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22 メガネ、大団円

真面目シーンなので眼鏡ネタはお休みです。

「クデル」


 近づいてきたそれはルデルだった。彼は私達が初めてあった時とは変わらない犬の姿だった。そしてそれは、クデルにとっては望んでいなかった結果だったのか、彼女は震えた声でルデルに声を掛けた。


「……ルデル?どうして」


 次の言葉は堪えきれなかった涙で塞がり、クデルは両手で顔を覆った。それを見たエレオスがルデルを睨んでいる。事情が分からないはずだけど、クデルを泣かせた存在だと敵視しているのかもしれない。エレオスがルデルの殺害を命令する前に弁明しようとしたけれど、その前にジャンシェがやってきた。


「猊下。って、犬ここにいたのか!」

「ジャンシェ、我が城にこんな犬を侵入させて何のつもりか」

「も、申し訳ありません!」

「エレオス様、その子私達の仲間なので危害は加えません。クデルにとっては大切な子なので安心してください」


 ルデルを守る為にエレオスにそう告げる。その言葉を聞いたエレオスが相違ないかと言うようにクデルを見る。涙を拭うクデルは首を縦に振った。私はルデルに近づいてその頭を撫でてやる。ルデルは気持ちよさそうに目を細めた。


「用件は犬の侵入だけか、ジャンシェ」

「いえ。一人妙な出で立ちの男が訪ねて来まして。クデルを迎えに来たと言っているのです」

「妙な出で立ち?」

「クデルを迎えに?」


 私とエレオスが顔を見合わせた。お互いに思い当たる事はないようだ。ルデルなら知っているだろうかとルデルに視線を落とすと、ルデルはその場にお座りをして口を開いた。


「俺らはクデルを迎えに来たんだ。俺としてはとっととここからおさらばしたかったんだけどな」

「何言ってんのルデル。ルデルの推しのクデルを置いていくなんて」

「それならルデルだけで来ればいいだろ。俺は関係ない」


 ぷいっと顔を背けるルデルに違和感を覚えた。ルデルとは推し語りをした仲だ。そんなルデルがそんなことを言う筈が無いし、そもそもこのルデルはまるで自分がルデルではないと言っているように感じた。

 試しにルデルのステータスを見てみたら、今までのものとは違っていた。そして名前がルデルではなかった。


「おいコラ!先行くんじゃねーよルー!」


 ルデルではなく犬のルーが走ってきた方向から二人程こちらに向かって走ってくる。その姿にクデルは目を丸くし、ジャンシェは頭を抱えた。

 前を走っているのは犬の姿のルデルと見つけた犬の魂が入っているというルデルの身体。そしてそれを追いかけるように大槌を持ったトイだ。ステータスを確認して見れば、覚えているものよりステータスの変化はあるけれど、名前はルデルだった。元の人の姿に戻れたのかという感動はあれど、今のルデルは白いシーツを身体に巻いた姿をしている。恐らく着る服がなかったからベッドのシーツを使ったのだろう。トイに攻撃されない為に必死に走っている姿はさながら走れメロスのようだった。


「エレオス様、あの前を走る変な男も私達の仲間なんです。トイに攻撃を止めてもらうよう言って頂けますか?」

「……あんなのが本当に仲間なのか?」

「えぇ、そしてクデルの大切な人なんです。あぁ見えても」


 エレオスは悩んでからトイに向かって命令を放った。その声にトイは足を止めて大槌を十字架に戻したけれど、とても不満そうだ。

 トイが止まった事に安心したらしく、ルデルは立ち止まり呼吸を整える。その間にクデルがルデルに駆け寄った。ルデルの身体は年齢の割にかなり成長していて、クデルと同い年には思えない。下手すればナハティガル君と並ぶのではないかとも思える。

 クデルの傍にいようと足を踏み出したエレオスは私とアンちゃんで止める。気分を害した顔でこちらを見られても、ここで入っていくのは空気が読めないのだから我慢してもらおう。ウェコやジャンシェからもお叱りの声も無いので私達がしっかり押さえておけばあの二人を邪魔する事はないだろう。


「ルデル、なのね?」

「うん。遅くなってごめん、クデル。手紙、読んだよ」


 ルデルに伸ばしていた手を止めて、クデルは何かを躊躇うように数歩後ろに下がる。でもその手をルデルは握った。


「俺の事を思ってやってくれたんすよね。俺は凄く嬉しかったし、だから頑張ってルーと俺の魂を取り変えっこできたし」

「……そ、そうよ。まさかルーが生きてるなんて思わなかったわ。どうしてそんなことができたの?」

「あぁ、それは俺のクデルへの愛ゆえっていうか」

「ちゃんと説明しろよルデル」


 いつの間にかルーと呼ばれた犬もクデルの傍に移動していた。ルデルはルーを邪魔者みたいに少し睨んでいたけれど、すぐにその表情を柔らかくする。


「俺の身体を成長させたのがルーが持つ憎しみの力だったんだろ?その力が生きたいって強く思っての力なら俺のスキルにも作用すると思ってルーの力も借りてやってみたら案外できたんだ。ただ、ルーには生きる上で枷を嵌めさせた」

「枷って?」

「俺とクデルに逆らわないようにさせたっす。ほら、首輪してるだろ?これが証」


 その取り変えっこに関しては後日ルデルから聞きだしたのだけど、口では簡単に言っていた癖にかなり危険と隣り合わせだったらしい。ルデルの魂が犬の身体にも人の身体にも一時入れなくて死にかけたとも言っていたし、お互いが元の姿に戻ったらルーが反抗してルデルに噛みついたり。でも全てはクデルへの愛で乗り越えたって本人が満足そうに締めていたが、今この時のクデルへの説明だけでは不十分な苦労があったと知った。まぁ、ちゃんと教えたらクデルが自責の念に襲われたかも知れないし、そのぐらいの秘密事なら私もしただろうから良しとしよう。


