夜食のおにぎりは旨かった
地上生活八十九日目。
ペティのおかげで犯人を三人にまで絞り込む事かできた。
聞き込みから帰ってきたマコトに成果を聞くと、辻斬りの現場付近では必ず杉線香の香りがしたらしい。
杉線香とは庶民向けの線香で、杉の葉っぱの粉末を練り固めたものだ。
一般的なものだから特に線香の香りがしたからといって変ではない。
しかし、絞り込まれた三人の中で杉線香の香りがした奴は一人だけだった。
つまりそいつが真犯人。
深夜に人を斬って回る気の狂った辻斬りだ。
俺は見回り役名簿に記載されている、ある男の名前に丸を着けた。
俺を監視しているリンドウはその名簿を見て動揺しているようだ。
「本当に彼が辻斬りでござろうか? 何かの間違いでござらぬか?」
「間違いなくこいつだ。様々な情報から導き出された答えだよ」
「しかし、この方は奉行所内でも真面目に職務をこなす評判の良いお方なのでござる。某には夜な夜な辻斬りをするような方には到底思えぬでござるよ」
「俺の経験上、人の本質は見た目では判断できない。【能力隠蔽】で自分の素性を隠している奴も結構いるんだぜ」
「そ、そうかもしれぬが……それでも某には」
「まあ、そのうち分るさ。リンドウは俺が辻斬りを捕らえた事を証明する証人なんだ。しっかりと見といてくれよ」
「承知したでござる……」
動揺するのも仕方が無いよな。
本来、都の平和を守る為に働く同僚が辻斬りの犯人だったんだ。
もし俺の友人の誰かが猟奇殺人者だったら、俺だって信じられないだろう。
けれど現実は思っているほど優しくないものだ。
セルフィナの両親をシュンが殺したように。
俺は事務室で経理仕事をしていたグルグル眼鏡姿のイチゴに声をかけた。
「イチゴに計算して欲しい事がある」
「なに?」
「次に犯人が辻斬りを行う日時と場所を割り出してほしい」
「……難しいわね」
「ということはできるんだな」
「ええ、少し時間はかかるけど、計算に必要な情報さえあれば可能よ」
「犯人の目星はついていて、見回る経路も決まっている。それ意外に必要な情報があったら言ってくれ」
「そうね、犯人の身長や体重、歩く早さや今までの辻斬り現場の特徴や傾向。できれば辻斬りがあった日の天気も分るとより精度が増すわね」
「分った。用意させよう」
***
地上生活九十日目。
俺はマコトやギンコに頼んでイチゴの求める情報を全て集めさせた。
そしてイチゴが算出した犯行予定時刻は、明日の深夜一時から二時の間で、場所は見回り経路になっている西町の武家屋敷が居並ぶ区域だった。
さすがイチゴだな。
様々な情報から犯人の行動を予測するなんてすごい芸当だ。
イチゴの予測の的中確率は八十七パーセントらしい。
セルフィナの【預言】や【未来視】は本人の周囲に起こる出来事に限定されているし、【天占術】では人の行動を予測する事はできない。
だからイチゴのコンピュータ並の計算能力は今回役立った。
「すごいじゃないかイチゴ」
「あたしはただ計算しただけ。何もすごい事はしてないわ」
「そんな事ないさ。お前のおかげで大体の場所と時間が予測できた。だからよく準備して戦いに臨める。今回の戦いは俺達にとってはかなり有利になるはずだ」
「ユラリが喜んでくれたなら、あたしもがんばった甲斐があったわ」
ん? イチゴが周りを見回して他に人がいないか確認している。
どうしんだ?
