10 メガネ、決意固める。
やあやあ、どうしたんだい?
いつもの場所に眼鏡が無くて必死に昨日の記憶をひっくり返してるみたいな顔をして。
私だよ!メガネだよ!
今私達はナハティガル君の執務室に集まっている。集まっていると言っても私、ナハティガル君、アンちゃん、フォルモさん、ルデルのメンバーだ。人数分用意された椅子を円を描くように配置し、着席している。
集まっている理由は勿論今後の事の為だ。課題はそれなりにあるから執務室内の空気は会議のものと同じだ。変に緊張してしまうから空気を変えたいところだけれどそのような状況じゃない事を知っているので黙っておく。
「えっと、じゃあまず捕虜にしたプレニルの犬のシバの怪我についてなんだが、恐らく骨をやってしまってる。今はもう痛みに耐えきれなくなったみたいで、とりあえず固定してベッドから動かないようにしてとりあえずそのまま様子見だ」
「フォルモさん、治療は出来ないってことですか?」
「ミーティア様みたいな治療スキル持っている奴は知らないからなぁ。魔女ならもしかしたら、と思うが知り合いがいない。ルデル、クデルと一緒に治療を手伝ったと聞いていたが、お前たちは治療が出来るのか?」
「治療はできないっす。俺らがあの時セレナードさんにやったのは死から離すことしかできなかったんで」
ルデルの言葉に首を傾げる。皆も同じようにわかっていないようだ。それに気づいたルデルはできるだけわかりやすく説明を始めた。
「クデルは孤児院でしばらく過ごしていたんだけど最近は孤児院を離れて魔女の元で暮らしていたんっすよ。魔女が蘇生魔法を創り出そうとしている過程で人のオーラってものを知識として得たんす」
「オーラ?」
「そっす。普通は見えないけれど人一人が纏っているオーラ。得意魔法の色をしているとも、感情によって色が変わるともいうらしいっす」
「そのオーラが治療に関係したって事?」
「クデルがしたのは死のオーラをセレナードさんから離したってことっす。死のオーラから離してその間に治療してもらえれば死より生のオーラが強まってくれるから治療失敗することは低くなるっす」
クデルがしたことはあくまで補助っすよ。とルデルはしめた。治療ができるなら良い事だと思ったけれど治療が出来るわけではないのは残念だ。怪我や病気の治療が出来る人は必要だ。どこかで魔女を探してもいいかもしれない。それまでシバには痛みに耐えてもらおう。
「そういやぁ、シバのことなんだけど、あいつもゲームの攻略キャラっすね」
「え、あ、ルデルその話は別の時に」
「なんでっすか?あ、フォルモさんには教えてないんすか。別に伝えてもいいんじゃないっすか」
ルデルの言葉に何と答えようか思わず唸ってしまう。ナハティガル君は受け入れてくれたけれどフォルモさんは、というか普通の人は受け入れられないのではなかろうか。寧ろこの世界ではゲームというものもないのだからその辺を質問されても困る。しばらく黙っていると横にいたナハティガル君が私の肩を叩いた。
「フォルモもわかってくださると思います。黙っているよりは伝えてもいいと思いますよ」
「私も同じ意見」
ナハティガル君の言葉にアンちゃんも賛同した。フォルモさんも少し気になっているのか私を見ている。私は少し考えてからこの世界の事、私達の事を伝える事にした。一応、アンちゃんがアンブラだという事は隠して。
黙って聞いてくれたフォルモさんはしばらく頷いてから口を開いた。
「プレニルの犬が猊下を狙っていたって言ったのもそういうことか」
「そうなります」
「なるほどなー。んー……、まぁ簡単には受け入れられないがそういうことだと理解しておく」
「嘘だとは思わないんですか?」
「嘘をついたところでなんだって話になるだろ。この世界が嬢ちゃん達がいた世界で作られたものだとしても俺らは生きてるし、それを知ってマズい事も無いし。むしろ嬢ちゃん達はその決められたことを変えようと動いてくれているんなら悪い事は言わねぇよ。敵の情報を知れたり今後起きる事態が推測できるだけで良い事しかない。それが本当かどうかは聞いてから決める」
「……ありがとうございます」
