戦いの結果
「サツキ! 来てくれたのね!」
「遅くなってごめんなさいチドリ。土砂崩れの影響で到着が遅れてしまいました」
「サツキ!? どうしてここに!?」
「詳しい話は後ですユラリ君。チドリ、その穢れ憑きは私が弱体化させました。倒すなら今です!」
「分ったわっ!」
チドリは姿勢を低くし地面を強く蹴り高速でカンザキに向かって突進した。
「あたし流鉄拳制裁!【九分殺し】!!」
チドリは下から突き上げるようにカンザキの腹部を強打し、全身をバネのようにしならせ腕を垂直に伸ばしきり上空に打ち上げた。
「ごはっ!」
カンザキの身体は約十五メートル上空へ打ち上げられ、そのまま地面に落下する。
カンザキは意識を失ったようで動かなくなった。
見たところは死んではいない。
そうだ、リンドウはどうなった!?
俺は胸を刺し貫かれて倒れているリンドウを見つけ彼女の元へ駆け寄る。
そして彼女の手首に触れ脈を確認したが、手遅れだったようだ。
既にリンドウは死んでいた。
「くっ……間に合わなかったか……」
こうなると【守護者契約】で救う事もできない。
俺の【守護者契約】は対象者の強い意志がないと発動しないんだ。
あの状況では仕方が無かったとはいえ自分の不甲斐なさが嫌になる。
俺が肩を落として黙っているとイナンナが隣にやってきた。
「死んだの?」
「ああ」
「ユラリのせいじゃない」
「……いや、俺がもっと強ければ助けられた」
「ユラリは強い。いつも皆を護ってる」
「リンドウの事は護れなかった……。犠牲者を出さない為に俺が囮になったのにな」
「ユラリはよくやった」
「……俺を慰めてくれてるのか?」
「うん」
俺はイナンナの頭を撫でる。
イナンナは微笑んで俺に抱きついてきた。
「ユラリの臭い好き」
こんな小さな娘に心配されるなんて、総支配人として失格だな。
落ち込んでないで気持ちを切り替えるか。
「ん、この死体の臭い知ってる」
「え?」
「ずっと昔に嗅いだことある」
ずっと昔?
イナンナは何を言っているんだ?
リンドウとは作戦会議の時に顔を合わせてるから、もしイナンナがリンドウの臭いを覚えていたとしても、そんなに日数は経っていないはずなのに。
まあいいか。
リンドウの遺体はここに放置しておけないから西町奉行所まで運ばないと。
チドリも俺の側にやってきた。
「リンドウさんの事は残念だけど、あんたのせいじゃないわよ」
「さっきイナンナにも同じ事言われたよ。今の俺ってそんなに落ち込んでいるように見えるのか?」
「見た目では分らないけど雰囲気で分るの」
「超能力者かよ」
「あたしはあんたの幼馴染だから」
「イナンナはユラリの臭いで何でもわかる」
「お前も超能力者かよ」
「イナンナはユラリと仲良し」
「……二人とも気を使わせて悪い」
「こういう時は謝るんじゃないでしょ」
「そうだったな。ありがとな、二人とも」
「も、もしまだ落ち込んでいるようだったら、あたしで良ければ何でも相談してくれていいから」
「大丈夫だ。落ち込んでいない」
「他の事でもいいのよ。この世界の事で困ってるとか、仕事でうまくいっていない事があるとか、こ、恋の悩み、とかでも……」
チドリなりに俺の助けになりたいと思ってくれてるんだな。
すごく嬉しいよ。
「恋の悩みか……」
「え? もしかして悩んでるの?」
「そうなんだよ」
「だ、誰の事? 恋っていうくらいだから奥さん達の事じゃないわよね?」
「お前の事だ」
「ええっ!? あたし!?」
「ああ。俺さ、今まで気付かなかったんだけど、チドリってさ……」
「う、うん! あたしがどうしたって!?」
「格好いいよな」
「え……?」
「国の代表に選ばれる程の騎士団長で、次々に変化する深紅の武器を使いこなし、俺がかすり傷しか与えられなかったカンザキを追い込む時の姿にはしびれたな」
