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19 妹、魔女に会う。

 私はフェンテ。普通の女の子。人と違うのは、ちょっとばかり短剣を使っての戦闘が得意な事ぐらいかな?

 初恋が叶わなかったりしたけれど、旦那さんが出来て子供も授かって、幸せ絶頂!って思ってたら、どういうわけか自分の娘になっちゃったの!えー、どうしたらいいのー!


 とかとか考えても、どうして私は自分の娘になったのかわからない。わからないまま、日々が過ぎていくだけだった。

 あの後双子を抱えたリュフ君はプレニルの首都の裏側、プレニルの事をよく思っていない人たちが集まってできた集落に移り住んだ。ここに住むことは父と相談して決めたらしい。何か危険を感じたのだろうけれど、私にはその事に関してはよくわからなかった。父の手伝いを私もしていたけれど、私には知らない事を二人で話していたようだ。

 とにかく、リュフ君は私の父と協力して、この場所で静かに暮らしていく事を決めたようだ。生活費に関しては平等の国であるので心配はない。この集落の人たちも最初は警戒していたようだけれど、今ではリュフ君の代わりに私達の面倒を見てくれるようになった。

 精神年齢が20代の私も、兄のルデルの世話をするようになっていた。その様子を見たおばさんたちは「クデルちゃんがお姉さんみたいだね」と言ってくれた。

 こうして周囲の人たちとも仲良く暮らしていくのだろうと思っていた。なんだったら成長したらリュフ君やお父さんの仕事を受け継ぐのもありかも知れないと思っていたのに。それが変わったのは私達が二歳になった年だった。


 私達が二歳になったその年、教皇夫妻が殺された。恐らくノヴィルの人間に殺されたのだろうという見解が出ているけれど、警備もしっかりしていたあの城にノヴィルの人間がそう簡単に入れるはずがない。そう周囲の人たちは意見を交わしていた。子供の私にはその悪いニュースを聞かせないようにしてくれていたので、寝たふりをしたりこっそり隠れて聞く方法で情報を集めるしかなかった。

 あの優しかった教皇猊下が亡くなったのは悲しかったけれど、次の教皇は王太子が務めるのだろうかと思っていた。王太子はまだ幼いから、お父さんがサポートをする事になるのだろうと思っていた。けれど違ったのだ。王太子がノヴィルの手によって誘拐されたそうだ。その生死は不明だと。そして次の教皇に選ばれたのは、巫女である青年だった。

 プレニル神の寵愛を受けた子だ。人々はそれを受け入れるのは当たり前だったけれど、彼は今までの制度を変えたのだ。神の名の下に。

 私とルデルが隣人であるおばさんのところで過ごしていたところ、リュフ君が酷い形相で迎えに来た。おばさんが何があったのかと聞くと、リュフ君の口から信じたくない言葉が紡がれる。


「義父が、殺されました。現教皇が法律を変えてきたんです」


 お父さんが殺された。私がクデルになってからは会う機会がほとんどなかったけれど、それでもフェンテの父が、仕事を手伝いたいと決めた父が、尊敬していた父が死んだのだ。

 泣きたいのを必死に堪えて、不安そうにしているルデルを抱きしめる。リュフ君は大分焦っていたのか、私達が理解できないと思ったのか、そのまま説明を続けた。

 前に廃止にしたが、再び人が20歳になったら結婚しなければならないという法律が制定された。

 大人は子供を必ず産まなければならないと決まった。

 そして、片親しかいない子供は養護施設に預け、寡婦もしくは寡夫はすぐに新しい家庭を築かなければならない。

 その新しい法律は、私達に関係がある事だ。片親で、リュフ君は新しい人と結婚していなくて。それは今の私達の生活が変わってしまうという事でもあった。

 何故その法律が定められたか。恐らくプレニルの人口を安定させるため、もしくは増やす為だろう。プレニルの人口はノヴィルに少なからず流れている。それを憂いているなら大人たちに子供を作らせようと考えたのだろう。新しい家庭に前の子供達は邪魔だとでも思ったのだろうか。


 リュフ君はすぐにでも島に移り住むことを考えているとおばさんに伝えた。おばさんもそれに賛同してくれたようで、周りには伝えておくからすぐに行けと言ってくれた。リュフ君は私達を抱えて外に出た。でも、そこには白い装束を来た青年が二人いた。

