2.邪教団の少女
こんな世界でも、
いや、こんな世界だからこそ、
自由に、悪逆非道に、
我が物顔で生きる者達がいた。
『デュガール教団』
邪神デュガールを祀り、
力をもって支配し、略奪を繰り返す者達。
聖教団に対して一般的に邪教団とも言われている。
彼らにとって今の世の中は
まさに理想郷だった。
もちろん魔物に襲われ、
いつ死ぬかもしれない恐怖は存在する。
しかし、それよりも一時の快楽と、
力による支配はこの世界の一大勢力となり、
生き残る為に理性を捨てて参加する者は
増え続けていた。
そんな厄介な者達も妖魔に対抗出来る
もう1種類の機械の鎧を所持していた。
少女は四方を金属に囲まれた狭い空間、
通称『繭』の中にいた。
身に着けているのは胸と性器を隠す最低限の下着のみ。
神聖鎧と同様、全裸に近いほど『同化』しやすいという理由からだ。
光の無い繭の中、少女は一人膝を抱える姿で座していた。
少女の名はアミア・ロドテック。
『教団戦闘部隊』の一員であり、
『デュガール教団』が有する機械の鎧『不死鎧』
の乗り手の一人である。
「不死鎧『リグム』起動」
不死鎧の繭に入ったアミアが、
鎧を起動させると繭の中に薄いピンクの液体が満ちていく。
『あっ、あ…』
不死鎧と同化する時、全身に快感が走る。
この快楽に抗えない者は、鎧に飲まれ、廃人になる。
アミアは初めて同化した時の快楽を忘れられない。
他人からの中傷、暴力、差別。
それらから初めて解放された感覚は、
凄まじいものだった。
彼女が快楽に溺れなかった理由はただ1つ。
姉との思い出。
その憎悪は快楽を凌駕し、
一気に現実へと彼女を引き戻した。
より深く快楽に溺れ、そこから一気に浮上する心。
それが彼女の強さの理由でもある。
不死鎧。
デュガール教団の最強の力であり、
ここまで勢力を伸ばした理由がこの機械の鎧だった。
邪神の力で動くと言われるこの鎧は、
女性、しかも純潔の者にしか乗りこなせなかった。
理由は不明だが、その為に教団内の少女は訓練を受け、
適性が高い者が乗り手となっている。
アミアはその中でも最強と噂され、今では隊長の地位にまで登り上げていた。
「みんな、準備はいいか?」
「「「はいっ」」」
「今回の相手は北の都に現れた聖騎士団だ。
徹底的に叩き潰すぞ」
「「「おー!!」」」
アミアが不死鎧から叫び、
それに対して周りの不死鎧から返事が聞こえる。
情報では敵の数が10機という事で、
今回はアミアを含め12機で向かう。
4メートルほどのダークパープルを基調とした鎧の集団。
とげとげしい生物的な意匠をしており、
見た目からは少女が乗っているとはとても思えない。
アミアの乗るリグムは黒ずんだ紅の装甲を纏い、
不死鎧の中でも一際目立つ。
12体の鎧は各々が得意としている武器、盾を手に取り、
格納庫から外へ出る。
アミアは専用の真紅のハルバードを手にし、先頭を行く。
人の数十倍の力を持つ不死鎧。
彼女のハルバードは一振りで分厚い鉄の扉を切り裂き、
10メートルを超える巨獣すら吹き飛ばす。
他の者達から姫と呼ばれ、聖騎士団では悪姫と名付けられ、
恐れられる存在だった。
『もう少しで北の都です。
どう攻めますか?』
邪教団のアジトを出発してから数時間経ち、
北の都が目前となったので、副隊長のビンサから確認の念話が来る。
奇襲をかけたいところだが、今は昼間、
途中で発見され、各個撃破されるのは避けたいとアミアは考えた。
敵はおそらく都の占拠は終わっているが、まだ戦闘後間もない筈。
なら小難しい作戦より、
全力で攻めた方が部隊の効率がいいだろう。
『正面から行く。
戦力はこっちの方が上だ』
『了解しました』
ビンサは感情のこもらない返事をした。
アミアは彼女が自分の後釜を狙っている事を知っているが、
