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21 メガネ、止める。

 眼鏡というものは、人の役に立つ道具だ。もしくはファッションでかけている人もいる。

 眼鏡が人を傷つける事なんてない。何かしらの影響で眼鏡が顔にめり込んだり、レンズ部分が割れて目に刺さるぐらいしかないと私は思っている。

 だから眼鏡の私は人を傷つける事はしないと一人誓っていた。そして、私の周りにいる人たちにも出来る限り殺しだけはしないでほしかった。

 それは、復讐の為だとしても、私は止めると決めたのだ。


 クデルの短剣が動く前に、クデルの眼鏡に移っていた私はスキル:付喪神を発動する。目の前に突然現れた私にクデルは驚いている様子だったけれど気にせずにクデルの短剣を持つ右腕を抱きしめてプレニルの教皇から離れるように押す。


「アンちゃん!」


 アンちゃんにも止めるのを手伝ってもらいたくてクデルの右腕を抱きしめた状態のままアンちゃんがいる方に視線を移す。しかしそこにいたアンちゃんは動けるようになったジャンシェに長い髪を掴まれ、その首に剣が振り下ろされる間際であった。間に合えとスキルを発動させようとしたけれど、その前にアンちゃんが動いていた。掴まれていた長い髪を自分の短剣で斬り、その短剣でジャンシェの剣を払う。アンちゃんが動くとは思っていなかったのか、ジャンシェはすぐに動けなかったようだ。

 アンちゃんはこちらに向かって走ってくる。そんなに離れていないからもう大丈夫だろう。そう思ったけれど、私達を見ていたアンちゃんが私の名前を叫ぶ。何かと思って視線を追うと、そこには大槌を振り上げたトイの姿があった。その目がクデルを捕らえていた。


「死ね!」


 大槌から避ける手段は思いつかない。せめてとクデルの右腕を引っ張り、私が代わりに大槌を受けるつもりでいた。私の核になっているクデルの眼鏡は壊れるけれど、私の本体は無事だからまた別の眼鏡に移ればいい。クデルの焦った顔が見え、壊れる覚悟を決めた時、トイを止めたのは思わぬ人物だった。


「待て」


 男性にしては少し高い声が響いた。その声に大槌を振り下ろそうとしたトイも、アンちゃんを捕まえようとしたジャンシェも、誰もが動かなかった。

 短剣を向けられても微動だにしなかったプレニル教皇は立ち上がり、クデルに近づく。そして彼はまだ短剣を握っているクデルの右手を取り、その短剣を自分の首に当てた。


「僕を殺してくれるの?」


 まるでお菓子を待ち望んでいた子供のような言葉だった。唖然と教皇を見ている中、教皇は嬉しそうに続ける。


「僕、ずっとずっと死にたかったんだ。やっと死ねると思ったのに邪魔されて、ここに来たと思ったら僕は何もできなくて。何もできないのに皆が僕を怖がるんだよ?僕はただお母さんの望み通りに死にたかっただけなのに。でも、君は僕を殺そうとしてくれるんだね。やっと僕を殺そうとしてくれる人が現れてくれた。早く僕を殺して。このままじゃ僕はまだいい子になれないから、早く殺して。殺してよ」


 プレニル教皇は見た目は厳格な男性だというのに、その言葉はまだ幼い子供のようだった。

 プレニル教皇の言葉にプレニルの犬達も状況把握ができていないようだ。

 何が起きているのか。何故プレニル教皇がこんなにも死にたがっているのか。知っている人は誰もいないのか。

 私がどう動けばいいのか悩んでいると、頭の中に声が響いた。


《特殊人物と一定数遭遇しました。スキルが解放されます》


 スキル:付喪神の時にも流れた声だ。特殊人物とはなんなんだろう。それに関しての説明はなく、声は続ける。


《スキル:開示がレベルアップし、過去視も可能となりました》


 過去視。言葉の通り過去を見るのだろうか?これでプレニル教皇のステータスから何かわかれば、とプレニル教皇に視線を集中させた。

 目の前に映し出されたプレニル教皇のステータス。教皇の名前はエレオスであり、34歳の男。

 気になるところとしてはまずは魔力。この世界の人たちは皆スキルを持っているからか魔力を持っている人が多い。普通の人で40ぐらい。アンちゃんやナハティガル君なら100に近い。なのにエレオスの魔力は0だった。

