9.もう一人の少女
『ピーーーー』
アミアの脳内にリグムからのアラートが鳴り響く。
そして使役しているオーガ1体の反応が消えている事にすぐ気付いた。
「リンリ起きろ!敵襲だ。
とりあえず騎乗して待機!」
アミアは起き上がりつつ、隣で寝ていたリンリを起こす。
「あっ、はい、すぐに準備する・・・」
寝起きではっきりしなくても、さすがに訓練しているようで、
リンリも自分の頬を叩いて目を覚まして、すぐに起き上がる。
反応が無くなったという事は時間との勝負だ。
リンリが気付いていないので結界内に侵入してはいないが、
どこから攻撃をしてくるか分からない。
鎧に乗る前に襲われたらおしまいだ。
使役が継続している方のオーガに周りの見回りをさせるが、
まだ敵は発見出来ていない。
「リグム起動」
襲われる前に乗り込む事に間に合い、リグムもリンリのデュエナも起動した。
しかし、デュエナの方はまだ休憩を始めてから1時間ほどしか経っておらず、
腕も仮接続状態なので戦闘は難しいだろう。
鎧に乗り込んだ事で使役が解けたオーガの状態が分かった。
見張りに立っていた場所で意識を失っており、目覚める気配はない。
敵がいるとしたらその近くだろう。
『リンリはそのまま待機して、周りの様子を見ていてくれ。
囲まれているようだとまずいし、とにかく結界はそのままで、
何か気付いたら報告してくれ』
『了解、気を付けてね』
返答を聞きつつ、アミアは動き始める。
センサー上は妖魔の反応も無く、他の生物も小動物ぐらいの反応だ。
オーガを眠らせるような毒か何かを持つ動物がいるのだろうか。
いや、それなら妖魔は何かしらの対応を取ったりするだろうし、
昨日は大丈夫で、今日が駄目というのも何かおかしい。
レーダーを切り替え霊関連の反応も見てみるが特に平均的な浮遊霊の反応しかなく、
霊は結界を嫌がって近寄ってこないので、違う気がする。
魔法で気配を消す事は不死鎧も出来るので、
動体センサを中心に周囲を観察する。
人間サイズ以上で隠れる場所を考えると、ちょっと大きめの岩の裏か、
丈の高い植物の中か。
見通しのいい場所なので、あってその2点だ。
なのでその2か所を集中して調べると、どうも岩の裏の温度がやや周囲より高い。
アミアはゆっくりと岩の方にリグムを動かす。
「ストップ、降参するから攻撃しないで」
と、岩の裏からむくむくとした塊が喋りながら出てくる。
見た事ない形状から新手の妖魔か、と警戒する。
人語を話すという事は下手すると悪魔かもしれない。
「動くな、何者だ?」
リグムはハルバードを構える。
「おんなじ人間だよ、顔を見せるから動いてもいい?」
声は聞こえるがくぐもっていて聞こえ辛い。
よく見ると何かの毛皮で全身を覆っていて、
目の部分だけガラスのレンズが出ているようだ。
『リンリ、怪しい奴を見つけた。
奴が攻撃する素振りを見せたら、
砲撃出来るように構えてくれ』
『了解、狙いは定めたよ』
「よし、顔を見せろ」
リンリに指示を出してから、構えを解かずに相手の顔を見ようとする。
「ちょっと待ってね」
不審者はまずレンズを上に上げて、次に顔を覆っていた皮を下にずらす。
(人間?しかも若い女性か)
見えた顔は緑色の瞳をした、やや釣り目の少女の顔だった。
「下層を散策してたらまさかの人間を見つけたんで、
是非話したいと思ってね。
うちはテルテ・グワグラ。
とりあえず結界に入っていい?」
少女、テルテはそう言ってにっこり笑った。
『とりあえず人間らしい。
まずは鎧に乗ったまま結界に入れて様子を見よう』
『分かった。
でも、普通の人間がこんなところにいるかな?』
『最悪人間に化けた悪魔って線もある。
悪魔だって分かったら逃げるぞ』
悪魔とは最強最悪の存在で、人間に化ける事も出来る。
人間の思考外の考え方をし、出会った場合ほぼ殺される。
聖教団が敵対するのは当然だが、邪教団すらも手を組む事は出来ず、
敵対している。
『一応悪魔かどうか見分ける魔法は使ってみるけど、
悪魔によってはそれすらも騙せるらしいから、
念の為ね』
「よし、結界に入っていいぞ」
リンリが魔法を使って確認する事を聞いてから、
アミアはテルテに許可を出す。
「サンキュー。
いやさ、そっちみたいに鎧は着てないから、
外気を吸い過ぎると毒に侵される可能性が高いんだよね」
テルテは言いながら早足で結界の中に入ってくる。
『魔法で見た感じは人間だよ』
結界に入ってきたところでリンリが結果を答える。
『じゃあ引き続き変な動きをしないか注視してくれ』
「ふう、新鮮な空気はいいねえ。
便利だよね、神聖魔法は」
テルテは深呼吸する。
「で、お前は何者だ?」
「えっと、やっぱり鎧に狙われたままだと話にくいかな。
人間同士、顔を見ながら話さない?
