お世話係 ウィル
いつの間にかレトとラトが消えていた。
「ギャー、助けて」すごいスピードで二匹が少年を追いかけている。
王妃も驚いている。こんな夜中に誰も入れないはずの庭園に見知らぬ少年がいたからだ。
ラトがレトに目配せをする。レトは庭園の東屋を回り込んで先回りした。彼を待ち伏せしてラトと挟み撃ちにするつもりだ。逃げ場を失った少年を二匹がじりじりと追い詰める。
(まずいレトとラトは狩りの練習をしている)
「レト、ラト、止めろ!」アリエノールの大声が庭園に響き渡った。まるで雷にあたったかのように二匹がピタッと動きを止めた。
少年に向かって「お前は誰だ! どうやって庭園に入り込んだ」
少年は半泣きだった。自分よりずっと背の高い高圧的な少年に睨まれ萎縮してしまう。「僕は庭園管理者の息子です。父さんがケガをしたので代わりに庭園の掃除をしにきました」
「はっ、こんな夜中にか?」アリエノールは訝しみながら尋ねた。
「ぼっ僕は昼間はパン屋で働いています。だから夜、庭園の掃除をと思って」
王妃が「そう言えば代わりの庭園管理者が来ると聞いたような気がするわ。こんな夜中だとは思わなかったけど。名前はなんて言うの」
「ウィルです。あの、どうか辞めさせないでください。母さんも病気だし小さな妹が二人もいるし、その上、父さんまでケガしちゃって困ってるんです」ウィルは涙ぐみながら細い肩を女の子のように震わせた。
「ここは今、青オオカミを放し飼いにしている。下手に入ってくると食い殺されるぞ。給料は払い続けるから管理の方はしばらく休んでいい」
「え、でもアラバスターの寝台を磨かねば王妃様がお困りだと父さんが心配していましたが」
「アホ、夜使うのに、夜磨いてどうするんだ」アリエノールはため息をつき、ウィルを見つめた。
繊細な彫刻が施されたアラバスターの寝台は王が王妃のために作らせた逸品だ。月の光を吸収し白く輝くこの寝台を王妃はとても気に入っていた。ただ屋外に置いてあるため時々磨かねば黒ずんでしまう。ここで王妃は月の出ている夜、月光浴を楽しむのだ。ずっと前になぜそんなことをするのかと聞いたことがある。王妃は「私の健康法よ」といって笑った。
「ウィル、あなたアリエノール王女の世話係にならない?」王妃が真面目な顔をして提案した。
「えっ、アリエノール王女様のお世話係に僕が!!」ウィルはビックリしている。
王子や王女のお世話係はそれなりの貴族の出身者しかなれない。
実際、リース王子やマリー王女のお世話係である従者や侍女は、高位貴族の次男や三男または娘だ。王子や王女が大人になったとき、補佐として重要な役割を担うからだ。
「そうよ、そろそろ外向きでの世話係兼目付役が必要だと思っていたの。しばらくの間、庭園管理もあわせてお願いするから、お給料ははずむわよ」
「貴族でもない僕に王女様のお世話係がつとまるでしょうか」ウィルは心配そうに王妃を見上げた。
「家族を助けたいという強い心があれば大丈夫よ。ほほほ、じゃ決まりね」王妃は艶やかに笑った。
「アリエノール、よかったわ。あなたの世話係がやっと決まって」王妃は傍らに立つアリエノールを見つめた。
ウィルの体に衝撃が走った。(え、あれがアリエノール王女、たしかまだ10歳のはず。正直僕よりかなりでかい)
一週間後、ウィルは王妃と庭園を歩いていた。
「青オオカミはまだ子どもだから昼間はほとんど眠っているのよ。その間に寝台を磨くこと、それと花や木の水やりや手入れをお願いね。もし青オオカミが目をさましそうになったら、すぐに逃げること。私とアリエノール以外なつくことは決してないから気をつけてね」家族の生活がかかっているので王妃の言うことを聞き逃さずにいようとウィルは必死だ。これから父親が復帰するまでの間、ウィルは庭園管理係と王女の世話係を兼任するのだ。庭園管理の仕事内容は父さんから聞いてだいたいわかっていた。でも王女のお世話係って何をするんだろう?
ウィルの胸に不安がよぎった。