7.巨人襲来
『ピピッ、ピピッ』
リンリの脳内に神聖鎧からのアラームが響き、
次第に覚醒する。
横のアミアも同時刻にアラームをかけているので、
ごそごそと身体を動かしている。
気合を入れて上体を起こし、布の上に座る格好になる。
アミアもほぼ同時に起き上がり、身体を伸ばし始めた。
「アミアちゃん、おはよう」
状況が状況なので、すがすがしい朝ではないが、
寝ている間に妖魔の強襲が無かっただけラッキーなのだろう。
「おはよう」
アミアはそっけなく答える。
昨夜は何となくノリで胸を触らせてしまったが、
アミアの態度に特に変化はなく、リンリは少しホッとした。
他人に身体を触らせるなんてした事が無かったので、
変な奴と思われるか、軽蔑されるかとも少し思っていたが、
大丈夫みたいだ。
「今日はどうする?」
翌日の行動は休んだ後考えるという話になっていたので、
アミアに新しい策が無いかまず聞いてみた。
「とりあえずここを拠点にして、周囲から脱出出来ないか調べていこうと思う。
まだ大型の妖魔とも遭遇していないし、
比較的安全な場所から調べていく方がいいかと」
アミアの提案を聞いて、リンリは頷く。
リンリも色々考えてはみたが、
下層について自分が持っている情報があまりにも少ないため、
なるべく敵を避けつつ探索を続ける、
ぐらいしか思いつかなかった。
自分の神聖結界と、アミアの妖魔使役の組み合わせが、
思ったよりうまくいったので、
ここを拠点にするというのは確かにいいと思う。
「使役してるオーガはどうするの?」
「まる1日は継続するから、脱出ルートが見つからなかった場合は
引き続き魔法をかけ直して使おうかと。
なんで、このままここに置いたままで自衛させて、
もし倒されていたら探し直すって事で」
なるべく戦闘を避けたかったリンリは
再びどこかの巣を襲わずに済みそうでほっとする。
「じゃあ準備出来たら騎乗して」
「はい」
リンリは見た目が小さな女の子であるアミアに指示される事は
別に気にはならなかった。
今までも自分が先導して何かをする事は無く、
基本的に戦いに関しては命令に従ってきたので、
誰であろうと指示してくれた方がやりやすい。
ただ、いまだにアミアの見た目と喋っている内容に違和感が無いかと聞かれれば、
違和感はあった。
でも何となくだが会話し、接してみて、
アミアの年相応の部分があると分かり、安心していた。
と、リンリはアミアの年齢が何歳かが気になった。
自分よりは若いだろうが、一桁って事はさすがに無いだろう。
「あのさ、アミアちゃんって何歳?」
「年齢なんてどうでもいいだろうに。
・・・まあ、16歳だ」
「えーーー、私より年上!?
本当に?
あ、私は15歳になったばかりだよ」
さすがにリンリも驚いた。
アミアは慣れた反応らしく、そっぽを向く。
「ほら、さっさと支度しないと置いていくぞ」
アミアは素早く準備を済ませ不死鎧に乗り込もうとする。
リンリも遅れまいと急いで準備をして神聖鎧に乗り込んだ。
『これ以上東に行ってもどんどん下へ降りてくと思う。
多少登りになっている北側を中心に調査しよう』
鎧を起動し、拠点を離れたところで、アミアが方針を立てる。
『大型の妖魔に出会った場合は今日も退避する?』
『いや、退避して匂いとかで追ってこられると休憩時に
拠点を襲われるかもしれない。
今日は可能なら排除しよう』
アミアの回答に少し恐怖心が生まれるが、
今までのアミアの戦いぶりから、大丈夫だとリンリは思った。
リンリは大型の妖魔退治の作戦に参加はした事はあるものの、
直接対峙した事は無い。
その時も仲間が2,3人亡くなっており、
大人数で被害を出してやっと倒せるイメージだった。
ただ、邪教団の方が妖魔に詳しい部分もあるし、
何よりアミアの強さは予想以上だ。
何とかなるだろう、とリンリは思った。
1時間ほど調査し、敵とは出会わなかったものの、
地上への出口も見つからない状態が続いた。
そんな時、
それは起こった。
『敵の集団だ、
ってなんか動きがおかしいな』
アミアの言う通り視界に映るレーダーに妖魔の点が複数浮かんでいるが、
集団なのに動きがてんでバラバラで、
まるで背後の何かから逃げているようだ。
『もしかして大型から逃げてるとか?』
『当りだ、レーダーの端に大型を捉えた』
リンリのレーダー内にも同様に大型と思われる反応が追加される。
『この距離なら逃げられるかもよ』
『いや、進行方向のまま進むと拠点に近寄られる。
妖魔は人間の匂いに敏感だから、
拠点周りをうろつく可能性が高い。
ここで排除しよう。
リンリは落ち着いて援護を頼む。
相手の攻撃が当たらない距離で、
気を引いてくれればいい』
『分かった、やってみる』