 そして彼の職業はプレニル教皇であるのだが、その前に「転移者」の文字が並んでいた。転生者とは違い転移者。何の違いなのかその時の私にはわからなかった。

 そして新しく見れるようになった過去視。ステータス表の横に新たなウィンドウのように現れたその文章に、息を呑んだ。


 天涯孤独の女の元に日本国内で生まれた。

 3歳までは母と二人で暮らしていたが、3歳になった年に母の恋人と共に暮らし出し、恋人の手によって暴力を受ける。

 4歳の頃に母に殺されかけて以来、母からも無視され

 5歳の頃に死に逝くところをプレニル神に救われ、この世界に降り立つ。


 そんな内容が、書かれていた。その文章からわかるのは、エレオスも私達と同じ日本で生きていた人間で、だが虐待されていた子供だったということだ。

 死にたいと願ったのもそれが原因なのだろうか。もしそうであるならば、彼はどれだけの長い間、死にたいと願っていたのか。


 エレオスのステータスを見る事で彼を知れたけれど、思っていた以上の事で言葉を失ってしまった。そんな私が動く前に、クデルは動いていた。

 私が力を緩ませてしまった事で右腕が動かせるようになったクデルは短剣を放った。そしてエレオスの胸倉を掴んだのだ。


「ふざけるな!!」


 クデルの絶叫にも近い声が部屋に響く。皆が呆気に取られている中、クデルは続けた。


「死にたい?死にたいなら自分で勝手に死ね!お前が死なないから私の家族や他の沢山の人が苦しんでいるのに‼そんなに死にたいなら殺してやる!でも、簡単には死なせないからな!お前は曲がりなりにもこの国の教皇だ!お前が殺した前教皇様が愛したこの国を良い物にしてから死ね!お前のせいで死んだ皆が納得できるぐらいの業績を残せ!それを見届けたら、私がお前をこの手で殺してやる!だからっ」


 クデルはエレオスの胸倉を引き寄せた。バランスを崩したエレオスが前のめりになり倒れるかと思ったが、そのエレオスを抱きしめるようにクデルが受け止めた。


「そんな声で死にたいなんて言うなっ。そんなことを望む母親なんて、母親じゃない。私がお前の母親の代わりに見届けてやる」


 エレオスは最初は目を丸くしていた。けれど床に膝をつき、クデルにしがみついて声を上げて泣き出した。

 今まで我慢していたのかってぐらい、涙を流していた。



〇-〇


 エレオスはなかなか泣き止む事は無かった。この場所にいるのはなかなか居辛いということで、エレオスとクデルを残し、私達は部屋の外に出ていた。

 隙あればこちらに攻撃をしてこようとしているトイを抱えてジャンシェはどこかにいなくなり、今ここにいるのは私とアンちゃんともう一人のプレニルの犬だった。身長が高い割には手足が短く見える彼はウェコと名乗った。


「いやぁ、なんつーか。お互いお疲れ様ってことで」

「その、教皇って普段からあんな感じだったの?」

「ちげーっすよ。あんなに喋ってんのはオレらも初めて見た感じみたいな?普段の猊下って一言しかしゃべってくれねー人だった系で」


 まだ敵味方の線が曖昧な割には色々喋ってくれるようだ。有り難いのでしばらくの暇つぶしにさせてもらおう。


「そんな状態で政治が上手くいったんだ」

「ほら、猊下は巫女でもある系だし、政治の時とかはプレニル女神様が代弁してる状態だったんすよ。神様が巫女の代わりにってのもマジウケる状態」

「じゃあ実質は神様が政治を行ってたって事?」

「そうなる系」


 神が国の法律を決めたり政治を進めていた。そうなると国民の為というより国の為な進め方になってしまうのだろう。そうなるとちゃんと教皇自身が変えていけば対立する恐れもなくなるかもしれない。


