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牢内では暴力禁止だ

 



 ※ユラリ視点。




 地上生活八十四日目。


== 7時37分 ==


「日乃光旅館の総支配人、ユラリ殿はいるか!」


 早朝の旅館のロビーに男の声が響いた。

 俺は事務室からロビーに顔を出すと、そこには黒い羽織に十手を腰に差した男と数人の奉行所の人間が立っていた。

 この黒い羽織を着ている男は同心だろう。


 同心とは都を巡回して犯罪を未然に防いだり事件や事故などの事務仕事にあたったりする、いわゆるこの国の警察官だ。


「ユラリは俺だ。俺に何か用か?」


「西町奉行所への出頭命令が出ている。私たちに同行してもらおう」


「奉行所に? その理由は?」


「お主には最近頻発している辻斬りの疑いがかかっている。その件に関して奉行所で取り調べをするためだ」


「俺は辻斬りなんてやってないけど」


「話は奉行所で詳しく聞かせてもらう。出頭命令に従わぬ場合は力づくで引っ捕らえる事になるが、それはお主としても都合が悪いだろう?」


 丁度その時ロビーにいたイナンナが俺の横に近づき無表情で聞いてきた。


「こいつら殺す?」


 小柄な女の子から言われたその辛辣な一言に、同心達はギョッとしている。


「俺を心配してくれたんだよな。ありがとなイナンナ」


「うん」


「でも大丈夫だ。心配ないよ」


 周囲を見ると昨日から宿泊していた数人の客達が、何事かと俺達の様子を伺っていた。

 ここで下手に騒ぎを大きくしたら宿泊客にも迷惑がかかるし、旅館の評判に傷がつくかもしれないな。

 仕方が無いから今は大人しく同心達の指示に従うか。


「……分った、従おう」


 そこにセルフィナとチドリがやってきた。


「ユラリ様? これは一体何事ですか?」


「ユラ、どうかしたの?」


「こいつら俺を最近都で噂になってる辻斬りじゃないかと疑っているらしい。奉行所で話を聞きたいんだとさ」


「濡れ衣です! ユラリ様が辻斬りなんてするはずがありませんっ!」


「関係のない者は口出し無用に願う。それでは行こうか」


「わ、わたくしはユラリ様の妻です! 関係のない者ではっ!」


「セフィ、今は落ち着いたほうがいい」


「チドリ様……そうですね、お客様もいらっしゃいますものね」


「俺は辻斬りなんてやってないんだ。ちょっと奉行所まで行って疑いを晴らしてくるよ。だからセルフィナ、俺のいない間はこの旅館を頼む」


「……はい、分りました」


「ユラ。あたしは立場上この件には介入できないの」


「ああ、分ってる。気にするなよ。お前はお前のやるべき事をしろよ」


「ええ、はやく戻ってこれるといいわね」


「じゃあ行って来る」


「気を付けてね、ユラ」


「お気を付けていってらっしゃいませ、ユラリ様」


 それから俺は同心達に連れられ西町奉行所に向かった。




「ここに入れ!」


 俺は西町奉行所の近くにある牢屋敷に連れてこられた。

 牢屋敷とは取り調べ中の者を一時的に入れておく留置所だ。

 その屋敷の中にある牢の前に到着すると格子状の扉が開かれる。


 その牢の入り口の扉には何かの術具がはめ込まれているが、術具に詳しくない俺にはどういう効果があるのか分らない。

 牢番の男は俺を牢に入れると扉を閉じてガチャリと鍵をかけた。


「スキルを使って内格子を壊そうとしても無駄だぞ。この内格子はスキルを妨害する術具が付いているからな」


 そう言って牢番の男は近くの椅子に腰掛けた。


 俺が入れられた大牢にはすでに十数名が入っていた。

 どいつもこいつも見るからに柄の悪い奴らだな。

 顔に傷のある者や派手な入れ墨のある者ばかりだ。


 こいつら俺を睨みつけてる。

 なんか感じの悪い場所だな。

 ここは牢屋だしそれも当然か。


 その時華奢な体つきの若い男が俺の足元に転がって来た。

 全身を酷く殴打されたのか所々痣になっていて、腹を抱えて呻いている。

 顔も幾度も殴られたようで痛々しい。


「オレの言う事を聞かない奴はそうなるんだ。覚えとけっ!」


 足元の若い男に吐き捨てるように言い放ったのは、この牢の奥に座る大柄な男だった。

 頭は悪そうだが腕っ節は強そうな男だな。

 俺はその場でしゃがみこみ足元で呻く若い男に声をかけた。


「おい、大丈夫か?」


「うう……」


 まずいな、吐血もしているし、このまま放っておくと死ぬかもしれない。

 見るからに瀕死の状態だ。

 俺は近くに立っていた牢番に声をかけた。


「なあ、牢の中で暴力を受けた男が死にそうなんだけど?」


「は? そんな事しらねえよ。牢番は牢の中の出来事には一切関知しない。上からそう言われているからな」


「いや、でもさ、このまま放置してたら死んじまうぞ」


「おれには関係ねえ事だ」