あ、武器とか隠し持ってないって、今示すから」
テルテはそういうと、もこもことした皮を脱ぎだす。
皮の下は背中に大きなリュックを背負っていて、
頭は固い殻のような帽子を付けており、
腕や胸の各所にも防具としての鎧のようなものを付けているが、
キラキラと輝く鱗のようなものでアミアもリンリも見た事が無い素材だった。
腰には短剣、背中には小型の斧とハンマーを付けていて、それを地面におろす。
テルテは服を下着以外脱ぎ去り、完全に無防備な姿をさらした。
茶色の長髪を後ろで編み込んで縛った、
リンリよりやや背が低いぐらいの少女がそこにいた。
年齢も二人と同世代に見え、騎士団ほど鍛えていなくても、
それなりに筋肉がある綺麗な身体だった。
「どう?
金属反応とかないでしょ?」
テルテはくるりと一回転してみせる。
『先にあたしが降りるから、
リンリは許可出したら降りて。
ただし、鎧は起動したままで』
『了解』
「ああ、分かった。
あたしも鎧から出るよ」
リンリの返事を聞いてからアミアはリグムを降着姿勢に変え、
起動したまま鎧から外に出る。
その間リンリはじっと見守るが、テルテは動かずに待っている。
アミアはマントを付けて、短剣を中に隠し、
テルテの前まで進んでいく。
「へー、筋肉だるまみたいな子が乗ってるかと思ったら、
こんな可愛らしい子が乗ってたかー」
アミアはいつもの事だからと気にしない。
近くで見たところも問題無いので、
リンリに目配せして鎧から降りてくるように促す。
「用心深いなあ。
うちが何もしないって言ったら何もしないよ。
こう見えても約束は守る方なんだから。
まあ、下層にいるんじゃ用心深いに越した事はないけどさ」
テルテの言う事は素直に信じられれないな、とアミアは感じる。
そもそも何の思惑も無く、こちらに近付いてきたとは考えられない。
「お待たせ」
リンリも神聖鎧を降りて、こちらにやってきた。
「ほー、こっちはこっちで可愛いお嬢さんだったか。
しかし、変な組み合わせだよねえ、
神聖鎧と不死鎧が一緒に行動してるなんて。
どっちかが偽装だったりする?」
テルテが探ってくる。
「えっと、私たちは・・・」
「リンリはちょっと黙っててくれ。
まずその前にそちらの素性からだ」
「まあ、そうだよね。
名前はさっき名乗った通り、テルテ・グワグラ。
テルテでいいから。
うちは下層で妖魔の素材を集めてたんだ」
「掃除屋か」
掃除屋とは妖魔の死体や持ち物から人間が使えるものを選別し、
拾い集める者達の総称である。
アミア達教団の部隊も妖魔退治に同行させた事があり、
必要な物資を売買したりしている。
どちらの教団も妖魔の死体や持ち物についての知識は少なく、
死体漁りをする事が無い為、
異変後を人間が生きる為に自然発生した職業だった。
「いやいや、一緒にしないで欲しいなあ。
確かに掃除屋で小銭稼ぎする事もあるけどさ。
うちはトレジャーハンター。
下層に潜って希少な素材や隠された宝を見つけ出すのが仕事さ」
「トレジャーハンター?」
テルテの言葉にリンリは首を傾げる。
アミアは噂で聞いた事はあった。
わざわざ下層に潜って宝を探し、一攫千金を狙う者がいると。
しかし、下層での生存率は低く、
そんな馬鹿な奴は実在しないと思っていた。
「自称だろう?
