ウブな猫娘
「辻斬り? そんな噂は初めて聞いたな」
「ぼくも噂を聞いただけなんですけど、なんでもその辻斬りって凄腕の侍らしくて、すでに犠牲者が二十人を越えているらしいんですよ。殺された人達は皆首を斬り落とされているとか」
首を? なんだか俺の戦い方に似ているな。
「出るのは深夜だけなんだよな?」
「はい、そうみたいですね」
「気をつけるよ。教えてくれてありがとな」
「お兄さん、深夜に遊郭へ通うのはやめたほうがいいですよ」
「マコト。人聞きの悪い事を言うんじゃない。妻が三人もいるのに遊郭に通うわけないだろう」
「え〜、それだと男女が入り乱れての修羅場突入にならないじゃないですか〜?」
「なるかっ!」
「お兄さんだったら今まで幾つもの修羅場をくぐってそうだから、いけると思ったんですけどね」
「いくら俺でも色恋沙汰の修羅場は経験ないからっ! ……お前は俺を何だと思ってるんだ?」
「禁断好きな総支配人ですよね?」
「禁断が好きなのはお前だろっ!」
「でも今は特使団が来ていて大事な時期だから、奥さん達と禁断したくても禁欲してるんでしょ?」
「夫婦の夜の営みは禁断でもなんでもない。禁欲してるのも彼女達の身体に負担をかけない為にしている事だ。国の特使が旅館に宿泊中に従業員が体調不良となれば、アイゼナーグ騎士王国に旅館の悪評が広まりかねないからな」
「それはいい事を聞きました。お兄さんは奥さん達の身体に負担をかけるほど毎日勢力絶倫だと。記録、記録っと」
「ゔっ……なんだか誘導尋問を受けているみたいだな」
「え? 今気付いたんですか?」
「お前な……」
「大陸での評判を気にするという事は、もしかしてすでに日乃光旅館の世界展開を視野に入れてるとか?」
「そういうわけじゃない。これは俺の旅館の評判だけに留まる問題じゃなく国の沽券に関わる問題なんだ。特使団が宿泊している場所で何か問題が起きた場合、日乃光の国の信用も落ちるってことだ」
「ああなるほど。そんな事まで気にしなきゃならないなんてお兄さんも大変ですね〜。特使団が来てから三日経ちましたけど、もうそろそろ遊郭へ禁断しに行きたくてウズウズしてるんじゃないんですか〜?」
マコトの奴調子に乗っているな。
こいつにはお仕置きが必要だ。
「もしも我慢できなくなったら、マコトに相手をしてもらおうか。俺が優しくしてやるから心配しなくてもいいぞ」
「え……?」
「マコトのネコミミやネコシッポをモフモフのマフマフしてやる」
ふふふ、困惑し羞恥心に顔を赤くするがよいマコトよ。
お前が口では禁断などと連発するわりに、実は相当ウブな娘だという事は知っているのだ。
前に後学の為と言ってセルフィナの夜伽講座を受けたマコトは、あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして話の途中で逃げ出したと俺の耳に入っているからな。
こういう冗談を言えばマコトは羞恥心で顔をサルのように真っ赤にして逃げ出すはずだ、ったのだが。
「お断りします。ぼくはお兄さんの愛人になるとか、そういう不純な関係を許せない質なので」
あれ? 俺の言葉を聞いても表情に変化ないな。
「じゃあ、そろそろぼく仕事に戻りますね。今日中に行かなきゃならない場所がまだ残っているんです。それじゃ!」
マコトは俺に振り返らず走り去った。
俺の反撃は未遂に終わったか。
ん? マコトの進行方向から歩いて来るのは、トラキチ親分とカジじゃないか。
やっぱり親分の図体はでかいな。
遠くからでも目立つ。
さっき相撲をとっていた力士よりもでかいんじゃないか?
あ、親分とマコトが何か話してる。
あいつら知り合いだったのか。
マコトの顔の広さは最近になってさらに広くなったらしいからな。
知り合いでもおかしくはない。
トラキチ親分とカジがマコトと別れてこっちに歩いてきたぞ。
「おお! ユラリじゃねえか。久しぶりだな、元気してっか?」
「ああ、なんとかな」
カジの右腕にはまだ包帯が巻かれている。
肘から先は俺との戦いで無くなったんだったな。
「あ? カジの右腕の事をまだ気にしてんのか? あれは男と男の真剣勝負だ。気にする事はねえんだぜ。カジも承知で戦ったんだ。そうだよなカジ」
「へい。親分のおっしゃる通りです」
「俺もあの時は危うく殺されそうになったしな。それはともかく親分ってさ、マコトと顔見知りだったんだな」
「お、おう、まあな。ちょっと昔に、い、いろいろあってな……」
なんか言い淀んでるな。
言いたくなさそうだから深く追及はしないほうがいいか。
「なあユラリよ、マコトのやつ顔を真っ赤にしてたんだが何かあったのか?」
え? マコトが赤面していたって?
さっき俺の前で平然としていたのは強がりだったのか。
ふっふっふ、今回は俺の勝ちだなマコトよ。
「あんまり従業員をいじめんじゃねえぞ」
あら? 親分がそんな事を言うなんて意外だな。
やっぱり昔マコトとなんかあったんだな。
というかいじめてるわけないだろ。
親分も人聞きの悪い事を言う。
「いじめてないよ。ちょっとからかっただけだ」
「お前の従業員を護ろうとする心意気は前に見せてもらってる。だから心配はしてねえがな」
「それならいいけどさ、親分達はこれからどこ行くんだよ」
「相撲観戦だ」
「今から? もう午後の組み合いは終わってると思うけど?」
「なんだ、知らねえのか? あの場所では夜になると賭け相撲が開かれるんだぜ」
「賭け相撲?」
「おうよ。表舞台にはでれねえ元力士や、腕に自身のある奴らが集まって週に一度行われてる。俺達は賭場の管理もしてるから、たまに顔を出しに行くんだよ。どうだいユラリも遊んで行くか?」
「今は無理だな」
俺は小間物屋の中を指差しトラキチにチドリ達を見るように促した。
「がーっはっはっはっはっ! そういえばアイゼナーグからの特使がお前の旅館に泊まってんだったな。俺達ヤクザ者の頂点に立つお前が客を接待するとか笑えるじゃねえか! だーっはっはっはっはっはっ!」
相変わらず声でけ〜。
「俺だって面倒だが仕方なくやってんだ。そんなに笑うんじゃねえよ。そういう事だ。悪いがまた今度な」
「今度暇ができたら白虎会の屋敷に来いや。酒を飲み交わす話は覚えてんだろ?」
「ああ。暇になったらな」
「待ってるぞ! ぶーっはっはっはっはっはっ!」
トラキチ親分はでかい図体をのっしのっしと揺らしながら歩いて行った。
だから、声でかいって……。