 なんだそれ。

 牢の中で人が死にそうになってるのに放置かよ。

 牢の奥に座っていた大柄の男が俺に話しかけて来た。


「おい、新入り。お前もその男のようになりたくなければ、余計な真似はするんじゃねえ」


「どうして俺がお前の言う事を聞かなきゃならないんだ?」


「オレがこの牢の中では一番偉いからに決まってるだろうが。オレはここの奉行に牢主として指名されてんだ」


 牢主? この牢の管理人という事か。

 はい、牢屋あるあるいただきました〜。

 こういう場所では乱暴な奴が牛耳っているというのはよくある話だよな。

 役人達も牢の中の治安まで気にする暇はないようだ。


「だから気に入らねえ奴を殺しても病気で死んだ事にすればお咎め無しにできるんだぜ。何の疑いをかけられてここに来たのか知らねえが、そいつを殺したのは新入りだという事にして、お前の罪を増やしてやってもいいぜ?」


 大柄の男は余裕の笑みを浮かべている。


「やれるもんなら、やってみろ」


「んだと?」


 とはいえやってもいないのに辻斬りとして疑われ、そのうえ牢で人を殺したとなったら俺の拘留期間がさらに伸びる可能性がある。

 今は旅館に特使団が泊まっている大事な時期だ。

 総支配人の俺が長期間いないというのは非常にまずい。


 俺は蟻スキルを使って若い男に応急処置をすることにした。

 俺は自分の手のひらに意識を集中する。


「スキル【蟻蜜飴】」


 俺の手のひらに琥珀色の小さな固形物が生み出された。

 それを若い男の口に入れると、苦痛に歪む表情が穏やかなものになった。


 この【蟻蜜飴】というスキルは、回復効果のある飴を作り出すスキルで、この飴にはHP回復や鎮痛作用があるんだ。

 これを一粒食べれば衰弱して死ぬ事はないだろう。


 地球の砂漠地帯にもミツツボアリという蟻がいる。

 ミツツボアリの働きアリは、その名の通り花の蜜をお腹の中に蓄え、たっぷりとお腹が膨れるまで蜜を貯蔵するので、まるでお腹が飴のように丸くなる。


 ヘブンズアントの働き蟻の中にもミツツボアリと似ている種類の集蜜蟻というのがいる。

 集蜜蟻は甘い蜜を作り獲物をおびき寄せるハニーフラワーという魔物から蜜を集めて巣に持ち帰る蟻だ。

 その際ミツツボアリのように腹に蜜を蓄え、パンパンに膨らませて帰ってくるんだ。


 それにしても問題なくスキルを使えたな。

 牢番の話ではスキルを妨害する術具が牢の扉に付いているそううだけど、牢の扉や内格子を対象にしたスキルだけ妨害されるのかもしれないな。

 試しに【空刃】で斬ってみるか。


 俺は【空刃】を宿した手刀で扉を斬りつけた。

 俺の手が触れる直前、【空刃】刃が光の粒子となって霧散してしまう。

 やはりか。

 この扉や内格子を対象とした場合だけスキルがキャンセルされる仕組みだ。

 こうでもしないと罪人が逃げ出すからな。


 俺が若い男の応急処置を終えると牢主の男が騒ぎ出した。


「おいおいおい、新入り。何してくれてんだ? 今そいつに薬か何かを飲ませなかったか? 余計な事してんじゃねえぞ!」


「ちょっと飴を食わせただけじゃないか。そんな事くらいで騒ぐんじゃねえよ。お前の底の浅い器が知れるぜ」


「んだとてめー! ぶっころっ」


 俺は【縮地】で瞬時に牢主に接近し首を片手で掴み締め上げる。

 牢主の男は驚愕して目を見開いている。


「俺をどうするって?」


「ぐ、ぐる、ぐるじいっ」


「いいか、これは警告だ。お前がもう一度俺を苛立たせたり、この牢内で俺や他の奴に危害を加えようとした時は、お前自身が病気で死んだ事にされるからな」


「わ、わがっ、がっだがらっ、ばだじで、ぐれ!」


 俺は手の力を緩めて牢主の男を解放した。

 牢主の男は咳き込んでいる。

 ボディーランゲージはどこでも通じるようだな。

 俺は止めと言わんばかりに牢主の男に殺気を込めて睨みつけると、がたがたと震え出し後ずさりして牢の隅まで離れて行った。


 地上っていうのはこれだから面倒だ。

 いちいち頭の悪い奴らに気を使わないといけない。

 こんな奴ら簡単に殺せるが、それをしたら俺が社会的に殺される。

 つまり犯罪者になって、いままで培ってきたものが台無しになってしまう。


 その為にはうまく立ち回らないといけないわけだが、俺は元々人付き合いも得意じゃないし渡世術にも長けているわけではない。

 三十年も地下の戦場で魔物と殺し合いをしてたんだから仕方が無いけどさ。


 首切りが一番早いんだけど……あ、今の俺、辻斬りっぽいな。

 取り調べの時にへたに本音を出すと俺が辻斬りだと思われるから気をつけないと。




 そうして数時間後。

 瀕死になっていた若い男は目を覚ました。


「うぅ……こ、こは……?」




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