第39話 テイマーは最善を尽くす
シャルを守るため……そして、奴に勝つために俺は頭を地面に擦り付けた。
プライド?
そんなもの捨ててやるさ。
この方法が俺の考えた作戦の中で最善だろうから。
俺は最大の結果を得るためなら、手段は選ばない。
奴の隙を付けるなら、土下座ぐらい安いもんだ。
まずは、奴の矛先を俺に向ける必要がある。
それはシャルにトドメを刺させない為でもあり、油断を誘うためだ。
奴がシャルの連撃をいなしていたとき、いくらでもシャルにトドメを刺せたはずだ。
だが、しなかった。
それは確実に自分が優位である、という自信があるからだ。
「命だけは見逃して欲しい……か……さっきまでの威勢はどうした? お前なら今この瞬間、俺に襲いかかって来てそうなもんだが」
「お前には勝てないって分かったんだ……怖くて仕方ないんだ……許してくれ……」
「アレン……」
惨めな自分を演じる。
いや、演じているわけではないな。
これは、きっと俺の本心だろう。
正直、怖くて、怖くて仕方ない。
今にも逃げ出したい。
助かりたい。
そう思っているさ。
でも……シャルがお守りをくれたとき、シャルは言っただろう。
「どんな逆境にも負けないでほしい」って。
だから俺は戦う。
だけど、立ち向かうだけじゃダメなんだ。
負けないで、そう言われたんだから。
俺は奴に勝たなきゃ何も意味がない。
「おいおい、お前のお仲間さん失望してるぞ。考え直せよ。どうせ、死ぬんなら最後ぐらいカッコつけろ」
「頼む……見逃してくれ……」
「はぁ……つまんない奴だな、お前」
奴は、俺の方に向きを変えて右足を前に出そうとした。
今だッ!
俺に矛先が変わった今、奴の不意を突ける!
――《強化スキル》【身体強化】
――《通常スキル》【疾走】
ダッシュと同時に剣を抜き、そのまま奴を斬る!
奴は驚きの表情を見せるが、瞬時に反応した。
だが、俺の攻撃を完全にかわす事は出来なかったようだ。
ポタポタ……と奴の右腕から血が流れる。
「ほう、さっきのは演技だったか」
感心したように奴はそう言った。
そして、続ける。
「今のは完全に殺す気で来ていたな。人は殺さないんじゃなかったのか?」
「人は殺さないなんて言った覚えはないけどな。俺は自分の大切な物を守るためなら、何だって出来る」
「カッコいいな、見直したよーーだから実に惜しい。ここで死んでしまうなんてな」
奴がそう言ったとき、空気が変わったように思えた。
殺される。
本能でそう感じ取った。
そして、気付くと奴は俺の背後にいたのだ。
「はぁッ!」
体を回転させ、奴の攻撃に反応する。
そして、一撃を何とか防ぐことが出来た。
「はぁ……はぁ……」
「息が荒いな。そんなに緊張したか? だが、これはまだ遊んでいるだけに過ぎないぞ」
勘弁してくれ。
そう思ったが、どうやらそうは言ってられないようだ。
何度も奴は攻撃を仕掛けて来た。
俺はそれを何とか防ぐ。
攻撃の回数が増すたび、奴の一撃は重く、そして鋭くなっていく。
怪我をしているというのに……なんて奴だ。
反撃をしたいところだが、そんな隙すら与えてくれない。
防御するだけで精一杯だ。
攻撃は最大の防御と言うが……本当にその通りだな、と身をもって知ることになった。
「どうした? 守っているだけじゃ俺には勝てないぞ」
「……」
言い返してやりたいが、そんな余裕はどこにもない。
まいったな……。
「――やっと見つけたぞ、ヴァレンス」
その声と共に奴の攻撃は止まった。
誰かがやってきたようだ。
「ラルフさん……」
倒れていた山賊がボソッと呟いた。
声の主はラルフという名前らしい。
「やれやれ、面倒くさい事になったもんだ」
ため息をつきながら、奴は首を横に振った。
「今ここで団長の仇、取らせてもらうぞ」
「あーはいはい。取らせてもらうとか言われて、取らせてあげる奴いないから……ま、ここは大人しく逃げさせてもらいますかな」
「逃がさんッ!」
声の主は、剣を構えて走り出した。
だが、奴は一瞬にして姿を消してしまった。
「くそ……! また逃げられたか!」
彼は悔しそうに歯を噛みしめた。
しかし、すぐに表情を引き締め直す。
「場を取り乱したな、すまない。どうやら君達は俺の部下を助けてくれようだな」
「部下?」
「そこの3人の事だよ。2人は怪我を負っているが、治癒魔法がかけられているみたいだね。君達がやってくれたんだろう?」
「えぇ……まぁ、はい」
治癒魔法……レナか。
どうやらレナは、人知れず殺されたと思った山賊の2人に治癒魔法をかけていたようだ。
それならきっと一命は取り止めているだろう。
よかった。
と、ホッとしていたら、
「アレン……よかった……」
シャルが走ってこちらにやってきて、抱きついて来た。
「ふぅー。どうなることかと思ったよ」
レナも顔を出して来て、安堵の表情を浮かべている。
「君達3人が俺の部下を助けてくれたようだね。感謝する」
それを見ていたラルフは頭を下げて、お辞儀をした。