実際にあの時の鬼気迫るチドリの迫力にはゾクっとした。
「もし俺が女だったらお前に惚れてたよきっと。うん、間違いないな」
「そ、そう……あたしが格好いい、ね……」
「どうした? チドリ。俺でも分るほどにに落ち込んでないか?」
「そ、そりゃあね! 騎士団に入団してから女を磨く暇もない程に訓練の毎日でしたけどっ!?」
「お、おい、チドリ。いきなり怒り出してどうした?」
「あたしも途中から薄々気付いてはいたのよ。このままでいいのかなって……こんな体ばかり鍛えていて好きな人に振り向いてもらえるのかなって……あは、ははは」
「あ、今度は落ち込んだよ。忙しいやつだな」
その時、サツキが俺達の側にやってきた。
「お見事です、チドリ」
「ええ……久しぶりねサツキ……はぁ」
「チドリ? なんだか元気ない?」
「大丈夫よサツキ。ちょっと自分の格好良さを反省していたところ」
「え? 反省?」
「あ、こっちの話よ。それよりも一時はどうなることかと思ったけど、サツキのおかげで倒せたわ。ありがとうね」
「いいえ。倒したのはチドリですよ。私は弱体化させただけ」
「久しぶりだなサツキ。お前が来てくれなかったら俺達は死んでいたかもしれない」
「本当にお久しぶりですねユラリ君。やっぱりあなたもこちらの世界に来ていたんですね。外見も十七歳のまま変わらずですか」
「お前達と同じだな」
サツキは俺の隣のイナンナに気付いたようだ。
「えっ? ウトちゃん? ……じゃ、ないですね」
「よく分ったな。こいつはウトじゃなくてイナンナというウトそっくりな奴だ」
「イナンナはウトじゃない」
「そうだったの。はじめましてイナンナちゃん」
「うん」
「……すごく似てるね」
「そうなのよ。あたしも未だに別人だとは信じられなくて、たまにウトちゃんって声をかけそうになるもの」
俺はカンザキの様子を見に行く。
カンザキの肌の色や身体の形状などは人のものに戻っていた。
サツキは穢れを祓ったと言っていたな。
たぶんカンザキの【穢れ化】をキャンセルしたという意味だろう。
サツキが【穢れ化】をキャンセルしてくれなければ危なかった。
あのタイミングでサツキが現れたのは運が良かったよ。
俺はカンザキの手足に、前もって用意していた拘束用の枷を着けた。
これを着けられた奴はスキルが使えなくなるんだ。
また【穢れ化】しないとも限らないから念のためにはめておいた方いい。
チドリとサツキは二人で盛り上がっている。
チドリもサツキと会うのは数年ぶりって言ってたから積もる話もあるんだろう。
「ユラリ」
「ん? どうしたイナンナ」
「どうしてチドリに言わないの?」
「何をだ?」
「好きって」
「は? なんで俺がチドリにそんなこと」
「隠しても無駄。イナンナの鼻はごまかせない」
「ま、まいったな本当に臭いで分るのかよ」
「ユラリは照れてた。だからチドリに格好いいなんて言った」
「人はそれぞれ立場とか考え方もいろいろで、簡単に気持ちを伝えられない場合もあるんだよ」
これは自分自身に対する言い訳だな。
もっともらしい事を言ったけど、ただ意気地がないだけだ。
「難しい事はわからない」
「イナンナ、この事は他の奴には言うなよ。面倒な事になるからな」
「うん。わかった」
チドリの事は兄妹のように思ってきたけど、俺はいつの間にかチドリを一人の女性として意識するようになってた。
俺がチドリに思いを伝える事で今までの気軽な友人関係が失われる。
今までの心地よい関係でいられなくなるなら思いを伝えなくてもいい。
少なくとも今はそう思っている。
それから俺達はカンザキを牢に入れるために西町奉行所の近くにある牢屋敷へ向かう事にした。
リンドウの亡骸は俺が背中に担ぎ、意識の無いカンザキはチドリが肩に担いでいる。
人の身体って意外と重いはずなんだけどな。
