17 メガネ、母の思いを知る
やあやあ、どうしたんだい?外出してたら急に雨が降ってきて、眼鏡のレンズに雨粒が当たって前が見えないみたいな顔をして。
私だよ、メガネだよ!
さて。ルデルの背中に必死にしがみついて私は凄まじい速さで移動しています。プレニルの犬と対峙しているクデルとアンちゃんが心配だから早く済ませてしまいたいのは分かるけれど、あまりにも速くて周りの景色を見ている暇がない。身体の揺れで推測するに、家の屋根を飛び越えつつ走っていると思われる。地上からでは大きなルデルは目立つし、人にぶつかる心配もないとはいえ、なかなかのアトラクションとなっている。三半規管が強い方でよかった。
しばらくしてルデルの動きが止まった。目を開いてみれば目の前に会ったのはボロボロになった廃墟だった。周囲を気にしても人の気配は感じられない。
「ここがクデルのお兄さんがいる場所?」
「お兄さん?」
「……え?」
ルデルの何もわかっていないような声に目を丸くする。先程確かにクデルは私にお兄さんのことを頼まれた。クデルに目的地を聞いたというルデルはそこにクデルのお兄さんがいると知っているのではないのか。
そう聞いて見るもルデルは首を振った。
「俺はここに大事な物があるからって教えてもらってたっす。さっきのクデルの声ははっきり聞き取れなかったし、それに、クデルに双子のお兄さんがいるとか初耳っすよ!」
「え、ゲームではどうだったの?」
「ゲームではクデルの家族関係は詳しくやってないっす。ただ犬が大切な家族だってだけ」
「で、でも双子のお兄さんのこと話してたクデルの様子が嘘には見えなかったよ。ゲームで詳しく教えてくれなかっただけじゃない?」
ゲームでは眼鏡を大切に使っていたナハティガル君も人の姿の私に会うまでは眼鏡の扱い方は違っていたのと同じように、ゲームのシナリオにはない設定があるはずだ。クデルの双子のお兄さんもそれと同じなのだろう。
戸惑っていたルデルだったけれど、頭の中で整理が済んだのか今度は礼儀正しく座った。
「やべぇ。クデルの双子のお兄さんって、双子ってことはクデルそっくりなんすかね。すんげぇ緊張してきた。ご家族に挨拶に来たのに手ぶらとかやっちまったっす」
「緊張してる暇ないから。とっととお兄さんにお会いしよう」
せめて身だしなみを、とか言いながら猫の様に毛づくろいを始める犬のルデルを無視して廃墟の扉を叩く。しかし中から反応はない。聞こえなかったのだろうかとドアノブに手をかけるも、ドアノブは回る事が無かった。
「ありゃ。留守かな。急いで戻りたいのに」
「居留守とかだったりするんじゃないっすか」
「推しのお兄さんに対して失礼では」
「さーせん!!」
謝りながらルデルが前足でドアに触れる。するとパキンっと乾いた音が響いた。ドアを壊したのだろうかと思っただろうルデルが慌ててドアから離れると、ドアは静かに開いた。思わずルデルと顔を見合わせたが、恐る恐る開いたドアの向こうを覗く。薄暗い部屋の中には誰もいない。人がいないだけでなく、家具というものも何もなかった。そこには誰も住んでいないかのようだ。
「ルデル、クデルが言った場所ってここで合ってるの?」
「合ってるっす。俺がクデルが言った事を忘れているはずがないっすよ」
「そうだとしても……」
こんな外見も中も廃墟そのものな場所に人が住んでいるのだろうか。聞いていた話よりもプレニルの国民は大変な生活をしているのだろうか。
何かしらヒントはないかと中に入って部屋を見渡すも何もないのがはっきりするだけだ。周りの建物も調べようかと思っていると、ルデルが私を呼んだ。そちらを見ると、玄関のすぐ近くの部屋の端っこにルデルが鼻を押し付けていた。
