プロローグ
15歳になると、人々は神よりステータスを授かる。
ステータスがどういうものかは、実際に見てもらうのが手っ取り早いだろう。
種族:人間
名前:アレン=ラングフォード
性別:男
年齢:15歳
職業:テイマー
レベル:1
HP:10
MP:10
攻撃:1
防御:1
魔力:1
敏捷:1
《職業スキル》
【テイム:レベル1】
ステータスの項目で一番重要なのは、職業だ。
この世界の強さは職業によって決まる。
職業を大きくジャンル分けすると、3つに別れる。
職人系の職業、商売系の職業、そして職業の花形とも言える戦闘系の職業だ。
戦闘系の職業に選ばれる可能性は約3分の1。
そして、戦闘系で数多くある職業の中の1つに全くと言っていいほど使えない職業が存在する。
いわゆる不遇職というやつで――それが『テイマー』だ。
テイマーはモンスターを使役して共に戦う事が出来る職業だ。しかし、ステータスが低く、仲間になるモンスターは雑魚ばかり。
そういう理由で不遇職と呼ばれている。
俺、アレン=ラングフォードが15歳の誕生日のときに授かったステータスには、『テイマー』と書かれていた。
◇
両親は俺が赤ん坊の頃に死んだらしい。それから俺を育ててくれているのは、母さんの友達のエル=ラングフォード。
血は繋がっていないが、俺は母さんと呼んでいる。俺を大切に愛情込めて育ててくれた母さんが俺のたった一人の家族なんだ。
現在、俺は16歳。
母さんは最近、調子が悪いらしく寝込んでいる。母さんが働けない今、稼げるのは俺だけだ。
薬とかも買ってあげたいのだが、俺のような不遇職が働ける場所なんて限られている。
戦闘職だが、戦う力はほぼゼロに等しい。
冒険者になろうものなら、生涯を低ランクのまま終えることになるだろう。
そんな俺は現在、鉱山で坑夫として働いている。
この町の近くには鉱山があり、そこで魔鉱石を採掘している。労働環境は劣悪で、何より常に粉塵が舞っている状態なので空気が悪い。坑夫の職業を持っている人達は、スキルによって、この劣悪な環境でもヘッチャラのようだ。
しかし、俺はテイマーだ。この環境下でまともに働いていたら、寿命を縮めることになる。だが、今は他の職場が見つからないため、生活費を稼ぐためにここで働くしかないのだ。
採掘した魔鉱石を手押し車の上に積み、それを押して運んでいるとき。
ガシッ。
何者かに足を引っ掛けられ、俺は転んでしまった。
手押し車もバランスを崩し、積んでいた魔鉱石も地面に転がる。
俺の足を引っ掛けた張本人は、そんな俺を罵倒する。
「おい、アレン。お前しっかりしろよ。唯でさえ、仕事が出来ないってのによぉ!魔鉱石ぐらいしっかり運べ!」
暴言、罵倒。
しかし、その対象が俺なら許されてしまう。
職業がテイマーの俺は、坑夫の人達と比べると仕事の効率が悪い。それはスキルが無い為、仕方のない事であるが、仕事の遅い俺を見て皆ストレスが溜まるのだろう。
その結果、このように理不尽ないじめが起きているのだ。
実際、コイツだけでなく坑夫として働いている大勢の人達にこのようないじめを受けている。
だが、金を稼ぐには耐えるしかない。
「すみません。気を付けます」
頭を下げて、謝罪をする。
最初は反抗していたが、次第に無駄だという事に気付いた。何故なら、俺の職業は不遇職だからだ。この世界で生きていくには、理不尽を受け入れるしかない。
「ったく、やる気がないようなら班長に報告すっからな?真面目に働けよ」
「はい、すみません」
――そう、理不尽こそが俺の日常なのだ。
◇
今日の仕事が終わり、班長から給金をもらう。
銅貨10枚。
俺と母さんの二人分の食費ぐらいにしかならない。
1日働いて、やっと食費が稼げる生活。
貯金など夢のまた夢であり、体調の悪い母さんに薬を買ってあげれる余裕はいつ出来るのやら。
「町に戻ったら、パンを買って家に帰ろう。母さん、きっとお腹を空かして待ってるだろうな」
鉱山から町に戻るのに約1時間かかる。
もう時刻は夕暮れ。夜になると、モンスターの動きが活発になり、襲われる可能性が高くなる。早いところ町に戻りたいところだ。
早足で歩く俺の前に緑色のスライムが現れた。
基本的にスライムは、青色をしているのだが、たまに変異種として違った色のスライムが生まれる。
変異種には滅多に会うことは出来ないため、緑色のスライムに会えることは結構レアだったりする。
「そういえば、緑色のスライムの粘液は薬としての効果があるとか聞いたことあったな。……よーし」
俺は、この緑色のスライムを倒す事にした。
変異種と言っても所詮はスライムだ。赤子の手をひねるように簡単に倒せるだろう。
近くに落ちていた木の棒を拾い、これを武器に戦うことにした。
木の棒を振りかぶって――
「くらえ!」
思いっきり振り落とす!
