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25 元犬、苦労人

 プレニル国には聖騎士と呼ばれる存在がある。彼らが行うのは魔女狩りや違反者に対する処罰を行っていた。そんな聖騎士の中から選ばれたのがプレニルの犬の四人であり、プレニルの犬というのは所謂エリートと呼ばれる存在だった。特にジャンシェに関しては他の騎士に対しても優しく接し、だが訓練の時には厳しいが手厚く指導してくれる事から聖騎士の中では憧れの存在であった。

 なのでそんなジャンシェが他国からやって来た者に指導すると聞いて騎士達は期待を胸にその様子を見学に行ったのだが、彼らはすぐに訓練場から出てきた。その顔は暗い者がほとんどであり、人によっては何かを思い出してか震えている者もいた。

 訓練場は白いタイルが敷かれ、中も日光が差し込んでいてとても明るい。見学をするのに遮るものも無く、見て学ぶことも可能のようだ。そんな訓練場の床に模擬刀を投げ出して仰向けに倒れているルデルがいた。ルデルはアンが作ったらしい甚平に似た服を着ていて、その服から伸びる手足には痣がいくつも出来ている。そんなルデルの頭の傍にジャンシェが立っていた。


「頭だけを守りすぎている、剣に振り回されている、身体の動きが硬い、視線が何処を攻めようとしているか物語っている。とりあえずこれぐらいか」

「……手合わせあざっす」


 アンに服を作ってもらったおかげで前よりも自由に歩けるようになり、人の姿での戦い方を覚えておきたいなっという軽い気持ちでジャンシェに鍛錬をお願いしたのだが、軽い気持ちでお願いするものでは無かったとルデルは後悔していた。

 最初のジャンシェの動きは本気だった。一瞬で自分の首に模擬刀が当てられて流石に肝が冷えた。その後は徐々にジャンシェが手加減をしていき、ルデルでも動きについて行けるようになった頃にはルデルの体力が限界だった。

 立つ事も出来なくなったルデルを見下ろしてジャンシェは息を吐き出してその場にしゃがみ込む。


「まぁ、私も最初はやり過ぎてしまった。それについては謝ろう。クデル殿に君が病弱で最近までは外に出れなかったと聞いていたのだが、思っていたより元気そうだったからと油断してしまった」


 ジャンシェの言葉にルデルは瞬きをする。流石にルデルが一度死んで生き返った存在だとはクデルも説明しなかったのだろう。まぁ、そう伝えてしまえば下手をすれば魔女にも近い存在だと思われてしまうだろうから、病弱だったという嘘は丁度いいのかもしれない。他にも何か伝えているのだろうかとルデルは上体を起こした。


「クデルから俺の事どう説明されたっすか?」

「君はクデルの双子の兄で、以前我々が襲った孤児院にいて被害を受けた者だと聞いた」


 そう言ってジャンシェは膝をつき頭を下げた。


「今更であるが、その事を謝罪させてもらいたい。私もその孤児院を襲う任を受け実行したのだ」

「いや、俺もあの時の記憶はほとんどなくて」


 この身体に再び会った時に過去の記憶も思い出した。だが命を失った時の記憶はルデルには無かった。確か自分より幼かった子を庇おうとしたような記憶はあるのだが、それだけだった。ただ、クデルと一緒に過ごした記憶は残っているからルデルとしてはそんな記憶はどうでもよかった。


「クデルには悪いっすけど、俺としてはそんなに気にしてなかったっすよ。それに猊下からの命令だったんなら反対も出来なかったっすよね」

「いや……、あれは猊下からの命令ではなかったんだ」

「違うんすか?」

「あれは猊下の身体を借りてプレニル神が神託を下したんだ」

「神様が?」

「あぁ。猊下は巫女でもあるから神が時たま身体を借りに来るんだ。……巫女についてはわかるか?」

「んとー、神様の使いみたいなもんすか?」

「神に愛された人、が正解だ」


 ジャンシェは下げていた頭を上げ、膝を崩す。しっかり腰を落ち着かせてから説明を続けた。


「神の加護を受けた土地に一人だけ愛された者が現れる。愛された者の身体を使い神は言葉を残すんだ。今の猊下が現れるまではしばらく巫女がいない時が長くてな。ある日猊下の身体を借りた神が当時の教皇の前に現れてこの身体の者が巫女だと告げたそうだ」