「どうしたの?」
「ここから匂いがする。ここの床外れないかな?」
その言葉に床に近づくと、四角く溝があるのがわかった。溝の間に爪先を潜らせて持ち上げてみると簡単に床が外せた。床の下には階段が続いている。ルデルが先に行き、それを追って私も階段を降りていく。下にあるらしい部屋から明かりが漏れていた為、降りるのに苦労はせずに済んだ。
灯りがついていた部屋には人が一人寝ていた。藤の花のような紫色の髪に天然パーマの短髪。顔立ちはどこかクデルに似ているが、14歳にしては身長が高いような気がする。彼は魔法陣が書かれた床に真ん中に置いたベッドの上で白いシーツをかけて眠っていた。そして、その口から寝息は聞こえなかった。
恐る恐る近づいて首元に手を当てるも脈を感じない。彼は、死んでいるのだ。
どういうことだとルデルの方を見るもルデルも驚いているのか固まっていた。とりあえずお互いに状況を整理しようとルデルに近づこうとしたけれど、後ろから伸びた腕が私の身体を捕まえた。私の上半身を拘束したのは男性の腕だ。
「なんだ、クデルじゃないのか」
後ろから聞こえてきた声は、いつもクデルの好きな所を語る声と同じだった。何が起きているのかわからない。目の前にいたルデルは唖然としているように見えた顔を引き締めていた。
私の後には誰もいなかったはずだ。誰もいない、いや、一人いたが彼は動かないはずだった。先程触れた首は脈を打っていなかったし、ひんやりとした温度の無い肌だった。なのに今私を抱える肌には少し低い体温が感じられる。
「……貴方が、ルデルさんですか?」
顔が見えない彼にそう聞けば、彼は鼻で笑う。
「一応ルデルって呼ばれてたよ。あの魔女に。クデルに。俺を裏切りやがったあの女に!お前はクデルの仲間か?クデルはどこだ。教えろ」
「……裏切った?」
彼とクデルに何が起きたのか、どうにかして聞きだしたいが私を拘束する力が強くなる。抱き着くように首と胸辺りに通った両腕が彼の怒りに合わせてか力が籠る。まだ窒息の心配はないがこのままではこちらの命が危ない。まぁ、眼鏡だから窒息ではなくバキバキに壊されて死ぬのだろう。この身体はスペアだから他の眼鏡に移れば問題はないけれど。
私の疑問に答える様子はなく、彼はルデルに目線を向けたらしい。
「おい、俺の身体使ってるお前。クデルを連れて来い。でないとこのガキが死ぬぜ?」
「……」
「聞いてるのか!」
「……思い出した」
そう言ってルデルの姿が消えた。そして同時に私の視界が動き、目の前に映るのは天井だった。
私を拘束していた腕は無くなり、身体を動かすのに支障はなさそうだ。身体を起こしてルデルの姿を探せば、私の横に同じように倒れたらしい彼の上にルデルがいた。彼は敵意をむき出しでいるのにルデルは静かな様子だ。
「上手く動かせないんだろ。お前はずっと寝てたんだろうからな」
「てめぇ、どけろ!」
「それだけ成長した俺の身体だ。こんな犬避けるぐらい余裕だろ」
ルデルが何を言っているのかわからない。でも一人と一匹は分かっているようだ。
説明を求められる雰囲気ではない。そして二人はお互いに対峙して動かない。私はどうすればいいのだろうかと困っていると、右手に何かが触れた。
魔法陣が書かれていたり人が眠っていたりと目を惹くものが多かったが、他に物が散乱していなかったのは確かだ。恐らくついさっき落ちたのだろう紙を拾い上げると、そこには文字が並んでいた。この世界の文字だが、プレニルから連絡が来るまでにクデルから文字を習っていた。なので読む事には支障がない。読んでいる場合ではないのだろうけれど、私はその文字を目で追っていた。