そもそも下層でなんて生きられないだろ」
「確かにここらでトレジャーハンター名乗ってるのはうちぐらいだけどさ、
事実生きてここにいるわけじゃん。
凄いお宝はまだ見つけてないけどさ」
確かにそうだな、とアミアは思う。
どうやって生身で生き延びたのだろう。
「そういえば見張りのオーガはどうやって気絶させた?」
「あー、あれはオーガによく効く媚薬みたいなのがあってさ、
オーガが嗜好品として使ってるんだけど、
一定量以上匂いを嗅ぐと興奮状態で気絶するんだよね。
そんなには数持ってなかったけど、いざって時の為に持っててよかったよ。
うちはあんたらみたいに妖魔に戦闘でどうにか出来る力が無いから、
知識と道具で何とかしてるわけ。
例えば一番外側に被ってた皮はサノウスって魔獣の皮で、
小型、中型の妖魔が嫌う匂いがするんだよね。
人間の匂いも消せるし、皮が厚く体温も隠せるから、
霊体の妖魔も寄ってこなくなる。
妖魔は大抵好きな匂い、嫌いな匂いがあるから、
それを知ってればある程度の危険は回避出来るのさ」
「へー」
素直に感心するリンリ。
アミアも妖魔については多少の知識はあったが、
匂いの好みなんて聞いた事は無かった。
「まあ、それでも妖魔に襲われ、逃げるのはしょっちゅうで、
後は縄張りとか小さい空洞とか、
地理と地形を調べるのが重要なのよ。
これでも結構地道にやってるんだ。
それが昨日から妖魔どもの動きがおかしいんで、
調べてみたらあんたらを見つけたわけよ。
しかし、強いなあ。
ここらの主のジャイアントを倒したんだから」
「知ってたのか?」
「あのジャイアントの縄張り内にうちは寝床を作ってたからね。
縄張りの周りは基本的に妖魔は寄ってこない。
うちはジャイアントが嫌う匂いの薬草を持ってたし、快適な寝床だったよ。
それが、妖魔が突然縄張りに入ってきたみたいで、
ジャイアントに見つかったもんだから奴は大暴れ。
妖魔は妖魔で力関係とか縄張り争いとか、
色々あるから、人間が関わると結構荒れるんだ。
つまり下層で生きるのは大変だって事」
テルテの言葉は興味深かった。
もしかしたら凄い奴なのかもしれないな、
とアミアも思い始めていた。
「じゃあ、地上への出口って知ってます?」
「知ってるも何も、うちはそこから降りてきたんだから、知ってるさ。
あんたらみたいに崩落で落ちたらさすがに死んじゃうよ」
「教えろ」
アミアは懐の剣を取り出し、テルテに命令する。
「これだから邪教団の人は怖いんだ。
脅さなくたって教えるよ。
でも、その前にそっちの話も聞かせて欲しいな。
聖騎士と暗黒騎士。
そんな組み合わせの二人の話は面白そうだし」
テルテはにんまりと笑う。
「そこまで悪い人じゃなさそうだし、
話してもいいんじゃないかな」
リンリは場を和らげようとする。
「まあ、話すのは問題ないが、
他言無用だぞ」
「言わない言わない。
教団関連の話は下手に喋ると敵が増えるだけで、
なんの得にもならないからね」
テルテの言葉を信じないまでも、
確かに二人の情報はどちらの教団からも追及される材料でしかないとは思う。
アミアはかいつまんで今までの経緯を話した。
と言っても、リンリとの個人的な部分はなるべくぼかし、
戦っていたら崩落に巻き込まれ、下層から出る為に一時的に手を組んでいる、
という事にした。
「確かに一人で闇雲に探したら、
エネルギー切れで終わってたかもね。
特にこの結界と中型妖魔の見張りはいい組み合わせだと思う。
神聖魔法と暗黒魔法の組み合わせなんて普通は無いから、
あんたらにしか出来ない芸当だわ」
一通り感心しつつ話を聞いていたテルテが感想を述べる。
「それに、強いのは単純に羨ましいね。
大型の妖魔を倒せるならお宝一杯だし。
まあ言っちゃうけどあんたらが倒したジャイアントから
貴重な素材や持ってたお宝は真っ先にもらったよ。
死体放置していったんだから所有権はうちで問題ないよな」
「別にあたしらには価値が分からないし、
それは構わないよ。
それより出口を教えてくれ」
「本当に?