「へぇ。その神が身体を借りるのはよくあるんすか?」

「いや。力を使うらしく、滅多には無い。だが猊下は無気力な方だったのでな。猊下が教皇の地位を受け継いでからの教皇としての命令はほとんどプレニル神の言葉であった。そう考えると、今猊下は初めて自分の意思を出しているという事になるな。これでいい方に向かえばいいのだが」

「クデルも力を貸してるし余裕っすよ。つか、ジャンシェの目から見ても神の言葉は異常だったんすか?」

「……ここで言うものではないのだが、そうだな。神としてはこんな希望を出すのはわかり切っていたのだが、国民の為にはならない事が多かった。無理に結婚をする事も、親がいないから可哀想だと孤児を襲うのも、私には良い事ではないと思っていたし、できればプレニルの犬を辞めたかった」

「辞めたいと思う程っすか」

「あぁ。だが私がここで辞めては他の者が辛い責務を背負う事になる。他の者にそれを背負わせるぐらいなら、私はこの地位に残って中から止めたいと思っていたのだ」


 苦笑気味に言うジャンシェの顔をルデルはまじまじと見つめる。ゲームをプレイした経験があるルデルはジャンシェの事はよく覚えている。プレニルの犬の中ではまともで、真面目で、面倒見が良いから苦労人という属性を持った攻略キャラ。そんな彼はゲームの主人公に出会い、彼女の前では気負うことなく心を許し彼女に惹かれていく。今の彼は恐らくその主人公と出会えていないのだろう。いずれ出会う事があれば彼の背負う物が少しは軽くなるのだろう。


「ま、それなら是非ともクデルと一緒にこの国を良くしてほしいっすな。大変だろうけど頑張ってくれっす」

「ありがとう。今は君に戦い方を教える事で罪滅ぼしをさせてくれ。君はどうやら剣などの武器より肉弾戦の方が強いかもしれない。素手での戦い方を教えよう」

「お、おう。頑張るっす」


 ジャンシェが立ち上がったのでルデルも慌てて立ち上がった。身体はまだ痛いのだがもう少しは動く事が出来るだろう。身体を伸ばすようにストレッチをしているルデルの姿をジャンシェは少し嬉しそうに見つめた。


「何故だろうな」

「なんすか?」

「君といると落ち着くと言うか、気負う事がないな。他の者と過ごしているといつも気を張っていたから少し嬉しいものだ」


 嬉しそうなジャンシェの言葉にルデルは動きを止めた。そしてゆっくりとジャンシェから距離を取る。


「どうした?」

「いや、俺は確かに男を攻略するゲームしてたっすけど、実際の恋愛にはできないんす」

「何を言っているんだ?」


 それからルデルはジャンシェから武術を学んだが、それ以外では出来る限り二人きりにはならないようにした。

メガネ「そういえばジャンシェもファタリテの乙女ゲの攻略キャラだったっけ」

ルデル「そうっすよ。プレニルの犬の中で一番背が高い、クールに見えて面倒見がいいイケメンってことでなかなかの人気だったっす」

メガネ「へー。私はクールキャラはそこまで惹かれないからわからないや」

ルデル「俺もクデル目当てだったからジャンシェの良さは他のプレイヤー程わからなかったっすね。でも」

メガネ「でも?」

ルデル「トイのストッパー役だったし、ウェコの適当に投げた作戦を上手い事まとめたりしたし、真面目すぎるシバに上手い事指示したり、多分ジャンシェがいなかったらプレニルの犬は混沌としてたかもしれないっす」

メガネ「……リーダー気質なのかな」

ルデル「まぁ、父親が元騎士で、前教皇の傍に就いていた程の実力持ちだったみたいっすから、父親に憧れて騎士を目指し、実力を買われてプレニルの犬になったみたいっすよ。ある意味父親と同じ道は歩いているっすね」

メガネ「……教皇が違っていればそこまで苦労する事も無さそうだね」

ルデル「生まれた時代が悪かった、って感じのキャラっす」

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