 ルデルの話を聞いてもクデルの表情は曇ったままだった。その様子にルデルが焦るような表情を見せた。


「えっと、ルーはまだ確かにクデルを怨んでる気持ちはあるとは言ってるっすけど、それもしばらく過ごせば無くなるはずっすよ。そんな心配はいらないっす」

「そうそう。まだ俺を殺した怨みは残ってるけどな。それはクデルのこれからの態度で改めるつもりだぜ」

「違う。そうじゃなくて……」


 ルデルとルーの言葉にクデルは首を振ってからルデルを見る。


「私は貴方に嘘をついていたの。クデルは、本当はもういないのに、私が」

「何言ってるんすか」


 ルデルはクデルの顔を両手で包む。これでクデルは視線を逸らす以外にルデルから逃げられなくなった。


「俺はこの、今目の前にいるクデルが好きなんすよ。クデルが俺の母親だろうか妹だろうが知らないし関係ないっす。それだけ俺はクデルを推してるんすから嘘ついてたからとかそんな言葉は聞きたくないっすよ」

「……ルデル」

「それにその嘘だって俺の為でもあったんだからいいんすよ。むしろクデルにならどんな酷い事されても許せる気がするっす。でもせめて、自分を卑下したり傷つけるようなことだけはしないでほしいっす」

「うん……ありがとうルデル。それと、お帰りなさい」

「うん。ただいまクデル」


 そう言って笑いあう二人を見て、ほんのちょっと、いやかなりナハティガル君が恋しくなった。

 もう大丈夫だろうとアンちゃんと抑えていたエレオスから離れると、エレオスは物凄い速さでクデルに近づいた。そのままクデルに後ろから抱き着いた。


「え、エレオス猊下?」

「クデル。こやつは何者だ」

「私の家族です。ルデルといいます。ルデル、この方がこの国の教皇様」

「こいつが。その様子なら話は大丈夫だったのか?」

「うん。まだメガニアにいる捕虜に関してはまとまってないけれど」

「それじゃあさっさと話して帰ろう」


 ルデルがクデルの手を引くが、エレオスはクデルの身体を離す様子はない。二人の視線がぶつかり火花が散ったように思える。


「すみません猊下。妹から離れて頂いてもいいですか?」

「クデルに暗い顔をさせるような家族にクデルを預けたくはないな。クデル、なんであればずっとこの国にいても良いのだぞ」

「ははは。クデルが望んでも俺が許さないっすよ。とりあえずいい大人がまだ小さい女の子に抱き着くのは事案なんで離れてください。クデルが困っているでしょうが」

「事案?余がこの国の教皇だ。そんな法律は余が自ら壊してやろう。余を縛る法などない」

「ふざけんなこのロリコン野郎。自分本位に法律変えてんじゃねぇよ」

「はいストップ!」


 ヒートアップしていく口喧嘩を間に立つクデルが止める。ついでにエレオスの腕から離れたクデルは身体を半回転し、エレオスに向き合った。


「猊下、あまりルデルをいじめないでください。それと、私は出来るならここに残って政治を手伝いたいところですが、今回は一度メガニアに帰ります」

「なっ!?一緒にいてくれるのではないのか」

「一度帰りたいんです。……待ってる人がいますから」


 そう言ったクデルは頬を赤く染めている。恐らく二人も見た事が無い表情に身体を固めている。こちらとしてはクデルがそんな表情を見せてくれたのが嬉しい限りだ。

 しばらくなんとかクデルを引き留める術はないかと考えていたらしいエレオスはふと思いついたようにこちらを見てきた。


「そうだ。そちらの国にいるシバの処遇に関してだが」

「はい」

「奴にはメガニアにクデルがいる間、護衛を任せるとしよう」

「はい?」


 いい考えだと言わんばかりに頷くエレオス。確かにシバは友好の為にもメガニアにいさせようとは言ってたけど、もう友好大使はクデルでいいのでは?シバ君いらないのでは?

 こちらが何も言えないでいるとエレオスはジャンシェに視線を移した。


「それに、メガニアに帰る上でも護衛が欲しいものだ。ジャンシェ、誰かつけれるか。できるならプレニルの犬からがいい」

「では、ウェコが良いかと。トイは戦闘特化ではありますが他の事は不向きですし、私が離れると少し不安が残ります」

「そうだな。ではウェコ、頼めるか」

「猊下の命令なら喜んでやるっすよ。ちなみに何時頃出発する的な?」

「まだ決めてないです。クデル、どれだけ滞在したいとかある?」

「三日程ですかね。今のプレニルの政治状況は見たいので」

「わかった。なら三日後な」


 そう言ってウェコは手を振ってその場から去っていく。その姿にジャンシェがため息をついてからこちらを見た。


「申し訳ありません。あれでもウェコはトイよりは仕事出来る者なので」

「大丈夫。そんなに気にしてないから」


 そう伝えてからアンちゃんに視線を向ける。アンちゃんも少し疲れた様子を見せつつも肩をすくめて見せた。

 三日後に出発ならメガニアに帰れるのは数週間後だろう。後でナハティガル君に伝えてこないと。これでプレニルの人がナハティガル君を襲うなんてシナリオは無くなったはずだから安心だ。

 安心できるならプレニルの街並みを見たいところもある。私はまだメガニアぐらいしか知らないし、フォルモさん程の美味しさはないだろうけどこの国のご飯にも興味がある。


 そうして私達は、プレニルの犬に襲われるシナリオを回避し、そしてルデルとクデルの問題を解決させる事が出来たのだ。

 

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