12 歌姫の転機
こうして自分の過去を振り返るなんて今までそんなことをする機会がありませんでした。
昔の私は、生きるのに必死で、必死だったんです。
あ、えっと。私はセレナード。プレニルで生まれた黒人です。
プレニルは黒人を許さないのですが、プレニル全土にその目を向けるのには限度があります。私はプレニルの首都から大分離れた村で生まれました。その村はほとんどが黒人です。たまに気まぐれでやってくるプレニルの犬には皆が先に気づいて村から離れ、森にしばらく暮らす事もよくありました。
そうして暮らしていけたのは、大人の知識と、犠牲があったからでしょう。黒人の村は皆が仲が良いわけではないのです。大人は自分達は静かに暮らせるように子供を産み、そしてその子供達の中から選んだ子を奴隷として売るのです。子供であれば抵抗も少ない。そして教育次第でどうとでもなるのです。
私は黒人の皆の中でより黒い肌を持って生まれました。母は私と同じ肌の色ではないし、父と思われる人も、村の中にいる大人たちにも、同じ肌の者はいませんでした。気味悪がられた私がここまで生きてこれたのは、奴隷として売り出す最高力候補だったからでしょう。
母はまだ私を愛してくれてました。皆がクロと呼ぶ中でちゃんとセレナードという名前をつけてくれたのですから。
そうして私は4歳の時、売られていきました。
こんなに幼い子供を買う人はいないと思われるでしょうが、観賞用として買う大人も多少いるのです。それよりも道具として買う大人の方が多いのかもしれませんが。
真黒な肌の私は気味が悪いという事で売れ残りになりました。売れ残った子は見世物として使われたり、運べるならば誰でもいいと大量に買われ重労働に使われます。でも女は重労働に買われることはありません。女には別にやれることがあるのですから。
でも私はその女が出来る事が出来ませんでした。身体は健康だというのに、真黒な肌が気味が悪くてその気にはなれないようです。
あまりに黒い少女だった私ができたのは見世物でした。隠す面積が少ない服を身に纏い、この黒い肌が本物だと見せる事しかできませんでした。人に触られることもありましたが、度胸試しのように突かれるぐらいで、その扱いは人間の物とは全然違いました。
ただの見世物として生きるしかない私でしたが、身体は成長するもので女性らしい身体に変化していました。それだけで、私を見る視線が変わったのを感じました。下手すれば着ている服を脱がされそうになり、自分を守る機会が増えて行きました。
それでも、私を買う人間はいませんでした。やはり真黒は気味が悪いのでしょう。そして、この国でそんな奴を飼っているなんて周りにどう見えるかもわかりません。
見世物の私の所有者は色々考えて私をノヴィルに連れていく事にしました。不平等なノヴィルなら私の買い手がつくと考えたのでしょう。
プレニルを出る時、教会から歌が聞こえてきました。その歌はノヴィルへ向かう道の間、私を勇気づけるのに十分な美しさを持っていました。その美しさは旋律であり、付属された歌詞は気持ち悪い物でしたが。
ノヴィルへ向かう道は大型の犬のモンスターが引く車で行きます。その間私は箱に入れられ、外の様子を見れる状態ではありませんでした。一応明かり取りの隙間があるだけでとても退屈で、私は聞こえない声でプレニルで聞いた歌を口ずさむ事しかできませんでした。
ノヴィルに着いた時、プレニルとの違いに驚きました。プレニルは明るい雰囲気でしたが、ノヴィルは少し暗い、よく言えば落ち着いた雰囲気の場所でした。大通りと小道で人の雰囲気が全く違い、大通りには沢山の人が綺麗な服に身を包み、小道の方は少し汚れた服を着た人がこちらに目を向けていました。
私達奴隷の所有者様はその小道を歩いていきました。言い忘れてましたが、私の他には2人奴隷がいます。どちらも私と違って肌の白い女の子ですが、二人とも欠損が見られる子達でした。
ノヴィルは不平等な国。奴隷の扱いはどうなるのでしょう。プレニルよりも酷い扱いをされるのでしょうか。いっその事死んでしまった方がいいかもしれない。そう思った時だった。
「おじさん、その子達は奴隷?」
所有者様にそう声を掛けたのは私より小さい少女でした。ノヴィルの流行りでしょうか、被るだけの服には細長い布を巻きつけたりしています。
「お嬢ちゃんには関係ない話だ。どっか行きな」
「その子、買いたいんだけど」
そう言って少女は私に指を指した。予想外の事に驚いたのは私だけではなかったようだ。所有者様の顔を見ると口の開閉を繰り返し、やっと口を閉じて咳払いをした。
「簡単に言うが、金は持ってるのか?」
「持ってるけど彼女を買うには足りないかな。足りない分は縄の結び方を教えるってことでいいかな?」
「結び方だぁ?」
「奴隷商は結構奴隷を逃がす事があるって聞いた事があるよ。特に力がついた奴隷をね。簡単に抜けない結び方、知りたくない?」
