13 元騎士、弟夫婦を思う。
自分は何にも動揺しないような男だと思っていた。それが自分の強みであり、そしてこれがあるからノヴィルの騎士団長として務めきる事が出来た。
だから、まさか大きな犬に運ばれてきた少女の顔を見るだけでこんなに動揺するとは思わなかったのだ。何せその少女は、自分が大事に思っていた人たちにそっくりだったのだから。
俺の名前はフォルモ。出身は現メガニア。親が農作業を営んでいたからそれを手伝う幼少期を過ごしていた。手伝う必要が無い時は二つ下の弟と共に遊びまわっていた。俺は一度親とノヴィルに行った時に出会った騎士に憧れて、弟と木の枝を打ち合う遊びをよくしていた。
俺が幼少期の頃は同じ年代の子供も多かった。親が他国に働きに出ていて、祖父母の元で生活している子供が多かった。だから今のメガニアよりも賑やかだったとは思う。
遊び相手には困らない環境ではあったが、とある日プレニルから優しげな女性とよく似た少女がやって来た。
父親はプレニルで仕事をしていて、母親が身体が弱いので島で療養する為にきたそうだ。
母親が眠ってしまったのか、暇そうにしていた少女に声を掛けた。彼女の名前はフェンテ。吊り目の少女だった。
身体を動かすのが好きだと言ったので木の枝を渡し、剣術ごっこに誘った。彼女はそれに了承し、そして俺をボコボコに負かしてくれた。今まで誘った子供にはいつも勝っていたから、まさか負けるとは思わなかった。あまりに悔しくて泣いてしまったぐらいには、ショックを受けた。
その後もフェンテの都合が合えば剣術ごっこを続けていた。負けてばかりではあったが、少しずつどう対処すればいいのかも理解してきた。フェンテに会わなかったら、恐らく騎士になる時でも自分は最強だと豪語する愚か者になっていただろう。
フェンテも騎士や兵になるのかと聞けば、彼女は父親の仕事を手伝いたいと言った。フェンテの父親はプレニル国の中心部で仕事しているらしい。プレニル教皇にもフェンテは会った事があるらしいが、とても優しい教皇だったと教えてもらった。
フェンテの剣術は父親から習ったのかと聞けば首を振られ、母親から習ったと聞いた。身体が弱いと聞いている母親から習ったなんて、最初は嘘だと思った。彼女の母親は水が入ったバケツは持てず、少し歩いただけでも息切れをしているのを見ていたのだ。
嘘だろ、と聞けばフェンテは頬を膨らまし、明後日の夜家に来いと言った。
実際に行ってみて驚愕した。普段の虚弱が嘘のように、彼女の母親は美しく踊っていたのだ。その足取りにふらつきも見せず、力強く踊っていた。そしてその動きは、戦っている時のフェンテの動きと酷似していたのだ。
聞けば彼女の母親の家系はモンスターを倒す家業をしていたらしい。代々その技術を子に受け継いでいて、その技術は踊りとして教えていると。
でも母親は人と剣を交えた事は無いけれど、とフェンテは苦笑を見せた。それでも、経験が無いという母親を見ていると、俺はきっとこの人にも負けるのだろうと感じ取れた。
まぁ、次の日からしばらく寝込んでいたので実戦には向かないようだが。
そうして、弟とフェンテと遊ぶ日々が過ぎていった。お互い身体が成長し、俺はフェンテから白星を取ることも増えてきていた。前から騎士を目指していた俺の身体は筋肉が目立ち、身長も伸びていた。フェンテは大分女性らしい身体つきになっていたが精神の方は変わらず、女子の友達と遊ぶよりも俺達と遊ぶ方が楽しいようだった。そして、この頃だった。
「兄さん、俺フェンテの事が好きなんだ」
弟のリュフが俺にそう伝えてきた。俺とリュフは同じ部屋に寝ている。よく相談を受けたりはしていたのだが、こんな相談が来るとは思ってもいなかった。
「そうか。リュフがとうとう恋をするなんてなぁ」
「いいの兄さん」
「何が?」
「兄さんだってフェンテの事好きだろ?」
リュフの言葉に俺は目を丸くした。
「俺が、フェンテを?」
「うん」
