27 兵士、兼任
自分はただのノヴィルの兵士だった。慕っていた隊長が軍隊から抜け、仲間達と悲しんでいたところ、隊長が新しくできた国で兵士を募集しているという話が流れてきた。今の隊長よりフォルモ隊長について行きたくて自分は喜んでプレニルとノヴィルの間にあるメガニアという国にやってきて、一先ず橋の警備兵としてしっかり仕事をしていた。
他の奴らより優れていたわけではない自分だが、ある日フォルモ隊長、いや、フォルモさんに呼ばれた。
「シムコム。お前に歌姫様の護衛を頼みたい」
仕事がクビになるのかとひやひやしたが、新しい仕事を頼まれただけで安心した。しかし歌姫様の護衛なんて今まで誰かがしていた仕事ではないだろうと首を傾げた。
歌姫様はその名の通り、とても美しい歌を歌う女性だった。練習している声がたまに警備場所で聞こえてきたのだが、とても癒されてしまう歌声だった。メガニアの建国を祝う時にその歌声が仕事しながら聞けるとわかりとても楽しみにしていたのだが、プレニルの犬というプレニルの特別な騎士が放った矢によって歌姫様の喉が傷を負った。傷は治ったのだが、そのショックで歌姫様は未だ声が出せないと聞いている。それでも他国から来た女性が身の回りの世話をしていると聞いていたが、護衛が必要な事態になったのだろうか。
自分の疑問がわかったのかフォルモさんは安心させるように笑みを見せてくれる。
「今まで歌姫様の身の回りの世話をしていた者が護衛も出来ていたのだが、訳あって彼女はプレニルに行くメガネ様に同行する事になってな。彼女がいない間の警護を頼みたいんだ」
「そうなのですか」
「歌姫様も自分の身の回りのことは出来るんだが、あの事件があった後だからな。他にも歌姫様を害する者がいないとは限らない。ということで、警護を頼みたいんだ」
「りょ、了解しました。ですが、自分が選ばれても良かったのでしょうか。大事な歌姫様の警護であれば他に相応しい人材がいたのでは」
「お前は良く他の兵士や新しく来た者と打ち解けるのが早いだろう。人の変化にもよく気づけているし、警護対象に安心させるのも重要だからシムコムを選んだのだ」
適当に選ばれただけだと思っていたから、フォルモさんからの言葉はとても嬉しいものだった。そしてその言葉から自分だけでなく他の兵士の特徴も知りえているのだろうと感じられる。やはりフォルモさんを追いかけてきて正解だった。
自分はメガニアの祈りのポーズを胸の前でした。
「ありがとうございます。期待に沿えるよう、精一杯警護の任を務めます!」
自分の言葉にフォルモさんは満足そうに頷いてから歌姫様の事を教えてくださった。
歌姫様の名前はセレナード様という。身の回りの世話をしてくれた女性から文字を学び、今でも勉強をされているそうだ。それ以外には散歩をしたりしてのんびりと日々を過ごしているという。自分が気を付けることはほとんど無いようで、普段の警護と、会話の相手をするだけでよいと教えられました。
それを承諾し、自分は早速歌姫様が過ごしているという家に訪れました。歌姫様は教皇様のご自宅の付近に建てられた一軒家に住んでいるそうです。家の扉をノックして声を掛けると、少しして歌姫様が現れました。見知らぬ相手ですのでその顔には緊張と困惑が見えます。私は他の者よりも目つきが悪いと言われているので、笑顔を作って怖がらないように努めます。
「初めまして歌姫様。フォルモさんより命を受け、今日から貴女の護衛をさせて頂くシムコムと申します。今後ともよろしくお願いします」
そう告げると安心したのか笑顔を見せて頷いてくださいました。
私は今までの人生で黒い肌の人間を見た事はほとんどなかったので、肌の黒い歌姫様の姿には物珍しさを感じてしまいます。美しいと思えるほどの均一な黒さは歌姫様に似合うようにも思えました。あまりにじっと見つめていたからでしょうか、歌姫様の瞳が少し困ったように揺れます。自分の不躾に謝罪しました。