 私達を見て背が低い方が笑顔を見せた。


「こんにちはリュフさん。猊下が驚いてましたよ。突然いなくなったと聞いて」

「……君たちは猊下の配下か?」

「えぇ。僕らはプレニルの犬。猊下が集めてくれた、猊下を守り、猊下の代わりに制裁を下す者です」


 プレニルの犬。そんな言葉は聞いた事が無い。新たに組織として作られた存在なのかもしれない。彼の言葉からは危険な組織にしか思えない。

 リュフ君は私達を地面に降ろして一歩前に出る。周囲の人達は息を潜めているようだ。


「何か御用ですか」

「そりゃあ、君が片親で子供がいるって報告があったからね」

「報告?」

「前教皇時代の役人に聞いている。書類などには残さないようにしていたようだな」


 黙っていた背の高い少年が口を開き、その手を首にかけている十字架に当てる。その行為を見た瞬間、氷塊が背中を滑っていったような感覚が走った。


「……わかりました。では子供達は施設に移します」


 リュフ君の言葉に背の高い少年がほっと息を吐き出し、背が低い少年は少し頬を膨らませていた。

 それではすぐにでも、と背の高い少年が私達に手を差し伸べた。あの手をとればリュフ君に会えなくなる。そう思うと足はそこに縫い付けられたように動かなくなる。そんな私に何もわかっていないであろうルデルは顔を覗きこんできたけれど、私が何か言うより前にリュフ君が私達を抱きしめた。


「すまない。ルデル、クデル。辛いだろうが、ここでお別れだ。……お前たちは生きてくれ」


 最後の言葉はどういうことか。それを聞く前にリュフ君は私達を抱えて背の高い少年に渡した。私が慌てて降りて、リュフ君に駆け寄ろうとしたけれど、背の高い少年に手を握られてしまった。


「寂しいのはわかるが、お父さんの意思を尊重してくれ」


 そう言って、背の高い少年は歩き出した。

 すごく嫌な予感がする。私は手を引かれながらも背後を振り返る。リュフ君は背の低い少年と向き合い、そしてその声が聞こえてくる。


「私は他の女性と家庭を持つ気はありません。私の妻は亡き妻一人であり、私の子供はあの子達だけです。これだけは譲れません」

「……法律は守れないって事?」

「はい。この意思を変えるつもりはありません」

「そっか。神よ、我に力を与えよ」


 少年が首から下げていた十字架に手を当てる。十字架はその姿を大きく変え、それは一つの大槌となった。

 そこまで見ていたけれど、私の手を引いていた少年は私を脇に抱えた。これでは後ろが見えない。なんとかその腕から逃れようとするけれど、私を抱える腕の力が強くなるだけだった。

 そして、声が聞こえた。


「猊下を裏切るなら、死ね」


 何かが振り下ろされる音。

 何か柔らかい物が潰される音。

 少年の笑い声。

 それらが何を示しているのかがわかり、私の両目から涙がこぼれた。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 私が貴方をここに連れてこなければ。

 私が貴方の言葉に頷かなければ。

 貴方を失ってしまう事はなかったのに。




 それから、私達は首都から離れた場所にある養護施設に連れていかれた。そこには様々な子達と優し気な女性が住んでいた。

 そこでは10歳まで過ごしていた。暮らしは大変ではあったけど、大きくなってからは養母さんの手伝いや小さい子達の面倒で忙しなく日々が過ぎていった。フェンテとして生きた知識があったから、他の子達より家事は得意だった。

 ルデルは両親の記憶は無いようで、私によく両親の事を聞いてきた。私から聞いたリュフ君に憧れを持ち、そしてこちらが心配になるぐらいに私にべったりくっついている事が多かった。血の繋がった唯一の兄妹だから仕方ないのかもしれないが、それにしてもくっついているし、やけに私を褒める事が多かった。たまによくわからない話もしてくるから、養母さんに相談する事も度々あった。

 それでも、ルデルはリュフ君が残した大切な子だ。せめてこの子だけは守らないと。


 そう決意した心を簡単に壊されてしまった。

 私は頼まれ事があったから施設から離れていた。養母さんも用事があってその日は不在だった。

 その日を狙ったかのように、何者かが施設の子供達を殺したのだ。

 何者かはわかっている。付近に住む人が目撃していた。

 施設の子供達は酷い有様で、無事な子は誰一人としていなかった。

 そう、ルデルも殺されていたのだ。

 ルデルの亡骸を見つけた時の記憶は覚えていない。酷く泣き叫んでいたような気はする。

 私の意識が戻ったのは養母さんが戻ってきた時だった。


「すごいわね、クデル。貴女には不思議な力があるように思っていたけれど、こんなことが出来るなんて」


 そう養母さんが言っていた。何を言っているのかわからない私に近づき、私が抱えていたルデルの額に手を当てた。


「死者の魂はすぐになくなるはずなのに、ここに留まっている。貴女の力、だけじゃないわね。ルデルも面白いスキルを持っているみたい。これなら、できるかもしれないわ」


 私はただ養母さんを見つめるしかできなかった。そして私を安心させるように、養母さんは笑顔を見せた。


「私は所謂魔女と呼ばれる者なの。死者の蘇生魔法を追い求めている魔女よ」

今回でまとめきれず、もう一話分だけクデルの話が続きます。


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