「いや、そんな風には見ていないが」
「嘘だぁ。良く一緒にいるのに」
「一緒にいるのは友人だからで、お前より剣術上手いしな」
「ど、どうせ僕は力が無いよ」
まだリュフは小さい。俺と同い年のフェンテと比べても力が無いのは仕方がないだろう。まだ悩むには早いというのに。
「じゃあ明日はリュフはフェンテと遊んで来い。俺は母さんの手伝いしてる」
「え、でもあの仕事は二人でしなさいって言ってたじゃん」
「俺の身体鍛えたいから一人でやるって言っておく。ノヴィルの兵になれるまであと三年だ。もっと鍛えないと」
「……ありがとう、兄さん」
そうして、翌日にリュフとフェンテが二人でいるのを見かけた。なんだか胸が痛かったが、その痛みを気にしないでおくことにした。
だと言うのに、その日の夕方にフェンテが俺のところに訪ねてきた。
「フォルモ、なんで今日は来なかったの?」
「……リュフから聞いただろ?手伝いしてたんだよ」
「その手伝いなんてリュフと二人でやったらすぐ終わる奴でしょ?長い付き合いだから私知ってるんだから」
ここまで叱られるのは予想外だ。最近は俺に負ける度に「女の子扱いが悪い」と怒ってくるのだから、たまには俺と剣術をするよりリュフと遊んでいる方がいいだろうに。そう伝えてみるとフェンテは頬を膨らませる。
「毎日動かないと訛るじゃない。動かせてよ」
「動かないと太るとか?」
「言うなバカフォルモ!」
「リュフと二人でもいいだろ。どうせ俺は15になったらノヴィルに行くし」
「……騎士になる為?」
「おう」
「私のパパと敵になっちゃうじゃない」
「親父さんは事務関係なんだろ?俺と直接剣を交える事はないだろ」
「でも」
そこでフェンテは黙り込んだ。なんだと思って逸らしていた視線をフェンテに向ければ、フェンテは泣いていた。大粒の涙をボロボロ流して、嗚咽を必死に抑えようと両手を口に当てていた。
俺に負けても泣くことがなかったフェンテの泣き顔は初めて見るものだった。こういう時どうすればいいのかわからず、フェンテに手を伸ばそうとしたが、その前にフェンテは俺に背を向けて走り去ってしまった。
それから3年。俺はノヴィルの兵になる為この島を出た。どうしてもノヴィルに生きたかったのは、プレニルだと平等な力を求めるから自分の全力を試せないと思ったからだ。そう自分で決めた事だったが、見送りに来なかったフェンテの泣き顔を思い出し、少しだけその決心が揺れてしまった。
俺がノヴィルにいる間リュフから手紙が定期的に届き、俺が隊長になった年にリュフとフェンテは結婚し、フェンテの父親の仕事を引き継ぐためにプレニルに引っ越したと聞いた。フェンテの母親は無事にフェンテの花嫁姿を見た後に逝ったようだ。
俺がフェンテの隣に立つ未来もあったのだろうか。そう考えてしまった頭を振る。それから嘘偽りの無いリ祝いの言葉をリュフへ手紙で送った。
そうして、俺は28の歳にミーティア様の依頼を受け隊長をノヴィルを巡った。その後、島に戻って来ると警備できる者がいないと聞いてしばらく島に住むことにした。アンブラという少年を探す為にはプレニルにも行った方がいいのはわかっていたのだが、どうしてもプレニルには行きたくないと小さな俺が泣きじゃくる。幸せに暮らしている弟夫婦を目の前にしたら、俺はどうするのか俺にもわからない。わからないのなら、会いに行くのは、出会ってしまう確率が上がってしまうのは避けようと俺は思っていた。
島に新しい女神が現れ、そして小さな島がメガニアという小国になる事が決まったり、そして小さな女神様が俺の料理を気に入ったりと、ここ最近は色々な事があった。
その中で犬に運ばれた少女を見た時、彼女はとてもリュフにもフェンテにも似ているように見えた。
まさか、と思いながらも彼女を観察していると、彼女は小さな女神様に踊りを教えていた。
その踊りを俺は見た事があった。そしてその踊りを活かした少女にコテンパンに負けた過去もある。それを間違えるはずはない。
