12.観察者
「さて準備はいいか?」
ミルミが呼びかける。
アミアとリンリ、エリエは夜の城を鎧に乗って抜け出し、
近くの森に集まっていた。
鎧に積んだ荷物は最低限の物だった。
鎧さえあれば生きるのに困らないからだ。
「移動する前に確認したいんだが、
神様のところってどこへ行くんだ?」
「うーむ、お主らに説明するのはちと難しいな。
わらわの元いた世界が、こことは別の、
違う場所だというのは何となく分かっておるな?」
「はい、わたくしは超越者様が住むのは、
こことは違う、別の世界だと聞いております」
「あたしは悪魔の国がどこか別の場所にある、
としか知識は無くて、下層の、
もっと下の方かと思ってた」
とりあえずアミアの知っている範囲で答える。
「まあ位置関係はいいとして、
ここじゃない、という認識ならよいわ。
で、神と呼ぶ存在も似たような空間にいる。
わらわのいた場所とは結構違うのじゃが、
それは置いておこう」
「神様があたし達が祈ってた、
双子の神だったとして、
それは本当はどういう存在なんだ?
超越者や龍神みたいな、
凄い力の持ち主、って事でいいのか?」
「そうじゃな、
これから会うんだし説明しておくか。
お主らが神と呼ぶ者達は、
根本的に我ら生物とは異なる存在じゃ。
そもそも実体は無く、個としての存在も無い。
複数の思考が混ざり合い、
一つの存在となっておる。
双子の神というのは、
その中でお主ら人類に味方した、
二つの思考、という事じゃ」
「よく分からないかも。
神様は私達の味方じゃないの?」
リンリと同じくアミアも理解はしていない。
ただ、何となく、
今の自分では理解出来ない者なのでは、
と想像していた。
「善悪の考えも生死の考えも異なり、
この世界との接触も単なる知的好奇心からじゃ。
敵とか味方とかでは捉えられん。
結果として、人類の側に立っただけじゃ」
「超越者と同じく、
気分次第、って事か?」
「それとも違う。
まあ、説明は難しいな。
ここでわらわが言うより、
会ってみるのが一番早いじゃろ。
魔法を唱えるから、わらわのそばに寄れ」
「はい」
余計混乱しただけな気もするが、
とりあえずミルミの言う通りだろう。
会って理解出来なければ、諦めるしかない。
ミルミを囲むように3機の鎧が並ぶ。
「では行くぞ」
ミルミが魔法を唱えると、
全身に浮遊感を感じた。
そして、気付くと、
見知らぬ世界が広がっていた。
「ここが神様の住む世界?」
「ああ、そうじゃ。
場所は聞いておったが、
わらわも来るのは初めてじゃ」
そこは白い世界だった。
四方に壁があり、建物の中のようだ。
窓は無く、それなりに広い空間が広がり、
等間隔で円柱の柱が立っている。
柱や壁、床、天井に模様は無く、
無機質な印象を受け、
灯りは天井自体が発光して、
ちょうどいい明るさに感じた。
縦に通路のように長く続いているようだが、
同じ景色なので距離感が掴めない。
「下手に周りの物に触るんじゃないぞ。
何が起こるか分からんからな」
そう言いながらミルミが歩き出し、
アミア達は鎧でそれに続いた。
少し進むと真ん中に白い大きな四角錘が立っていた。
それは数十メートルまで近付くと、
先端部分が切り離されて浮き、声を発した。
「警告します。
ここから先に進む事は出来ません。
直ちに引き返して下さい」
男性とも女性とも取れる声で、
人のぬくもりは感じられない。
「“観察者”と話をしに来た。
通してくれんかな?」
ミルミの言う観察者とは神の事だろうか。
四角錘はしばらく黙り、そして応える。
「許可は出ていません。
繰り返します。
直ちに引き返して下さい」
「簡単にはいかんみたいじゃ。
お前達、警告を無視して進んでみろ」
「分かりました」
エリエが素直に従いアイシンを進めるので、
アミアとリンリは仕方なくそれに続く。
「あなた達を侵入者とみなします。
攻撃を開始します」
「任せたぞ」
ミルミは傍観するつもりらしい。
四角錘の横を通り過ぎようとすると、
先端部分が赤く光った。
そして地面に接していた四角錘も浮かび上がり、
細かく分かれていく。
空中には赤い先端部分の四角錘と、