「……いいだろう。試しにやってみてくれ。そこの奴隷ならちょうどいいだろ」
「自分がやられて確認した方がいいと思うよ?手出して」
少女に言われ所有者様はしぶしぶ両手を出す。少女は所有者様が持っていた縄を借りて所有者様の両手首に巻き付けていく。なかなか複雑な結び方のようで、所有者様の質問にも少女は答えながら結び方のコツやどうしてこうするのかも詳しく教えていた。そして少女は息を吐き出し、所有者様から手を離す。
「こんな感じだけどどう?」
「ほぉ、確かにこれでは簡単には抜けそうにない。しかも結び方も複雑だから他に知る者も少なそうだな」
「良い情報じゃない?」
「そうだな。すこしばかりまけ」
所有者様が言ってる間に所有者様の身体がぐるっと回転した。潰れたような声を上げ、痛みに顔をしかめる所有者様。立ち上がろうにも縛られた両手では難しいようだ。それでもと足を使って立ち上がろうとしても、その両足首はいつの間にか縛られていて、ふと見れば私の両手首を縛っていた縄が無くなっていた。
「行くよ。君たちも好きに動きな」
少女の声と手を引っ張る暖かい掌。私の他の奴隷達も身を縛る縄が無くなっているようだった。
私の手を引く少女は走る速度を上げ、私も引っ張られるがままに走る。こんなに走るのは初めてだった。
血を吐くんじゃないかって感覚が私の喉に迫る。これ以上走れない、そう足が痛みを訴えるもその足を動かしていた。ここで止まってはいけないんだ。私より小さな少女の手を離してしまえば、私はまたただの見世物となってしまう。
しばらく走って、少女はやっと止まった。止まる事を許された瞬間に足はその役目を終えたように力が入らなくなり、私は地面にへたり込んだ。息を整えようとしてもなかなか整ってくれない。カラカラになった喉からは血も唾も出る事はない。
「ほれ」
少女の声に重い頭を上げると少女が桶にたっぷり入った水を差しだしてきた。その水に両手を入れ、掬い取った水を喉に向かって流す。何度も何度も飲んで、やっと落ち着いた時、改めて周りを見た。
建物に囲まれた小さな広場。地面には石畳が敷き詰められていて、広場の真ん中には井戸があった。
少女は桶に布を浸し、固く絞る。それから私の肌を拭き始めた。
「え、や……」
「動かないで。目立たないとはいえ汚れてるじゃん。女の子は綺麗にしてる方がいいよ」
そう言って少女は私の身体を拭き、それから持っていた荷物から白い女性服を取り出した。
「はい。これ着て。そんなボロボロな服なんて似合わないよ」
「で、ですが、これは貴女様の服なのでは」
「替えは他にもあるし大丈夫大丈夫」
返そうとしても少女は首を縦に振ってくれない。仕方なく、今見に着けている布を剥がし、その服に袖を通す。ふと見れば少女はこちらに背を向けていた。やはり、真っ黒な肌は見ていて気持ちが悪いのだろうか。
急いで服を着たけれど、困った事があった。
「……あの、ごめんなさい」
「あ、着た?」
「その、ちょっとサイズが合わなくて」
着れはしたのだが、胸元が苦しいし裾も短くて腿の半分までしか隠せていない。これでは肌が目立ってしまう。
少し困っていたが少女は荷物から黒い大きな布を出して私に向けてきた。
「えっと、似合う服買うので、これで肌を隠していて」
「か、買うなんて。奴隷でありますから適当な布で十分です」
「いいから。奴隷だっていうならこれは主人の命令。いいな?」
顔を赤くしながら私に向かって指を突き出して、それから少し急ぎ足で少女は歩いていく。その背中を見失わないように布を頭から被って少女の後を追いかけた。
少女は私に合うサイズの服を買い、靴とマントも買ってくださった。恩をどうやって返そうかと考えていると、少女は食べ物も買ってきてくれた。初めて普通の人らしく過ごせている。私の肌の色のせいですれ違う人の目を惹いてしまっているけれど、それを気にしないで歩いていく少女の背中を必死に追いかけた。
賑やかな場所から離れ、小道をしばらく歩いた先に会った小さな家。そこに少女は入っていく。私も中に招かれると、中には小さなテーブルと椅子、そしてベッドがあった。ここが少女の家なのだろうか。少女は椅子に座り、私にはベッドに座るように促したので大人しく従った。
「そういえば名前聞いてないや。お、……私はアン。貴女は?」
「……セレナードです」
自分の名前を言うなんて久しぶりで、本当に自分の名前だったのか少しばかり不安を覚えた。少女は私の頭に手を伸ばす。少ししてその手を離して私の顔を覗きこんだ。
「よし、これで可愛い」
「可愛い?」
「えーと、はい」
少女が差し出したのは綺麗に磨かれた金属だった。その金属を覗きこむと人の顔が見えた。黒い肌、黒い髪。これはまさか、私なのだろうか。知らなかった自分の青い瞳、そして頭には見覚えのない赤い布。
「……布?」
「リボンっていうの。真っ黒だから赤が映えそうだなって」
「……黒」
あぁ、黒を目立たせようというのか、と少し浮き上がった気持ちが沈んだ。この少女も結局は私を見世物にするのだろう。何もできない、見た目が変わっている人間として。