戦闘の時のアミアは頼れるな、とリンリは思った。
聖騎士団でもおとり役が多かったので、
これなら何とか出来そうだとも感じられた。
先に近付いてきたゴブリンやオークはこちらを気にもせず、
ただ走り回る。
中型以下の妖魔は群れて行動する事が多いが、
大型は自由に振る舞い、気に入らない相手は気分次第で
殺すという話だ。
もしかしたらこの騒動は自分たちが巣を一つ襲ったから
起こった事なのかもしれない、とリンリは考えていた。
『見えたぞ、ジャイアントだ!』
アミアの言葉でリンリも相手の姿を見る。
周りのオーガたちに比べて2,3倍の大きさの邪悪な巨人がそこにいた。
オーク、オーガは大きくても3メートル弱なので、
鎧よりは小さく、相手にしやすかった。
が、見えているジャイアントは6メートルほどの大きさであり、
相手にしてみれば鎧が子供のような大きさになってしまう。
見開かれた一つ目に黒みがかった緑色の肌と鋼のような筋肉、
そして手に持つ3メートルぐらいの金属の棒からは青い妖魔の血が滴っている。
『本当に倒せるの?』
リンリは圧倒されてしまい、恐怖を隠せない。
『やらなきゃおしまいだ。
こん棒のリーチに気を付けろ!』
アミアが気合を入れるような声を飛ばす。
『まずは魔法で足止めをする、
魔法はあくまで目くらまし程度のつもりで撃て』
アミアのリグムが先陣を切り、近付いていく。
肩から魔法の砲撃を放ち、巨人を怯ませる。
リンリも気を振るわせてデュエナを近付ける。
同じく砲撃を顔めがけて放ち、巨人は一旦進撃を止める。
『いい感じだ、引き続き頼むぞ』
リグムが立ち止まった巨人にハルバードを振るう。
が、巨人は怯みつつも、鉄の棒でハルバードを受け止め、
そのままリグムを吹き飛ばそうとする。
リグムは相手の動きを察知し、ハルバードを反らせ、
後ろに飛んで攻撃を回避する。
アミアでさえも1対1では危険なのをリンリは実感した。
『巨人の左側から攻めます』
棒を持っていない左側ならリーチもそこまで無いし、
巨人が左を向けば、リグムが攻める隙が生まれる。
リンリは決心してデュエナで盾を構えつつ、巨人の左側へ回る。
全速力だと巨人に負けるかもしれないが、
小回りなら鎧の方が圧倒的に利く。
巨人がまだこちらを追い切れて無い事を確認して、
剣を巨人の左脛に叩き込む。
(グッ!!)
巨人の肉は思ったより硬く、傷は付けられたが、
肉を20センチぐらいえぐっただけだった。
「ウォオオオオオオオ!!!!」
巨人が咆哮を上げる。
こちらが思っているより痛かったのかもしれない。
攻撃したこちらをにらみ、ターゲットにされる。
リンリはヤバいと思い、巨人を視界に入れつつ、
距離を離すようにデュエナで飛びのく。
『よくやった』
アミアは出来た隙を見逃さず、
デュエナの方を向いた巨人の脇腹にハルバードを叩き込む。
ハルバードは深々と脇腹を引き裂いた。
が、巨人は我を忘れたようで、リグムの攻撃を気にもせず、
デュエナに攻撃を仕掛ける。
『リンリ、気を付けろ』
距離を取ったと思ったリンリだが、
巨人の巨体は予想以上に伸び、
鉄の棒は予想より早く振り下ろされる。
(くっ!)
急いで防御姿勢をとり、盾を攻撃に合わせる。
が、リンリは知らなかった。
大型妖魔の全力の攻撃は盾ごと吹き飛ばす事を。
(えっ)
痛みがリンリにフィードバックしそうになり、
鎧の機能で急速に痛みをシャットアウトする。
が、それでも攻撃を受けた瞬間の痛みは防げず、
リンリの左腕に凄まじい激痛の感覚が走った。
『ギャーーー』
そして突然左腕の肘より先の感覚がなくなる。
視界に映る鎧の左腕は盾ごと引き千切られ、無くなっていた。
それは一瞬の出来事だった。
リンリは理解するのに数秒かかり、
そして目の前にまだ怒りに震える巨人の顔がある事に気付く。
『離れろ、リンリ!』
アミアの言葉で無我夢中でデュエナを走らせる。
振り向かず、先ほどまでの小型の妖魔と同じ状態だ。
(無理だ、こんなの)
リンリの思考は混乱しつつも、
生きる為に逃げる、というシンプルな答えだけに突き動かされていた。
死を感じた事は何度もある。
無理な作戦だって何回もやらされた。
だが、今までは何とかなりそうなところがどこかにあった。
この間の逃走だって、頭で判断してやった事だ。
でも、今回は違う。
恐ろしい。
あんなのは人間が相手に出来るものじゃない。
無理だ。
逃げるしかない。
必死の全速力がうまくいったのか、
アミアが巨人を引き留めたからなのかは分からないが、
レーダーから巨人の反応は消えていた。
(アミアちゃんごめん)
一人になったアミアに生き残るすべはまずないだろう。
それでもリンリに引き返す勇気は無かった。
必死に逃げてきたので、どこに来たのか分からない。
