16 メガネ、入国する。
やあ、どうしたんだい?眼鏡の鼻あての部分が化粧で汚れたみたいな顔をして。
私だよ、メガネだよ!
今メガネは眼鏡の姿でアンちゃんに掛けられてるよ。ナハティガル君以外の人に私の意思が入ってる眼鏡を掛けられるのは初めてでちょっと新鮮。
私達は今、プレニルの首都に向かってルデルに乗って移動しているよ。共用馬車にでも乗ろうかと思っていたんだけど、一応メガニアの重要人物だし、こちらの方が速いっていう事でルデルでの移動になったよ。なので流石に三人乗るのは難しいってことで私が眼鏡の姿になることになったんだ。これはこれで楽だからいいんだけどね。
「クデル、あとどれくらいでつきそうかな?」
「今日中には着くと思います。でもかなり遅い時間になるでしょうから近くの村か、野宿をした方がいいと思います」
「わかった」
一番前に乗っているのはクデルだ。ルデルはプレニル周辺の地理には弱いらしく、詳しいクデルが前に座ってナビをしている。それにしても小柄とはいえ二人乗っているのにこの速さで走れるルデルは凄い。時速60km出ているのではないだろうか。
私達がメガニアを出発してから三日が経った。一日の終わりに私はナハティガル君が掛けている眼鏡に移って報告はしている。結構距離があっても難なく移れるのは便利だ。ただ付喪神を使うとその後アンちゃんの元に戻った時にしばらく付喪神が使えなくなるから少し不便だ。そんな私の気持ちを汲み取ったからか、スキル《可視化》を覚えた。これはあのアプリのように吹き出しを眼鏡を掛けている人に見せる事ができるのだ。つまりは眼鏡の姿でも意思疎通が可能になった。これは大分楽。他の人には見えないように眼鏡を掛けている相手にだけ言葉を届けられるから内緒話も可能。使える場面が増えそうだ。これが私が眼鏡の姿じゃない時も使えたりすれば活用場所がさらに増えそう。凄く有り難いスキルだ。
ちなみにここまで来るまでに色んな村にも寄ったのだけれど、色々あったりもしたけれどそれに関しては割愛させてもらおう。一人ぐらい大人の男性連れてこれば問題なかったトラブルばかりだった。
さて、無事に首都の近くまで来てみたが、付近に村は無かったので野宿する事になった。人の姿に戻ってクデルの料理を味わい、それからいつものようにナハティガル君へ報告。戻って来たらもう寝るだけまでになった。ちなみにクデルの料理はフォルモさんほどではないけれど美味しかった。
アンちゃんの眼鏡に戻って来ると、アンちゃんとルデルは眠っていていたけれどクデルは起きているようだった。今の見張りはクデルのようだ。付喪神を使って人の姿を取ってから焚き火を眺めていたクデルの隣に座った。
「メガネ様」
「見張りお疲れ様。やっとここまで来たね」
「そうですね。何事も……なくはなかったですね」
「ほんとね」
今までの道中を思い返して二人で気分を落ち込ませる。本当に色々あったんです。
その道中でも笑顔を見せなかったクデルの顔を見る。いつも通りの真顔だ。でも少し緊張しているようにも見える。
「お兄さんに無事に会えたらいいね」
「えぇ。……すぐに会えたらいいんですが」
「会えるよ。それでみんなで帰ろうね」
クデルは掛けていた眼鏡に触れて少し首を傾げた。
「……そうですね。帰りましょう。その時は私達もメガニアの国民になれるでしょうか?」
「勿論。クデルもルデルも、そしてそのお兄さんも大歓迎だよ。あ、そういえばお兄さんの名前とか聞いてないや」
「……そう言えばそうでしたね。兄の名前はルデルなんです」
ルデル。その名前に野生らしさもなく腹を上にしてアンちゃんを敷布団にしているルデルに目を向けた。
「おんなじ名前にしちゃったんです。兄と会えなくなってからルデルに会ったので、……ルデルには申し訳ないけれど兄の代わりとして」
「あ、そうなんだ。じゃあルデルはお兄さんに会ったことないってことか」
「えぇ。……それで、兄のルデルは私の双子の兄なんですよ」
「双子なんだ」
「はい。でも見た目はそんなに似てないんです。目つきと目の色だけがおんなじで、髪の色や髪質も違うんです。性別も違うからかな」
「へぇ。それは会うの楽しみだな。性格も違うの?」
「そうですね。兄の方が朗らかで、孤児院の子供達と遊ぶのが上手で、子供達より泥んこになって帰ってくるような人です」
「わぁ」
「いっつも私ばかりが叱っていて。それなのに嬉しそうに笑っているんです。それが腹立って腹立って」
「うわぁ」
かなり苦労していたのだろう。すごく忌々しいって顔に書いている気がする。でもそんな文字はすぐに消えて、懐かし気に目を細める。