「……それで……あの、あたしに、ご、ご褒美が欲しいのだけど」
「ご褒美?」
「え、ええと。今回の件が終わったら、でいいんだけど。あ、あたしの胸を揉んで欲しいの……」
「は? 今なんと?」
「だ、だからっ! 胸を揉んで欲しいって言ったのよっ!」
イチゴの奴、どうしたんだ急に胸を揉んでくれだなんて。
それってイチゴへのご褒美ではなくて、間違いなく俺へのご褒美だろ。
「愛する人に胸を揉まれると大きくなるって、セルフィナさんが……。それに男の人って胸が大きい女が好きだって。ユラリもそうなんでしょ?」
セルフィナはイチゴになんて事を教えてるんだ。
これは一度セルフィナに大人のお仕置きしないといけないな。
それにグッジョブという称号も与えよう。
「どっちかって言えば大きい方がいいかな」
「やっぱり、そうなのね……」
「でもさ、イチゴの綺麗な胸も俺は好きだよ」
「い、今、綺麗って言った!? いつもそういう事を平然と言うんだから…………それは、本心なの?」
「ああ、そうだ」
イチゴは俯いて顔を赤くしている。
「……ありがと」
グルグル眼鏡で瞳は見えないが頬は赤くなっている。
普段はクールビューティで少しツンデレなイチゴの照れる姿は、ギャップ萌え全快で可愛すぎる。
このまま布団にデリバリーしてむしゃぶり尽くしたい気持ちが本能君と共に溢れ出すが、今はそれどころではないと理性君が叫ぶ。
あ〜参ったな。
夜ラブを控えてから妻達と接するとすぐに本能君が顔を出す。
欲求不満なんだろうか。
いや、妻達が魅力的すぎるのがいけないんだ。
決して俺の理性君が猿並みだからではない!
思考を切り替えよう。
今はデリバリーよりも辻斬りの方が優先だ。
辻斬りは現行犯で捕まえたいけど、実際に庶民を襲わせるわけにはいかないので囮を用意する事にしよう。
俺は誰を囮にするかを考えるまでもなく即決した。
「やっぱり俺しかいないよな」
囮役なんて面倒だけど他の皆には危ない目に合って欲しくないから。
***
地上生活九十一日目。
辻斬りを捕らえるタイムリミットは明日。
チャンスは今日だけという事になる。
この機会を逃したら俺は辻斬りとして捕まり処刑されてしまうだろう。
もしもそうなったら逃げ出すけどな。
三人の妻達は連れて逃げるとしても、俺がいなくなると他の従業員を路頭に迷わせることになるので、それだけは絶対に避けなければならない。
何よりここまで積み重ねてきた『ゆるゆる人任せ異世界生活』が水の泡だ。
絶対に辻斬りを逃がしてはならない。
作戦の最終段階は辻斬りを無力化して奉行所に連れて行く事だ。
これに関しては心配はしていない。
ギンコは手練の忍者だし、今回はセルフィナも協力したいと申し出てくれた。
俺としてはセルフィナには安全な場所で待機して欲しいけど、本人がどうしても俺の力になりたいと言って聞かなかった。
その気持ちだけで俺は嬉し涙がちょちょぎれるよ。
俺達が三人でかかれば辻斬りといえども一溜まりもないだろう。
イチゴの計算では次に辻斬りが行われる時間と場所が割り出されている。
後は隠れて待つ。
そして囮になった俺に辻斬りが襲いかかったら、三人でボコボコにして捕らえるのみだ。
そして俺達は西町の武家屋敷が多い地区の脇道で、辻斬りが現れるのを待っていた。
「なあイチゴ?」
「なによユラリ」
「どうして俺が女装をしなきゃならないんだ?」
そう、俺は今女装させられていた。
赤を基調としたイチゴ柄の着物を着て、化粧やカツラも着けている。
これはイチゴの着物だ。
「辻斬りの犠牲になった人達には女が多いのよ。囮として確実に役目を果たすには女の振りをしたほうが効果的よ」
「それは理解しているが、どうして化粧や髪型まで完璧に女にしなきゃならないんだ? 手ぬぐいでほっかむりして頭と顔を隠せば済むんじゃないのか?」
「ユラリ様、それでは辻斬りの男が女装に気付く可能性があります。化粧や髪型も合わせて女装するからこそ、この作戦の成功率も上がるというものです。……それに女装したユラリ様も素敵ですよ」
セルフィナはもっともらしい事をいいながら楽しそうに微笑む。
「ご主人様の女装はとてもお似合いです! ふふふっ」
ペティがいたずらっぽく笑った。
こいつら女装した俺を見て楽しんでるな。
「閃きました! 辻斬りが恋に落ちた相手は女装好きの男だった。禁断の赤いふんどしを巡り、禁断の関係が織りなすめくるめく禁断で淫美な関係の果てに待つのは何かっ!」