ルデルへ。
最初に謝らせてください。私はずっと貴方に嘘をついていました。
一体どんな嘘をついていたのか、何時から嘘をついていたのか。それを全部伝えるのは長くなってしまうから、全ては話しません。
嘘をついていたのは、貴方が生まれてからずっと。私は貴方の妹ではないのです。
でも私は貴方の家族です。偽りの兄妹だったけれど、家族であるのは本当です。それは信じてください。家族だから、貴方を死なせたくはなかった。貴方だけでも幸せに生きてほしいんです。
貴方の特殊スキル生命を利用して、死んでしまった貴方の身体に怨みが強い獣の魂を入れました。そしてその獣の身体に貴方の魂を移しました。
本当は貴方の身体もそのままに連れて行きたかったのですが、プレニルの犬に見つかっては何をされるかわからない。そして彼らから逃げる時にも貴方を連れて行くのは難しいと判断したんです。
獣は私に対して凄く怨んでいるでしょう。私は彼の信用を裏切ったのですから。その怨みの力を貴方の身体に閉じ込める事で、死んでしまった貴方の身体を成長させ守る力に変えています。
貴方の魂を獣の身体に移したのはただの私の我儘です。復讐をする準備として外の世界に行く時に、貴方も一緒に連れて行きたかったんです。それに、もしかしたら元通りになった貴方が頼れる場所が見つかるかもと思ったのも確かです。
もし頼れる場所が見つからなかったら、フォルモという人を探しなさい。彼は貴方の伯父に当たる人です。ノヴィルの騎士団長を務める人ですが、もしかしたら島にある家のほうに来ることもあるかもしれません。貴方のお父さんの名前を出せば、彼もわかってくれるでしょう。
貴方がこの手紙を読むときにはもう、私は貴方に会えないでしょう。辛い思いをさせてごめんなさい。ずっと傍に入れなくてごめんなさい。でも、私も父さんも、貴方を愛していました。
どうか、生きて、私のただ一人の愛しい子供へ。母より。
その文面は、ルデルへの、ルデルのお母さんからの、手紙だと最初と最後でわかる。でも、その間が問題だ。
何かあってルデルは死んでしまったと。
お母さんはルデルに生きてほしくて、ルデルの魂を獣の身体に移したと。それは自分のわがままで。
ルデルの身体には獣の魂を移したと。獣の持つ怨みの力がルデルの身体を成長させて守る力に変えれると。
そして、お母さんはずっとルデルに嘘をついていたと。その嘘は自分はルデルの妹だということ。
「クデルが、ルデルのお母さんなの?」
その言葉に誰も返してくれなかった。でもそれが、肯定に受け取れる。
この手紙だけでは真実はわからない。何故クデルがお母さんなのか、若いように見えてそれなりの年齢なのか、それとも私達と同じ転生者ということなのか。聞きたい事が沢山ある。
今のクデルとアンちゃんの状況を知りたくて、私はクデルのかけている眼鏡に視界を移す。するとその視界の先で、拘束されているアンちゃんの姿が見えた。
「メガネ」
ルデルの声に視界を戻す。ルデルは彼から視線をそらさずに落ち着いた声音で言った。
「クデルのところに先に戻ってくれ。俺は、こいつと話してから行く」
「……ルデル」
「俺なら速く行ける。残った眼鏡は俺が持っていくから」
「……わかった」
ルデルの事も気になるけれど、何よりアンちゃんが心配だ。
クデルの眼鏡に移って、また人の姿になるまでに時間は掛かる。それでも、アンちゃんを助けるのに私のスキルが役に立つはずなのだ。
「ごめん、ルデル」
そう言って、私はクデルの眼鏡を目指して意識を移した。
○―○
クデルはプレニルの城の中を歩いていた。目の前には気を失ったアンを運ぶジャンシェ。クデルの後にはトイがいる。トイは不機嫌を隠さずに唇を尖らせる。
