5.生き延びる為に
懐かしい夢を見ていた。
まだ姉が生きていた頃の夢を。
アミアが覚えている唯一幸せであった頃の記憶。
姉は強く、賢く、優しく、理想の存在だった。
「どうしたの?食事が冷めちゃうわよ」
姉の声でまだ小さいアミアは懸命にスープを口に運ぶ。
食材も乏しく、味気ない食事なのだが、姉の作ったスープは本当に美味しかった。
「お姉ちゃん」
アミアは立ち上がり、隣に座る姉に抱きつく。
柔らかく、温かく、いい匂いのする姉。
大好きな姉。
「ほんとアミアは甘えん坊なんだから」
姉は抱き返しつつ頭を撫でてくれる。
これは夢だと理解していても、このままでいたいとアミアは思っていた。
そして、光とともに姉の姿が掻き消えていく…。
目を空けると自分を覗き込む女性の顔が目の前にあった。
「お姉ちゃん?」
夢の続きかと思いそう呟くが、
目の色も髪の色も異なる事に気付く。
微笑む女性は赤茶色の瞳に藍色の髪をしており、思い出の姉より若かった。
何より姉と匂いが違った。
女性の匂いもとてもいい匂いだと思った。
次第に意識がはっきりし、アミアは状況を把握しようとする。
まず体勢と感覚から、自分はこの少女に膝枕されて寝ている。
身体に感じる温かな感覚は回復魔法を使われたのだろう。
だが、暗黒魔法の回復魔法は、こんな緩やかな感じではなく、
かけられると身体を無理矢理覚醒させられるような感じだ。
という事は、神聖魔法だろう。
ここで、アミアは今まで戦闘を行っていて、
『崩落』により戦闘が中断した事を思い出す。
その瞬間に状況が判って、身体はすぐに動き出す。
飛ぶように起き上がり、少女と向かい合う。
そして自分は下着姿で、武器になるものが無い事に気付く。
周りを軽く見回すと、何やら結界のようなものが四方を囲んでいる事が分かり、
すぐ近くに神聖鎧、少し離れて自分のリグムが見つかった。
「落ち着いて、大丈夫だから」
少女は立ち上がり、笑顔で話しかける。
相手は聖騎士だろう。
見た感じ体格ではこちらが負けていて、向こうの腰には短剣が見える。
短剣を奪い取れればいいが、力比べだと確実に負けるだろうし、
聖騎士なら体術も習ってる筈だ。
「状況を説明してくれ」
まずは情報収集が必要だ。
それに、話している時に相手が隙を見せれば、不死鎧まで走っていける。
体格では負けても足の速さには自信がある。
「ええと・・・まず、こちらに敵意は無いけど、
戦いたくはないから変な動きはしないで欲しいかな。
神聖鎧は起動してるからいつでも魔法は使えるし」
少女の言葉を聞き、まあ敵対する勢力の人間に対し、
準備はしてるよな、とアミアは納得した。
ひとまず抵抗の意思を見せるのはまずいと判断する。
「分かった、抵抗したりはしない。
それで、状況を聞いてもいいか」
アミアは寝ていた布に胡坐で座る。
少女も座り、話始める。
「ええと、何から話せばいいかな・・・。
そうだ!あなた悪姫だよね?
私ゴリラみたいな女が乗ってるかと思ってたから、
可愛い女の子でビックリしちゃった」
悪姫という呼び名で広まっているのは噂で聞いていた。
そもそも教団内でも姫呼ばわれされており、
それが尊敬と見た目からの嘲笑の入り混じった表現だと分かっている。
呼び名が不快だと周りに訴えたこともあったが、
一旦広まったものは教団内から消えはしなかった。
「そうだが、あたしの事はどうでもいいだろ。
戦って、落ちた後の事を話してくれ」
「私も最初は気を失っていて、
気が付いたら下層に落ちてて、
周りにゴブリン達がいて・・・」
少女の説明で、下層に落ちた事、自分の不死鎧が土砂で埋まっていた事、
少女に助けられた事が分かった。
しかし、なぜ敵である自分を助けたのだろう。
「どうしてあたしを助けた?