フォルモさんは酷いことは言わないと信じてはいたけれど、やっぱり口にしてもらえると安心する。
これで話しやすくなったとルデルは口を開いた。
「シバも入れたプレニルの犬は攻略キャラなんす。プレニルの犬は4人いて4人は教皇の指示を直接聞いて動く少数部隊で、ちょこっとめんどくさい男達だけど、懐いてしまえば便利な奴らで」
「懐いてしまえばって」
「犬って呼ばれてるんだからその方が言いやすいんすよ」
犬に犬って呼ばれてるのもなんだか可哀想だなと思ったけれど黙っている事にした。私に変わってアンちゃんがルデルに質問をした。
「そいつらがナティを襲った理由はわかったりする?」
「教皇の命令だったかな。地下道を調べて邪魔するような物がいれば排除って感じだったはずっす。その辺はおいらも詳しくは知らなくって」
「そうか。後あいつらの攻撃法って」
「首から下げた十字架を武器に変えて攻撃っすね。十字架もプレニル神の加護を受けた物じゃないと駄目らしいんすけど」
「弓とハンマー、槍と?」
「剣っすね。あいつらの得意な武器の形になるらしいっすよ。あいつらのスキルは使わなかったのであまり覚えてないっす」
「そうか。ありがとう」
アンちゃんは少し間を置いてから私を見る。
「で、あのシバって奴どうする?このままここに置くってわけにもいかないよね?」
「うん。だからって相手に簡単に返しても嫌だし、拷問とかもしたくないし」
シバとの会話を思い出すと、彼も教皇に命令されて仕方なかったというところもあるだろう。彼が国の平等に入るためには仕方なく、そして平等でない存在にまた落ちるのも嫌だっただろう。
敵にまで同情してしまってはキリがないのはわかっているのだが、助けたいと思ってしまうのは仕方がないだろう。もし彼にやり直しをしたい気持ちがあるのなら、メガニアに置いてあげたいと思っている。それを伝えるとフォルモさんが凄く複雑そうに顔を歪めた。
「その気持ちはわかるんだがなぁ。そこを狙って攻撃するような奴らもいる。あまりお勧めはできないな」
「まぁ、そうだろうなとは思ってました」
「わかっているならよかった。アホな平和主義者だったらどうしようかと思ったぞ」
「誰もが平和で幸せなんて難しいのはわかってますよ。出来うる限りってことで無理な物はバッサリ捨てれるように頑張ります」
それから少し考えてから宣言をするように椅子から立ち上がった。
「メガニアは平等であり不平等である国にしたい。けれど、差別だけは一番したくないことなんです。どうしてもプレニルの出身だから、ノヴィルの出身だから、といった違いは出てくると思うけれど、そんなことで人を貶めたくはないです。それだけは皆にも徹底したいと思います」
「……差別している奴がいたらどうするんだ?」
「話し合いをもって解決。それが難しいのなら被害者と接触しない生活をさせるか、最終手段は国外追放でお願いします」
「わかった。お……、私は異存ありません」
アンちゃんの言葉に皆が同意する。全てを理解できていないかもしれないが、とりあえず差別はよくないってことを周知してもらえればそれで十分だ。
「それじゃあシバに関しては一度プレニルに手紙でも出すのがいいかな?」
「そうでしょう。書状に関しては私が用意し、鳥にでも運ばせましょう。あちらから迎えが来るのは避けた方が良いと思われますが、皆さんはどう思われますか」
ナハティガル君の言葉に少し唸ってからフォルモさんが口を開いた。
「次は警備を強くすれば大丈夫だとは思う。むしろこっちがあっちに向かう方が危険ではないか?」
「確かに……、それは危険ですね。ではできればこちらで。どうしても連れてきてほしいと言われた場合は少数で移送しましょう」
「その時にプレニルにいる魔女を確認したいですね。保護してこちらに連れてきてもいいのでは」
「魔女に関する情報収集はフォルモ、お願いしてもいいですか?」
「構いません。警備を強くしつつやっておく」
シバに関する事はプレニルからの返事待ちで、後は楽器や識字率向上などの話を相談し会議は終わった。