後で文句言うのは無しだからな。
じゃあ、喜んで教えるよ。
まずは簡単だけど、うちが作った地図がこれだ」
テルテがボロボロの紙を広げる。
まあ、この世界での紙の価値は高く、
こんなボロボロでもそれなりに値段がする。
「ここが今いる場所で、
ここらの下層では一番広い広場みたいな場所だ。
ここって妖魔同士の縄張り争いが激しくて、
結果として空白地帯みたいになってたんだ。
それを抑えられたから、ってそういう話は今は余計か。
んで、北の方が巨人の縄張りで、その先は行き止まり。
東は北の都の下なんだけど、どんどん下って行って、
さらに先は危険な妖魔がうじゃうじゃいるのでうちも行ってない。
下層ってのは低いほど危険が増す、って覚えときな。
んで、そもそもうちが降りてきたのが、
ずっと西、細い脇道になって、地上の谷の横に穴が続いてる。
多分あんたらの鎧でも通れると思うけど、
無理だったら、ちょっと南に地上に行けそうな崩落跡があったから、
そっちかな。
で、問題がある」
一旦テルテが話を止める。
「何かマズいんですか?」
「うち一人なら匂いも消せたし、
通り抜けられたけど、デカぶつがいるんだ、
この辺りに。
ヒュドラって知ってるか?」
アミアは聞いた事があった。
多頭の竜の一種で、様々な攻撃手段を持つ魔獣だ。
もし討伐の任務があったら、10体ほどの鎧が必要になるだろう。
「見た事は無いが、聞いた事はある。
まあジャイアントみたいに容易に倒せる相手じゃない」
「そう、そのヒュドラが、
地図のこの辺、出口までの途中に鎮座してるわけ。
こいつは感覚が鋭く、鎧だと寝てるところを通り抜けるなんて出来ないし、
匂いの好みも不明。
誰か一人が囮になればなんとか出来るかもしれないけど、
そんな事はしないんだろ?」
「もちろんしない」
「じゃあどうするか、
ってのはそっちで考えてね。
まあ何かの縁だ、身の危険が無い範囲なら手助けするし、
知りたい事があれば教えるけどね」
「分かった。
ちょっと二人で相談させてくれ」
そう言ってアミアはリンリを少し離れた場所に連れだす。
「よかったね、出口教えてもらえて」
「地図が嘘じゃなければな。
まあそこまでして騙す意味は無いだろうし、
言ってる事はある程度信用出来る」
ひとまずアミアも話は信じる事にした。
「ヒュドラどうしよっか…」
「あたしも魔獣は戦闘経験が少ない。
首を全部落とせばいい、とは知識であるが、
複数首があるって事は同時に複数から攻撃を受けるって事だ。
そう簡単に攻撃する隙が出来るとは思えない」
「だよね。
でも別の出口は無さそうだし、
そこを通るしかないんだよね」
アミアは頭を捻る。
使役する妖魔を囮に使えばとも思ったが、
一瞬で倒され、囮にはならないだろう。
「ひとまずリンリの神聖鎧が回復するまで時間はある。
その間に使える神聖魔法を教えてくれ。
暗黒魔法と組み合わせれば何か出来るかもしれない」
「いいよ。
本当は神聖魔法の事を他人に教えたら破門だけど、
もう私は教団に戻るつもりはないし」
リンリの言葉にアミアは自分は地上に出た後の事を考えていない事を思い出した。
リンリを守るという事は言ったが、
地上に出たからといって安住出来る場所は無いのだから。
(嫌だが、テルテに聞くか・・・)
どちらの教団側でもなさそうな人物、
テルテが役に立つかもしれないとアミアは思うのだった。
