お世話係の悩み
朝早く王妃様の寝台を磨いていて、不思議な事に気がついた。寝台を置いてある大理石の床に丈夫な細い鎖が1本取り付けられている。その鎖の端には皮のベルトが付いていた。オオカミの首輪にしては細いベルト。
(はて何に使うのだろう? 後で父さんに聞いてみよう。)
毎朝2時間、庭園の管理はすると決めている。父さんが設計した庭園は自然の景観を大切にしているけれど手入れがしやすいよう工夫されている。縦横に流れる水路から水を花壇に引き込むだけで水やりが終わる。後は落ち葉やしおれた花を集め新しい花を植えたら終わりだ。青オオカミが起きてしまわないようにいつも細心の注意を払う。
その後は王女様と共に一日の大半を過ごす。午前中は剣や乗馬の稽古に付きそうために冷たい飲み水や着替え、汗を拭くための布を用意しておく。後は見ているだけ……でもその日は違った。
「おい、見ているだけじゃ世話係は務まらないぞ。ウィルお前も今日から剣の稽古に付き合え」
「えっ僕は貴族でも騎士でもないんですけど〜」
「私の命令だ」
パン屋で働いていた僕は剣を持ったことがない。ましてや馬に乗ったこともない。剣も乗馬も貴族や騎士の物だからだ。その日生まれて初めて僕は剣に触った。渡されたのは子供用の小さめの剣だったけれど意外に重い。
「基本から教えて貰え」
(弱ったな。僕、庭園管理で疲れているからゆっくり休んでいたいんだけど。でも仕事を失ったら家族が困るし。でもなんだってこんなに王女様はこんなに男らしいんだ。ありえなくない。そうだよ、そもそも王女の世話係って普通、剣なんか一緒に習わないだろ。それに青オオカミのために山奥に行って山羊を追いかけるなんて、絶対…)
「おい、何をうだうだ考えているんだ。さっさとしろ」
イライラした声がウィルの迷いを振り払った。やるしかないのだ。
先生が気の毒そうにウィルを見ている。ウィルが剣の稽古についてこられるのか心配なのだ。
「まずは体を作っていこうか」
「はい」
午後からは王室図書館で勉学に励む。リース王子のためにやとったはずの高名な博士達が王女の家庭教師となって、語学、地理、天文学、帝王学など様々なことを教えている。これは以外だった。なんとなく王女様は昼間は街で遊びほうけているのかと思っていたのだ。特に王女の語学力はすごいらしく、アズール大陸で使用されている主要な言語を通訳なしでしゃべれた。
そこへ姉のマリー王女が突然現れた。流れる金の髪、バラ色の頬、小さな唇。少し眉をひそめているがすごく可愛い。
アリエノール王女は立ち上がって博士達と共に丁寧に挨拶をした。
マリー王女はチラリとアリエノール王女を見て眉をますますひそめた。リース王子の古い服をサラリと着こなし、肩の長さに切った髪を青い紐で結んでいる。しかも10歳にして14歳のマリー王女よりかなり背が高い。
「待っていたのよ、すっぽかすなんてどういうつもりかしら」
「あっ」珍しくアリエノール王女はひるんだ。ダンスと会話術のレッスンに参加するようにマリー王女に言われて(命令)いたんだった。
「あの、お姉様、忘れていて申し訳ありません。でも私には無理です」
「やってみもせず無理だなんてどういうことかしら」
「あの、ダンスをすると全身に痙攣がおきまして最期には足がつるのでございます。その上、会話術ときたら背中に大量の脂汗が流れ、めまいと悪寒に襲われるのです。ひどいときには引きつけまで。この前は髪の毛が逆立ちましたので、お父様が新種の病かと勘違いし、侍医が呼ばれたのですが下した診断が会話術アレルギーとのことでした。これはきっと体に合ってないのだと思われます」
「あんたって娘は〜〜〜〜〜〜〜〜」マリー王女は目を釣り上げ図書室のドアを思い切り締めて出て行ってしまわれた。