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一縷の望み

 



 俺は一瞬アサハナの言葉を理解できなかった。

 胸を貫かれ大量に出血し、脈だって無いのに生きてるはずはない。


「ユラリさん、【鑑定】スキルはあるっすか?」


「ああ」


「だったら早くリンドウさんを【鑑定】してみてくださいっす」


 俺はアサハナの言う通りにアウレナでステータスを確認してみた。


=====

 ◆リンドウ・ゲンティアナ

 種族:人族  性別:女  年齢:21  職業:同心

 LV:35  HP:0  MP:410  SP:2200

 物理攻撃力:520  物理防御力:480  敏捷力:760  

 術効力:140  術抵抗力:640  幸運:260

 アクティブスキル:袈裟切り4、突貫4、一閃4、背水の陣5、縮地5、受け流し5、鞘打ち3、峰打ち3

 パッシブスキル:正義5、義心5、公正5、責任感5、筆記3、計算3、見切り5、刀剣術5、殺気感知5、気配感知5、学識3、武士道の心得5

 称号:西町奉行所同心、祖父は大陸人、公正な裁定者、悪を憎む者、先祖返り、可愛い物好き、葛藤する者【八岐大蛇やまたのおろち

 ※【 】内は鑑定妨害術具で隠されている部分です。

 ※状態異常:仮死

=====


 えっ!?

 補足情報に仮死とあるぞ。

 ということはまだ死んでないのか!?

 いや、死んではいるのか、HPはゼロだし。


 八岐大蛇やまたのおろちという組織の一員だったのか。

 気にはなるけど今はどうでもいい事だな。


 リンドウを医者に見せればいいのか?

 しかし、HPゼロの奴をどうやって直すんだ?

 ステータス上では死んでるのに、治療できるのか?


 アサハナが牢の中から腕を伸ばしてきた。


「ユラリさん。リンドウさんをこちらに」


「な、何をするつもりだ?」


「仮死状態を回復させるっす」


「そんな事ができるのか?」


「ええ、おいらはこれでも闇医者なんすよ」


「闇医者?」


「公にはできない怪我や病気を専門に扱う未許可の医者の事っす。普段は遊び人をしてますけど」


「そうだったのか。しかし、胸を貫かれて大量に出血した奴を本当に助けられるのか?」


「ユラリさん次第っすかね」


「……何かリスクがあるようだな」


「それはそうっすよ。仮死状態とはいえほとんど死んでいる奴を生き返すんですから。それには相応の対価が必要です。命を無くすかもしれない程の大きな対価がね」


「俺にできる事なら何でもするつもりだ」


「そ、即答ですか。さすがはユラリさん、肝が据わってるっすね」


「じゃあやってくれるのか?」


「ええ。それにはユラリさんのHPとMPとSPのほとんどを使わせてもらう事になるっすけど……」


「ああ、分った。やってくれ」


 リンドウは自らの命を賭けて俺に冤罪を晴らす機会をくれた。

 俺の為というよりも彼女の心情によるんだろうけど、だからといって俺に協力してくれたリンドウを見捨てることはできない。


「ユラリさんの覚悟はしかと受け取ったっす。やってはみるっすけどリンドウさんが生き返る確率は五割っすね」


「五割か……」


「おいらの術が成功しても失敗しても、ユラリさんが死んだり後遺症が残る確率も八割。何事も無く済む確率は二割ってとこっすね。それでもやるっすか?」


「もう決めたんだ」


「この確率を聞いても即答できるとは、ユラリさんは男の中の男っすねっ! その心意気に惚れちゃいそっす!」


 その時俺達の話を聞いていたチドリが話に割り込んで来た。


「ちょっとユラ!? 自分が今何をしようとしてるのか分ってるの?」


「分ってるさ。人助けだ」


「そういう事を言っているんじゃないの! この世界でHPとMPとSPのほぼ全てを失うという事は、それこそ後遺症が残るくらい瀕死になるという事なのよ!?」


「……それでも俺はリンドウを救いたい」


「聞いて。最近大陸で起きた戦争ではね、様々な方法で人を殺める方法が開発されたの。その中には術を複合的に組み合わせてHPとMPとSPの数値を一桁にする術もあった」


 そういえばチドリは大国の騎士団長として戦争を経験していたんだったな。


「その術を受けた人の半数が死に半数は生き残った。生き残った人々は生きているとは名ばかりの植物状態になってしまったのよ」


「俺の事を心配してくれる気持ちは嬉しいけど、もう決めた事だ」


「……はぁ。出たわね、その『もう決めた事だ』。小さい頃からあんたがその言葉を言ったら、絶対に譲らないのよね」


「そうだっか?」


「そうなのよ! 本当に理解して言っているの? 死ぬかもしれないのよ!? 死ぬより辛い後遺症が残るのよ!?」


「ああ。なんとかなるだろ」


「なんとかならないって言ってるのよ! どうしてあんたっていつも……」


 チドリは俯き、目に涙を溜めていた。


「チドリ……いつも心配かけてすまない」


「だったら、やめて欲しい……ユラが、ユラが死んじゃうなんて、耐えられない……」


 チドリの目から涙がほろほろと落ちて床に落ちる。

 チドリを泣かせてしまったな。

 いつも俺がバカな事をしないように見守っていてくれるチドリには本当に悪いと思っているんだ。


「チドリ。多くの人死にを見てきたお前の心配は最もだと思うよ。でもさ、俺と縁がある娘が目の前で困っているなら、例え自分の命が危険にさらされようが救わずにはいられないんだ」