「ねー。この女、前教皇時代の政治努めてた男の娘なんでしょー?殺さないのー?」
「黙れトイ。彼女が重要な情報を持っていると言ったんだ。前教皇の息子といい、猊下の判断を仰がなければならない」
「でも僕達の伝言はできないんでしょ?すごく怪しくない?猊下にしか教えたくない情報なんてあるの?嘘じゃない?」
「嘘ではありませんよトイ様。父も最期の時まで隠していた事です。その秘密を知った私も罰を受けてもおかしくないですが、できれば前教皇の機密を猊下に伝えてからにさせてください。その為にも、前教皇の息子である王太子を探し出したのですから」
クデルの言葉にトイの頬がさらに膨らむ。同僚のその様子にジャンシェはため息をついて再び前を向いて歩き出す。
彼らに変な警戒を抱かせないよう、クデルは慣れない笑顔を顔に張り付けていた。こんな笑顔、メガニアでもルデルが亡くなってからも作った事なんてなかったなとふと考えてしまう。ルデルと一緒に笑顔で過ごせる生活を送る選択も選べただろう。それでも、こちらの選択を選んだのはクデル自身なのだ。
長い廊下を歩き、やっと目的地についたらしい。大きな扉をジャンシェが開き、中に入れば少し離れた玉座に男が座っていた。頬杖をついてとてもだるそうに。目線はクデルの方を向いているはずだが、ぼんやりとしている。
長く伸びる石畳を歩き、玉座の前で膝をつく。ジャンシェはアンをクデルの傍に転がし、プレニルの祈りのポーズをとる。
「失礼いたします、猊下。前教皇の息子を見つけ出した女を連れてきました。この女、前教皇が隠していた機密を知っているようで、猊下に直接話したいと言うので連れてまいりました。いかがいたしましょう」
ジャンシェの言葉にプレニル教皇は何も言わなかった。トイは嬉しそうに教皇の隣に立つ。
「殺しちゃいませんか?どんな機密かはしりませんが、知っている人が減る方がいいと僕は思うんですよ」
「トイ、猊下にも考えがあるんだ。勝手に自分の考えを発言するな」
「でもでも、俺もトイにさんせ―っす」
先程から教皇の後ろに立っていた胴長の男がトイの言葉に賛同する。ジャンシェは何度目かのため息をつき、二人の発言を無視するように教皇を見る。
教皇は黒い長髪と黒目を持つ男だった。教皇はしばらくクデルを見つめていたが、少しして視線を逸らして口を開いた。
「ここで話せ」
「ありがとうございます、猊下」
クデルは笑顔を見せてプレニルの祈りのポーズをとる。そして、一瞬で教皇の目の前に移動した。
プレニルの犬達を抑えこむ魔力も、教皇に対する敵意も隠さず、教皇の喉元に短剣を当てていた。
「動けないわよ。私は特殊スキル・死霊を持っているの。生きている人間の身体を縛り付ける事も、気を失わせる事もできるの」
すぐに十字架を剣に変えたジャンシェがクデルにその刃を奮おうとしたが、身体が重くなり立っているだけしかできなくなっていた。
「猊下!」
ジャンシェと同じ状況のトイが悲鳴のように教皇を呼ぶ。何もできる様子がない三人を確認してから、クデルは今もなお顔色を変えない教皇を見据えた。
「私は貴方に父も、夫も、息子も奪われた。こうして娘の身体を借りて貴方に復讐を果たしたくてここまで来たのよ」
この国の王を殺しても政治が回るように、生きているという噂だけを頼りに前教皇の息子を見つけ出せた。もしプレニルの犬が襲い掛かって来ても倒せるだけの技術をつけた。一人残してしまう息子の居場所も用意できた。
「私の為にも、すべてのプレニルの民の為にも、死になさい。エレオス」
そして、短剣を握る手に力を込めた。
次回はクデルの話を挟みます。




