セルフィナの恋愛相談コーナー その一
※チドリ視点
地上生活七十八日目。
== 22時20分 ==
あたしは今、仕事を終えたセフィに誘われて、二人だけで露天風呂に入ってるところ。
遅い時間だし、あたし達以外に女性客は入浴していないようね。
あたしの隣で湯船に浸かっていたセルフィナが唐突に問いかけてきた。
「それで、どうされるおつもりですかチドリ様?」
「ど、どうって何の事?」
「とぼけても無駄ですよ。ユラリ様の事です。卓球という球技をした時に責任を取ってもらうとおっしゃっていましたよね」
ストレートに来たわね。
昔からセフィって男女の恋愛事には鋭いのよね。
というか容赦がないと言ったほうがいいかしら。
まだフォルト王国が存在していた頃、セフィは城に務める侍女達の恋愛相談をしていたと聞いた事がある。
セフィの恋愛相談は大人気で、まるで未来が見えているかのように具体的なアドバイスだったとか。
「以前チドリ様は話してくださいましたね。ずっと昔から好きな男性がいて、行方不明になってしまったその方を何年も探していると」
「あたしそんな事話したかな〜」
「その男性というのはユラリ様なのでしょう?」
うわ、気付かれてる?
そんな素振り少しも見せてないと思うんだけど……。
「ど、どうしてそう思ったの? セフィ」
「ユラリ様と話している時のチドリ様を見ていれば分ります。警戒心が微塵も無い信頼の溢れる自然な態度。造りものではない本心からの笑顔。それに、話していない時でもユラリ様をずっと目で追っていますから」
え、あたしってユラを目で追ってた?
自分でも気付かなかった。
周囲の人達には気付かれないようにしていたけど、セフィには見破られていたか。
「転移してからの三十年間をユラリ様は地下で生活されていたと聞いています。ですから、チドリ様がユラリ様を探しても見つからなかったというのも納得できます」
「か、仮に、仮によ。あたしがユラを好きだったとしても、ユラにはもう三人もの可愛い奥さんがいるし、あたしなんか今更って感じじゃない? それに、あたしはアイゼナーグの騎士団長だから恋愛している暇もないしね」
「本当にそれでよろしいのですか?」
「いいのよ。表面上は昔のように幼なじみとして付き合えるけど、三十年という月日は長過ぎたのよ。もう昔とは何もかも変わってしまった。それぞれ違う立場や生活があって、護りたいと思う事も違っているの」
「チドリ様……」
「だからユラがここで元気に暮らしていると知れただけでも満足よ。それにユラの側にはセフィがいる。セフィにならユラを任せてもいいと思えるから、あたしは安心してアイゼナーグへ帰れるのよ」
セフィが夜空を隠すように広がる大樹の枝葉を見上げた。
セフィの視線はその枝葉より遠く昔の思い出に向けられているよう。
「……わたくしはユラリ様を十二年間待ち続けました」
「え? 十二年? 何の話?」
「わたくしは六歳の誕生日に【預言】の言葉を聞いたのです」
セフィは自分が【預言】や【未来視】で将来の出来事が分るということや、記憶は無いけど前世が天使の転生者で、天使の力をある程度使えることをあたしに話してくれた。
そして【預言】の言葉にはユラとの出会いが予告されていたという事も。
「そうだったの。あなたも長い間あいつを待っていたのね」
「だからチドリ様のお気持ちは分ります。愛しい人を何年も待ち続ける辛さや、もしかしたら出逢えないかもしれないという不安。何より長い年月を経ても変わらぬ強き想い」
ああ、セフィもあたしと同じだったんだ。
好きな人を待ち続けるという苦しい日々を、恋い慕う気持ちだけで耐えてきたんだ……。
「ですから諦めないでください。もし今がその時でないとしても、チドリ様がユラリ様に思いを告げられるその日まで、わたくしがユラリ様をお支えしてお守りしますから」
この娘は昔からそうだったわね。
決して奢らず、決して人を蔑まない。
全てを包み込むような優しさを持っている娘。
平民や貴族を平等に扱い、城内の侍女の恋愛相談なんて事にも親身になるような娘。
セフィは知らないだろうけど、あなたの事をフォルテ国内のみならず周辺諸国の人々の間では、天使のように姿も心根も美しい姫、天姫なんて呼ばれていたのよ。
本当に元天使だったなんて思わなかったけれどね。
そんなセルフィナにあたしの意気地のない心が見透かされちゃったかな?