「でも、とてもいいお兄ちゃんなんですよね。だから、彼もメガニアで楽しく過ごしてほしいんです」
笑顔ではなかったけれど微笑みにも近い表情だ。クデルを笑顔にできるのはそのお兄さんだけなのかもしれない。少し悔しいし、犬のルデルも悔しさに転げまわりそうだが、何よりもクデルの笑顔が見られるんだ。文句は無いはずだ。
「さ、メガネ様も眠っていてください。見張りはお任せを」
「私は移動中に十分休んでるから、クデルが寝ててもいいんだよ?」
「いえ。戦える者が一人でも起きている方がいいですし」
「……なら、お兄さんのこと、もっと教えて?」
私の言葉に少し驚いたような表情をしたクデルはすぐにいつもの表情に変わった。それからアンちゃんが起きるまで、二人で色んな会話をした。その中でもやはりお兄さんの話になればクデルは少し嬉しそうに表情を崩していたのだ。
翌日。仕度を済ませた私達はプレニルの首都に辿り着く。プレニルの中心地は名前がついているわけではなく、首都、と呼ばれているらしい。首都は人の身長の三倍ぐらいの白い城壁で囲まれていた。首都への入り口には警備の人らしい真っ白で全身が隠れる服を着た男性二人が立っていた。その二人は腰に剣を下げている。
少し緊張するが予定通りに話せば大丈夫だ。そう覚悟を決めて私はその二人に近づく。その二人は剣の柄に利き手を添えたが、私の姿に少し緊張を緩めたようだ。
「お嬢ちゃん?どうしたんだ?」
「プレニルの首都、で合っていますでしょうか。教皇様がいらっしゃる場所ですかね?」
「そうだが、仕事探しか?」
「いえ、名を名乗らず失礼しました」
前世の癖で頭を下げそうになるのを堪え、メガニアで決めた祈りのポーズをする。
「私、新たな国である島国メガニアの巫女を務めております、メガネと申します。この度教皇様、もしくは立場の高い方にお話があり、事前の連絡もなく不躾である事を承知の上で参りました。お手数をおかけしますが、私が来たことを報告おねがいしてもよろしいでしょうか」
男2人は私の言葉に少し驚いた様子を見せた。声を潜ませて何かを話した後、身長が高い方の男が城壁の中へと向かって行った。
「確認をさせて頂くのでしばしお待ちを」
「メガニアという国が出来た事は周知されているのでしょうか」
「えぇ。風の噂ではありますが」
「それはよかった。ここに来るまでに訪れた村では周知されていなかったので、私達はただの旅行中の娘三人組としか思われていなかったのです」
ね。と後ろに振り返れば、アンちゃんは苦笑を見せてくれた。この中では一番年上に見えるだろうクデルが私の近くまで歩いてくる。
「確認は時間がかかるでしょうか。姫巫女様がお疲れなので早めに宿を確保したいのですが」
「申し訳ありません。ここから教皇様の元までは距離がありますので」
喫茶店のような場所で待てないかと思ったけれど、そう言えばプレニルにはそういう場所が無いと聞いていたのを思い出した。そういえば橋のところで食堂を開いた時も驚かれていたし、食べ物が提供されるお店というのは大分珍しいようだ。では何のお店ならあるのかと前にクデルに聞いたところ、食器屋さん、服屋さんが一店舗ずつあるだけらしい。理由としては生活に必要な物は全て国から支給されているからだそうだ。その為国民達の情報はしっかりと管理されていて、情報を提供されていない国民は平等を崩すとして粛清されるそうだ。
しばらく待っていると身長が高い男性が戻ってきた。その隣にはシバと同じ格好をしている男性がついてきていた。
黒い髪を後ろに流したオールバックに切れ長な目。見た目は若そうに見える。
「お待たせしました。ジャンシェ様、こちらの方がメガニアの巫女様で」
「わかった。ありがとう」
ジャンシェと呼ばれた男は私の目の前に立つ。呼びに行った男もデカかったが、それよりもデカくてなかなかの迫力がある。普通の子供なら怯えてしまいそうだ。私は微笑を見せて、再びメガニアの祈りのポーズを見せる。
「はじめまして。メガネと申します」
「私はプレニルの犬の一匹、ジャンシェと言います。猊下からの許可を頂きましたので私がご案内いたします。こちらへ」
そう言って男は先導し歩き出す。その背中を追って歩き出し、私はルデルに近づく。
「ルデル、ジャンシェは剣を使う人だったよね」
「うっす。リーダー的な、プレニルの犬の中では一番真面目な奴っす」
ルデルの言葉に頷いて改めてジャンシェの背中を見つめる。真面目、というなら教皇に対する忠誠心も強いかもしれない。でもトイって子よりは予想外の事はしてこなさそうだ。彼が十字架に触れる時、その時は私がすぐにスキルを使えるようにしなければ。