「なんか決まった?」
戻ってきた二人にテルテが問いかける。
「いや、ヒュドラを倒すつもりだが、
実際の対策はまだだ。
リンリの神聖鎧が回復中で、
直るまでの間に考えようかと」
「そっか。
うちも一旦地上に戻ろうと思ってたから、
ヒュドラを倒すんならその様子を見守らせてもらおうかと。
結界内に居候になっても問題ないでしょ?」
「完全に信用したわけじゃないから、
武器は離れた場所に置いてもらう。
あと、色々聞きたい事もあるから、
後で質問させてくれ」
「まあ、それはいつでもどうぞ。
と、いつまでもあんたらじゃ言いにくいんで、
名前聞いてもいい?」
「そうだな、
あたしはアミア・ロドテック。
で、こっちが」
「リンリ・ケレッヅです。
よろしく」
「アミアにリンリね。
こんな下層で出会うのも何かの縁だし、
よろしく頼むよ」
テルテが近付いて二人と握手を交わす。
近くで見ると綺麗な顔立ちだな、とアミアは思った。
胸の発育ではリンリに劣るが、アミアに比べれば十分大きい。
3人で一番小さい事にアミアはややコンプレックスを感じた。
「食事は、ってしなくていいんだっけ、鎧に乗ってると。
下層の一番の問題点を解決してるのは羨ましいよ、やっぱり」
「そういえばやけに鎧とかに詳しいですよね。
一般的にそこまで知られているものなんですか?」
リンリの言葉にアミアも魔法の種類まで知っているのは、
さすがに知りすぎだと思った。
「いやいや、普通の人はそこまで知らないよ。
というか知ってるのを教団にばれたらヤバいし。
うちの場合は知識バカみたいな知り合いがいたから、
そこから役に立ちそうな情報をもらってたんで、
ここまで知ってるって事」
テルテは説明する。
多分妖魔の知識もそこから得ていたのだろうとアミアは推測する。
それでも知識を生かして下層で活動する能力は素直に凄いと思った。
「じゃあうちは勝手に料理してるから。
食べてみたいならお裾分けはするけどね」
そう言ってテルテは自分の荷物を漁り、料理の準備をする。
アミア達は一旦鎧を休止状態にし、
テルテを横目に魔法の情報や、
技術、戦闘経験などのやり取りをしていた。
しばらくしてテルテの鍋からいい匂いがしてくる。
腹は空いていないものの、食欲自体はそそられる為、
一旦話を中断し、二人してテルテの鍋を覗きに行く。
鍋の見た目はスープのようだが、
入っている肉や野菜は見た事が無いようなものだった。
「それは何の料理だ?」
「下層で色々試して、一番おいしかった組み合わせだ。
オークの肉とキノコと毒草の根のスープだぞ。
毒とかは無いけど、臭みがあるから、
香辛料とかで調節するのがポイントなんだ」
「オークって、あのオークですか?」
中型妖魔であるオークは前の戦闘でも戦ったが、
顔は豚に近く、鋭い牙があり、身体は人間を巨大化させたような感じで、
力任せに突っ込んでくるそれなりに凶暴な妖魔だ。
「ああ、あんたらが倒したのや巨人に潰されたのを拝借させてもらった奴だ。
食べられる部位も多くて味もなかなかだぞ。
オーガやゴブリンだって食料として家畜化したりするぐらいだし」
妖魔が他の妖魔を家畜化するなんてアミアは聞いた事はなかった。
「人型の妖魔を食べるのに拒否反応は無いのか?」
「なくはないよ、もちろん。
ただ、うちは鎧を持ってないし、
何かを食べなくちゃ生きていけない。