そろそろ付喪神の効果が切れるので人の姿の内にやっておきたい事をやらなければ。スキル付喪神はスキルのレベルが上がったからか人の姿になれる時間が長くなり半日ぐらいは継続できるようになった。ただ次にスキルが使えるまでに十分ほどの時間がかかってしまう。とはいえ十分なんてあっという間だ。もっとスキルレベルが上がれば好きなタイミングで人の姿になったり眼鏡になったりできるだろう。そうなれば大分神っぽいのではなかろうか。
そんなことを考えながら向かったのはセレナードがいる部屋だ。扉をノックすると声が返ってくる。自分の名前を告げてから扉を開ければベッドの上にセレナードと、その傍に椅子を置いてクデルが座っていた。その手には紙が一枚ある。
声が出せないセレナードの為にとクデルに頼んで文字の読み書きを教えてもらっている。この世界には本がないのでもう少し文字を覚えたいと思わせられるきっかけが欲しいものだ。小説なんか書ける人も探しておきたい。
「メガネ様、お疲れ様です」
「ありがとうクデル。セレナードの調子はどう?」
「半分程文字は覚えられています。思ったより覚えが良くて嬉しいです」
「おぉ、凄い」
クデルの手にある紙を見てみると文字が並んでいる。平仮名でも感じでもアルファベットでもない文字は私にもまだ読めない。私も隙を見て学んでおかないと。
「その紙は?」
「セレナードさんが開国の際に歌った歌詞です。もう一つ簡単な神様のお話もありますよ」
「神様のお話?」
「はい。子供の寝る前に聞かせるものとして少し有名なんです。メガネ様は聞いた事がありませんか?」
「全くないや。読んでくれないかな?」
「いいですよ。セレナードさんは文字を目で追いながら聞いてください」
クデルが渡した紙を受け取り、セレナードは笑顔で頷く。精神的なものは大丈夫かと心配はしたが、見た限りでは落ち着いているようだ。クデルがセレナードに付きっ切りでいてくれるからかもしれない。
クデルは落ち着いた声で、どこか懐かしさを覚えるようにその物語を口にした。
その昔、最初の神様がこの世界に植物を芽吹かせた。何もなかったこの大地に緑が広がり、そして沢山の生物達が生み出された。その中に双子の人間が生まれた。双子はとても仲が良く、いつも一緒にいた。しかし寿命が尽き、双子の内の兄が死んでしまった。片割れを失った妹は泣きわめき、それから最初の神様に兄を生き返らせてほしいと願ったが、最初の神様はそれを拒否した。そしてその考えはいけないことだと、妹を世界の裏側、死の世界と呼ばれる場所へ落としてしまった。落とされた妹は神に怒り、そして力を得た。その力をもってして兄を蘇らせ、その兄を神に祭り上げ死の世界を統治したのだ。
色々を省いてしまえば物語はこんなものだった。何かの教訓にもなっていないなんてこともない物語だ。桃太郎とか、シンデレラとかのような童話を期待していたので少し期待外れな感じだ。そのようなニュアンスでクデルに感想を伝えるとクデルは肩をすくめた。
「まぁ、つまらないからこそ寝やすいってものですよ。死後の世界があるって話は私は興味があるんですけどね」
「お世話になった魔女が蘇生魔法を作りだしてたんでしたっけ?その影響でクデルも興味があるの?」
「そうですね。すごく興味があります」
そう答えてからクデルは首を傾げた。
「会議をしていたんですよね。ルデルは邪魔をしてませんでしたか?」
「大丈夫ですよ。大人しく話を聞いていてくれました」
「よかった。少し心配だったんです。こうやってルデルと離れるのは片手で数えれるほどしかなかったので」
「そっか。……答えたくないならいいけど、追われてたのは魔女のことで?」
聞くのはマズいかとも思ったけれど気にはなっていたので聞いて見る事にした。今も良くしてくれているけれど、危険な人物かどうかちゃんと確認しておきたい。クデルは少し黙ってから小さく頷いた。
「えぇ。お世話になっていた魔女が狙われ、私達は逃げてきた形になります。魔女と住んでいたのならばその人物も魔女と同じだろうということだそうです」
「それは、酷い話ですね」
「処罰する場合は家族単位で行われますから。それこそが平等だと」
「……クデルは、これからはこのメガニアで過ごす?それともノヴィルに行きたい?」