禁断って三回も言ってるよ。
マコトの禁断好きがどんどんエスカレートしている気がする。
「ねえユラリ。辻斬りが来るまではもう少し時間があるわ。マコトは放っておいてカエデが作ってくれた夜食を食べない?」
「イチゴさん、ぼくを仲間はずれにしないでくださいよ〜」
マコトはイチゴの胸を揉み出した。
「ちょっ! どこ触ってんのよっ!?」
「お兄さんには揉んでくれって頼むのに、ぼくには揉ませてくれないなんて不公平ですよ〜」
「んなっ! ど、どどど、どうしてその事を知ってるのっ!?」
「ぼくは【聴覚強化】を使えますからね。離れた位置からでも盗み聞きするのはお手の物なんです! えっへん!」
マコト。
そこはえっへんしてはいけないところだぞ。
お前が言うように盗み聞きだからな。
イチゴはマコトの両頬をつねって引き延ばしている。
「いはいれふ! いひごはん、いはい、いはいれふっ!」
「盗み聞きした罰よ!」
俺はじゃれあう二人を放っておいて皆に声をかけた。
「丁度小腹も空いてきたところだし夜食を頂こうか。リンドウも食えよ」
「かたじけないでござる」
「はい、これはご主人様の分です。沢山作ってもらいましたから、沢山食べてくださいねっ!」
ペティは背負っていた風呂敷包みの中から、笹の葉で包まれたおにぎりを取り出して皆に配っている。
「カエデさんは中身は食べてからのお楽しみと言ってました」
俺は笹の葉を開き海苔に巻かれたおにぎりを頬張った。
「んおっ! うまっ! これは焼きたらこか!」
口の中に入れた瞬間に広がる海の香り。
上質な海苔を使っているな。
そしてほろほろと崩れるように柔らかい焼きたらこ。
米の握り方も硬すぎず柔らかすぎずの絶妙な食感だ。
おにぎり一つ作らせても完成された旨さ。
さすがカエデだな。
「んんっ、ユラリ様、わたくしのおにぎりは焼き鮭でした。とても美味しいです!」
「私のおにぎりは梅干しですっ! ん〜、すっぱくて美味しいですよご主人様っ!」
「某の握り飯の具は昆布の佃煮でござった。これほど旨い握り飯は食べた事がないでござるよ」
「あたしのはツナマヨネーズね。このマヨネーズっていうのはユラリが元いた世界の調味料よね?」
「ああ、そうだな。前にカエデに作り方を教えたんだ」
「あたしはこのマヨネーズの味好きよ。いろんな食材との相性がいいもの」
「俺のいた世界ではマヨラーと呼ばれるマヨネーズをこよなく愛する奴らもいたんだ。そいつらは様々な食材にマヨネーズを使うんだ」
「うまっ! ぼくのおにぎりにはおかかが入ってましたよ! これは大当たりですね。ぼぐ、おかか大好きなんです! ぼくの事をオカカーって呼んでもいいですよ、えっへん!」
マコトはおかかが好きなのか。
たぶん猫だからだな。
オカカーになっても偉くなるわけではないのに、マコトが胸を張っている。
「じゃあわたくしはユララーになりますね、ふふっ」
セルフィナ……ユララーって……意外に嬉しい。
「それなら私はご主人サママーになりたいですっ!」
だ、だんだんおかしくなってきたぞ……。
「あ、あたしは……えっと……え〜っと……」
対抗して無理に言わなくていいんだぞイチゴ。
「皆さんもなかなかやりますね。じゃあぼくはキンダンダーになります!」
世界の平和を守る特撮ヒーローかっ!
いや、どちらかというとエロで世界征服を企む悪の宇宙人か。
そいつらはきっと世界に禁断を蔓延させるだろう。
怖いな……。
そこにギンコが現れ、片膝をついて俺に報告した。
「師匠。辻斬りとおぼしき人物が現れました」
いままでの弛緩した場の空気がギンコの報告で引き締まった。
「よし。俺とセルフィナとギンコ以外はこの場所で待機だ」
「「「はい!」」」
女装した俺は女らしい歩き方で深夜の街路を進む。
向かい側から歩いてくるのは提灯をもった同心だ。
そしてすれ違った直後、同心が提灯から手を離し振り向き様に俺の首を狙って刀を振り抜いた。
俺の首は宙に斬り飛ばされる。
同心は刀を鞘に収め、何事もなかったかのように地面に落ちていた提灯を手に取った。
【潜影】を使っていた俺は、その提灯の明かりでできた辻斬りの影から姿を現し、二十七名の首を切断した男の名前を呼んだ。
「逃がさねえよ。西町奉行所同心、カンザキ・オケハザマ!」




