10.対決
(テルテちゃん、
本当に出てっちゃったんだなあ)
リンリは訓練場を眺めながら、ボーっと考えていた。
一夜明け、町は建国ムードを残しつつも動き始め、
城では新たな候補生の受け入れを始めていた。
クルクはアミア達からの返事を前に、
新たな鎧を見つけた事を公表し、
町から16歳以下の少女を募集していた。
魔法での適合者確認はクルク自らやるので、
アミアとリンリはとりあえず呼ばれた形で、
細かい作業は元候補生達がやっている。
予想よりも大勢の少女達が集まり、
中には褐色肌の東の国の少女も混ざっていた。
「完全に適合者のみを候補生とするんだな。
それでも既に10人以上もいるんだ」
アミアは思ったよりちゃんと見ているみたいだ。
昨日の件はまだ何も言ってきていないので、
多分話があるのは夜だろう。
「あ、あの子、シルシちゃんに懐いてた子だ。
適合者だったんだね。
それならシルシちゃんと一緒に居られる」
既に候補生に選ばれた子の中に、
救出作戦の帰りで拾った子を見つけた。
シルシもアミアの事を好きだったと思ったが、
最近はあまり一緒にいるのを見かけない。
何かあったのかな、ともリンリは思ったが、
その話題を自分が振るのも変だと思い、
何も聞いていなかった。
「一緒に戦場に出れるのと、
城で待っているのだったら、
どっちが幸せなんだろうな」
「私はずっと一緒の方がいいと思っちゃうな。
待ってるなんて辛そうだもん」
自分の考え方はおかしいのかな、
と、たまにリンリは考える。
戦場に慣れ、戦う事に慣れ、
強大な力に慣れてしまった。
超越者と戦った時は恐怖を感じたが、
ミルミにも慣れ、協力すれば勝てる事も分かった。
正直、アミアの言う、このままだと危険、
という考えがしっくりこないのだ。
多分、自分の方がおかしいのだろう。
「シルシなら、あの子を守ってあげられるかもな。
そうなればいいと思う」
「そうだね」
新たな候補生の子達を眺め、
昔の自分を少し思い出す。
聖教団の訓練は厳しく、
泣き出したり逃げ出したりする子もいた。
教官は決して甘やかさず、出来ない子は見捨てられ、
落ちこぼれの烙印を押された。
リンリは必死に努力しなくても、
それなりにこなし、鎧との同化が一番だったので、
聖騎士団に何とか残っていた。
救世主にしようという意図かは知らないが、
楽しい思い出は無かった。
だから、候補生の子達には、
何かいい事があればいいな、と思った。
「リンリ、呼ばれてるぞ」
「あ、うん、分かった」
どうやら集まった子の確認が終わったようで、
アミア達もクルクの元へと呼ばれていた。
アミアに続いてリンリも走っていく。
結局昼間は新しい候補生達のデータ取りや、
部屋割りなどの雑務に使われ、
リンリが部屋に戻ってきたのは夜だった。
しばらくくつろいでいると、
ドアをノックする音が聞こえる。
「はい」
ドアを開けると、予想通りアミアが立っていた。
「話がある。
ちょっと来て欲しい」
そう言ってリンリの返事も聞かぬまま、
黙って手を引っ張っていく。
「え・・・」
リンリはアミアの気迫に飲まれて、
そのまま引っ張られる。
(怒ってるわけじゃないよね。
・・・ちょっと強引なのもいいかな)
そんな事を考えていると、
城のバルコニーに着いていた。
人は誰もおらず、空には星が輝いている。
「リンリ、もう一度聞いて欲しい」
「うん」
「あたしはリンリの事が好きだ。
大事にしたい。
このままここにいるのは危険だ。
一緒に逃げてくれ」
アミアの表情は真剣だった。
アミアの願いだ、
聞き入れてあげたいとも思う。
でも、素直に受け入れる程、
リンリも自分を曲げられない。
「ちゃんとした理由があるんだよね?」
「ああ、説明する」
そしてアミアが話したのは、
ややこしく、信じ難い話だった。
話の内容では本当の黒幕が神様かどうかも分からず、
