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平民である俺が王女のお世話係になったのは  作者: レモンチャンネル
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2番目の王女

アイルハランドはアズール大陸の西側に位置する。北と東をムーア山脈、西を海に囲まれた緑豊かな王国だ。白く輝く石材で作られた王宮を囲んで広がる王都アイルハはアズール大陸の真珠と謳われるほど美しい。

この国を統治するアイル5世は、気難しいところがあるが心優しい王で、民からもしたわれていた。王には東の国から嫁いできた王妃との間に王子が1人、王女が2人いた。

アイル5世にとってアイル6世となる予定のリース王子は申し分の無い世継ぎだった。若さゆえの少し軽薄な部分はあったが、王に似た精悍な顔立ち、気高さで国民からの人気も高かった。

リース王子の2つ違いの妹、マリー王女は若くしてアイルハランドの“美しき大輪のバラ”と称えられるほどの美女で、すでに隣国 ロタ王国の王太子の許嫁であった。


「私はいつまでアリエノールを待たねばならないのだ」「王様、今、呼びに行っておりますゆえしばらくお待ち下さい」王妃は心配そうに眉を寄せて王を見つめる。長く伸びたグレーの髭を落ち着きなくさわる王の機嫌はかなり悪そうだ。生まれつき男らしいアリエノールに王はいつも頭をかかえていた。先日もダンスのレッスンを抜け出しリース王子の剣の稽古に参加していた。厳しいと評判の剣の師範代は彼女を王子と思い込み、アリエノールの腕前に惚れ込んだあげく、わざわざ弟子にしたいと願い出てくる始末。国外では我が国には王子が2人いると勘違いしている者も多いと聞く。

2番目の王女アリエノールが、実は女性だと国民が知ったのは彼女がかなり大きくなってからのことであった。

年齢の割に奇妙なくらい背が高く手足が長い。体は痩せていて短く赤いざんばら髪、細く鋭い金褐色の眼光。見る者に俊敏なネコ科の獣を思わせる。アリエノールは誰がどう見ても男の子であった。


2番目の王女という気楽な立場と母である王妃がのんびりした性格なのも災いした。6歳の頃には年上の悪童たちと一緒になって街中で騒ぎをおこすのが日課となっていた。

鳥の巣を取ろうと5階建ての建物の壁をよじ登り転落したり、王宮の白い壁はつまらないからと青く塗ってみたり、旅に出ると言って王室専用船を勝手に出航させ何日も海をさまよったりした。さらには悪童達に誘われて切り立った岩山を登ったことも。滑りやすく持ち手のない岩肌に皆が悪戦苦闘する中、苦もなく天辺まで登り切った。

国民達はいつしかアリエノールをアル王子と呼ぶようになっていた。


そこへ「父上、お待たせしました」体中に泥をつけ満面の笑みを浮かべたアリエノールが転がり込んできた。金褐色の目を輝かし顔が上気している。頭にかぶっている大量の白いものはどうやら蜘蛛の巣のようだ。枯れ葉も混じっている。きっと森の中で遊んでいて約束の時間を忘れてしまったに違いない。

「約束の時間はとうにすぎておるぞ、いかなる場合も時間は守らねばならん」口元が引きつるのを抑えながら威厳を保とうと王は必至で努力した。「お前に言っておきたいことがある。粉屋から苦情がきておったぞ。小麦粉をかぶって街中で騒いでいたそうだな、しかも……」「お父様、約束の時間に遅れてしまい申し訳ございません。でも仕方なくって、実は青オオカミの子を拾ったのです。母オオカミが亡くなってしまいほっておけなくて」

「幻の青オオカミの子を…どこで…」


王宮最上部に位置する王妃の庭。山脈と地続きになっている庭は広葉樹が円形状に生い茂る。山から引き込んだ清水が流れ、野生のイチゴが実る。外界から隔絶されたかのように見える庭園には、たった一人の管理者を除き、入れるのは王族のみ。そこに青オオカミの子が2匹放たれていた。獰猛で知られるムーア大陸最大級の哺乳類“青オオカミ”。だが、生きた姿を見たことがある者はほとんどいない。ムーア山脈奥地の深い森の中に生息しているという。噂では山岳民族の子どもをさらってきて喰らうとか。

“青オオカミ”を見たことがない王であったが、2匹が“青オオカミ”であるということはすぐにわかった。全身が青から黒のグラデーションに輝いている。幼犬ながら青い目をランランと光らせ体毛を逆立てていた。頭を低くして今にも襲ってきそうだ。幼犬といっても大型犬なみの大きさと迫力に王はたじろいだ。


王妃が「まあ、青オオカミを見たのはこの地に嫁いで来て以来でございます」とつぶやき青オオカミにゆっくりと近づいた。

「危ない、近寄るな」王様は慌てて王妃を押しとどめようとした。

「大丈夫ですわ、私には手出しをしません」王妃は感慨深げにそっと幼犬の前にひざまづいた。それまで「ガロロロロ」と低いうなり声をあげていた青オオカミだが王妃が近寄ると急に鼻をヒクヒクさせ、まるで王妃に魅入られたかのように座り込んだ。それまでのうなり声が甘えるような「キュンキュン」鳴く声に変わり王妃の手をなめだした。

「かわいいだろう」アリエノールがのぞき込む。


王は自分の目が信じられなかった。青オオカミが人になつくなどという話は聞いたことがない。

「私も触れるのだろうか?」王は心配そうに王妃にたずねた。

「無理ですわ。触れるのはアリエノールと私だけでございます」青オオカミをなでながら王妃はつぶやいた。

「なぜだ」

「私の血族は長い年月、青オオカミと共に生きてきました。私の放つ香りと波動でそれがわかるのです。その血を受け継ぐのはアリエノールだけですわ」

「リース王子とマリー王女は受け継がなかったというのか」

「ええ」王妃は残念そうに笑った。


王は王妃から香る月下美人の芳香がアリエノールからもかすかに漂うのを思い出した。王妃の移り香かと思っていたがそうではなかったのか。


「この青オオカミをどうするつもりだ」王は心配そうに聞いた。

「ここで飼っていいよね、母オオカミが死んじゃたんだ」アリエノールは悲しそうに王を見つめた。

「アリエノール、青オオカミは巨大化すると聞く。そんなオオカミをこの庭園で飼うのは危険ではないのかね」

「大丈夫だよ。この庭園は山脈と地続きだし餌のシカもいる、人間は…襲わせない」

王は疑わしそうに「ダンスもハープもピアノも歌も刺繍もすべて投げ出すお前が責任を持ってオオカミの面倒を見られるのかな?」

アリエノールは頬がぱっと上気する「ダンスと刺繍は無理だよ。あれは向き不向きの問題で青オオカミのこととは関係ない。そのぶん兄様や姉様より勉強は好きだし剣の腕もだれにも負けない。私より足の早い者もいない。」

王はため息をつきながら「お前が王子であればな…はあ〜」

「王様、青オオカミをとりあえずアリエノールにまかせてみてはどうでしょう。今、森に返しては死んでしまいます」王妃の懇願にアリエノールの声が重なった。

「父上、もっともっと剣の稽古に励みますから、お願いします」

「剣はもういい、せめて母から歌を習いなさい」

「はい」

「それと悪童達と騒ぎをおこすでない、お前はもうすぐ10歳になるのだから」

「はい」アリエノールの瞳に勝利の輝きがやどった。青オオカミにアリエノールが抱きついた。

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