グチャ。
スライムの粘液が周りに飛び散った。
そしてグリーンスライムは消滅し、粘液をドロップした。
「やった!――え?」
俺は粘液が手に入ることを喜んだが、その瞬間、頭の中に無機質な声が聞こえてきた。
《グリーンスライムが仲間になりたいようです。仲間にしますか?》
グリーンスライム……って、今倒したコイツの事だよな?
あ、そういえば俺テイマーだったな。倒したモンスターは仲間になるんだっけ。一生使うことのないスキルだと思っていたからすっかり忘れていた。
変異種と言えども緑色をした、ただの変色したスライムだと思っていたが、ちゃんとグリーンスライムって名前があるんだな。
コイツの存在って結構レアっぽいし、せっかく俺はテイマーなんだから仲間にしようかな。もしかしたら、仕事とか手伝ってくれるかも。
《グリーンスライムが仲間になりました》
無機質な音声が頭の中に響くと、グリーンスライムが出現した。
しかし、無機質な音声はまだ続くようだ。
《グリーンスライムを仲間にした事により、ユニークスキル【吸収】を獲得しました》
え?
なんかスキル獲得したんですけど。
ユニークスキル?独自のスキルって事だよな。
試しにステータスを開いてみる。
種族:人間
名前:アレン=ラングフォード
性別:男
年齢:16歳
職業:テイマー
レベル:2
HP:11
MP:11
攻撃:2
防御:2
魔力:2
敏捷:2
《職業スキル》
【テイム:レベル1】
《ユニークスキル》
【吸収:レベル1(MAX)】
《テイム》
【グリーンスライム:レベル1】
あ、何かレベル上がってるし。
しかし、さすがはテイマー、上昇値が低すぎる。
で、ユニークスキルっていう欄とテイムって欄が増えているな。
吸収。レベル1でMAXって何だよ。レベルによって能力が変わらないスキルなのだろうか。
吸収の能力の説明を見てみる。
《テイムしたモンスターを吸収する事が出来る。吸収すると、モンスターの能力は自分の能力に加算される。吸収出来るモンスターの数に限りはなく、放出すればテイムしたモンスター同様に使役出来る》
なるほど、よく分からん。
物は試しだ。実際に使ってみよう。
《テイムモンスターのグリーンスライムを吸収します》
また、先ほどのように頭に無機質な音声が流れてきた。
すると、目の前にいたグリーンスライムは粒子となり、俺の体に取り込まれた。
……あれ?それだけ?
見た目の変化は何もない。
もしかしたら、腕や足とかがスライム状になってスライム人間になるのではないかと思っていたが、そんな事にはならなかった。
ステータスはどうなっているのだろうか。
種族:人間
名前:アレン=ラングフォード
性別:男
年齢:16歳
職業:テイマー
レベル:2
HP:12
MP:12
攻撃:3
防御:3
魔力:3
敏捷:3
《恩恵》
【獲得経験値上昇(小)】
《耐性》
【痛覚耐性(小)】
【物理攻撃軽減】
【魔法攻撃軽減】
【状態異常軽減】
《職業スキル》
【テイム:レベル1】
《ユニークスキル》
【吸収:レベル1(MAX)】
【自己再生:レベル1(MAX)】
何か凄い増えてる!?
恩恵と耐性っていう欄と、ユニークスキルに自己再生というものが追加されている。よく見ると、ステータスの値も全パラメータ1だけ上昇している。
恩恵の獲得経験値上昇というのは、テイマーにしてみれば全然有り難くないな。レベル上がってもステータス全然上がらないし。
だが、耐性は凄く有難いな。
中でも痛覚耐性と物理攻撃軽減がめっちゃいい。坑夫の奴らからのいじめに耐えやすくなった。
そして、ユニークスキルの自己再生。こいつもレベル1でMAXか。
自己再生っていうと、腕とか切れても生えてくるって事かな?