お前の仲間を殺した敵だぞ。
下手したら殺されるかもしれないんだぞ」
自分が同じ立場だったら絶対に助けなかった。
埋まっているのが味方の不死鎧でも同様だ。
助ける事に無駄な労力を使うより、
下層からいち早く抜け出す事を考えるべきだ。
「別に仲間を殺された事は恨んでないし、
それを言ったら私も沢山あなたの仲間を殺してる」
その点はアミアも一緒だと思った。
こんな世界だ、死んだ奴は力が無かったから、
死んで当然だと思うようにしていた。
「まあ、だからって普通は助けないよね。
でもどうしてだろう、身体が勝手に動いてたんだよね。
それに、こんなかわいい子が埋まってたんなら、
助けて正解だったと思う」
少女はまたしてもにっこりとほほ笑む。
瞬間アミアの胸の中が熱くなった。
なんなんだろう。
教団内で他人に助けられた事が無かったからか、
それとも少女に姉の面影を感じてなのか。
少女の優しい笑顔は大好きな姉の顔とはまるで違うが、
とても柔らかく、可愛らしいと思った。
アミアは教団内で孤立していた。
集団としての派閥的なグループには所属していたものの、あくまで利害の一致という事で、
教団内でうまくやっていく為の手段でしかなかった。
力がすべての集団だからこそ最強の座を手にしたアミアは孤立していき、
友人と呼べる人物もいなかった。
一人だけアミアと仲良くなろうと近付いてきた変わった少女もいたが、
その子も最初の出撃であっさり死んでしまった。
「・・・ありがとう」
アミアはそれを口にしてから自分で驚いた。
他人に感謝を、しかも敵である聖教団の者に言ったのだから。
「どういたしまして。
笑ってる顔は一層可愛いね」
少女に言われて自分が笑っている事に気付く。
どうしたのだろう。
この少女に出会ってから何かがおかしい。
「それよりこの状況をどうにかしない事にはな。
下層に長時間とどまる事は難しい」
アミアは誤魔化すように話を変える。
というより、実際に状況は楽観出来ない。
「そうだよね。
ここから抜け出さないと。
でも、抜け出しても私は逃げ出したから騎士団には帰れないけど…」
少女の言葉でアミアも戻った後の事を考える。
この少女を追って行って崩落に巻き込まれた事は失態だ。
残った部隊も全滅している可能性もある。
生きて戻ったとしても今までと同じ地位にいられる可能性は少なく、
下手をすれば牢獄入りか処刑もあり得る。
あたしを快く感じていない者も多く、失墜させる理由を探しているのだから、
ただでは済まないだろう。
それに、聖騎士に助けられたなどとバレれば一発で死罪だ。
「ひとまず下層を抜け出すまで協力関係を結ぼう。
2体の鎧があれば大型の妖魔にも対抗出来る筈。
お前、下層へ降りた経験は?」
アミアは地上に上がってからの事は先送りにし、
まずは下層から抜け出す為の手がかりを探す事にした。
「私は下層に降りたのは初めて。
中型の妖魔は倒した事はあるけど、
下層の情報とかは話で聞いたぐらい。
あなたの方は?」
「あたしも下層に降りた事は無い。
持ってる情報も多分お前と同程度だろう。
となると、やはり長時間ここにいるのは厳しいな」
アミアはフル回転で頭を巡らせる。
落ちてきた上方の穴に上るのは高さ的にも、不死鎧のエネルギー的にも無理だろう。
となるとどこか地上と近い穴か地上へ戻る別の方法を探すしかない。
しかし、戦闘で失ったエネルギーを考えると、
むやみに動けばエネルギー切れでそこを襲われて終わりだ。
「ねえ。
お前って呼び方は何か嫌かな。
私はリンリ・ケレッヅっていうの。
リンリって呼んで欲しいな。
あなたのお名前は?」
アミアは少女、リンリが問題とは関係ない話を振ってきたので驚いた。
現状より呼び方の方が気になるのか。
真面目に考えていた自分が馬鹿らしくなって、アミアは息を吐く。
「あたしはアミア・ロドテックだ。
アミアでいい」
そういえば姫とか隊長としか呼ばれず、
最近名前で呼ばれた事ないな、とアミアは思った。
「アミアちゃんか。
顔と同じで可愛い名前だね」
本当に何なのだろう、このリンリという少女は。
聖騎士団なんて堅苦しい奴らだろうと思っていたが、
リンリから受けるイメージはそれをぶち壊した。
まあ、こいつだけかもしれないが。
「変わった奴だな、お前、
じゃなくて、リンリ」
「まあ、騎士団の中では浮いてたかな。
あんまり真面目じゃなかったし。
でもアミアちゃんは可愛いのに強くて隊長だったんでしょ。
凄いよ」
「凄くなんかないさ。
ただ必死だっただけだよ。
それにリンリと同じであたしも隊の中で浮いてた」
