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◉番外編 ギンコと『絆の儀式』

 



 日乃光旅館で働く従業員達は客が寝静まる深夜か、まだ暗い早朝に露天風呂に入る事が多い。

 俺は静かに考え事をしながら深夜に一人で露天風呂に入るのが好きなんだ。


「ふぅ〜。この瞬間がたまらんな〜。五臓六腑に染み渡る〜!」


 あ、これ、おっさんくさいから、却下の方向で。


 俺は頭に手ぬぐいを乗せ、世界樹の根に体重を預けて肩まで湯に浸かる。

 疲労が温泉に溶け出していくような感覚。

 温泉の癒し成分が全身に染み込む感覚を存分に楽しむ。


「明日も何事も無い一日になればいいな」


 露天風呂に入ると俺は自然と独り言が多くなるんだ。

 まあ、いいじゃないか。

 今の男風呂には俺しかいない。

 だから独り言を言おうが泳ごうが自由なのだ!

 さすがに泳いだりはしないけどな。


 そうして俺はゆっくりお湯に浸かっていると、男湯に誰かが入ってくる気配を感じた。


 こんな時間に風呂に入るのは旅館の従業員か?

 それともたまに男湯に乱入してくるイナンナだろうか。


 立ちこめる湯気の中から姿を現したのは、長い銀髪で少し切れ長の目をしていて、色白な肌にタオルだけを身につけた女性だった。


「えっ!? だ、誰!?」


 その女性はアサハナには及ばないがそれなりの胸プリンをお持ちで、引き締まったウエストが色っぽいスタイル抜群の超美人さんだ。

 よく見ると頭に尖った獣耳があり、モフモフの尻尾も生えている。


 獣耳と尻尾があるってことは獣人だ。

 でもこんな美人で獣人の従業員なんて、この旅館で働いていないよな?

 俺は旅館の客が間違って男湯に入ってきたと思って声をかける。


「あ、あのお客様! こちらは男湯となっておりますが……」


 その女性は俺の声に一瞬たじろいだ様子だったけど、露天風呂には入らずに突然俺の目の前で土下座をした。


「師匠! 申し訳ございませんでしたっ!」


 驚いた事にその美しい女は裸のギンコだったんだ。




 ※ギンコ視点




 我は失態を犯してしまった。

 それも師弟関係が危うくなる程の失態だ!

 だから我は今こうして師匠の前で土下座をしているのだ。


 我がどのような失態をしたのかというと、話は今日の午後まで遡る。

 事務室でセルフィナ殿と仕事の打ち合わせをしていたときの事だ。




***




「……という事でよろしくお願いしますねギンコさん」


「承知した。師匠の為にも必ずやそのお役目を果たそう」


「ところでギンコさん?」


「まだ何か?」


「ギンコさんはユラリ様の弟子となられたのですよね?」


「その通りです。師匠の強さと美を愛する心意気は我の理想そのもの。師匠のお側で仕える事で師匠から多くを学ばさせて頂いています。師匠はご自分がお忙しいにも関わらず、我に掃除や洗濯の極意を伝授してくださいます。さらに我の為に戦い方の稽古も付けて下さるのです」


「そうですか。ユラリ様とは良い関係を築けているようで何よりです。でしたら師弟関係になる為には必要不可欠な『絆の儀式』は、もちろんお済みなのでしょうね?」


「『絆の儀式』?」


「あら? もしかしてまだなのですか? それは困りましたね〜。ユラリ様の故郷では、弟子になる者は早いうちに済ませないといけない儀式なのですが……」


「な、なんと!? それは初耳です! して、その『絆の儀式』とは一体?」


「ふふふっ。それはですね〜」




***




 我はセルフィナ殿に儀式の詳細を教わった。

 そして師匠が一人で湯浴みをする時を見計らっていたのだ。


 セルフィナ殿の話では、師弟関係を結ぶのに必須の『絆の儀式』とは、弟子が率先し可能な限り早めに行わなければいけないらしい。

 しかし、無知な我は師匠から弟子になる許可を頂いてから、今の今まで儀式をする事無く過ごしてしまったのだ。


 だから我は今、師匠の前で『絆の儀式』が遅れてしまった事に対する謝罪をしているところだ。


「師匠!『絆の儀式』が遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした! どうか無知な我をお許しくださいっ!!」