「セレナードの肌の色、とても綺麗なんだし、それを活かすのがいいかなって思ってたんだよ」
少女の言葉に私は驚いた。少女の顔を見れば視線を受けて首を傾げてくる。嘘を言っているようにも、貶しているようにも見えない。少女は本当に、私の肌が綺麗だと思ってくれているのか。
「肌よりさらに黒い髪も手入れすれば綺麗になりそうだよね。それでいて青い瞳なんて綺麗すぎて人目を惹くのは仕方ない。だからって見世物になるのは許せないんだよな。生き生きしていてもっと輝くっていうかなんていうか……って、どうした!?なんか悪いこと言ったか!?」
焦り出した少女の顔を見てやっと私が今涙を流している事に気が付いた。気づいてしまったら涙はさらに大粒になり、口から嗚咽も漏れだした。耐え切れなくなって顔を両手で覆う。
初めてだった。私の姿を笑いものにしなかったのも、綺麗だと言ってくれたのも、こうして傍にいて背中を撫でてくれるのも。少女が、全て教えてくれたのだ。
気づけば、日が変わっていた。外から聞こえてくる祈りの歌、小鳥の声、差し込む陽の光。こんなに賑やかで、静かな朝は初めてだった。
あのまま泣いて眠ってしまったのだろう。少しの恥ずかしさを覚えつつ、少女の姿を探す。しかし、この小さな家のどこにも少女の姿はなかった。
テーブルに何かが置いてあるのに気づいて近づくと、パンと水が置いてあった。これを食べてくれということなのだろう。しかしそれに手を付けず、私はベッドの上で膝を抱えた。少女に謝ってから食べようと決めた。そう決めたのに、少女は何時になっても帰ってこなかった。
ノヴィル内を探しても少女はどこにもいなかった。不安を覚えつつ家に戻ると、そのご近所さんらしい人が私を迎えてくれた。その人は少女から言伝を頼まれたと言って、私に伝えてくれた。
少女には仕事があって、しばらく帰ってこない事。家は好きに使っていてくれていいという事。
彼女が何処に行ったかはその人も知らないと、ただ他国に行かないと行けないと言っていた気がすると。
その人に礼をし、私は少女の家に戻る。私しかいない小さな家。ここでなら暮らしていけるかもしれない。少女にとって私はもう奴隷ではないのだろうか。もしそうだとしても、私は彼女の後を追いたいと思ったのだ。
「そうして私はプレニルとノヴィルの間にある島にやってきて、無事にアン様と出会えたんです」
「そうだったのですか。……なかなか凄い人生ですね」
私の話を聞いてくださったのはクデルさんだ。その足元にはルデル君もいる。
クデルさんに私がここにいるわけを聞かれたから隠すことなく答えたが、相手は子供なのだから奴隷の時の話はもう少しぼやかしてもよかったかもしれない。クデルさんはなんだか私より年上のような雰囲気があるからか、子供を相手にしているように思えないのが困る。
「そっか。アンさんがセレナードさんを助けてくれたんですね」
「そうですね。アン様に会わなかったら歌を歌う機会も得られませんでしたし、良い生活を過ごさせてもらってます」
「アンさんがいたから私達もセレナードさんに会えたんならアンさんに感謝しておかないと」
そう言いながらクデルさんはルデルさんの背中を撫でる。それから再び私に視線を向けた。
「もしアンさんが違う国に住まなきゃいけなくなったらセレナードさんもついていくの?」
「いえ、恐らくついていかないと思います。ずっとアン様の後を追わなくても私は今、ここでやりたいことがあるんです」
私の歌を褒めてくれて、躊躇う私に歌を歌ってほしいと願ってくれた。幼いのに不思議な雰囲気を持つメガネ様も、まるでアン様と同じように私に新しい生き方を教えてくれたのだ。私を求めてくれるのなら、ずっとここで暮らしたい。それが、今の私の願いなのだ。
「私も、セレナードさんのこと応援していますよ」
そう答えてくれたクデルさんの表情はほとんど無い。この子の笑顔も、何か訳があって無くなってしまったのだろうか。
もしそうであれば、彼女の笑顔が戻るような素敵な歌を贈りたい。その為にも私は明日、沢山の人の前で歌を披露するのだ。
今回はセレナードの話でした。
彼女は元々から不平等を伝える為の存在であったのですが、黒人にしようと決めたのは本当に最近でした。
理由としては人の差別として肌の色の差別が見た目でわかりやすい不平等だと感じたからです。酷いことをさせてしまい物凄く申し訳ない気持ちでいっぱいではありますが、今後は多分これより酷いことはしないから許してくださいセレナードさん……。
真っ黒い肌の真っ黒い髪って実際どうなの?と思われる方もいるかもしれませんが、本当に綺麗な黒人モデルさんがおりまして、彼女達のような容姿をしていると思ってください。セレナードさんは本当に美人設定です。
念の為、この物語は差別を助長するものではないです。
主人公のメガネは差別あかん絶対!と叫びます。




