13.最後の戦い
「無駄な抵抗は止めて下さい。
消滅するとしても痛み無く消えた方が楽です」
観察者が無慈悲な勧告をする。
「お主らが隠し事をしていたように、
我が種族も話していない事があってな。
先程“異界の者”が1人と言ったな。
その認識は誤りじゃ。
我が種族と人間に差異など無い。
こ奴らもまた“異界の者”じゃ」
ミルミの言っている意味がアミアには分からない。
「身体能力、魔力、知力、
全てにおいて“異界の者”と人間とでは、
大きな違いがあります。
その差は別の種族としか言えません」
「人間という種が、
発展の先に辿り着いたのが我が種族じゃ。
あの世界に人間を持ち込んだのは、
我が種族に辿り着くかを確認する側面もあった。
そして、その変化自体は、
わらわの指先一つで可能なのじゃ」
ミルミは指をパチンと鳴らした。
すると、アミアの身体から力が沸き上がる。
(覚醒したみたいな感じだ)
「お主らは既に覚醒を経験しておる。
力の使い方はそれとほぼ同じじゃ。
そして目の前の鎧はお主らのコピーじゃ。
倒せるな?」
「はい、ご命令とあらば」
エリエはその身体に紅と白の装甲を纏い、
鎧と同じ位の大きさに変化した。
覚醒したアイシンに近い形状だが、
より女性らしさが感じられる。
両手には弓矢、腰には刀が装備されていた。
「やってみる」
ミルミも藍色の装甲を纏っていき、
美しい甲冑の女神のような姿へと変わった。
右手には剣、左手には大きな盾が握られている。
「分かったよ」
アミアも観念して戦う事を決意する。
リグムに乗っていた時と同じ感覚をイメージし、
身体に紅い装甲を纏っていく。
それは自分の手足のような感覚になり、
手にはハルバードが握られていた。
「そのような能力があったとは。
分かりました。
戦いを見て判断いたしましょう」
観察者はそう言って黙り、
3機の鎧はそれぞれの搭乗者と対峙した。
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エリエの心境は複雑だった。
アイシンは今まで自分を助けてくれた半身であり、
ミルミと出会わせてくれた存在でもある。
が、巫女の立場はエリエを縛り付ける鎖で、
それが無ければ自分はこんなに歪まなかったとも思う。
(全てはミルミ様の為に)
それがエリエの結論だった。
アイシンが無くなれば、巫女でも無くなり、
その役目は完全に終わる。
そしてミルミと同じ超越者になった事で、
ミルミの横に並び、共に生きる事が出来る。
それは全ての過去の因縁を断ち切る、
大きな力となった。
(来る!)
アイシンの容赦無い矢の乱れ撃ちが襲い掛かる。
が、それは己自身の攻撃だ。
攻撃をかすりつつも、その狙いは分かっており、
薙刀を作り出してそれで弾いていく。
飛び道具が効かない事を理解したアイシンは、
刀を抜いて一気に詰め寄る。
対するエリエも刀を抜いて、それを受け止めた。
鍔迫り合いをすると、単純な力比べで、
こちらが負けている事が分かる。
(わたくしが出し切れなかった分も、
力は出せるんですね)
少しだけ己の未熟さを実感しつつも、
覚醒状態より有利な点、
完全に肉体を支配出来ている事を考慮して動く。
アイシンの攻撃を避け、カウンターで斬り付け、
更に攻撃を加える。
超越者のみが感じられる、絶対的な力の感覚。
過去に戦った超越者が人間相手に油断するのも、
何となく分かった。
(一気に畳み掛けましょう)
エリエはたくさんの腕を身体に生やす。
アイシンも対抗し同様に腕を生やした。
大量の刀の斬撃がお互いを切り刻んでいく。
それはパワーのあるアイシンの方が有利に見えた。
しかし、徐々にアイシンの腕が減り、
その再生が追い付かないのが分かる。
一方エリエの腕は凄まじい勢いで再生し、
再生途中のアイシンの腕を斬り落としていく。
ついにはアイシンの身体は繭だけの状態になった。
「今までありがとう。
さようなら」
エリエは元の2本の腕に戻し、繭を刀で両断した。
そこでアイシンの再生は止まり、
そのまま動かなくなった。
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(さすがエリエちゃん、早いなあ)
エリエがアイシンを倒したのに気付いたが、
リンリには余裕が無かった。
デュエナの猛攻はリンリを圧倒し、
受けたダメージを回復するのがやっとだ。
(自分と戦うって、こんなにやりづらいんだ)
デュエナが本気になった時の自分と同じだと分かり、
すぐにその状態に移行出来ないリンリは、
苦戦を強いられていた。
(デュエナには感謝してる。
でも!)
リンリにとってのデュエナは、
自分をアミアと出会わせてくれて、
ここまで生き残らせてくれた相棒である。
破壊したくはないが、
かといってやられるつもりも無い。
神経を握った剣に集中し、無心になる。
リンリはようやく全力で戦う体勢になった。
剣を振るい、避け、弾き、弾かれる。
ほぼ同一存在の斬り合いは、
剣の試合のように美しく続けられた。
(決める!)