白い大量の小さな四角錘が浮かんでいた。
「来るぞ!」
アミア達は鎧を覚醒し、攻撃に備える。
最初に四角錘がそのまま武器として突撃をしてきた。
それを避けると背後の四角錘は先端から光線を出し、
攻撃してくる。
リグムがハルバードでそれを斬ろうとすると、
また別の四角錘が球形の光のシールドを張り、
それを防いだ。
攻撃は激しく、自分達の鎧と同じ技術のようで、
確実にダメージを与えてくる。
「いくつかのタイプがあるな」
「普通に攻撃してても駄目そうですね」
「一気に消滅させちゃおうよ」
3人の息が合い、フォーメーションを作る。
一旦距離を離してリグムが先頭になり、
その後ろをデュエナ、アイシンは離れた距離で固定。
リグムは光の刃で近付く敵を切りつつ接近、
攻撃を防ごうとする防御型の敵をアイシンが矢で牽制、
そして敵が密集している所へデュエナが光の剣を振るう。
「やるぞ」
「うん」
「はい」
まずリグムが光の刃を地面に突き立て、
光の柱を作り、敵の動きを封じる。
次にデュエナが光の剣を赤い四角錘に突き刺す。
最後にアイシンが巨大な光の矢をそこへ放った。
光の柱が輝きを増し、中の敵が消滅していく。
「さすがじゃな」
見ていたミルミが賞賛する。
しかし、消滅させた場所の床が開き、
再び同じ形の四角錘が生えてきた。
「もう一回か?」
「あなた達の力は分かりました。
無駄に物を消費するつもりはありません。
どうぞ進んで下さい」
すると四角錘からではなく、
天井の方から声が聞こえた。
声は若い女性のものに聞こえ、
四角錘よりは人間的な印象だが、
それでもどこか冷たさを感じさせた。
「許可が出たようじゃな。
行こうか」
再びミルミが歩き出す。
途中に似たような四角錘が何体もあったが、
特に動き出しはしなかった。
ずっと続く回廊の途中で、
床が光り、右側の壁が指し示された。
そちらへ進むと壁が扉のように開き、
中はそれなりの大きさの部屋だった。
白色だが、人間用のテーブルと、
長椅子が並べてある。
全員が入ると入ってきた扉が閉じた。
「攻撃は致しません。
椅子に座って下さい。
あなた達が嗜む嗜好品はありませんので、
もてなす事は出来ません」
再び天井から声が聞こえる。
ミルミが真っ先に座り、
アミア達も鎧を部屋の隅に置いて、
ローブは着ずにスーツのまま椅子に座る。
思ったより柔らかい素材だったので少し驚いた。
エリエは白い布の下着姿のままだが、
気にせずミルミの横に座った。
「ご用件は何でしょうか?
“異界の者”とは不干渉の誓いを結んでいる筈です」
異界の者とはミルミの事か、自分達の事だろうか。
声は聞こえるが神自体の姿は現さないようだ。
「こいつらの世界の事で聞きたい事があってな。
今どういう状況かは勿論知っておるな」
「はい、あの世界については、
全て観察下にあります。
そちらの3人は特に強力な個体として記録されています」
観察とか記録とか、どういう事なのだろう。
まずはミルミに任せた方がいいと思い、
アミアは喋らずに待つ。
「主ら“観察者”は現在、
あの世界へは不干渉だと思っておった。
しかし、わらわの見たところ、そうではない。
予言や予知に意図を感じる。
少し前の大異変といい、何をしようとしておる?」
「誤解があるようなので訂正させて下さい。
大異変についてはワタシは何の関与もしていません。
原因は別にありますが、
ワタシから話す事は出来ません。
次に世界への干渉ですが、
現在ワタシは観察はしていますが、
干渉はしておりません」
「ほう。
では、わらわとこいつらの出会いも全て偶然で、
予言や予知は誰の意図も無く、
人間が生き延びられるように行われたと?」
ミルミが少し苛立たしげに言う。
「意図はあります。
人間に与えた機械人形、
あなた達が言う神聖鎧、不死鎧、神装、
魔導機は、大異変の発生により、
それを治める為に起動しました。
次に巫女や神官の予言、予知も同様に、
大異変を切っ掛けに、
それを治める方向で発現しています」
「まあ、それは分かる。
龍神を含め、
世界を正す為の装置として残したと。
じゃが、こいつは何じゃ?
