝らせてください」


 そう言ってウェコはセレナードの方に身体を向けて頭を下げた。それを見てシバも慌てて立ち上がり頭を下げた。その様子にセレナードが困っている様子で、代わりにシムコムが口を開く。


「失礼ながら発言させて頂きます。セレナード様に対して謝罪だけ、というわけではないんですね。先程アン様からの報告通りにされるおつもりだと思っていいのですか」

「えぇ。プレニル教皇猊下より今後メガニアに対しては友好関係を結びたいと思っております。また、セレナード様が望む事も出来うる限り叶える所存にございます」


 ウェコの言葉にセレナードは少し躊躇いながらも手を動かす。それを見てシムコムが口を開いた。


「……それでは、差別というものを無くしてほしい、とセレナード様はおっしゃっています」

「勿論努めさせて頂きます。ただ、すぐには難しい事ではありますが」

「……今プレニルにいる奴隷達にも酷いことをせず人間らしい暮らしをさせてあげてほしいとおっしゃっています」

「勿論です。そうやって少しずつ民の意識を変え、全ての平等を目指す事を努めます。……差別に関してはクデル様の指導の下、猊下が行うと決まっております。他に何か望みはないですか?」

「……それだけが私の願いです。とおっしゃっています」


 セレナードは安心したように微笑している。セレナードがそれで満足なのであれば、これ以上こちらから言うことはないだろう。

 今度は黙っていたシバが手を挙げた。


「あの、プレニル教皇猊下からの命なので受けますが、私がこのメガニアに残るのはいいのでしょうか。私が実行犯ですし、セレナード様の精神的に悪いのでは」


 シバの言葉にセレナードは少し考えてから手を動かす。


「シバさんに対しての恐怖はありません。それよりも人前で歌う事が少し怖いのです。とおっしゃっています」

「……セレナード様の優しさに感謝と、何度謝罪しても足りないぐらいの事をし申し訳ありません。私はこのメガニアに留まり、プレニル代表として友好を築き上げる為に努力しましょう」


 シバはそう言って頭を下げる。それを見てウェコも同じように頭を下げた。それを見たナハティガル君も立ち上がろうとしたけれど、アンちゃんとクデルの目線を受けて座りなおした。

 それからまたプレニルとメガニア間での取り決めをしていく。エレオスがいない時に詳しく決めていいのかと思ったけれど、クデルは何も問題が無い様にどんどんメガニアにもプレニルにも有利なように決めていく。まぁ、クデルが決めた事ならエレオスも何も気にせずオッケーを出していただろう。

 話し合いが終わり、ウェコとシバは客室に通すとヨナキウが連れて行く。クデルとルデル、ルーは行く場所があるからと出て行き、部屋には私とナハティガル君、アンちゃんだけが残された。

 アンちゃんも自分の部屋に戻ろうかと立ち上がったけれど、それをナハティガル君が止めた。


「アン、メガネ様。他に人がいない間にお話があります」

「なんだよナティ。俺も休みたいんだけど」

「アンちゃん黙って聞きなさい。ナハティガル君の発言は大事だよ」

「……色々言いたいけれどまぁ黙って聞いてやる」


 そう言ってアンちゃんが座りなおしたのを見て、ナハティガル君は懐から一通の便箋を取り出した。


「実は昨日、この手紙が届きました」

「手紙?どこから?」

「ノヴィルのミーティア巫女姫様からです」

「ミーティア様から?」


 同じ巫女同士という事もあって仲良くなれそうなミーティア様からの手紙。どんな内容かにもよるけれど私としては嬉しいものだ。

 ナハティガル君は手紙を私に渡してくれた。既に封を開けられていた便箋から手紙を取り出して中を見る。そしてその内容に私は目を輝かせるのと同時に、またナハティガル君とゆっくりできなくなる事実に頭を抱えた。

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