「えっと、クデル、だったな?その踊りはどこで覚えたんだ?」
クデルと名乗った少女に思わず聞いていた。
少女は俺の顔を見ると少し怯えていた。だからできるだけ関わらないようにと思っていたのだが、どうしても確かめたかったのだ。
「母からです。……母の家では短剣を使った武術を受け継いでいて、その武術が踊りの様に見えるということで子供達には踊りとして伝えているそうです」
「……母親の名前を聞いていいだろうか」
彼女は孤児だったと聞いていた。無いと思いたかった。俺はまだ、まだフェンテに謝っていないのだ。
「フェンテです」
「ち、父親は」
「リュフ、です」
嘘だ、と叫びたかった。泣き叫びたかった。それを必死に抑えて、クデルの頭を撫でてやる。その吊り目も髪色もフェンテにそっくりで、その顔立ちはリュフを思い起こさせる。
「そうか、あいつらの娘なのか」
「……知っているのですか?」
「あぁ。また今度教えてやる。食べ終わった頃にまた来る」
今は早く一人になりたい。逃げるように走り出したいのを抑え込んでゆっくりと歩いていく。
いつの間にか姪ができていたのか。あの二人は仲良く暮らせていたのだろうか。
俺がプレニルの兵になっていれば、二人を守れていたのだろうか。
悔いはどんどん溢れていく。溢れて溢れて、行き場所がなくなって、涙になって溢れる。
誰にも見つからない場所に移動して声を押し殺して泣いた。大人になってこんなに泣くとは思わなかった。
しばらく泣いてから近くの小川で顔を洗い、食堂に向かう。すると食堂の方からクデルが歩いてきた。
「クデル?」
「あ、フォルモさん。お椀は食堂にいた方に返しました」
「あー、すまない。俺が取りに行くと言ったのに」
「いえいえ。ごちそう様でした。美味しかったです」
「それならよかった」
会話が無くなった。何か話題を探そうにもクデルについてそんなに詳しくない。クデルの両親の話をするにしても、変な事を口走りそうに思えた。別れようかと思った時、クデルが口を開いた。
「その……、お父さんから聞いてました。フォルモさんはリュフ父さんのお兄さんですよね」
「き、いてたのか」
「はい。ノヴィルに行って隊長になる程の強い人だって」
「そうか。……二人が死んだ時いてられずすまない」
「国が違ったのだから仕方ないですよ」
「いや、だが手紙が来なくなった頃に気づければ……、いや、ただの言い訳になるな。忘れてくれ」
姪に謝るにしても言葉だけでは足りない。彼らの最期を聞くのも違う。こういう時に何を言えばいいのかわからない。俺が悩んでいるのに気づいたのか、クデルは口を開いた。
「じゃあ、今度からはフォルモさんが私達の帰る場所になってください」
「帰る場所?」
「はい。いずれプレニルに兄を迎えに行かないといけないんです。だから、兄と私を迎えてください。その時にはお父さんやお母さんの事、伝えますね」
笑顔は作れないのか真顔なクデルに苦笑する。
気持ちの整理をさせてくれるのか、その心遣いに感謝してしまう。俺より年下の娘にそんなことをさせてしまったのは心苦しいが。
「わかった。その時は迎えてやるよ」
「ありがとうございます」
そう言ってクデルは歩いていく。その背中に少しばかり懐かしさを感じながら俺も食堂に向かって行く。旅だった彼女が帰ってきた時どう迎えてやろうかと、未来の事を考えることを楽しんでいた。
フォルモさんの存在は、ほぼ私の好みです。
皆のお父さん的な存在を考えていたはずですが、料理で皆の胃袋を掴んだお母さんみたいになっている……。
隊長だったというだけあってメンバーの中で一番の戦闘能力を持っているはずなのですが、まだ戦闘シーンが無いおかげで出番が料理しかない。でも今後戦闘があるかというと……、フォルモさんが戦う予定は全くない状態で困ってます。
まぁ、うん。「お家で夕飯作って子供達を待っているおかん」的な存在です。それがフォルモさんです。