ただ責任を擦り付けてるようにも思える。
「疑いたくは無いけど、
ミルミちゃんに騙されてない?」
リンリはミルミの一連の行動を、
個人的には快く思っていなかった。
特にドゼビムの死は納得いかない。
「もちろんあたしも最初に疑ったさ。
でも、ミルミには出来ない事が起きてるし、
あたし自身も確認して、敵があえて手加減してると、
はっきりと分かったんだ。
あたしはそんなものに、
英雄に仕立て上げられるのは嫌だ。
自分の道は自分で切り開きたい」
「でも、絶対に勝てる敵しか出ないなら、
ここにいる方が安全じゃないかな。
みんなも守れるし、最終的には平和になるんでしょ?」
「いや、敵の意図が完全に分からないんだから、
そうとも限らない。
それに平和になるのがいつなのかは分からないし、
あたし達が鎧に乗れなくなるまで、
延々と戦わされるだけだと思う。
二十歳を過ぎて、鎧に乗れなくなれば、
あたし達の価値なんて市民と変わらなくなる」
「そうなったら、
候補生の子達に守って貰えばいいんじゃ。
それに乗れなくなるまで戦ったなら、
国で保護して貰えるよ。
前にクルクさんが言ってたよね。
権利とか褒美とか。
私はその方がいいと思う」
リンリにはどうしても、アミアがミルミに釣られて、
ここを抜け出す理由を作ってるとしか思えなかった。
「あたしは嫌だ。
邪教団の町のオクオに会っただろ。
あいつは鎧に乗れなくなっても生き延びる為に、
新しい部隊の子達に媚を売り、
金をバラまき、要職についた。
そんなまでして生かして欲しいとは思わない」
「それは環境が悪かったって、
アミアちゃんも分かってたよね。
それに私はオクオさんも後悔してて、
そんなに悪い人だと思えなかった。
アミアちゃんはどうしてもここを出たいみたいだけど、
その先はどうするつもりなの?」
「それは、二人でならどうにでもなるだろ。
鎧が有れば寝食には困らないし、
妖魔がいない場所を見つけて、そこで暮らせればいい」
「鎧に乗れなくなったらどうするの?
二人きりで素手で妖魔と戦うの?」
「それまでに妖魔がいない場所を見つけて、
安全な生活方法を確立すればいい」
言い合いをするつもりは無かったのだが、
何故かリンリも必死になってしまった。
こうなると言葉は止まらない。
「そんな出来るか分からない事より、
私はみんなで必死に作った、
この国に住む方がいいな。
なんでアミアちゃんは、
そんなにここを出る事にこだわるの?」
「それは、さっき言った誰かの思惑が・・・。
いや、違う。
全部話すよ。
あたしは思ったより嫉妬深いんだ。
このままここにいれば人が増える。
あたしより強い人が現れるかもしれないし、
男性とだって会う機会が増える。
リンリは今はあたしの事を好きかもしれない。
でも、もっと好きになる人が出てくると思う。
鎧に乗れなくなったら、
あたしの価値は下がって、
若い子や男性にリンリを取られるかもしれない。
そんなのは嫌なんだ」
リンリはアミアの言葉を受け取る。
そんなのは自分も同じだと思った。
でも、アミアはいつまでも好きでいてくれる筈。
自分はそう思うのに、
なんでアミアはそう受け取れないのだろう。
「アミアちゃんは私を信じてくれないんだ。
だから、そんな考えになる。
私はずっとアミアちゃんが好きだって言ってるよね。
どうして素直に受け取ってくれないの?
いいよ、アミアちゃんは私のモノにする。
もう戦わなくていいし、
今後の心配もしなくていい。
私が守るし、一生養ってあげる」
「それじゃあリンリがずっと危険なままだろ。
あたしはそれが嫌なんだ。
信じられなかったのは済まないと思う。
でも、リンリは優しいから、
どこかであたしより世界を選んでしまうんじゃないか、
そう思ったんだ」
「もういいや。
考えるの疲れちゃった。
こうしよう?