しばらく歩いていくと住宅に囲まれた袋小路に辿り着いた。どういうことだとジャンシェを見るとジャンシェがこちらを振り返った。
「申し訳ありません、メガニアの皆さま」
「教皇様からの命令でね」
背後からも声がして振り返るとそこにはトイがいた。逃げ道がなくなり、武器は出していないがアンちゃんとクデルがいつでも動けるように体勢を変える。
「どういうことでしょうか」
「教皇様よりもてなせと言われております。猊下は詳しくはお話にならない方なのですが」
「プレニルの犬で猊下の言葉から猊下の望みを考えるんだけど、賛成多数で君たちを武力によりもてなしをしようってなったんだ」
アンちゃんの言葉にジャンシェは不服なように、トイは楽しそうにそう説明した。それは意味を取り違えてるんじゃないかなと思う所が大きい。けれど相手に言ったところで聞いてはくれないだろう。
「……メガネ様」
クデルの潜めた声にそちらに意識を向ける。クデルはジャンシェから目を離さずに言う。
「ここはアン様と私に任せてルデルと一緒に私の兄を探してきてください」
「え、でも」
「メガネのスキルならあいつらの視界を一瞬でも潰す事できるだろ。行ってこい」
アンちゃんも同調するように促す。ルデルを見れば少し不安そうな目をしていた。そりゃルデルの推しのクデルを心配するだろう。私だって残ると言うはずだ。でも二人の戦闘能力は首都にくるまでに十分な物だと知っているし、その戦闘能力は私達がいると十分に発揮できないのも知っている。私の目をくらませるスキルとルデルの足ならばここを抜ける事は容易だろう。でも目的としては教皇と会う事だ。ここから逃げたところで会う機会を失うのではないだろうか。そう伝えるとアンちゃんが少し考えてから言う。
「とりあえず掴まりさえしなければ会う方法はある。ここで全員が捕まったり倒されたりする方が問題だ」
「……わかった。ルデルはどうする?」
「仕方ないっす。アン、いざって時はクデルを守るっすよ」
「努力はする」
こちらの意見が決まり、アンちゃんとクデルは得意武器の短剣をそれぞれ手にする。
「話はまとまりましたか?」
声を潜めていたけれど何か話しているのはわかっていたのだろう。ちゃんと待っててくれるあたり、ジャンシェとしては戦闘をするのは反対していたようだ。ジャンシェもトイもこちらを見ている。アンちゃんとクデル、ルデルは私に背を向けている。やるなら今しかない。
「スキル、光源」
私が上に向けた掌の上に光の玉が現れ、強い光がそれを中心に放たれる。それと同時に私はルデルに飛び乗り、ルデルは地を蹴った。突然の光に驚いて目を閉じているトイの横を通り過ぎ、凄まじい速さで袋小路から離れていく。
「る、ルデル!目的地わかってる!?」
「大丈夫っす。首都に入る前にクデルから聞いてあったから場所はわかるっすよ。首都の端っこ、俺達が入って来た入り口と正反対の場所っす!」
そう言ってルデルのスピードがさらに上がる。私はとにかく振り落とされないように必死にルデルの毛皮にしがみついた。
○-○
ルデルとメガネがその場から離れたのを確認してアンはすぐにスキルを使って糸を作りだし近くの壁に向かって放つ。蜘蛛の巣の様に粘着性を持った糸がくっついたのを確認してアンは地を蹴ったが、その糸が切れた。ゴムの様に伸縮性もある糸だった為アンとしてはその伸縮を利用して素早く移動したかったのだが、それが途中で切れた為にアンの身体が地面を滑る。
アンがすぐに立ち上がろうとするも、その足を払われ地面に突っ伏す形となる。そしてその背中を小さな足が踏みつけた。
「失礼しました、お二方」
どちらの攻撃だとアンが舌打ちをしようとしたが、上から聞こえてきた声に衝撃を受けその口が止まる。
ジャンシェもトイも、光によって潰された視界が回復して見た光景に驚いているようだ。
アンを踏みつけているクデルはその体勢のまま、両手の指を触れあわせ円を作るプレニルの祈りのポーズを見せる。
「私はプレニルの国民の一人であるクデルと申します。元教皇の息子を見つけここに連れてまいりました」
クデルの言葉にアンはなんとかクデルの方に視線を向けた。クデルはメガネが与えた眼鏡をかけている。それはプレニルに追われていたクデルに安心を与える為にとステータスが見れる仕様にした眼鏡だ。それによってアンの正体を知ったのだろう。
アンがなんとかクデルの足から逃れようとするも、身体の力が抜けているのに気づく。
「……クデル、騙したのかっ」
少しずつアンの視界がぼやけていく。その視界に最後まで映っているクデルがいつもの無表情でアンを見下ろしていた。
「しばし眠っていてください、ルーメン様」
そしてアンの意識が切れた。