リンリは相手の攻撃を避けずに、
絶好のタイミングで斬り付ける。
デュエナも同様にダメージ覚悟で斬り付けた。
デュエナは前面の装甲が割られて、
繭が剥き出しになった。
一方リンリも前面の装甲が斬られ、
生身の身体がそこから覗いた。
(この身体はアミアちゃんのモノ。
傷付けさせる訳にはいかない)
リンリには心があり、デュエナには無い。
それはリンリにとっては決定的な差だ。
負けるわけが無い。
リンリの手の中の剣が巨大化する。
デュエナはそれを察知し、巨大な光の盾を作るが、
リンリの斬撃は盾ごとデュエナを切り裂いた。
「ごめんね。
でも、ありがとう」
動かなくなったデュエナを前に、リンリは呟いた。
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アミアとリグムの戦いは続いている。
(二人とも順応が早いな。
やっぱり色々考えるから駄目なんだろうな)
リグムが仕掛ける罠やフェイントは、
自分がよく使う技だ。
それがどれだけいやらしいかを実感させられる。
同じような小細工は通じないだろうし、
相手は感情が無いので、神経がすり減る事も無い。
一方的にアミアが苛立っていった。
(本当に壊すしかないのか)
まだアミアの中には、
リグムを破壊する事への未練があった。
そもそもアミアは自分の価値の大半は、
リグムの能力だと思っている。
リグムが無い自分に価値があるのか、と。
その考えが出てくる時点で、
超越者になった実感が無いという事で、
能力を使いこなせない原因になる。
リグムは攻撃の手を止めず、刃を飛ばし、
分身で惑わし、背中から刺してくる。
(リグムに乗ってた時より痛いな)
ダメージは直接痛みになり、
それはアミアの全てをすり減らした。
助けを求めればリンリもエリエも援護するだろう。
でも、それだけは嫌だった。
(やっぱり覚悟なんだろうな)
アミアは距離を取り、リグムを見つめる。
その姿は自分自身だと錯覚する。
それ程長い時間一緒に居て、生死の境を共にした。
だから過去の自分自身を斬れるかどうか、
それを試されているのだろう。
上下左右、全方向からの攻撃を弾き、
避け、耐える。
こちらの攻撃はなかなか当たらない。
(あんまりカッコ悪いとリンリに嫌われるか)
結局はそこだった。
最初になりたかった己の姿。
リンリを守ってやれる強い自分。
アミアは再度ハルバードをぎゅっと握る。
ようやくアミアの覚悟が決まった。
リグムの光の刃が迫ってくる。
自分自身だから分かる。
本命は左手だ。
最初の1撃を躱すと、
横から本命の一撃が襲ってきた。
アミアは攻撃を正面からハルバードで斬る。
リグムの刃は腕ごと二つに分かれ、
更にハルバードはそのまま繭を斬り付けた。
「さよならだ」
繭に刺さったハルバードの刃の部分が光り、
繭ごと消滅した。
残ったのは動かないリグムの手足だった。
(今までありがとな)
アミアは自分の身体の一部だった物に、
心の中で礼を言った。
「見事じゃ。
想像通りじゃったな」
ミルミが拍手をする。
アミア達が力を抜くと3人は元の姿に戻った。
「分かりました。
人間と“異界の者”は同一存在だと認めましょう。
これにより世界の更なる観察が必要となりました」
観察者がどういう反応をするか、
全員で耳を傾ける。
「あなた達と争う事はあらゆる点において、
無駄であると判断しました。
また先ほど話した情報の漏洩についても、
世界に与える影響度は一気に下がりました。
情報の取り扱いはあなた達にお任せします」
「別に喋ったりせんよ。
それにわらわはあの世界に、
これ以上影響を及ぼすつもりも無い。
お主らもそうじゃよな?」
「わたくしはミルミ様の望む通りに」
「あたしも深く関わるつもりは無い」
「私はアミアちゃんと同じで」
話したところで混乱が増すだけで、
対応出来るものでも無い。
それにアミアはもう、
都に戻るつもりも無かった。
「という事じゃ。
もうお主とも会う事は無いじゃろう。
好きに観察を楽しんでくれ」
「分かりました。
あなた達については大変興味深い個体として、
今後も観察させて貰います」
観察者はそれ以上何も言わなかった。
「うーん、それも嫌じゃな。
が、どこにいようがこいつらは見えとるしなあ。
アミア、今後の予定はあるのか?」
「まだ明確には何も。
ただ、トレスト村みたいな、
静かなところが見つかればいいな、
という希望はある」
「そうだね、温泉はいいよね」
ミルミはしばらく考え込む。
「ふむ、いい事を思い付いたぞ。
魔法を唱えるからこっちへ来い」
そして再びミルミが転移の魔法を使い、
観察者の世界から4人は姿を消した。
それどころか観察者が観察している全ての世界で、
アミア達の存在は消えていたのだった。
第6部はここまでです。
最後にエピローグがあります。




