第51話 危険察知
その後、一度飲み物をおかわりをした。
会話に花が咲いたのか知らないが、飲み物はゆっくりと消費されていき、次になくなったのは、おかわりをしてから随分と時間が経ってからの事だった。
俺以外の女子3人は女子会というに相応しいほど会話を盛り上げていた。
意外に思ったのが、結構シャルが会話に参加していた事だった。
窓から見える外の景色は空がもう赤色だ。街行く人は皆浮き足立っている。武術祭の始まりを楽しみにしているんだろう。
「あら、もうこんな時間ですのね。私、そろそろ帰らなくてはいけません」
クラリスは窓から見える夕焼けの空を眺めながら呟いた。
そういえば、前回会ったときもこれぐらいの時間に家に帰っていた気がする。貴族の家系ということもあり門限が厳しいのか。
「おぉ、もう夕方になってる。楽しい時間が過ぎていくのは早いねぇ」
「そうかもしれない」
シャルはどことなく楽しそうだった。新しい友達が出来て良かったな。
「そうですね。私も久しぶりに楽しい時間を過ごせました」
「あ、楽しいと言えばそうそう。クラリスは明日から始まる武術祭見に行ったりする? 見に行くなら一緒に見ようよ」
楽しいで連想する内容か? それ。
「そういえば明日から開催されるのでしたね。明日は特に予定が無いと思いますので、ご一緒出来ると思います」
「やったー! 私、一人で見るところだったからさ、一緒に見る人が出来て嬉しいよ!」
「武術祭に参加しない門下生と一緒に見ないのか?」
レナは俺とシャルが稽古している間、高いコミュニケーション能力を発揮して門下生達と仲良くなっていた。
男の門下生からは羨望の眼差しを受けていることもしばしば。意外とモテるらしい。
「決勝トーナメントから見るらしいよ。選考段階だと、あまり技術の参考にならないみたい」
「なるほどな。確かに選考と言っても、ただの数減らしだろうからな」
「じゃあ減らされないように精々頑張ってね」
「はいはい。頑張りますよ」
会計を済ませてから店を出た。
「あの……よろしかったんでしょうか。私の分も払って頂いて……」
「冒険者は意外と儲かる仕事だからな。これぐらい気にすることはないさ」
「アレンって全然物欲がないんだから。こういうときに使ってくれなきゃお金が勿体ないよ」
奢るのはクラリスだけの予定だったが、レナの謎理論で全員分奢ることになってしまった。
思っていた以上に高くは無かったので、財布へのダメージは軽傷で済んだ。
「あとで私の分のお金渡しておく」
「いいって。俺に渡すぐらいならシャルの欲しいものにお金を使ってくれ。じゃなきゃレナのためにお金を使わされることになる」
「ねぇ! それどういう意味!」
「ふふふ」
クラリスは楽しそうに笑った。
今日話していて思ったが、クラリスに友達がいないことが不思議だ。よく笑い、場の空気を読むことが出来る協調性もある。おまけに顔も可愛いのだから人気者になる事はあっても、友達がいないなんてことにはなさそうだが。
「じゃあ私はこちらなので。アレンさんとシャルさんは明日の武術祭頑張ってくださいね。レナさんと一緒に応援しますから」
「ああ頑張るさ」
やれるだけの事はやった。後はベストを尽くせるように頑張るだけだ。
「待ち合わせの時間と場所忘れちゃダメだよー」
「大丈夫ですよー。私記憶力だけはいいですから」
胸を張って得意げに話すクラリス。
「では、また明日お会いしましょう」
俺たちは手を振って、クラリスを見送った。
しかし、そのとき俺には悪い予感がした。
それが【危険察知】によるものだと分かるのに少しばかり時間がかかった。
「アレン大丈夫?」
立ち止まっていた俺にシャルが不安そうに話しかけた。
「ああ……なんでもない」
シャルは「そう」と言い、それ以上追及することはなかった。
「おーい、二人とも帰らないの?」
既に宿屋の方向へ歩き出していたレナが俺たちを呼ぶ。
どうしたものか。【危険察知】の能力は不確かだ。
能力の説明が、
《危険を察知した場合に発動する》
というもので誰に対する危険なのか明かされていない。
「先に帰っててくれ。シャルも」
「……分かった」
納得していない様子だが、シャルはうなずいた。
「あらら? これからアレンは一人で何か楽しいことでもするのかな〜?」
「ちょっと気になることがあっただけだ。俺もすぐに帰る」
「ほんと〜? ま、いいけど。シャル、アレンなんてほっといて一緒に帰ろ〜」
「うん」
二人は背を向け宿屋へ歩いていく。
俺も【危険察知】の能力を確かめるとしよう。
クラリスと別れたタイミングで発動したのを考えると、危険が訪れる対象は俺たちかクラリスだろう。
街中で起こる危険に俺とシャルならある程度対応できるが、回復職であるレナ一人では無理だ。
レナとシャルが共に行動しているなら互いに短所を補えるので、ひとまず安心だ
クラリスは魔法を使えるようだが、実力は不明。プライバシーなど関係なしに【鑑定】を使っておけばよかったかもしれない。近しい人間の能力を把握することは案外大事なことだな。
杞憂に終わればいいのだが、武術祭が始まる前日に街の警備が緩くなっているのは間違いない。街を守る騎士達も一人の人間なのだから。機械的に警備することは不可能だ。
貴族区までの道のりは多くの店が立ち並んでいるため人の数が多い。
俺は道の先を歩いているであろうクラリスに追いつくため走り出した。