「えっと、これから護衛をさせて頂く上で、自分は歌姫様の家の外で警備しましょうか?安全性を考えますと、家の中で傍に付いた方が良いとは思いますが、歌姫様が男を中に入れるのが嫌であればこちらで警護させて頂きます」
自分がそう言うと歌姫様は持っていた木の板に布を巻いた黒鉛を使い字を書いていきます。書き終えるとそれを自分に見せてきました。
私は気にしないので中に入っての警護をお願いします。
あと、私の名前はセレナードです。歌姫様とは呼ばないで欲しいです。
読み終わった自分は一つ頷いて見せます。
「失礼しました。ではセレナード様と呼ばせて頂きますね」
自分がそう言うとセレナード様は少し申し訳なさそうに頷いてから中に入る事を勧めるように腕を家の中に向けます。ですが流石に主より先に入るのは申し訳ないので、セレナード様を先に中に入れてから自分も中に入りました。
家の中は綺麗に掃除をされていて、女性が一人で住むにはなかなか広い事がわかります。部屋の中心に置かれたテーブルには先程まで文字の練習をしていたのか、沢山の文字が書かれた木の板が並べられています。
「セレナード様は綺麗な文字を書かれるんですね。大分文字を書けるようになったのですか?」
そう聞くとセレナード様は首を横に振り、そしてまた木の板に何かを書いて自分に見せてきます。
綺麗に書くように努めてはいますが、書くのが遅いのが困っています。こうして話すのも時間がかかってしまいます。
文字は書けるようになりましたが、文章を書くのがまだ苦手です。
「あー、わかります。俺も人より文字書けるぞって自慢していたんですが、プレニルの兵になった時に報告書を書くのが難しくて。記憶力は自信あるのですがそれを応用するって難しいですよね」
あの時はどうしていただろうかと少し記憶を探り、それから改めてセレナード様に視線を向けた。
「自分は文章が変でも伝わればいいと単語を並べてました。例えば狼を5匹発見して戦闘になった場合は、狼、5、倒すって感じで。上官が優しい方で、自分が並べた単語から状況を知って、自分が書きたかった内容を文章にして渡してくれたんです。こうやって書けばいいとか、次はこれを元に書いてみろって一言言ってくれて。おかげで今では文章を書くのも得意になってますよ。もしよければセレナード様も同じように練習して見ますか?自分でよければ教えますので」
そこまで言って、セレナード様が自分を不思議そうに見ているのに気が付きました。何かおかしなことを言っただろうか。そう聞いて見るとセレナード様は首を振って新しく書いた木の板を見せてくれます。……思えばこうして文字を書いて言葉を伝えられているのでセレナード様に自分が教える事も無さそうです。
ごめんなさい。シムコム様はお話される時は両手を動かすのですね。
その言葉にしまったと自分を責めたい気持ちになりました。
物心ついた時から癖で話しながら両手を動かしてしまうのです。皆はわからないけれど俺にはその手の動きには意味がある事を知っているのです。なんだったら手の動きで会話する事が出来ます。でもその会話方法を誰も知らないし、落ち着きなく話しているように見えると言われたので出来る限り手を動かさないように努めてきました。
それをセレナード様に伝えると、少し考えてからセレナード様は木の板に文章を書きます。
もしよければ、教えてもらえませんか?
こうやって書いて言葉を伝えるよりも早く会話できて便利だと思います。
その提案に自分は驚いてセレナード様の顔を見ます。セレナード様はまっすぐに自分を見ていて、その目は冗談を言っているわけでも無さそうです。
「……いいですよ。セレナード様が望んでくださるなら教えます」
こうしてセレナード様の警護兼話し相手兼手の会話の先生としての日々がスタートしたのだった。




