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28 元主人公、墓参り

 プレニルの街を堪能したアンはとても満足をしていた。

 プレニルの衣服はほとんどが配給品で、変わったデザインがあるわけではない。その事を知った時は少し寂しさを感じていたが実際に街の布屋さんを見つけて入ってみると値段は確かに高くはあるが様々な色の布が並べてあったのだ。聞けばこの辺で取れる植物を使って色を付けているそうだ。その植物は何処で手に入るか聞き、そして植物を集めているお店があると聞いてすぐさま向かった。そのお店は基本は薬草を売っているのだが、薬草よりは高くはなってしまうが、布よりは安く染物に使える植物が売っていたのだ。

 アンは喜んでそれを全種類購入した。どの植物を使えばどの色が出るか知識が欲しいのだ。これでメガニアに帰った後でも染物に使う植物を自分で集める事が出来るだろう。

 ついでにノヴィルよりも寒くなるプレニルである為に、毛皮屋さんも見つけていて良い状態の毛皮も購入できた。これでアンが作る衣服にバリエーションが増えるだろう。

 そして何よりも色が出る植物を使えば前世と同じように絵を描けるかもしれない。それがアンにとって何よりも嬉しいのだ。

 帰ったらとりあえず色水を作ってみようと足取りが軽くなるアンに声が掛けられた。


「おかえりなさいっす、アン様」


 目を向けるとそこにはプレニルの犬が一人、ウェコがいた。ウェコはアンに近づいてアンの全身を上から下までじっくりと見る。その視線にアンは眉を寄せた。


「なんだよ」

「いや、最初は女性服着てたのに今は男物着てるんだなーって思っちゃって」

「髪をバッサリ切ったのもあって似合わないんだよ。それに、ここで自分を隠す必要は無さそうだし」


 メガネとクデルを守る為に、拘束から逃げる為に犠牲にした髪を不自然にならないようにと整えたら短くなってしまった。この髪でも女装しようと思えばできるのだが、元々はノヴィルの兵士達に自分だとばれない様にしていた事なのでここでは必要が無いだろうと判断したのだ。

 ウェコは何度か頷いてから頭の後で腕を組んだ。


「まぁそれは冗談で、怪我もしてないみたいで安心的な。一応元教皇の息子なんだから狙われてもおかしくないっすよ。次から一人で街行くのはマジでやめてほしいんすよ」


 ウェコの言葉にアンは目を丸くした。まったく気にしていなかったが今の情勢を良く思っていない者から見れば元教皇の息子なんて革命を起こすには良い材料になるのだろう。それこそクデルのように。それに関しては考えていなかったアンは素直に謝った。ウェコは気にした様子は無く、しかし何かを思い出したのか腕を下ろしてアンを見下ろす。


「そうだ。興味あるかわかんねーけど、アン様がしたいなら連れて行くけど?」

「どこにだ?」

「墓参り。ルーカス様の両親のところ」


 その言葉にアンは固まってしまった。考えた事が無かったのだ。ルーカスの両親の墓参りなんて、今のアンには関係ない事だと、むしろ頭の中にその選択は無かった。

 少し考えてからアンは頷いた。それを見てウェコはアンの腕を引き歩き出した。

 先程まで二人はプレニルの城の前にいたのだが、ウェコが足を向けた方向は城から離れた場所のようだった。前教皇なら城の近くに墓でもあるのではないかとアンは聞いたが、ウェコは首を振る。


「前教皇様は神の心に反したってことで神の加護を受けやすい城じゃなくて別の場所に墓が置かれたんすよ」

「反した?」

「……誰もいないみたいっすから話しちゃうと、元々プレニル神はエレオス猊下を神なりに愛して、エレオス猊下を巫女なだけでなく、教皇っていう国のトップに立たせたかったんすよ。でもそれを当時の教皇様が反対したんすよ」


 神への信仰が強いこの国で神の言葉に意見するのは勇気がいる事だっただろう。神の機嫌を損ねて鉄槌が落ちても仕方がない。だが教皇は反対したのだ。

 それは自分の子を教皇に立たせたいからという理由ではなく、エレオス自身を見てきた教皇にはエレオスが教皇に向かないのではないかと感じていたのだ。

 エレオスは自分の意思を出すような者ではなかった。話し出すときは必ずその身に降りたプレニル神がエレオスの口を借りて話すぐらいで、彼自身の意見というものを聞いたものは誰もいなかった。そんな者が国のトップに立ったらどうなるか。人間の意思関係なく、神の御心のままだけの国になってしまうだろう。それを教皇は感じていたのだ。

 神の望みのままの国は人間の為を思うような国にはならない。それを止める為に、国民達を守る為に、教皇は神に意見を述べたのだ。


「やっぱ神は怒ってさ。でもすぐには教皇を殺さなかったんだよ」

「そうなのか。一応教皇ってことで目を瞑ってくれたのか?」

「いや、自分が手を下すより自分を信仰する人間にやらせたんだ。教皇が守ろうとしていた者に」


 プレニル神は信者達がいる中で神託を下した。エレオスの口を借りて「当代の王は我の心を無視している。我が望む平等を否定している。相応しくない王を、そしてその家族を平等に殺しなさい」そう告げた。