私が勝ったらアミアちゃんは私のモノで、
ここで一緒に暮らす。
アミアちゃんが勝ったら、
私はアミアちゃんのモノ。
好きにしていい。
分かり易いでしょ?」
リンリはバルコニーの外にデュエナを呼び出した。
「ああ、分かった。
本気で行くからな。
後悔するなよ」
アミアもリグムを呼び出した。
「負けないから大丈夫」
リンリはデュエナに飛び乗る。
アミアもリグムに飛び乗った。
2機は城の上空に昇っていく。
(色々考えられる前に攻撃しないと)
アミアは手強い。
リンリには思い付かない行動をし、
罠を張り、裏を突く。
鎧の動かし方なら負けてないが、
そういう戦い方はリンリには出来ない。
『始めるよ』
『どこからでもかかって来い』
カウンターは取らせない。
リンリはデュエナに出せるだけの腕を生やし、
速攻で決めるつもりで攻める。
リグムは動かず待ち構えている。
一切動かない。
(罠?)
リンリは本能で危険を感じ、
途中で腕を一本だけリグムに投げた。
するとリグムだと思ったものは弾け、
閃光を放つ。
(どこ?)
いつの間にかダミーを作り、
リグムは夜空に溶け込んでいた。
リンリは神経を集中し、敵の動きを待つ。
(下!)
気配を感じ、腕を下に投げる。
投げた腕は姿を現したリグムに弾かれ、
リグムはそのまま急上昇してくる。
今度はリンリがカウンター狙いで、
それを待ち構える。
(分身?)
リグムは途中で左右に分かれ、
デュエナを挟み撃ちする形になる。
だが、リンリは冷静に判断し、
左右それぞれに複数の腕で対処し、刃を叩き込む。
するとそれは先ほどと同じように破裂し、
正面から本物のリグムが光の刃で迫る。
『はっ!』
何とかデュエナは腕を犠牲にして刃を防ぎ、
カウンターをリグムに叩き込む。
しかし、リグムもそれを何とか避け、
再び距離を取った。
『小細工は効かないよ』
『そうだよな。
やっぱり、リンリは強い』
そうは言うものの、今はアミアのペースだ。
このままだと根負けしそうだ。
だから、リンリは考えるのをやめ、
本能で攻める事にする。
『本気で行くから。
もう止まらないよ』
『分かった』
デュエナは夜空を流星のように駆ける。
無心の刃が宙を斬る。
リグムの左肩から先が吹き飛び、
脇腹も大きくえぐれる。
デュエナの斬撃は止まらない。
リグムは光の刃で攻撃を防ぎ、
避け、何とか耐えようとするが、
身体は破壊されていき、
繭へもダメージが入っていく。
(早く降参して!)
頭の片隅にそんな思いが浮かぶが、
もうデュエナの動きは止まらない。
『はあああっ!』
アミアの叫びが聞こえた。
そして、リンリは一瞬、
全てが見えなく、感じられなくなる。
気付いた時にはデュエナの頭と四肢は飛び散り、
ボディだけがリグムの腕の中にあった。
『え?
何をしたの?』
あまりの事にリンリの戦意は失われていた。
『切り刻まれながら、
その破片を小さな刃にして、
周囲に散らしてた。
ギリギリの賭けだったけど、
あたしが意識を失う前に、
デュエナをバラバラに出来た』
『そっか、私の負けかー。
やっぱりアミアちゃんは強いや』
そうは言うが、悔しさは無かった。
別にどちらが勝っても良かったし、
リンリはアミアのモノになれるのなら、
それはそれで嬉しかった。
『もう大丈夫そうですね』
そう言って姿を現したのはエリエのアイシンだった。
『いつから居たんだ?』
『バルコニーでの話し合いから全部です。
ミルミ様がご心配されていたので。
しかし、お二人もただのバカップルですね。
しっかり報告させて貰います』
『ミルミの奴め。
まあ、いいや、ありがとうな』
『エリエちゃんも幸せにね』
『はい、ではおやすみなさい』
アイシンは離れていく。
リグムとデュエナは抱き合いながら、
ゆっくりと城の裏山へと落ちていった。