「え、儀式? え?」


「セルフィナ殿からお聞きしました。なんでも師匠の故郷では風呂場で師匠の背中を流すのは弟子の役目であると。同時に弟子になる為の大事な儀式でもあると」


「え〜と? そうだっけ?」


 我は湯船に入り師匠の腕を引っ張る。


「ですから師匠! 今から急いで『絆の儀式』をさせて頂きますので、どうかご容赦を!」


 師匠は立ち上がると急いで頭の上に乗せていた手ぬぐいを広げ股間を隠した。

 我の師匠なのだから堂々としてくださってもよいのに。

 それともこの我を女だと意識して下さっている?


 いや、それは無いであろう。

 戦うしか能が無く女らしい素振りもできない。

 それに化粧さえした事のない我など到底女とは呼べぬ。


 我は洗場にあった桶を置き師匠に座って頂いた。

 次に石けんを擦り泡立てる。

 そして師匠の背中を手ぬぐいで拭きはじめた。


「ど、どうでしょうか師匠?」


「あ、ああ、気持ちいいよ」


 そういえばセルフィナ殿が最後に真剣な表情で言っていた。


『いいですかギンコさん。ユラリ様の故郷には『裸の付き合い』という言葉もあるのです。本当に師匠を敬っている事を照明したい弟子は、裸になり自分の胸を手ぬぐい代わりにして背中を洗って差し上げるのだそうですよ。師弟の絆を深める為には必要な事なんです。頑張ってくださいね! ふふふっ』


 我は自らの身体に巻き付けていた布を解き、石けんの泡を胸に付けた。

 そして師匠の背中に軽く抱きつき、ゆっくりと上下する。


「え!? ギ、ギンコっ!?」


「し、師匠。ぐ、具合は、いかが、ですか?」


「あ〜すごく気持ちいい。じゃなくてっ! 何してんの!?」


「も、申し訳ありません! 弱かったですか!?」


 我は先ほどよりもさらに密着し師匠の背中に胸を擦り付けた。


「ええっ!?、あのっ、ギンコさんっ!?」


 石けんでぬるりと滑る師匠の背中に、我は胸を押し付け愛でるように撫で回す。


「し、師匠っ、どう、でしょう、か? 我は、弟子として、うまく、やれてます、か?」


「う、うますぎるっ!」


「も、もったいない、お言葉です!」


 こ、これで師弟関係は完全に結ばれたのだ。

 見たところ師匠も喜んで下さっている。

 なんと嬉しい事であろうか。


 しかし、どうしてこの儀式をすると胸がバクバクと高鳴り、顔が熱くなるのだろうか。

 風邪でも引いたのかと思ったが、この感覚は決して不快な感じではない。

 むしろ師匠を肌で感じる事ができ、旅館の大掃除を終えたとき以上に気分が高揚し興奮さえするのだ。


 このような気持ちを今まで経験したことがない。

 我の胸が師匠の背中を滑る度、身体に弱い雷術を受けたような痺れを感じる。

 そして我の胸で師匠の身体全てを洗って差し上げたい欲求に駆られるのだ。


 師匠も気持ちがいいとおっしゃっていたが我も心地よい。

 心も身体も満たされるようだ。

 セルフィナ殿が教えてくれた事は本当であったな。

 師弟の絆を深めるには『裸の付き合い』は無くてはならぬものなのだ。


 これからも師匠には我との師弟関係強化の為、『絆の儀式』をして頂かなければならぬ!




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