第36話 テイマーはプレゼントを貰う
図書館は公共の施設であり、皆が利用できる場所だ。
そんなところで会話に花を咲かせるのもどうかと思うのだよ。
そう、図書館で私語は厳禁である。
つまり、俺がとった行動は間違っていない……むしろ正解と言えるだろう。
と、話すことがなかった言い訳をしてみた。
どういう訳か俺達は軽く会話した後、黙々と読書をしていた。
友達になろうと言っておいて、この有様である。
友達ならば、本についての内容を語りあったり、色々な会話をしながら楽しく読書するもんじゃないのか。
だが、結果はこれ。
……俺だって友達は全然いないのだ。
だから、話し上手なわけでもないわけで、増してや気の利いたことなんて喋れるわけがない。
当然の結果と言えば当然の結果だ。
まぁ、そんなことが気にならないぐらい俺は読書に夢中になっていて、今の今までクラリスの存在を忘れていたのだけども。
そして、クラリスはパタンと本を閉じた。
本を読み終わったのか、クラリスは椅子から立ち上がった。
「私は時間なので、帰りますね。また会える事を期待しています」
窓の外を見ると、空は赤く染まっていた。
夕暮れ時だ。
貴族の家の子ならば、あまり遅くならないうちに帰らなければならないのかもしれない。
「ん、ああ。これから色々と忙しくなりそうだから、あまり会えるか分からないけど、暇なとき図書館に来てみるよ」
武術祭に向けて、強くならないといけないからな。
こんな風にのんびりとした1日を過ごす事もあまり無いだろう。
「そうですか。それなら私は、アレンさんが暇なときに会えるように毎日この図書館に来ることにします」
「おー、じゃあ今度図書館に来るときは俺の仲間も一緒に連れてくるよ」
「お仲間がいるんですね! ぜひ、お会いしたいです!」
「じゃあ、何が何でも連れてくるよ。きっとあいつらも喜ぶ」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
パーッと明るい笑顔になるクラリス。
裏表の無さそうな子だなー。
何故いじめられているのか、余計に分からないな。
「ではアレンさん、また会いましょうね」
「ああ、またな」
手を横に振って、クラリスは去って行った。
開いている本に目を向ける。
今読んでいるページは、もう最後の方だ。
日が沈む前には読み終わるだろう。
この本が読み終わったら宿屋に戻ろうかな。
◇
宿屋に戻ってきた俺は、カウンターでボーっとしていた店主に軽く挨拶をして、ポケットの中にある鍵を取り出した。
そして、自分の部屋の鍵穴に鍵を挿すと、扉が開いていることに気付いた。
「閉め忘れたのか……我ながら不用心だな」
そう独り言を呟き、部屋の中に入った。
「おっかえりー!」
「アレン、おかえり」
椅子から立ち上がって、元気そうなレナとベッドに寝転がって、端からひょこっと 顔を出しているシャル。
部屋間違えたっけ。
そう思って一度、扉を閉めて自分の部屋かどうか確認すると……やはり俺の部屋だった。
「何で二人が俺の部屋にいるんだよ!」
扉を勢いよく開けて、俺は少し大きな声で言った。
「何でって……アレンを待ってたから、じゃない?」
「じゃないってなんだよ」
「人は嘘をつくとき、少し罪悪感にかられるものなの」
ってことは、つまり……。
「俺を待ってたのは嘘ってことか?」
「正解! さすがアレン!」
「お前、バカにしてんのか!」
「嫌だなぁ~、そんなわけないじゃないですか~ぷぷぷ」
手を口にあて、ニヤニヤとした笑みを浮かべるレナ。
こいつ、絶対にバカにして遊んでる……。
反応すると、レナの思うままだろうから話を変えることにした。
「そういえば、二人は何を買ってきたんだ?」
「色々買ったよね、シャル」
「うん。買った」
「へー、楽しそうだな。どんなものを買ったんだ?」
「んー、アレンには教えてあげない。内緒だよ」
「私も内緒」
「なんだよそれ、ケチだなー」
そう言う二人は楽しそうな表情をしていた。
レナはともかく、シャルも買ったものを教えてくれないなんて意外だった。
まぁ、シャルは一応俺の奴隷ということになっているので、命令すれば無理やりにでも聞ける。
しかし、そんなことをしてしまえばシャルの心を踏みにじったも当然だし、したくもないな。
楽しかったなら、それでいいさ。
「でも女の子は謎めいている方が魅力的でしょ?」
「うーん、分からなくもないが……」
「それならオッケーでしょ! よし、ご飯を食べにいこう!」
強引に話を変えられてしまった。
その後、レナが先頭を歩き、俺とシャルを引っ張っていくような形で食堂に向かった。
そこで、夕食を済ませて後はもう寝るだけという状態だ。
自室のベッドに一人で横になっていると、トントンと扉をノックする音が聞こえた。
ベッドから起き上がり、扉を開けると、そこにはシャルが立っていた。
シャルの姿をよく見ると、両手を後ろに回していた。
「シャルか、どうした? 眠れないのか?」
「ううん、アレンに渡したいものがあるの」
「渡したいもの?」
「うん……えっと、いつもありがとう」
そう言って、両手を差し出してきた。
手のひらには、紙で包まれたものが乗っていた。
それを受け取り、
「開けてもいいか?」
と、聞く。
シャルは、コクンと首を縦に振る。
包み紙を開くと、小さな黒色の石が装飾されたシンプルなブレスレットだった。
「アレンは強い意思を持っている。だから、どんな逆境にも負けないでほしい」
ブレスレットを見た俺にシャルは、そう言って、続ける。
「そのための、お守り」
目頭がジーンと熱くなるのを感じた。
――あぁ、俺は本当に涙もろいな。
悲しいことだけじゃなくて、嬉しいことにも涙してしまうなんて。
「……シャル、ありがとう。凄く嬉しいよ」
「私もアレンが喜んでくれたなら、嬉しい」
「ああ、今まで生きてきた中で一番嬉しい」
そういうと、シャルは照れたような笑顔をみせた。
「アレン、一緒に寝てもいい?」
このタイミングでそんなことを言うのは、少し卑怯だ。
断れるわけがないし、断るわけがなかった。
「……どうぞ」
一息ついてから俺はそう言って、シャルを部屋に招き入れた。
今日も寝れないだろうな、と覚悟していたが、意外にもリラックスできて、いつの間にか眠っていた。