さっきのカンザキへのパンチといい男を軽々と持ち上げた事といい、今のチドリはすごい力だよな。
チドリを怒らせるとその力で鉄拳制裁されるのか。
……絶対に怒らせないようにしよう。
俺はチドリとサツキの後を歩いていると、カンザキの身体から地面に何かが落ちた事に気付いた。
「ん? 何か落ちたな」
俺は落ちたものを拾って見るとビー玉くらいのの大きさの透明な玉だった。
なんだろこれ。
その玉をまじまじと見ているとサツキが説明してくれた。
「その玉は零石ですね」
「零石って、あの空船に使われているっていう?」
「そうです。穢れの核となる石で空船の動力として使われてます」
「どうしてカンザキが持っているんだ?」
「恐らく穢れの力を身体に取り込む為に使われたのでしょう」
「さっきのカンザキはこの零石から力を得て、あんな化け物になったという事か」
「その通りです。ですが、穢れの力は人を異形に変える禁忌の力。絶対に触れてはいけない力なのです」
「こんな力を得てこいつらは何をしようというんだ?」
「それについては現在調査中なんです。詳しくはお答えできませんが、穢れの力を利用しようとする組織が存在するようです」
もしかして『堕ち人の宴』の事を言っているんだろうか。
あんなバカみたいな強さを犯罪に利用されたら大変な事になるな。
カンザキのような奴らが何人もいるとしたら対処のしようがない。
今回のように【穢れ化】を使える敵が現れないとも限らないから、早いうちに対策を考えないといけないだろう。
大きな通りに出たところでサツキとイナンナとは別れる事にした。
サツキは従者達を待たせているらしいのでその人達の元へ向かった。
明日、改めて挨拶をしに旅館を訪れると言っていたので、その時にでもサツキとはゆっくりと思い出話ができるだろう。
イナンナには旅館に戻ってもらった。
先に戻っているセルフィナ達の護衛をして欲しいからな。
俺とチドリは二人と別れてから牢屋敷に向かう。
しかし参ったな。
リンドウが死んだ事でカンザキが辻斬りだと証言する証人がいなくなった。
カンザキが自供するのも期待できないし、物証もこの零石だけだから辻斬りとは関係ない。
あの蛙奉行のことだ、リンドウが死んだ事も俺のせいにして、禄に調べもしないで俺を下手人にするだろう。
う〜ん、八方塞がりとはこのことか。
俺は牢屋敷に向かう途中ずっと考え続けたが、いいアイデアは浮かばなかった。
そのうちに牢屋敷に到着した。
時刻は深夜なので人は少ないが牢番はいるはずだ。
意識の無いカンザキを牢に入れておく位はできるだろう。
それにリンドウの遺体も引き取ってもらわないといけない。
俺達は牢屋敷の門衛に事情を説明すると、奉行所から話が通っているようで中に通してくれた。
次に牢のある建物に行き牢番の男にも事情を説明した。
牢番の男はカンザキを俺がいたような牢ではなく、畳が敷かれ布団も用意してある上等な牢に入れるようだ。
身分の高い武士などを留置しておく際に使われる牢だな。
牢番がカンザキを牢に寝かせている間、大牢の中にいたアサハナが声をかけてきた。
「ユラリさん、辻斬りを捕まえたようっすね。おいらの思った通り天運のある人だ。これで辻斬りの事件は一件落着っすか?」
「ああ。今回は俺の手柄というより友人に助けられたんだ。俺は見ている事しかできなかったよ。この通りリンドウが辻斬りにやられて殺されてしまったのも、俺が不甲斐ないのが原因だ」
「……そうだったんすか。それでも結果的にユラリさんが辻斬りを捕まえてきたんすから、おいらは晴れて釈放という事っす。また一つ貸しができたっすね」
「そんな事は気にしなくてもいいよ」
その時アサハナの目が驚きで見開かれた。
「ユ、ユラリさん……」
「そんなに驚いた顔してどうした?」
「ユラリさんがおぶってるリンドウさん、まだ生きてるっすよ!」
「え?」