 当時は教皇を慕う者もいれば、神が絶対だと考える信者がいた。

 神の言葉を聞いた信者達はすぐに教皇をそしてその妻を殺したのだ。

 殺した後に自分達は悪くないと口々に語っていたのだが、教皇を慕っていた者達が反逆しない為にも、「教皇はノヴィルから来た暗殺者によって殺された」と嘘の情報を流したのだ。


「ま、そんなわけで神の思惑通りにエレオス猊下が教皇になって、神が考える人間の事は思っていない国が出来上がったってわけ」

「……そうだったのか」

「そんときにプレニルの犬って教皇直属の護衛部隊が作られたんすよ。俺当時大人より強かったんで、選ばれたんすよね」

「……子供だったんじゃ」

「そっすね。当時7歳だったっすよ」


 思っていた以上の若さと、そして今のウェコが自分より年上だったことにアンは驚く。そんなアンを見下ろしてウェコは笑う。


「実は俺ルーカス様と一度会った事があったんすよ」

「そうなのか?」

「そっす。俺記憶力にも自信があるからはっきり覚えてる的な。……可愛かったっすよ。まだ奥様に隠れるちっちゃい姿。なのに訓練してる俺らを見るきらきらした目」

「なんか……恥ずかしいんだが」


 アンにとってはルーカスの記憶は自分の物とは思えていない。そしてアンブラさえも覚えていない頃の話をされても反応に困ってしまう。

 複雑そうな心境で顔を歪めているアンにウェコは微笑ましく見つめた。


「ま、その頃を知ってるからアン様をご両親の墓に連れて行きたかった的な」


 ウェコの言葉にアンはウェコの顔を見上げた。その目は懐かしんでいるかのように細められている。


「……ウェコは、前教皇が殺された時どう思ったんだ?」

「前教皇様は良い方だったからなー。少し残念だったけど、強い者が勝つのは仕方ないと思ってる的な。……だから、今後エレオス猊下がどうなるかは少し楽しみなんすよ。今は現れない神とエレオス猊下がどう向き合っていくのか」


 そう話して、ウェコは足を止めた。アンも止まりウェコの目線を追うと、その先には花畑があった。そして目を凝らすと、花畑の中に二つの墓標が立っていたのだ。


「誰か来て手入れしてくれたんすかね。前は花に埋もれかけてたんすけど」


 ウェコはそう苦笑してから、アンの背中を軽く押した。その力に押されてか、自分の意思かわからないまま、アンの足は歩き出す。咲き誇る花達を踏みつぶさないように注意しながら、墓標の前に辿り着くと膝をついた。


 今のアンはルーカスとは違う。アンブラの記憶を持ってはいるがルーカスであった記憶なんて全くないのだ。しかも今のアンは転生してきた魂の記憶の方が強く残っている。だからルーカスの両親の墓だなんて言われてもアン自体は特に何も思わなかった。だが、今のアンは両目から涙がこぼれていた。まるで決壊したダムかのように、沢山の涙が止まる様子が無かった。今は堪えているが嗚咽もこのままでは漏れてしまうだろう。

 この涙は、アンブラの物なのだ。

 アンブラは自分の両親はプレニルの者に殺されたと聞いて育ってきた。いずれ自分が仇を取る為に戦う術を叩きこまれてきた。

 プレニルに迎えという命令の時にアンブラは転生前の事を思い出し、アンとして隠れて旅をし、メガネ達と出会って自分が聞かされてきた事は嘘だと知ったのだ。

 なのに、その嘘は全てが嘘ではなかったのだ。

 もしアンではなくアンブラが真実を聞いていたらプレニル神に敵意を向け、神殺しを決意したかもしれない。それがどんなに無謀な事だろうとも、これだけ両親を思うアンブラなら実行しようとどんな手でも使っていただろう。


「でも、俺はアンだ」


 嗚咽に混じりながらもアンはそう言った。

 アンブラではない。ただのアン。だから、アンブラの復讐心は消えずに残るが、消してやろうとも思っていない。勝手に身体を借りてるような身で申し訳ないが、今のアンには共にいたい仲間がいる。帰りたい場所がある。だからこそ、彼女らにまで影響がありそうなことはしたくないのだ。

 だから、今だけはアンブラの気が済むまでここで蹲る事にした。



 いつの間にか日が傾き、空が暗くなってきていた。

 目を腫らしたアンがウェコの元に戻ると、ウェコはどこからか松明を用意していた。


「もう十分的な?」

「これ以上泣いてると水分が枯渇して死にそうだ」

「はは。周りの花は水分が沢山降ってきて嬉しそうっすね」


 そしてウェコはアンに何も言わずに歩き出した。アンも黙ってその背中を追いかける。

 こんな顔をメガネにでも見られたら騒がれるだろうなと、どこかで冷やさないとと考えながら。


ちなみに。

当時のルーカス(3歳)は危険を感じた教皇の命によりクデルの父親がプレニルに訪れていた旅人に頼み、ノヴィルに亡命させていました。

その後何故ノヴィルの軍に入ったのかはまたいずれの機会に。

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