なんでそんな話を敵であるこいつに話しているんだろう。
多分教団内では言えない不満があったのかもしれない。
「じゃあ、似た者同士だね」
「似てないだろ」
言って二人で笑った。
こんな状況で、敵同士なのに。
「ひとまず生き残る方法を考えるぞ。
まずは神力とエネルギーの残量、使える魔法、
持ってる生活用品、食料品の情報を共有しよう」
アミアは頭を切り替える。
ただ、先ほどより肩の力は抜けていた。
リンリとなら何とかなるかもしれないというよく分からない自信も出てきていた。
神聖鎧、不死鎧ともに共通したものとして神力とエネルギーがある。
神力は魔法を使う為の力で、鎧に内蔵されており、
搭乗者の魔力と共に使う事で神聖魔法、暗黒魔法がそれぞれ使える。
またジャンプやダッシュなどの移動に魔法の放出を加える事で、
飛距離や速度を瞬間的に上げる事も出来る。
神力の量は鎧ごとに決まっており、魔法が得意なタイプは量が多く、
格闘が得意なタイプは比較的量が少ない。
アミアのリグムは邪教団でもトップクラスの機体なので、
格闘特化ではあるが、神力は不死鎧でも最も多い。
リンリのデュエナはバランスタイプではあるが、
こちらも騎士団でNo2の能力なので、神力は平均以上だ。
神力は自然回復はするが、その速度は遅く、使い切ると回復に丸1日ぐらいかかる。
それぞれの教会などの神聖な場所に近いほど回復が早くなるので、
神の力を略して神力と名付けられている。
エネルギーは機体を動かす、物理的な用途のもので、
こちらも機体ごとに量が決まっており、使い切ると動かなくなる。
原理は不明だが、一定時間で回復するので、
エネルギー残量に対して休息が必要になる。
神力ほど機体ごとの差は無く、使い切ってからの回復時間は3時間が目安になっている。
水と食料は二人合わせても1日分だった。
が、これに関しては二人とも心配はしていない。
神聖鎧、不死鎧ともに繭に入って起動する事で、
中の搭乗者の栄養は自動で補給されるからだ。
また、ある程度の搭乗者の傷なども繭内で回復出来る、
搭乗者の命を守る仕組みになっている。
あとは衣類や生活用品は無いに等しく、長期間の生活は難しい事が分かった。
「敵にさえ襲われなければ1週間は暮らせるって感じか」
「でも1週間もベッド無しで寝るのは辛いかなあ」
リンリの発言にアミアはやっぱりずれてるな、と感じる。
「神力はお互いにほぼ溜まっているが、エネルギーがあと3時間ぐらいって事で、
とりあえず次の順番で今日は行動しよう。
まずここから東の位置にある北の都の方へ向かって、
2時間は地上への出口を探しつつ移動する。
中型までの妖魔だったら戦闘、大型が出てきたら逃げるが、
どうしても逃げられそうにない時は戦闘で。
戦闘は魔法を最低限で格闘戦メイン。
ただ、大型の場合はケースバイケースだ。
2時間調べて出口が見つからなければ、
休憩する為の場所の散策と、中型妖魔2体の捕獲。
休憩地点はなるべく見通しが良く、
地形が平らな場所を探そう」
アミアは考えた計画を述べる。
教団戦闘部隊はまとまりが無い部隊だったが、
最低限の集団としての行動は必要だったため、
隊長としての役目で色々と計画を立てる事は身に付いていた。
が、ここは下層なので、どこまでうまくいくかは自信がない。
「アミアちゃんは凄いなあ。
私だったらエネルギーが続く限り周りを適当に探してたよ」
リンリの発言は考えなしに思えるが、下層の危険度を考えたら、
そちらが正解なのかもな、とアミアは思ってしまった。
「うまくいくかは分からない。
状況が変わったら計画は随時変えよう。
リンリも何か気付いたら意見を言ってくれ」
考えていてもしょうがないので、
ひとまず自分が引っ張っていこうとアミアは決意した。
「それじゃあ出発だ」
リグム、デュエナの両機を起動させ、
アミアが声を出すとリンリは結界の魔法を解いた。
『聞こえるか?』
『うん、聞こえるよ、アミアちゃんも聞こえる?』
『ああ、ばっちりだ』
まず神聖鎧と不死鎧間で念話が出来るか調整を行った。
今まで試した事が無かったが、対象を機体に固定する事で、
問題なく出来る事が分かった。
声に出しての会話は妖魔が言語を理解するかはともかく、
妖魔に気付かれる事を考えたら避けたい。
また、念話ならある程度距離が離れても行えるので、分かれて行動もしやすくなる。
『計画通り、東へ移動する。
何か気になるものを見つけたらすぐに報告してくれ』
『了解です、アミアちゃん』
ちゃん付けなのがこそばゆいが、
そこまで嫌な気分では無かった。