「ってかメガネ」

「ん?」


 アンちゃんに声を掛けられてそちらに視線を移すと、ざんばらな頭になったアンちゃんがジト目をこちらに向けていた。


「クデルは俺の正体をわかっていたようなんだが、クデルの眼鏡に全ステータス開示をいつからさせてたんだ?」

「あー……最初からだね。いやぁ、クデルに眼鏡渡した時にレベル上がったみたいで、その時はアンちゃんもいなかったし忘れていたと言いますか」

「簡単に人に眼鏡渡すのこれからは控えろよ」

「せめてステータス見れるスキルついてない眼鏡を渡すようにするよ」


 流石に反省はしているメガネです。いや、でもステータス見れるからこそあの時クデルが安心したのであって、全面的に私が悪かったとは言えないと思いたい。後悔はないんだよ。

 そんなことを離していると扉が開き、クデルが中から出てきた。私達の姿を見つけてクデルはこちらに近づいてきたと思うと頭を下げた。


「今回は巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」

「いやいや、頭を上げてよクデル」

「上げるわけにはいきません。何も関係ないメガネ様を巻き込んだだけではなく、アン様を利用しようとしましたので、許されることはないと思っています」


 一向に頭を上げる様子がないクデルに私はアンちゃんの顔色を窺う。アンちゃんはただ真顔だった。聞いた話ではクデルはエレオスを殺した後、この国の教皇にアンちゃんを置こうと考えていたらしい。アンちゃんは前教皇の息子だったからとはいえ、今のアンちゃんには押し付けられても困る事だろう。

 私がオロオロしている間に、エレオスが廊下に出てきた。頭を下げているクデルの姿に眉を寄せたけれどこちらに近づいてきた。


「君は新しくできたという国の人か?」

「ご挨拶が遅れてすみません。メガニア国の巫女の地位を頂いております、メガネと申します」

「メガネか。余はエレオスだ。巫女同士、仲良くしてくれると嬉しい」


 先程子供の様に泣いていた人とは思えない口調だ。そしてどこかしらすっきりしているように思える。

 エレオスはアンちゃんに視線を移し、頭を下げた。


「そなたは前教皇の息子と聞いた。余が望んでいない事だったとはいえ、前教皇を助ける事は出来なかった。そなたには辛い思いをさせただろう。許してほしい」


 アンちゃんは少し驚いた様子だったけれど、何度か首を振ってから口を開いた。


「頭を上げてください。俺にはこの国にいた記憶もないので、そんなことを言われても実感がないんです。今ここにいるのはこの国の王太子だったルーカスではなくただのアンです。貴方が俺に頭を下げる必要はありません」

「では、クデルの行動も許してほしい。彼女が起こした行動も全て余のせいだ」

「……勿論、許すつもりですよ。二人とも頭を上げてください」


 アンちゃんの言葉にクデルとエレオスが頭を上げた。アンちゃんの表情はすごく複雑そうではあるけれど怒っているようには見えなかった。

 エレオスは安心したようにクデルに視線を向ける。


「よかったね、母さん」


 母さん?


「エレオス様、その呼び方はやめてください」


 クデルが子供を叱るような目でエレオスを見るが、エレオスは頬を膨らませる。


「母さんはママの代わりに僕を見届けてくれるんでしょ?それなら母さんって呼んでもいいんじゃないかな」

「そうは言ったけれど、母と呼ばれるのは困ります。見た目を考えてください」

「何も知らない人の前では呼ばないよ。でも僕は母さんって呼びたいもん」

「……わかりました。今度からは二人きりの時だけにしてください。私とあなたの関係性を知っている人の前でも駄目です。口調も戻しなさい」

「わかったぞ、クデル」


 子供の様な口調に変化していたエレオスだったけれど、すぐにその口調が変わる。これは子供のような口調の方が素なのだろう。

 クデルが大変そうだなと思いつつ、私はエレオスを見る。


「私達は本来、私達の国の歌姫を矢で射貫いたシバについてそちらと話し合う為にここに来ました。よければその話をしませんか?」

「あぁ。あれもあやつが勝手にした事。奴をどうするかはそちらに任せるつもりだ。そして余の犬がそんな行動をしたことに関しての詫びをしたいとも思っている。なのでそちらの意見も聞きたい」


