パッシブスキル【卑猥な冗談】を獲得しました
地上生活七十五日目。
== 20時37分 ==
「なあチドリ。久しぶりに勝負しないか?」
「勝負? ……もしかして」
「ああ、やっぱり温泉と言えばこれだろ?」
俺とチドリは浴衣姿で旅館の中に新しく設けた遊技場に来ている。
彼女の湯上がりで濡れた短い髪や、ほのかに上気した頬が妙に色っぽい。
俺達がいるこの遊技場は、俺がこの旅館の総支配人になってから新しく増設した場所で、簡単に遊べる遊具をいろいろと置く予定の場所だ。
今はまだ準備中なので使える遊具は一つしかない。
「ねえユラ」
「なんだ?」
「これって卓球台よね?」
「ああ、そうだな」
「ラケットとボールもあるのね」
「卓球台とラケットはともかく卓球ボールを再現するのは苦労したよ」
俺の目の前の卓球台には卓球のラケットとボール。
すぐ側に得点板も設置されている。
どうしてこんな場所に卓球用具一式があるのかというと、俺が東江の都の大工や細工師に頼んで再現させたんだ。
誰が決めたか知らないが、温泉旅館といえば卓球に決まっている。
だから卓球ができない温泉旅館は温泉旅館とは言わない。
卓球とはそれほどまでに重要な遊具なのだ。
「チドリ。俺とお前の対戦成績を覚えているか?」
「もちろんよ。ユラの旅館にあった卓球台で初めて対戦してから数えて、百九十九勝、三十二引き分け、百九十九敗だったわよね。つまり、あたしとユラは今同点という事よね?」
「ああ、その通りだ。俺の母さんが死んで、俺が旅館から住宅街に引っ越してからは一度も対戦してなかったから点数はそのままだ。学校では毎日のように会ってはいたからすっかり卓球の事は忘れていたけど、俺が旅館の総支配人になってから無性にやりたくなったんだよ」
「その気持ちすごく分る。あたしもアウレナを介して卓球の世界大会なんか見てるとラケットを振りたくなったもの。でも、対戦するのはいいけど。たぶんユラはあたしには勝てないと思うわよ」
「すごい自信だな。まさか密かに卓球の練習を続けていたわけじゃないよな?」
「そんなまさか。今のあたしは異能のおかげで身体能力が常人の数倍に跳ね上がっているから、どう頑張ってもあたしに敵わないと言っているの」
「チドリの異能か。単純な身体能力強化の異能なら、あのバカ力も頷けるな。でもさ、やってみないと分らないだろ」
「まあ、いいわ。暇つぶしには丁度いいから付き合ってあげる」
「じゃあサーバーは俺でいいよな?」
「ええ、どうぞ」
俺はラケットをチドリに渡し、ボールを手に持ち卓球台を挟んでチドリと向かい合う。
「十一点先取の三ゲーム制。両者が十点になったらデュースになって二点連続で点を取った者が勝ち。サービスは二回ずつだ」
「わかった」
俺とチドリは腰を低くして構えた。
今日こそチドリに勝ってやる。
俺はラケットを持っていない手から、ほぼ垂直にボールを上に投げた。
そして落ちて来たところを台の後方からラケットで玉を打ち、まず自分のコートにバウンドさせ、次にネットの上を越して、相手のコートにバウンドさた。
しかしチドリはものすごく早い動作で俺の球を打ち返し、俺の横をボールが高速で通り過ぎた。
「これで一対ゼロね」
「まじか……」
チドリは自分の得点板をめくり、余裕の笑みを浮べた。
卓球をしなくなってから三十年以上経っているのに少しも衰えていないな。
それどころかさらに動きが良くなっている。
異能の効果は伊達ではないという事か。
俺も最初から本気を出さないと勝てないな。
俺は二回目のサーブを打つ。
チドリは再び俺の打ち込んだ玉を難なく打ち返す。
早い! しかし俺にはスキルがある!
