(1)〜呪い屋の彼女とギルドの青年~
彼女がこの街にやってきたのは、もう何年も前のことになるね。
孤児であった彼女は育ての親である「師匠」と死別し、同門であった兄姉弟子達に「師匠」の資産の大半を持っていかれ、果てに慣れ親しんだ庵から追い出されたそんな頃だったんだ。
手元に残った雀の涙ほどのわずかな金と何度も読み返したためにボロボロになってしまった魔法書、そして「師匠」が付けた***という名前が彼女の全てとなってしまった。
―――え?名前が聞き取れないって?ああ、それは仕方ないよ。だってこの名前はもう彼女の物ではないのだからね。まあ、このお話にはあまり重要ではないから、気にしなくてもいいよ。そうだなぁ。じゃあ、あの娘のことは今から『彼女』と言うことにしようか。―――
さて、どこまで話したっけ……ああそうだった。
古巣を追い出された彼女がこの街にたどり着き、自分の他に魔女がいないということを知ると、彼女は街の片隅、路地裏の古びた小さな家で、自身の魔法の才が最大限活かせる魔法、「師匠」が1番得意としていた「人を呪う魔法」を扱い、生きていくことにした。
彼女の「師匠」は呪術に長けた人物であったようだで、その知識や技を受け継いだ弟子である彼女の魔法もよい質であったし、何より、彼女には自身で新たな魔法陣を組めるほどの魔法の才があった。
だから、客の方から彼女の元に出向かなければならないにもかかわらず、敵の多い貴族や大商人などを中心に客足は絶えることがなく、彼女の仕事は、すぐに軌道に乗り、順風満帆に新しい街での生活を送る……かに思えた。
でも実際は違った。
「呪い」という魔法を使うことで、彼女は周りから気味悪がられ、どんどんと孤立し、先の古巣での出来事で傷ついていた彼女の心は、客が来れば来るほど、「呪い」をかければかけるほど、度重なる哀傷と絶望、によって凍っていき、ますますひとり、自身の殻に籠っていくようになった。
「本当にこれでいいのだろうか。こんな生き方でいいのだろうか。」
―――その問いに自分自身を深く傷つけながら、彼女はひとりでずっと悩んでいたんだ。
あの子は本当に優しい娘だったから。―――
そんな折、彼女の元にある貴族が仕事の依頼にやってきた。
その貴族は道中、自分の身を守らせるために、ギルドで護衛を雇っていた。
そして、その護衛の一人にいたのが、旅に出ていた青年 カイヤ だった。
彼はこの街で一番の剣の腕前を持つ、ギルドの組合員だった。
あの娘が街に住み始めるより少し前、彼は自分の実力が知りたいと、街を出て、各地を巡り歩いていた。
―――彼の出立の際は彼を多くの人が、街の城壁の門まで見送りに来ていたものだよ。―――
ある時、彼はその数年にもわたる旅を終え、街への帰還を目指していた所であった。
彼は故郷に帰るその道すがら、とある貴族にある店までの護衛を依頼された。
元々の目的地であった上に金が入るならと、カイヤは依頼を受けることにした。
道中は貴族ということで馬車を伴っていたために、何度か賊がでたものの、カイヤの剣に敵う者はいなかった。
そして、一行は無事に貴族が目標にしていた店へとたどり着いた。
カイヤは店の前に着くと、護衛代を受け取って帰ろうとしたが、カイヤの剣の腕前をたいそう気に入ったらしい貴族がカイヤを引き留めたんだ。
「ここだけの話だけなのだがな?今から魔女に会うのだ。追加の代金は支払う。もうしばらく護衛役を頼まれてくれんか?これだけ剣の腕の立つ者が居れば、魔女とはいえ妙なことはするまい」
カイヤは貴族の頼みを引き受けることにした。
「追加の代金が貰える」ということがあったことも理由の一つだったが、一番は「自分の故郷に『魔女』が住んでいる」そのことが、彼の心に引っかかったんだよ。