「セフィの気持ちは分ったわ。ユラにはちゃんとあたしの気持ちを伝える事にする」
セフィはあたしの目を見つめて優しく微笑んだ。
この娘には敵わないな。
結局ユラに自分の思いを伝えるしかなくなっちゃった。
彼女がさっきあたしに話してくれた未来が見えるという話や、自分が天使の生まれ変わりだという話は、絶対に他言してはいけない話しだよね。
それをあたしに話してくれたという事は、セフィはあたしを信じてくれて、あたしのする事を全て是認しているという意思表示。
そして、もしもこの先あたしがユラの妻になれた時には、あたしを妻の一員として認めて受け入れるという将来の預言。
「大丈夫ですよ。ユラリ様は一度縁が結ばれた方には」
「あまあまなのよねっ!」
「はいっ! その通りです!」
「「ふふふっ」」
あたし達は同時に微笑み合った。
今まで胸の奥につっかえていた刺がとれたようにすっきりした気分。
例えユラに告白して断られたとしてもセフィが側にいるならユラは幸せになれる。
もしユラが私を受け入れてくれたら……その時はあたしがユラを幸せにするんだ。
あたしが小学生だったあの時から、私の思い人は変わっていないから。
そのとき女風呂に賑やかな声が聞こえてきた。
「イナンナちゃ〜ん、急いだら危ないですよっ!」
「大丈夫。ペティも早くこっち来て」
「ちょっとマコト! あたしの胸を揉むんじゃないわよ!」
「イチゴさん、胸が少し大きくなりました?」
「え? そ、そんな事ないわ」
「もしかしてお兄さんと禁断しはじめてから、大きくなってきたとか?」
「な、ななっ、何を言っているの? そんな事あるわけ……」
「心当たりがありそうな顔してますよ?」
「う、うるさいわよっ!」
「は〜い、まずは身体を洗ってからお湯に浸かりますからね〜」
「うん。わかってる」
どうやら旅館の従業員の娘達が女湯に入ってきたようね。
あの銀髪で小柄でウトそっくりな娘は警備担当のイナンナちゃんだったかしら。
「あ、セフィリアとチドリを見つけた」
「え? あ、いらっしゃったんですね? ご一緒してもいいですか?」
イナンナちゃんの次に現れたこの娘は仲居のペティちゃんね。
「ええ、もちろんよ。あたしはアイゼナーグの特使である前にユラの友人だから、そんなに気を使わなくてもいいわよ」
「はい。でも少し緊張します……。あ、そういえばチドリさんってご主人様の幼なじみなんですよね?」
「小さな頃から一緒に遊んでたわね」
「ご主人様のちっちゃな頃ってどんな子だったんですか?」
「そうねえ、ユラはあたしが困っている時には文句を言いながらも助けてくれるような子だった」
「ふふっ、今と変わらないんですね」
「ここでもそんな感じなの?」
「そうですよ。一見無気力に見えますけど、私たちが困っている時には必ず助けてくれる優しいご主人様ですっ!」
ペティちゃんはすごく可愛い笑顔で微笑むのね。
本当にユラの事を好きなのが伝わってくる。
あら? ネコミミの娘が湯船に入ってきた。
確か宣伝担当のマコトっていったかしら。
「うわっ! チドリさんって胸大きいんですね。ぼくの胸なんて両手で隠せるくらいしかないのに……羨恨めしいです」
「こんなの大きいだけでいい事ないわよ。戦闘の時は邪魔になるし」
「その話、詳しくお願いしますよチドリさんっ! 戦闘中に激しい動きをすると、やっぱりブルンブルンってなるんですか? それともバインバインですか? ぼくとしてはどちらも禁断っぽくて閃きそうになるんですよ!」
「マコトはいつもエロい」
「イナンナさん、最近のぼくは禁断ネタに飢えているので仕方が無いんです」
経理のイチゴという娘も湯船に入ってきたわね。
「マコト、あんたの頭の中にはそれしか無いの?」
「何を言っているんですかイチゴさん。常に情報収集するのはこの旅館の宣伝担当としては当然じゃないですか?」
「その収集している情報に偏りがあると言っているの。仕事の役に立たない情報ばかり集めてどうするの? 手当たり次第に情報収集するのではなく、計画的に有用な情報を必要なだけ、効率良く集める必要があると思うのよ」
「あ〜そういう頭を使う小難しい事はイチゴさん担当じゃないですか〜。ぼくは常に未知の世界へ挑む挑戦者なんで、禁断と禁断、そしてまた禁断、からの宣伝活動ですから」
「マコトの頭の中。いつも禁断」
「イ、イナンナさんまでぼくの事禁断しか考えていない娘だと思ってるんですか?」
「思ってる」
「正解ですっ!」
「あっ、でも、マコトちゃんは影では真面目に頑張るいい娘なんですよっ!」
「ペティ、あなたの面倒見の良さは認めるけれど、マコトを甘やかしていると、そのうちきっと問題を起こすわよ。セフィリアさんもそう思うでしょ?」
「わたくしは旅館のお仕事さえしっかりできていて、ユラリ様にご迷惑をかけない範囲でなら好きな事をしても問題はないと思いますよ」
「セフィリアさんってイチゴさんと違って話が分かる〜!」
「ちょっとマコト、今のは聞き捨てならないわね! まるであたしが話の分からない石頭みたいじゃないの!」
「いや〜そんな風には思ってませんって。イチゴさんがお兄さんに買ってもらった可愛いお財布を大事にしすぎて使うに使えず、タンスの中にしまったまま毎日にやけ顔で眺めているのを知ってますから。そんな乙女なイチゴさんを石頭だなんて口が禁断になっても言えませんよ」
「なっ、なななっ、なんでそれをっ!?」
「このぼくにかかれば乙女の秘密なんて秘密じゃなくなるんです!」
「マコトちゃん!? 他の人の部屋に勝手に入っちゃダメなんですよっ! ご主人様に言いつけちゃいますからっ!」
「そ、それだけはご勘弁をっ! お兄さんに起こられるっ!」
すると竹垣をはさんで反対側の男湯からユラの声がした。
「ちゃんと聞こえてるぞ!」
「ええっ!? ま、まさかお兄さん!? いつからそこに?」
「マコトがイチゴの部屋に不法侵入していた所からだ」
「はうっ!」
「俺の旅館内で不法を働くとはいい度胸だなマコト……」
「いや、あの、実はぼくの身体は禁断神の呪いがかけられていて、ぼくの意思とは関係なく禁断を探すため勝手に動いちゃうんです!」
「ほぅ、それで?」
「え、いや、だから、これは仕方が無い事ですよね? ね? そうですよね?」
「じゃあ俺がお前の減給を考えるのも仕方が無いよな?」
「も、申し訳ございませんでしたっ! お願いっ! 減給だけはほんとに勘弁してください! お願いしますっお兄さん様殿っ!」
こうしてあたしの恋愛相談は賑やかに終わった。