我が種族や悪魔や妖魔を動かす意図も、
残していたと?」
ミルミが取り出したのは、
例の若者が入ったクリスタルだった。
「そうですね、その件については、
“異界の者”はご存知無いですね。
半分はワタシと“異界の者”が原因で、
半分はあの世界が原因です。
元々あの世界は龍神の住処で、
世界自体に平穏へと戻ろうとする力がありました。
それは気象などの自然現象と同じく、
人やその他の種族、
“異界の者”すら干渉出来ない、大きな力です。
ただ、“異界の者”が人間や妖魔を持ち込み、
ワタシが機械人形や未来予知の力は持ち込みました。
世界はそれを含めて平穏へ戻ろうとします。
未来予知の力に対抗するのは、
同じく未来予知の力です。
だからその人間に力が宿ったのです」
「では、その世界の力とやらが、
こいつら人間を鍛え上げたと?」
「それは少し違います。
世界の力に気付いたワタシは、
それがどれだけ強大だろうと、
対抗出来る力を人間に与える事にしました。
まず機械人形を大戦の時より強化しました。
ただ、それだけではその人間の男のような、
不測の事態に備えられません。
だから“異界の者”や“龍族”に気付かれぬよう、
更に2つの力を隠しました。
無人の機械人形と悪魔と融合する技術。
2つの力は世界の力に予定通り使われました。
しかし元々ワタシの技術なので、
それは人間側に有利なように動きます。
結果として人間を鍛え上げたのは、
機械人形の力という事です」
「じゃあ姉さんの死も、トレスト村の全滅も、
鎧が引き起こしていたと?」
「ある意味ではそうです。
世界には流れがあります。
機械人形はその流れを感じ、
その中で適切と思われる者に力を与え、
それを陰から支援します。
あなた達3人は鎧に選ばれたのです。
ただ、あなた達3人が、
王都を抜ける事の影響はありますが、
それを埋める代わりの人間も準備されています」
観察者はそう言うと、
アミア達の上空に映像を映し出した。
そこには数十人の少女の顔が浮かび、
その顔は候補生や巫女、西側の騎士団員など、
アミア達がよく知っている人が多かった。
「なんで、私達少女にそんな使命を?」
「それは、ワタシの中の二つの思考、
あなた達が双子の神と呼ぶものが提唱したからです。
種族としての人間は他の妖魔達と比べて脆く、
か弱い存在でした。
そしてその中でも若い女性達は、
更に弱く、男性にも使われる、
もっとも弱い存在と認識されました。
力を与えるなら最も弱い者に。
その提案が採用され、
機械人形はあなた達にのみ乗れるようにしたのです」
酷く残酷な話だとアミアは思った。
確かに少女達は弱く、
鎧が無ければ更に多くの者が死んだだろう。
それでも、
過酷な使命を全て背負わされる必要があったのだろうか。
「こいつらはそういう奴なのじゃ。
あくまで人間は観察対象でしかない。
別に人間や少女を助けようと思って、
行動したわけじゃないのじゃ」
「その言い方には語弊があります。
ワタシは人間という種族の知能に可能性を感じ、
保護対象に選びました。
妖魔や悪魔はそれには及びません。
過去の大戦後に上層と下層を分けたのも、
そういった意図であり、
人間にとって不利益では無かったと認識しています」
「今から鎧の搭乗資格を変える事は出来ないのか?」
「それは可能ですが、
“異界の者”や“龍族”との契約違反となります。
それに、変えてしまえば少女達の生存率が一気に低下します。
あなたはそれでも変化を望みますか?」
もし変えてしまえば、
クルク達の新しい国の秩序も乱れ、
シルシ達候補生も更に危険になるだろう。
ここまで出来上がってしまったものを、
崩す事は出来ないとアミアは思った。
「それ以外の方法もあるんじゃないのかな?」
「一時的には、な。
我が種族や、観察者、龍神が力を合わせ、
崩落を埋め、妖魔や悪魔を下層に封じれば、
元の世界には戻るじゃろう。
しかし再度大異変が起これば、振り出しに戻る。
だから3者は世界に手出しをしない。
そうじゃな?」
「はい。
元々は龍族の土地であり、
1度は2層に分けましたが、2度目はありません。
それにあなた達“異界の者”が、
ワタシと手を組む事は絶対に無いでしょう。
それは姫であるあなたが一番よくご存知の筈です」
「そうじゃ。
だから、もう、あの世界は、
あの地に生きる者で何とかするしかないのじゃ」
ミルミはどこか寂しそうだった。
エリエが気にしてか、ミルミの頭を抱いていた。
「納得いただけたでしょうか?」
「納得は出来んよ。
が、どうしようも無い事も分かった。
今更過去の細工に、
どうこう文句言っても仕方ないとな」
アミアは完全には理解出来ないが、
自分達でどうにか出来る話で無い事は分かった。
「ご理解いただけたようで何よりです。
しかし、
この情報を世界に持ち込む事は禁じられています。
この場で消滅するか、記憶の書き換えをするか、
どちらかを選択して下さい」
それは突然の選択だった。
「記憶の書き換えをするとどうなる?」
「ここへ来るに至る記憶を書き換え、
過去を無かったものとし、
世界に影響を与えない地へと送りましょう」
「わらわと出会ってからの記憶は、
全て消されるじゃろう。
こういう奴なのじゃ。
まあ、お主らなら力で捻じ伏せればいい」
「それは出来ません。
機械人形は元々ワタシの技術です。
残念ですが、“異界の者”一人では敵いません」
観察者がそう言うとリグム、デュエナ、
アイシンは無人で起動し、
その姿を覚醒後へと変えた。
「どうしよう」
「ミルミ様」
「ミルミ、何とかなるのか?」
「勿論じゃ。
わらわはもう戦わんと言ったじゃろ?」
ミルミは不敵に笑った。




