第34話 テイマーは気絶する
ゴブリン達が水浴びをした後、何体かのゴブリンが俺の方に寄ってきた。
その中にはゴブの姿も見えた。
『アッシらの臭いどうッスか?』
そう聞いてくるゴブ。
水浴びで多少はマシになっているだろうと思い、近づいて臭いをかいでみた。
くっせえええええ!!!
表情筋が反射的に動きそうになったが、目を閉じて、ピクピクと動きそうな表情筋を何とか静止させた。
そう、ゴブリン達は水浴びをしても全然臭いが取れていなかったのだ。
石鹸などを使わないとゴブリンの臭いは取れないのかもしれない。
やはり、あの臭いは水浴びだけで無くなるような代物ではなかったか。
この事を伝えるべきか、俺は悩んだ。
テイムモンスター達は、意外と感情豊かだったりする。
モンスターと言えども、臭いと言われれば傷つくのだ。
俺はグッと、喉の奥から「臭い」と出かかった一言を飲み込んだ。
言ってはいけない。
これは間違いなく言ってはいけない一言だ。
『……綺麗になったじゃないか、ゴブ』
意識共有という便利なスキルがあって良かった。
口を閉じながらでも言葉を伝えることが出来るからだ。
この臭いに耐えるには、口を開けてはいけない。少しでも表情を動かそうものなら、俺は間違いなくゴブの臭いに敗北してしまうことになるからだ。
『お! まじッスか! 嬉しいッス! これでやっとみんなで兄貴に飛びつくことが出来るッス!』
と、そんな恐ろしい事が聞こえてきた。
……待て。
今、みんなでって言ったのか……?
そんなことをされたら、俺の鼻は腐ってしまう。
もしくは、臭すぎて俺はショック死してしまう恐れがある。
『ま、待て! 早まるな!』
そう伝えたときは既に遅かった。
ゴブリン達は既に足に体重を乗せていて、飛ぶ一歩手前の状態だった。
『兄貴ィー!』
『『『主人ィー!』』』
あ、俺……死んだ。
何体ものゴブリンが俺に向かってダイブしている。
ゴブリンは放物線を描きながら、ゆっくりと俺に近づいてきている。
むわ~ん、とゴブリンから漂う悪臭が増してきた。
今、俺の目が捉えている光景は凄いゆっくりと動いていて、これから自分がどうなるか、冷静に悟っていた。
バタンッ。
ゴブリン達が俺に飛びついてきて、その反動で俺は地面に倒されてしまった。
そして、あまりの臭さに我慢していた俺もついに声をあげることになった。
「くっせえええええええぇぇぇぇぇ!!!!!」
俺の雄叫びが森の中に響き渡った。
「あれは、うん。ちょっと可哀想だね」
「ご愁傷様」
顔を引きつかせながら、シャルとレナはそう呟いた。
◇
水浴びをした後、俺達はダンジョンから帰還した。
ダンジョンがどういうものか、という事を知ることが出来たし、良いスキンシップにもなった。
階層ごとに変わりゆくフィールドは、とても厄介だが、同時に面白そうだと思った。
……ゴブリンに押し倒された俺は、その後しばらくと放心状態だったようだ。
そのときの事は覚えていない。
意識が戻った俺は、少し離れたところからテイムしているゴブリン達に謝られた。
俺を押し倒したゴブリン達は、涙を流しながら土下座をしていた。
こうなってしまっては、正直に臭いと言った方が、心の傷は浅かったのではないだろうか。
嘘をついてまで、人を気遣う事は、たまにこういった悲劇を生むのかもしれない。
これからゴブリン達に関しては、素直に臭いと言おう。それも勇気だ。
……さて、予定より早くダンジョンから帰ってきたため、まだ日は高いところにある。
活動出来る時間は、まだ十分に残っている。
しかし、他の狩場に向かうにしてはもう遅すぎるため、何をしようか迷っているところだった。
「これからどうする?」
一人で悩んでいても埒が明かないので、二人に聞いてみることにした。
「早めに帰ってきたから、あんまりすることないよね」
「そうなんだよな。俺は図書館にでも行こうかと思っているんだけど……その、二人は嫌だろ?」
「嫌だね」「嫌」
「あ、ですよねー」
やはり、と言うべきかシャルとレナは読書が嫌いなようだった。
冒険者として、これから活動していくとなると、色々な国や場所を訪れることになる。
だから、そのために知識をつけておく事は必須……というより絶対に役に立つと思うのだ。
「そうだ! それならさ、私とシャルで一緒に買い物でもしようよ」
ポンっと手を叩いて、レナは提案した。
買い物か、シャルとレナは冒険者だけど女の子だしな。
たまには、そういう女の子らしい事もさせてあげるべきだろう。
「いいんじゃないか?たまには息抜きも大事だよ」
「ほんとに!? やったー!」
腕を上げて喜ぶレナに対して、シャルは嫌そうな顔をしている。
「私はアレンと一緒でいい」
そんなことを言うシャルに内心ドキっとした。
しかし、レナがシャルの耳元で何かを囁くと、
「やっぱりレナと買い物に行く」
シャルの意見が変わってしまった。
レナは一体、何を囁いたんだろうか。
まぁ、女の子二人で仲良く買い物をしてもらっている間、俺は気兼ねなく本が読めそうだ。
まさに一石二鳥だな。