そもそもリンリは調査も基本はアミア任せだったので、
地理的な理解は薄いまま行動していた。
(どっちへ行けばいいかな)
と考えているところに急速にレーダーに妖魔の反応が増えてくる。
どうやらどこかの妖魔の巣の近くに来てしまったようだ。
すでに反応は取り囲むような形になっており、
戦わずして抜け出す事は無理そうである。
(そうか、左腕ないんだ…)
構えようとしてリンリは片手の剣だけで戦わなくてはいけない事に気付く。
今まで片手で戦った経験はなく、
左側が弱点になっているのは明らかだった。
(アミアちゃんを置いてきた罰なのかな)
リンリはデュエナで剣を数回素振りして、何とか戦う感触をつかもうとした。
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(やっと立ち止まったか)
猛スピードで逃げるデュエナを追った巨人を背後から物理攻撃と魔法を使い、
アミアは何とか巨人を振り向かせる事が出来た。
(うまく逃げてくれればいいが)
足元にはデュエナの左腕が落ちている。
ああなったら戦闘は無理だし、
戻っても来ないだろうとアミアは予想していた。
リンリは必死に大型と戦おうとして、実際傷を負わせたし、
隙も作ってくれた。
今回の落ち度はちゃんと作戦も立てずに大型と戦わせようとした自分にあるとすら感じている。
(まあ、初めてはキツイよな)
アミアは自分の大型との初戦を思い出す。
その時はまだ隊長ではなく、補助として戦ったが、
味方である筈の仲間は散り散りに逃げていき、
隊長機と自分を含め3機しか残っていない状態で、
自分も中破になりギリギリで仕留めたものだ。
まあ、そういった戦果が評価に繋がったので、
アミアは進んで危険な戦いに身を投じるようになったのだが。
(しかし、手負いとはいえ一騎打ちはキツイな、やっぱり)
巨人が怒りの対象をこちらに変えた事が見て取れる。
体格差はそのまま力の差になる。
まともに組んだら負けなのだ。
(でもな、人間には知恵ってもんがあるんだよ)
アミアは今までの経験、巨人の知識、
使える魔法を含め総動員で頭を回転させる。
弱点である頭部を攻撃出来れば1撃で終わるのだが、
身長差があるのでそう簡単に攻撃出来ない。
何とか転倒させれば勝ち目はある。
考えているうちに巨人は攻撃が届く距離に近付いており、
戦いながらなんとかするしかなくなる。
巨人はリーチを最大限に生かすように鉄の棒を横に振り回す。
後ろに飛んで何とか避けるが、
攻撃で起こる風圧すら驚異的でバランスを崩しそうになる。
(バランスか)
アミアは先ほどリンリが付けた巨人の左脛の傷に注目する。
巨人の足は自重を支えられるように丈夫で固い。
が、自重が重いからこそ、
ある程度ダメージを与えれば、バランスを崩す。
リグムはなるべく傾斜がある地形に移動し、
攻撃をかわしつつ巨人をそちらにおびき寄せる。
鎧は基本人間の動作をトレースするのだが、
極端な傾斜、段差などは人間の跳躍力を超えた動きが出来る。
ただ、そこは人間の感覚が先導して、
慣れていないと飛べないと感じてしまう。
その点アミアは不死鎧の能力を熟知しており、
人間としての自分が飛べない距離でも、
不死鎧に乗っている時はどこまで飛べるかが分かっていた。
リグムがピョンピョンと段差を上るのに対し、
巨人は力任せに登ろうとする為、
所々で地面が崩れ、速度が出ない。
ある程度距離を稼いだところでリグムは反転し、
巨人の左側に大きく回り込む。
巨人はそれを追うものの、
傾斜に足を取られて、素早く回転出来ない。
「どりゃあっ!」
リグムは勢いを付けてハルバードを巨人の左足、
リンリが傷つけた個所に叩き込む。
ハルバードは肉を切り裂き、深々と左足に大きな傷を付けた。
「仕上げだ」
急いでハルバードを引き抜いて、リグムは巨人の左側に回り込む。
巨人は怒りに震え、左に回転しようと左足で大地に踏みつけようとした。
その瞬間、左足のバランスが崩れ、傾斜の地面も相まって、滑るように転ぶ。
リグムは倒れる巨人に巻き込まれない距離を取り、倒れた振動に耐える。
「はい、おしまい!」
跳躍したリグムのハルバードは倒れた巨人の太い首をキレイに両断した。
首が飛んでもしばらく巨人はジタバタ動いたが、
やがて、力が抜けるように動かなくなった。
(あいつまだ生きてればいいが・・・)
リグムは分断されたデュエナの左腕と盾を回収して背中のウェポンラックに無理矢理乗せ、
リンリが逃げていっただろう方向へと全速力で走りだした。
そんな巨人との戦いをじっと見ている視線があった。
普段のアミアならそれを察知出来たかもしれないが、
リンリの事が気になっているため、
それに気付く事は無かった。