 これでいいだろうか、とエレオスはクデルに聞きクデルは首を縦に振った。大分クデルが教育したのだろうか。初めて見た時の冷たいイメージも何もない。ウェコの様子を見ても驚いているように見えるので今までのエレオスとは全く違うようだ。母ってすごいなぁ。


「私達はできるだけシバに対し処刑を行いたくはありません。今は牢に捕らえていますが、彼が望むなら我が国で過ごしてもらおうかとも思っております。ですが、そちらが返してほしいというのであれば何かと引き換えにであれば受け入れようと思っております」

「なるほど。どうするのが一番だろうか。こういうのは詳しくないのだが」

「あ、じゃあ猊下」


 驚いた様子で黙っていたウェコが片手を挙げた。皆の視線がウェコに集中した。


「シバにはあっちに残ってもらうのが良いと思う的な。つか、シバが歌姫に攻撃したのはあいつの意思じゃないと思うんすよ」

「ふむ?続けてくれ、ウェコ」

「うぃす。メガニアの歌姫が黒人だってのは最初は俺とジャンシェが知ってたんすよ。それで、平等を謳う猊下であれば、いやむしろプレニル神がかな?黒人が重要人物ってのは許さないんじゃないかなーって思ってー。もし猊下から声があればシバの矢で討つのがいいかなって話してたのをトイが聞いてたんすよ。その後でトイとシバがいなくなってたから、トイに引っ張られてシバがやったのかもしれない的な感じ」

「トイが、か」

「トイは戦闘狂だし、猊下の短い言葉を良い様に受け取る奴ですからね。今はジャンシェが何か言ってるかもしれないっすけど、一番年上は一応トイっすからリーダーの声もちゃんと聞かないと思うんで、後で猊下から言ってくれると嬉しいっす。それにシバがメガニアに残ったのもトイが原因すよね?」


 ウェコがこちらに話を振ってきたので頷いて見せた。ですよねーと相槌を打ってからウェコが続ける。


「だからシバは実行しちゃったすけどそこまで悪くはないと思うんで、シバはメガニアにいてもらってもいいと思う的な。いっその事メガニアと友好を結べばいいんじゃねって俺は思う感じです。クデルちゃんもその方が嬉しいんじゃないすか?」

「え、えぇ。そうね。メガニアの皆にはお世話になったし、私もメガニアに帰りますし」

「帰っちゃうの!?傍にいてくれないの!?」

「あっちで待たせてる人もいるので、たまにこちらに来ます。あ、そうだ」


 何か言いたげなエレオスを無視してクデルは私を見る。


「メガネ様、ルデルはどうなりましたか?」

「あ」


 忘れていた、とは口にはしなかったけれどクデルの視線が痛い。私がここに来る前のことを言おうとした時に長い廊下の先から何かがこちらに歩いてきた。

おまけ


(16話後、クデルがジャンシェとトイにアンの正体を伝えたりなんだりした辺りの話」


ジャンシェ(以下J)「……こいつが王太子?」

クデル(以下K)「はい」

トイ(以下T)「女性に見えるけれど。小柄だし、髪長めだし。格好も」

K「確認して頂けるとわかると思います」

T「じゃあジャンシェ、お願い」

J「……それは俺が命令するものでは」

T「年上のいう事は聞きなよ。それにどっちがやっても変わらないだろうし」

J「……確認させてもらう」

K「お願いします」

J(喉仏の確認と恐る恐る胸に触れる)

T「どう?」

J「……恐らく男だろう。女性特有の感触はない」

T「えー?でも胸だけの確認は駄目じゃない?」

J「は?」

T「下も確認しなよ」

J「……これで彼女が嘘をついていたらどうしてくれる」

T「それを確認する為にもいいじゃない。服全部脱がせとは言ってないし」

J「……トイ」

T「何?」

J「他の男のものを触るのは嫌なのだが」

T「僕も嫌だよ」

J「……」




メガネ「そういえば、よくアンちゃんが王太子だって言って信じてもらえたね。主に性別。見た目女の子にしてるのに」

クデル「色々、ありまして」

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