試すの怖すぎるからやらないけど、使う機会が無いに越した事はないスキルだな。
「って、こんな事してる場合じゃない!早く家に帰らねーと!」
急に我に返り、町まで俺は走り出した。
辺りは暗くなりかけている。
魔物に出会う前に早く帰ろう。
そして、町につき、パン屋に向かう。
店に到着すると俺は、すぐさまパンを注文した。
「おばさん、パン5つ頂戴!」
「あら、アレン。今日は何だか元気そうね」
そう言って、おばさんは袋にパンを入れてくれている。
このおばさんは昔からの顔馴染みで、俺に優しくしてくれる数少ない人だ。
「そう見える?さっき、グリーンスライムに遭遇してね。倒してみたら、粘液をドロップしたんだ。今まで母さんに薬を買ってあげれなかったから、喜んでるのかも」
「それはよかったわね。それでお母さん元気になるといいわね」
「ハハハ、元気になってくれたら最高なんだけどなー」
「ふふ、そうね。はい、パンよ。1個おまけしておいたわ」
「おお、ありがとう!おばさん」
パンが入った袋を受け取った俺は、先程稼いだ銅貨10枚をおばさんに渡す。
「じゃあまた!」
「はーい、また来てね」
俺はパン屋を後にして、家まで走った。
今日はいい日だ。
やっと母さんに薬をあげることが出来る。
母さん喜ぶかな。
家に着いた俺は、ドアを勢いよく開ける。
「ただいまー。母さん、聞いてよ!薬が手に入ったんだ!……母さん?」
いつもなら、おかえりーと言ってくれるのに今日は何もない。
寝ているのだろうか。
母さんがいつも寝ている布団に向かうと、母さんは表情を歪ませ、息苦しそうにしていた。
「母さん!大丈夫?しっかりして!」
母さんの手を両手で握りしめる。
「……アレン……おかえり……ごめんね……母さん……もうダメみたい」
母さんは、掠れた声で精一杯話している。
握った手は冷たく、まるで死体のようだった。
「何言ってんだよ母さん!ここに!ここに薬があるんだ!」
「……いいの、アレン……実はね……最後に言いたいことがあるの」
涙が止まらなかった。
視界がぼやけて、母さんの顔がよく見えない。
だが、今は拭たくない。母さんの手を、温もりを、感じていたかった。
「……なに、母さん」
俺は覚悟を決めた。
これが母さんの最後の言葉なんだ。
「……アレン……血は繋がってないけど……貴方を愛していたわ」
「うん、俺も、俺もだよ。俺も愛してるよ母さん」
泣いてて上手く話せない。
だけど、自分の気持ちもちゃんと伝えたかった。
「……貴方に……最後まで……言えなかった……けど……貴方の両親は……生きているわ」
「そんなのどうでもいいよ!俺の家族は母さんだけだ!」
「ふふふ……バカな子ね……両親に会えることを……祈っているわ……じゃあ……ね……」
そう言って、母さんはゆっくりと目を閉じていき、手に僅かながらあった力はなくなり、脈が止まった。
母さんが死んだ。
死んだんだ……。
その事実が俺の肩に重くのしかかる。
「……ぅぅ……母さん……」
冷たくなった母さんの体の横で俺は泣き崩れた。
あれだけ疲れてお腹が空いていたのに、今は買ってきたパンを食べる気分にはなれなかった。
ただ、ただ泣いた。
俺が不遇職じゃなかったら、もう少し稼ぎが良くて、早くに薬を買ってあげれたかもしれないのに。
そんな事ばかり考えながら、俺は一晩中泣いていた。
「――本当にこの世界は理不尽だな」
そう、つくづく思った。
◇
翌朝、泣き疲れて寝ていた俺は目を覚ました。
そして、母さんが死んだ事を思い出して涙が溢れてきた。
すぐに手で涙を拭う。
一晩泣いてスッキリしたはずだ。
俺がこの世界で生きていくには弱音を吐くことは許されないんだ。
強く、ただ強く生きなければいけない。
家の前に穴を掘り、母さんを埋めて墓を建てた。
「……さよなら。母さん」
母さんに最後の別れを告げる。
俺はもう振り返らない。
――そして、俺は決めた。
「俺は絶対にこの世界で成り上がってみせる。そして、理不尽で腐ったこの世の中を変えてやる」
拳を握りしめ、そう誓った。