第67話 研究室
男は片眼鏡を上げ、まじまじと俺を見つめた。
妙に威厳が感じられた。
「そうか、君だけだったね……この後、時間はあるかな? 後ろの席に座っている仲間達と一緒に私の店で話をしよう」
先ほどよりも少し砕けた口調だった。
そして仲間の存在を言い当てられたことに俺は驚いた。
やはりこの男、只者じゃない。
「……なぜ仲間だと分かったんですか?」
「ギルド内でその子達だけが君を見ていたから、とでも言っておこうか」
「……よく見てますね」
「そんな大層なことはしてないさ。詳しい話は私の店でしよう」
みんなを連れて、男について行くことになった。
この経緯をみんなに説明をしたのだが、レナに呆れられた。
「危なそうなのに手を出さないでよ! 少しは学習しなさい! 私まで危険な目にあうんだから!」
……ごもっともです。
返す言葉が無かった俺は素直に謝った。
◇
男の店は、町の片隅にある小さなバーだった。
ドアには『CLOSED』と書かれた看板がかけられている。
「どうぞ気にせず入っちゃってください」
片眼鏡の男はそう言った。
「あ、はい。失礼します……」
中は小さいながら普通。
空になったお酒のボトルが並べられている。
「こっちこっち」
男は手招きをして、カウンターの奥の扉に入って行った。
俺もその扉を開けると、そこには小さなバーには似合わない大きな部屋に出た。
部屋には見たこともないような機械がたくさんあった。
「なにこれ!」
「わぁ〜、すごいところですね」
レナとクラリスも驚きを隠せないようだった。
「ここは僕だけの研究室だよ」
男はニコッと微笑んだ。
一人称が変わっている。
気を許してくれているのだろうか。
「一つ不思議に思ったのですが、この研究室、店の大きさに見合ってないですよね?」
「店の大きさに見合わないのは、別の場所にあるからだね。バーと施設の座標を繋いだのさ」
ダンジョンにあった魔法陣が連想された。
「転移魔法みたいなものですかね?」
「少しだけ違う。転移魔法は対象となる物体を指定の位置に転移させるものだが、これは空間自体を繋げている。まぁ、転移魔法という解釈で問題はないね」
「……なるほど」
「理解する必要はないから大丈夫だよ。ただ便利な現象が起きているだけさ」
かなり賢そうな人だと思った。
なにせ、言っていることが分からなかったから。
「おっと、そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名はブルーノ。アレン君も知っての通り、魔力を動力源とした人間を模した機械を造っている」
「なんのためにそんなことを?」
「……強いて言えば、力の無い者の助けになりたいからかな。魔物が多いこの世界、弱い者は淘汰される運命にある。平和なんてものはまやかしで、幸せの裏には不幸せがある。僕の造った機械があれば、少しでもそんな世界が改善されるかもしれない……なんてね」
そう言って、ブルーノは笑った。
「素晴らしいと思います!」
クラリスが感激していた。
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
「でも、そんなこと見ず知らずの私達に言って平気なのかな?」
「ここへ呼んだのは、頼みたいことがあるからだ。だからまずは、僕のことを信頼してもらおうと思ってね。アレン君から話は聞いているだろうけど、少し不気味だったでしょ?」
「え、あ、はい」
俺に怒っていたレナにとって、それは図星だった。
でも俺も不気味に思っていたから仕方ない。
そう考えると、ブルーノの試みは成功したと言えるだろう。
「素直なのは良い事だ。……あ、そういえばアレン君はNo.7について聞きたいことがあるみたいだったね」
「おかしなステータスをしていたのが気になったんですけど、そういう風に造っていたら有り得るのかなって今は思っています」
「No.7は魔力を効率よく利用していてね。常に身体能力が強化されている状態にある。それを実現するために様々な工夫が施されているよ」
「それってどれぐらい強化されているんですか?」
レナが興味津々に聞いた。
「各ステータスの値が10万になるぐらいかな」
「じゅ、じゅうまん!?」
「凄まじいですね……」
「高い」
「そこまで褒められると照れてしまいます」
No.7はブルーノの後ろに隠れ、少し恥ずかしそうにしていた。
「No.7ちゃん強いうえに可愛いですねー」
「まあね。自慢の娘だよ」
ブルーノはNo.7の頭を撫でながら言った。
しかし、ステータスが10万にもなると、かなりの実力者であることが分かる。
それを造れるブルーノもかなりの実力があるのではないかと思って鑑定してみることにした。
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種族:人間
名前:ブルーノ
性別:男
年齢:32歳
職業:魔導機械技師
レベル:50
HP:1000
MP:80000
攻撃:300
防御:700
魔力:3000
敏捷:1000
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スキルなどは鑑定のレベルが低いせいか見ることが出来なかったが、ステータスはあまり高くないみたいだった。
かなり意外だ。
だからこそ、先ほど言っていたブルーノの言葉に説得力が増した。
力の無い者の助けになりたい。
ブルーノは、本気でそう考えているのかもしれない。
「……ブルーノさん、頼みたいことってなんですか?」