別段どうとも思っていなかった。
少し進むと北の都が見えてきて、
街道沿いに1機の神聖鎧がいるのが分かる。
地形的に見張りだろうし、
すでに向こうに見つかっているだろう。
『全機全速前進』
アミアの号令で部隊の速度を上げる。
予想した通り都から他の神聖鎧も出てきて、
隊列を整えていく。
『敵は戦闘後で疲弊している。
一気に打ち取るぞ』
敵との距離が100メートルになった辺りで、
アミアは一応隊長らしい事を念話で言った。
教団戦闘部隊といってもならず者集団でしかない。
協力して敵を倒す事はほぼなく、
味方の死だって自分が上に上がる為の好機と思う輩も少なくない。
下手をすれば背後から味方に攻撃される事すらある。
倒した敵の数が評価に繋がり、褒美に繋がる。
ともかく相手を倒すだけのシンプルな戦い方がすべてだった。
敵に近付くにつれ不死鎧たちは散り散りに、
思い思いに分散していく。
まともに相手にぶつかるのは得策ではないと思う者が多いからだ。
それでもアミアのように正面からでも突破出来る自信のある者達は
先頭に立ち相手にぶつかっていく。
(またこいつか)
最初にぶつかった、白銀の騎士団長の機体と組み合い、
アミアは心の中で愚痴る。
今まで何度か戦い、潰しきれなかったのがこいつだった。
神聖鎧と不死鎧の戦いは近距離武器による単純な殴り合いになる。
鎧から魔法による砲撃も可能だが、大した効果が無い為だ。
神聖鎧、不死鎧ともに手足に対する攻撃は戦闘力を削る意味はあるものの、
決定打とはならず、効果は薄い。
頭部の破壊は念話やレーダー等の機能の弱体化にしかならいため、
狙う意味はあまりない。
結局操縦者が乗り、動力源、その他制御機能が集まっている、
繭と呼ばれるボディ部分にダメージを与える必要がある。
勿論その部分が一番装甲が厚く、頑丈になっている。
うまく装甲の隙間に攻撃を当てて装甲を剥がすか、
打撃武器で装甲の上からダメージを与える事が、
効果的だという結論になっていた。
アミアの不死鎧『リグム』はパワーと機動力に優れている。
ハルバードは装甲の隙間に入れば鎧を切り裂き、
外れても相当な打撃力がある為、
リーチ、威力共に恐ろしい存在だと敵味方に思われている。
対する騎士団長機は大剣と盾の装備で、
剣または盾でリグムのハルバードの攻撃を受け、
その隙に攻撃しようと試みる。
しかしリグムはリーチと機動力で、
攻撃を受けない距離を保ち、
隙あらば相手の鎧を削っていく。
(都の部隊はちゃんと仕事したようだな。
今日はとどめを刺せそうだ)
アミアは相手の動きに今までの鋭さが無い事を見て、
すでに戦いで疲弊していると分析する。
騎士団長機は防御も攻撃もだんだんと粗が見え始め、
隙が多くなっていた。
「もらった!!」
アミアは相手の大剣を避けた時に叫んで攻撃する。
大剣は地面に刺さり、その相手の手首を攻撃する事で、
剣は騎士団長機から離れ遠くへ飛んで行った。
それでも相手は盾を構え、リグムの追撃を防ぐ。
(しぶとい奴め)
武器を失っても、
まだ倒れない騎士団長機をリグムは執拗に攻撃していた。
胸部装甲も吹き飛び、胴体に1撃でも入れれば勝ちなのだが、
盾を使ってうまく庇っている。
(え?)
そんなリグムの方に凄まじい速さで走ってくる藍色の機体が現れ、
アミアは驚く。
(なんだこの速度は)
その速さはリグムの全速力より速く、凄まじい。
リグムは走ってくる機体の攻撃を身構える。
が、機体はリグムを無視して横をすり抜けていった。
(陽動?挟み撃ちか?逃がすものか)
リグムは走ってきた機体に食いつき全速力で追いかける。
しかし、その神聖鎧は反転する様子は無く、
戦場から離れていく。
アミアはどうするか迷うが、
満身創痍の騎士団長機よりも自分より速い相手の方が気になり、
そちらを仕留める事を選択した。