「【遅延】レベル二!」
俺の【遅延】は高速でバウンドしてきた卓球ボールに作用し、空中でその動的エネルギーを削られて速度を落とした。
「そして【硬甲殻】! くらえぇぇっ!」
俺はさらに【硬甲殻】を使いボールの表面を鋼鉄以上の強度にした。
そして全力で打ち返した。
「えっ!?」
俺の打ったボールは超高速でチドリのコートに当たり、速度を緩めず彼女の脇を過ぎ去った。
「よっしゃ! これで一対一で同点だな」
俺は自分の得点板の点数を一にする。
「ちょ、ちょっとユラ! 術やスキルを使うなんて反則じゃないの?」
「は? 俺がいつ使っちゃダメだって言ったんだ?」
「え? そんなのズルイ! 正々堂々と勝負しなさいよ!」
「これくらいのハンデはあって当然だろ? お前の身体能力強化系の異能と違って、俺の異能は卓球には使えないんだからさ」
「そ、そうね。そういう事ならもうあたしも本気を出してもいいって事よね」
「ああ、全力でかかってこい!」
次はチドリのサービスだ。
恐らく全力で得点を狙いに来るだろう。
チドリはこう見えて負けず嫌いだからな
俺はチドリの打ち込んで来たネット上ギリギリのサーブを、ラケットを上に振り抜くようにボールの上面をラケットでこすり球を打つ。
するとボールに前回転がかかり、チドリのコートでバウンドしたボールは急速にスピードが上がった。
これはドライブという技だ。
チドリはラケットの持ち方を一瞬で変え、俺の返したボールにバックスピンをかけてさらに打ち返してきた。
風を切る音が出るほどバックスピンのかかったボールは、俺のコートに落ちた途端に俺が立っている場所とは真逆の方向に弾かれるように戻っていく。
俺が伸ばした腕は虚しく空を切る。
ボールはそのままチドリのコートに落ちた。
「う、嘘だろ!?」
「ふふん! これで二対一よ」
「やるじゃないか!」
それから先はお互い点の取り合いだった。
俺はスキルを駆使してチドリの超人的な早さの返球に対応し続ける。
俺はチドリのスマッシュで打ち込まれたボールを【縮地】で追いかけて打ち返す。
そして再びチドリはラケットの持ち方を変えた。
高速回転するバックスピンが来る!
俺は全神経をボールに集中させ、チドリの高速バックスピンボールが落ちる位置に、小さな【闇沼】を瞬時に展開した。
その【闇沼】はボールの回転力を吸収する。
俺は難なくボールを打ち返す。
「【遅延】!」
俺の打ち返したボールはチドリのラケットに当たる直前で勢いを無くす。
チドリを空振りさせる事に成功した。
「なんのっ!」
チドリは空振りした勢いをそのままに自身の身体を高速回転させ、ボールがコートに落ちる寸前で打ち返してみせた。
「そんなのありかよっ!」
俺はその動きに意表を突かれ打ち返せなかった。
それから俺達はあまり言葉を交わさなくなっていく。
全神経を卓球に集中させ続けなければ敗北する。
それほどまでに気を抜けない戦いだ。
俺達は集中力を最大に維持したまま点を取り合う。
そして一セットずつ取った三セット目の終盤に突入していた。
「なあチドリ、お前の好きな相手って」
俺は話している途中で即座にサーブを打つ。
「くっ!?」
チドリは俺の作戦に驚いたようだが瞬時に対応して返球した。
ここまでの彼女の動きもさることながらものすごい動体視力と瞬発力だ。
チドリの異能は肉体だけでなく感覚器官も大幅に強化しているらしい。
だったら!
「【影牢】!」
俺はこぶし大の【影牢】を幾つも作り出し、卓球ボールを打ち返すのと同時にチドリに放つ。
「ッ!」
感覚が鋭いって事は全てを認識してしまうって事だ。
チドリは俺の作り出した【影牢】に気を取られたのか、彼女の打ち返したボールはネットに当たって俺の得点となった。
「ほんとに色々仕掛けてくるのね」
「俺は勝つ為には手段を選ばない質なんでな。これで十対九だ。俺があと一点取れば俺の勝ちだな」
「そういえばあんたって昔から卑怯な方法を使ってたわね」
「これは勝つ為の戦略だ。異世界には異世界の戦い方があるんだよ」
「……そう。じゃあ次はあたしのサービスね」
「さあどこからでもかかってこい!」
「それにしても卓球に夢中になってたから汗かいたわね〜」
そう言いながらチドリは浴衣の胸元を少し開き、パタパタと豊満な胸の谷間を手で扇いだ。
確かに彼女の胸の谷間はうっすらと汗が滲んでいるようだ。
そして次の瞬間、俺の背後で卓球ボールが床に落ちる音が聞こえた。
「ふふっ、引っかかったわねユラ。お色気作戦大成功ね。中学の時くらいからあたしの胸をチラ見していたのは知ってるんだから」
「なんだ、と……」
俺がチドリの胸を意識していたのはバレバレだったというのか!?
なるべく見ないように血の滲む努力をしてきたというのに、それが無駄だったと!?
そんな事なら本能君に抵抗しないでガン見しとくんだった。
い、今は昔の事を悔やんでいる場合ではない!
さっきはボールが見えなかった。
たわわに実った大きな果実二つの輪郭ならはっきりと見えていたんだが、卓球のボールは目に入らなかった。
どこからでもかかって来いとは言ったが、まさか胸の谷間から攻めてくるとは思わなかったぜ!
確かにこれは彼女の俺に対するサービスだ! やっほい!
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◆パッシブスキル【卑猥な冗談】を獲得しました
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あ……。




