第26話 テレサの発明品
「レナー、迎えに来たぞー」
テレサの工房の扉を開くと、レナとテレサは楽しそうに発明品で遊んでいた。
「おっ、アレンとシャルだ。おかえりー」
ひらひらと手を振るレナの横でテレサは、必死に発明品を掲げていた。
「ムフフ、レナよ。奴らの事は放っておいて私の発明品達を見るがいいさ!」
「はいはい、ちょっと待ってねテレサ」
テレサの扱いに慣れたのか、話のペースをテレサに持っていかれないようにレナは立ち回る。
「ムゥ〜〜〜」
一方、テレサは頰を膨らまして、俺の事を睨んできた。
あんたは子供か。
「あれ、武器とかは前のままで新しくなってないみたいだね」
「ああ、ゲブラン曰く俺とシャル、二人分の武器を作るのに三日掛かるとのことだ」
ゲブランの弟子から聞いたのだが、ゲブランの鍛冶屋は非常に人気があり、依頼が何件も溜まっているみたいで、普通はこんな風に依頼を無視して武器なんて作ってくれないようだ。溜まっている依頼は弟子達が引き受けるようで、俺と話した弟子の一人は仕事が増えると嘆いていた。
申し訳ない気持ちと感謝の気持ちでいっぱいだ。
「やっぱりチョチョイのチョイって感じで作れないもんなんだね」
「そりゃな」
「ねぇー!ねぇー!私の発明品を見てくれよー!」
テレサはレナの服を引っ張り、駄々をこねる。
本当にテレサは凄い人なのだろうか、と考えさせられる場面だ。
「大丈夫だって、ちゃんと見るよ」
「うひょー! さすがレナだね! 分かってる!」
パンパンと肩を叩くテレサは、何となくゲブランと似ている気がした。影響されているのだろうか。
……てか、今日会ったとは思えないほどレナとテレサは打ち解けているな。姉妹に見えなくもない。いや、やっぱりそんなに似てないかも。
「シャル、これからどうする? 俺はテレサのガラクタを見学して行ってもいいかな、と思っているんだけど」
そう言うと、テレサはビシッと俺の方に指差した。
「そこッ! ガラクタって言わないッ!」
「あ、しまった」
咄嗟に口元を手で隠す。
心の中で発明品をガラクタと呼んでいたせいで、つい言葉に出てしまった。
「アレンがそうしたいならそれでいい」
隣でシャルが小さな声でそう言った。
何となくだけど、いつもより声が明るいような気がした。ゲブランに武器を作ってもらえるのが嬉しいのだろうか。
それが、なんか可笑しかったので、俺はクスッと笑って、
「そっか。じゃあ見ていくか」
と、答えた。
一方、テレサは破天荒を爆発させていた。
「うえええええぇぇぇん! レナー! アレンがいじめるよー!」
テレサは涙を流しながら、レナに抱きついた。
涙は滝のように流れていて、人間の目から出ている涙とは思えない。
「ちょっと、テレサ!? 濡れちゃうんだけど!?」
「グフフフ、これも私の発明品の一つなのさ! その名も女の涙はスプラッシュ! 大袈裟に泣きたい演出をするときに重宝するよね! 絶対これから流行る!」
ちょっと微妙に凄いけど、絶対流行らないから。ネーミングセンスもひどいし。
「そんなのどうでもいいから! とっとと、この水止めて!」
その後、テレサの工房は水浸しになったが、テレサのお得意の発明品で水を吸い上げていた。
もう俺にはテレサの発明品が酷いのか凄いのか、分からなくなっていた。
◇
「あー疲れたー」
「……疲れた」
ため息をつきながら、重い足取りで歩く俺とシャル。長い時間テレサの相手をすると、テレサのテンションに付いて行けず、何というか……凄い疲れた。
しかし、俺たち二人と違って、レナは満足そうな顔をしている。
そんな訳で、俺達は夕焼けの空の下、テレサの工房から帰っているところだった。
「あはは、最後の方とかもうアレンとシャルの目死んでたよ」
「仕方ないだろー。テレサがテンション高すぎるんだよー」
「私は発明品がくだらなくて疲れた」
「……それ、テレサの前で言うなよ……そういえば、レナは初対面なのに随分とテレサと仲良かったよな」
俺がそう聞くと、レナは頭を手で撫でながら、答えた。
「えへへ、なんかね……可愛らしくてさ、妹みたいだと思ってたんだよね」
少し照れくさそうに笑うレナ。
妹……か。
確かに、レナは姉っぽい雰囲気があるかもしれないな。
「へぇー、じゃあレナには妹がいるの?」
「うん。でも小さい頃に離れ離れになっちゃったから、名前ぐらいしか覚えてないや。顔もあんまり覚えてないし」
さっきまでと打って変わって、少し寂しそうな顔をするレナを見て、良くない事聞いちゃったかな、と少し反省した。
「辛いな……でもさ、これから俺達は冒険者として世界を旅するんだぜ。ゲブランにも俺たちは将来大物になるって言われたぐらいなんだから、色々な町や国、いや世界中を巡る事になるさ。だから、どっかでバッタリと会うんじゃないかな?」
「レナならきっと会える」
俺に便乗してシャルもレナを元気付けてくれたようだ。
「ふふふ、ありがとう二人共。でも、昔のことだからあまり気にしてないよ」
夕焼けの光に照らされながら、ニコッと笑って答えるレナは、いつもより大人びて見えた。
「そういえば二人がいない間にテレサから発明品を一つ貰ったんだ」
そう言って、ゴソゴソと取り出したのは、俺達がゲブランの鍛冶場に行く直前にレナが眺めていたテレサの発明品の丸い玉だった。
どう見ても、これはテレサの悪い方の発明品――つまりガラクタだろう。
「おいおい、ガラクタ持ってきてどうするんだよ」
「ふっ、分かってないなぁアレン君。それは無知が過ぎるってもんだよ」
ドヤァ。
このドヤ顔を見るに、どうやらテレサから貰った丸い玉が便利な発明品だという絶対の自信があるようだ。
「じゃあ、どういう発明品なのか教えてくれよ」
「聞いて驚くなかれ!」
空に向けて、丸い玉を掲げるレナ。
「これは! なんと! 衝撃を与えるだけで! この丸い玉から煙が出てくるのだ! そう! その名も煙玉!」
たぶんテレサの真似をしているんだろう。
こんな町中で大きな声を出されると、周りからの視線が痛い。
「分かったからボリュームを下げよう」
「ははは、テレサの真似をしたんだけど分かった?」
「丸分かりだよ。だから人が多い場所でテレサの真似をするのは今後止めような」
「はーい、ごめんなさーい」
……この様子だと二回目もありそうだ。
「それで、その煙玉はどう役に立ってくれるんだ?」
「あらら、トレントと戦ったときとは違って、今日は冴えてないね」
「むっ」
そう言われると、何が何でも有用な使い方を考えたくなるな。
煙玉……煙……。
「あ、分かった。便利だなそれ」
衝撃を与えると、煙が出るのならモンスターに投げれば少しの間視界を悪くする事が出来る。
つまり、気配を消したいときや、逃げるときに役に立つって事だ。
俺が納得した顔をしていると、
「ね、言ったでしょ?」
と、言ってレナは笑うのだった。