「どちらかといえばこのメガニアにいたいですね。皆さん私達を受け入れて下さってますし、追われたとはいえプレニルから離れたいというわけではありません」
その言葉に少し驚いた。酷い目に遭ったのだろうにそれでもプレニルから離れたくないなんて、それだけ故郷が恋しいということなのだろうか。
私の沈黙が疑問だと気づいたのか、クデルは言う。
「兄を残してきたのです」
「……お兄さんを?」
「えぇ。今回は私の力が及ばなかったせいで兄を連れ出す事は出来なかったんです。だから、もう少し落ち着いた頃に迎えに行きたいんです。その後はプレニルから完全に離れたいと思います」
「そっか。お兄さんは今は安全な場所にいるの?」
「はい。だから身の安全は心配していません」
孤児院にいたと聞いていたけれど身内が全くいないわけではなかったのか。
それであればもしプレニルに行く事になれば一緒に行ってもいいのかもしれない。追われているとは聞いていても、眼鏡が多少は変装の代わりになるはずだ。それにプレニルを良く知っているルデルとクデルがいれば大分楽かもしれない。
そう考えているとセレナードが私の服の袖を引っ張った。何かと思い目線を向ければ、セレナードは紙に指を滑らせている。その文字をクデルが読み上げた。
「……た、すけに、なってあげてほしい、だそうです。いや、私が読み上げるものではなかったですね」
「あはは、私も文字がわからないので読んで頂けた方が有り難いです。そっか、セレナードもそう言うならそうだね」
私はクデルのほうに改めて身体を向け安心させるように笑顔を向けた。
「もしかしたら私達の方でプレニルに向かう事があるかもしれない。その時にプレニルを知っているルデルとクデルに案内をお願いすると思うんだ。その時にクデルのお兄さんも一緒にメガニアに帰ろう。その手助けをさせてもらうね」
「い、いいんですか?」
「うん。クデルはメガニアに十分貢献してくれたし、仲間には平等に力を貸してあげたいんだ」
クデルは少し驚いた顔をしてから、少し寂しそうな顔で礼を伝えてくれた。
そういえばクデルの笑顔を見た覚えがない。もしかしたらお兄さんが心配で笑えないのかもしれない。元から笑顔を作るのが下手なのかもしれない。でもどんな理由であれ、クデルにも笑ってほしいなと思ったのだ。
ルデル「そういえばメガネの推しはナハティガルなんすよね?」
メガネ「そうだよ。ナハティガル君はかっこよくて優しくて美しくて最高だよね」
ルデル「前世は画面向こうの人だったわけだけど、今こうして実際に会えてどんな気分?やっぱ緊張した?」
メガネ「あー、私こっちで転生に気づいた時は眼鏡だったからさ、多分人間で言えば緊張してキモイ程に汗垂れ流して鼻血出して血涙流してたと思う。人の姿になる前にそれらを経験したから人間の姿になれた後は少しの慣れが出てしまったのが悔しいけど」
ルデル「思ったよりキモイ」
メガネ「えー、最推しに実際会えたら皆そんなもんじゃない?ルデルはどうなの」
ルデル「俺は犬でそんでクデルとあった時は急いで逃げなきゃいけなかったから。メガネ程ではない」
メガネ「そっか。そんな状態だったなら仕方ないね」
ルデル「でもクデルが俺の上に乗ってしがみついてるとか人間じゃ経験しがたい状況で凄い興奮はおぼえたっす。確かにクデルの犬になりたいとはおもっていたけれどこんな形で叶うとは思わなかったっすからすごいやばかったすね。下手したら押し倒していたかもしれないっす。でもメガニアに来るまでも野宿だからと身体くっつけ合って眠ったりクデルの水浴びを周りに危険が無いか警戒しながら眺めたり人間だったら絶対経験できなかったことばかりでもう最高っすよ。最の高。とてもいい。むしろ犬に生まれ変わってよかったっす。俺が元人間だってクデルもわかってないから凄く無防備で、周りに危ない男がいないか警戒をもっと強めるしかできなかったしなにより」
メガネ「わかったわかった。まぁ、とにかく私達が言えることは一つだね」
ルデル「そうっすね」
「人間以外に生まれ変われてよかった」
アン「あの二人と同列に見られたら凄く嫌だな」