地上から食料を持ってくるのも量が限られるし、
何より地上の食料は高い。
下層である程度の期間を生きるなら、
下層にあるものを食べ、飲み、生きる必要がある。
妖魔の巣の近くには水飲み場があるんで、水は何とかなるけど、
食べ物は植物だけだと栄養が足りなくなる。
獣はいるけど、少ないし、狩りが大変だ。
ゴブリン、オーガはまずいし、捕まえにくい。
オークは凶暴だけど、知能が低く、罠や薬で捕まえやすいし、
何より美味い。
まあ、下層を何度も潜ったうちの知恵って奴さ」
そう言ってテルテはお椀に鍋のスープを掬う。
自分で味見してから、アミアに手渡す。
「まあ、騙されたと思って食べてみ」
アミアはおずおずとお椀を受け取り、
中のスープを匙で掬う。
見た目は悪くなく、匂いは食欲をそそられる。
毒への耐性もある程度あるので、そのまま口に運ぶ。
食べた事の無い味が広がり、
肉の噛み応えで久しぶりの食事の喜びが込み上がってくる。
「うまいな、確かに」
そのまま椀をリンリに渡す。
リンリは二人の顔を見てから、スープを掬って口に入れる。
「うん、美味しい!」
リンリも笑顔になる。
「だろ?
あんたらのおかげで肉は山ほどある。
お椀があるなら持ってくれば好きなだけ食わせてやるぞ」
テルテの言葉にアミアもリンリも自分の椀を取りに行き、
3人で鍋を囲んでの食事になった。
「教団にいた時のお祝いの日のご馳走でも、
ここまで美味しくなかったと思う」
「確かに。
うまい料理は色々食べたが、
あたしもこの料理の方がうまいかもな」
「地上の食材は限られるからなあ。
田んぼや畑は広く作れないし、
何より日当たりの問題で育ち難い。
下層は毒や危険物が多いけど、
妖魔が食べるものがあるんだから、
人間だって工夫すればこんなものが作れるんだ」
褒められてテルテは嬉しそうに語った。
「そろそろ寝るか」
食事が終わり一息ついたのでアミアは提案する。
そもそも寝ていたところをテルテに中断されたわけで、
十分な休息は取れていない。
使役しているオーガは1体になったが、
テルテいわく、空白地帯のここにはそうそう妖魔は攻めてこないので問題ない、
という話を信じる事にした。
リンリは頷いて置きっぱなしの布の方へ移動する。
アミアは着ていたマントを脱いで布団代わりにして、
二人で寝ようとしたところに声がかかった。
「もしかして二人はそういう関係?
騎士団には多いって聞いたけど、
禁断の恋だったりする?」
テルテは興味深々だった。
「いや、違う。
これは布団になる布が無いんで、
しょうがなく二人で…」
アミアは急いで否定する。
「いいでしょー。
温かいんだよ」
リンリはなぜか嬉しそうだ。
「そっか、残念だわ。
まあうちも寝具は最低限の寝袋しかないしなあ。
でも久しぶりに気を張らずに眠れるよ」
テルテも自分の寝袋を荷物から取り出し、
少し離れた場所に寝床を作った。
「変な子だけど、
話が分かる人で良かったね」
少ししてテルテも寝たかと思った頃に、
リンリが小声で話しかけてきた。
「地上へ戻れる可能性が出ただけでも十分だ」
「私は二人きりでもよかったけどね」
「・・・それはどういう意味だ?」
リンリの言葉の意味が分からず、アミアは問いかけるが、
リンリはすでに寝息を立てており、
回答は返ってこなかった。
(二人きりで、か)
アミアも考えながら眠りに落ちていった。