「ユラ……」


 俺は知っているよ。

 俺がどんな決断をしようとも、最後には必ずチドリは俺を信じてくれるって。


「助けられるなら助ける。それは俺が俺である証だからな」



 そういえば、チドリがいじめられてた時。

 俺は見て見ぬ振りができずに、どうすればチドリを助けられるか一生懸命考えた時期があったな。


 確かチドリをいじめていた男子や、無視していたクラスの女子達の注意を俺に向けたことで、チドリへの攻撃や無視を止めさせる事ができたんだ。

 まあ、その代わりに俺が中学を卒業するまで学年一の変わり者扱いされる事になったけど、後悔は微塵もしていない。


 冷静にあの時の事を思い返してみると、女の子が捨てた物をゴミ箱から拾って集めるとか質の悪いストーカーだったな。

 それも皆の注目を集めるための作戦だったんだが、俺のあだ名が『キモリ』に変わったのは正直ショックだったよ。

 チドリを助けるためとはいえ、自分がやった事を思い出すと恥ずかしくて何回か悶え死ねる。


 だけど、チドリの笑顔は護る事ができた。

 あの一件以来チドリはよく笑うようになったんだ。

 俺が護ったものの価値を考えれば、俺が数年間村八分にされるなんてたいした事じゃない。


 そっか、あの頃から俺は女の子の笑顔フェチになったのかもしれない。

 妻になったペティやセルフィナやイチゴの笑顔にも、いまだにドキッとさせられてるからな。

 彼女達の笑顔を護る為ならこの命は惜しくはないと思えるほどだ。



「……分った。あんたの好きにしなさい」


「そう言ってくれると思ったよ」


「でも、死んだら承知しないわよ。もし死んだりなんかしたら、あたしの全力鉄拳制裁でボッコボコのベッコベコにしちゃうんだから!」


「い、痛そうだな」


「それに……あたしはあんたに伝えなきゃならない事があるの」


「卓球の時の責任の取り方か?」


「そ、そう! それよ! ……いや、やっぱりあの時の事は忘れていいから! 全部忘れてくれていいから! というか忘れなさいっ!!」


 チドリはあの時の事を思い出したのか顔を真っ赤にしている。

 俺は改めてアサハナにお願いした。


「という事だ。頼むよアサハナ」


「お二人は強い絆で結ばれているんすね。ユラリさんとそこのチドリさんとのやりとりを聞いていて、おいらも覚悟を決めたっす。こうなったら一肌脱ぐっすよ!」


 そう言ってアサハナの治療は始まった。

 アサハナは牢から出る事はできないので格子から両腕を出し、右手は俺の頭に、左手はリンドウの頭に添えた。

 そして少しの間意識を集中しスキルを発動する。


「決意と愛をもってわが生涯をこの者の為にささげる。無事息災、回山倒海、意気衝天。我が半命を途して術を行おう! 【精根流転せいこんるてん】! 命の流れよこの者達の中で廻れっ!!」


 アサハナの身体から青く強い光が放たれ、深夜の牢内が幻想的な青い光に満たされていく。

 そして俺は身体の奥底から強引に力を吸い取られる感覚に襲われる。


 この感覚は俺の【守護者契約】と似ていた。

 体験してわかったが、アサハナが使ったのは生命力の移譲スキルだ。

 つまり俺の生命力をリンドウに移し替えているらしい。

 それも集中豪雨による鉄砲水の様に凄まじい勢いで流れている。


 急激に全身から力が抜けて行く。

 今までに感じた事がない程の脱力感に意識が飛びそうだ。


 これは本当に死ぬかもしれない。

 俺が失いそうになる意識を必至に堪えていると、アサハナがさらに別のスキルを重ねがけしたようだ。


「天運に全てを任せ弐賽を振る!【乾坤一擲けんこんいってき 丁半博打ちょうはんばくち】!!」


 俺の頭上に二つの光るサイコロが出現し空中で回転する。


「おいらの人生をユラリさんに全て賭けるっす! 最善の結果に……ちょうっ!!」


 すると、あたかも空中に平らな面があるかのようにサイコロは空中を転がり二つのサイコロは止まった。

 直後に出たサイコロの目が空中に拡大表示される。


 出目は三と五で合計は八。


 判定は偶数の丁。


 アサハナの賭けは勝ったようだ。

 しかしリンドウの治療の成否を確認する前に、俺の意識は失われた。




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