第54話 アレンvsミザリエル
「クラリス!」
俺は思わず叫んだ。
「さて、僕が誰だか気になっているようだからお答えしよう。僕の名前はミザリエル。魔法使いさ」
誰だと聞かれて、素直に答えるやつがいるのか?
そう疑問に思った。
偽名を名乗っているだけではないだろうか。
職業だって易々と明かしていいものではないはず。考えが分からない。それなら嘘をついているのか見せてもらおう。
──鑑定
《対象の所有スキルにより鑑定不可》
また使えないのか。
2回目だな。
以前は、渓谷で戦ったヴァレンスという名の男。騎士団の団長を殺した張本人であり、かなりの実力者。
あのときは奴の底がまるで見えなかった。
もしかすると、こいつも……。
「ふむふむ。手に持っているのは剣かぁ。じゃあ魔法剣士とかかな?」
顎を手で抑え、考えにふけるミザリエル。
悩んでいるように見える。頭を捻りながら、ミザリエルは続ける。
「それならここを見つけられたのも納得だけど、魔法剣士が前の二人に勝てるとは思えないしなぁ……」
魔法剣士は魔法と剣術に長けている。
だが、特化しているわけではないため、中途半端な実力の者が多いらしい。
だからミザリエルは納得いかないのだろう。
「魔法剣士だとしたら大物だねぇ。君も僕が捕まえてあげるよ」
「捕まえられる気はない。お前を倒してクラリスを助ける」
「いや~、カッコいい。実にカッコいいねぇ。クラリス、聞いたかい? 彼は君のためにここまで頑張ってくれているみたいだよ」
ミザリエルは顔をニヤつかせながらクラリスに話しかける。
クラリスは怯え、体を震わせている。
ミザリエルか。悪趣味な奴だ。クラリスを怯えさせるのが楽しくて仕方ないように見える。
俺のことなど一切気にしていない。
それは俺に勝てる自信の表れか。
もしくは俺を激情させる作戦なのかもしれない。
……知ったことじゃないな。
会話をする暇もなく、あいつを叩きのめばいいだけだ。
俺は地面を蹴り、ミザリエルに向かって駆けていく。
そして、手に持った剣をミザリエルに振るう。
完全に捉えた。
この状況で避けられるはずがない。
しかし、剣は空を斬った。
コンコン、と地面を叩く杖の音が背後から聞こえてきた。
「会話の一つも出来ないのかい? せっかちだねぇ」
振り返ると、ミザリエルは小バカにするような笑みを浮かべていた。
「ほう、驚きは見せないか。案外冷静なのだね」
「ああ、二度目は驚かないさ」
すぐさま俺は魔力操作を用いて、魔力の痕跡がないか確かめていた。
すると案の定、魔力の痕跡は見つかり、背後のミザリエルへと続いていた。
つまり、これはクラリスを誘拐したときと同じ魔法だ。
「……興味深いことを言うねぇ」
ミザリエルの目つきが変わった。
奴の何らかのスイッチを押してしまったみたいだ。
「そう言いたいのは俺の方さ。魔法ってのは非常に興味深いもんだな」
「ふむ。どうやら本当に気付いているみたいだね」
「転移魔法だろ」
「うん、正解。物知りだね」
ミザリエルはニコっと笑った。
情緒が不安定なのか?
「それが分かったところで何も対応は出来ないだろうけどねぇ」
対応が出来ない? 魔力の痕跡を追えば、転移する位置は分かるため対応策以外の何物でもないと思うのだが……。
──ああ、そうか。
ミザリエルは勘違いしているのだ。
俺が転移魔法と気付けたのは、異変を感じ取ったからではなく、知識や経験から導き出したものだと思っているのだ。
「くっくっく、試してみろよ」
「……まぐれで僕の魔法を見破ったぐらいで調子に乗るなよ」
ミザリエルは怒りで眉をひそめた。
情緒が不安定だというのは間違いなさそうだ。
「僕は怒った。だから殺されても文句言えないよねぇ」
ミザリエルは転移魔法を使い、姿を消した。
魔力の痕跡を追い、その方向を向く。
すると、一本のナイフがこちらに飛んできていた。
俺は冷静にナイフを剣で弾き落とす。
「なに!?」
驚くミザリエル。
それを見て、俺は深呼吸をした。
自分が優位だと思ってはいけない。ミザリエルが何を考えているのか、彼の思考の全貌が見えない以上、油断できない。
慢心してはいけない。
全力で相手を叩きのめすことでしか確実な勝利は得られない。
ミザリエルに向かって駆ける。
「くっ──」
転移魔法を使い、逃げるミザリエル。
だが、逃げただけではない。
必ず攻撃が仕掛けられているはずだ。
奴の攻撃方法は、ナイフを飛ばすこと。
つまり、今いる位置を移動すれば、自然と躱すことが出来る。
俺は振り返らずに右に駆けだした。
「バカなっ! 何故すぐに振り返らない!」
背後でミザリエルが叫んでいた。
横を見ると、俺のいた場所にいくつものナイフが飛んできていた。
一瞬のうちに何度も転移魔法を使い、ナイフの弾幕を作ったのだろう。
こういった攻撃をしてくることは予想外だったが、上手く事を運べたようだ。
ミザリエルの方へ駆けていく。
「く、来るなっ!」
魔力が切れたのか、もう転移魔法を使う気配は無い。
「終わりだ。ミザリエル」
「ヤメろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ミザリエルの肩から腰にかけて、剣を振るった。
倉庫の前の二人と同様に浅く斬ったが、返り血が頬をかすめた。
頰についた鮮血を親指で伸ばすと、緊張が切れたのか足が崩れていった。
一気に力が抜けていき、地面に倒れた。
「あー……疲れた」