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◉番外編 イチゴの財布

 



 *イチゴ視点




 あたしは今、事務室で経理仕事をしているところ。

 この日乃光旅館で働き始めてからしばらく経つけど。

 旅館の経費で削減できるところが沢山ある事に気付いたの。


「ユラリ。ちょっといいかしら」


「ん? どうしたイチゴ」


「この書類を見て欲しいの」


「これは……この旅館で毎月必要になる経費の一覧表だな。それがどうかしたのか?」


「これを見て何も思わないの?」


「え、別に」


「ここに記載されている経費の三割は削減できるわ」


「え!? そんなに削減できるのか?」


「ええ。あたしはお父様から無駄を出さない経費削減方法も教わっているの。経費三十パーセントを実現するには、徹底的に今までのやり方を見直さなきゃならないけど」


「もし経費を減らせるなら減らしたほうがいい。あいにく俺は節約だとか計算が苦手なんだ。俺も協力するからイチゴ主導でやってくれないか?」


「分ったわ。それにはみんなにも協力してもらう事になるけどいい?」


「それは朝礼で俺から皆に話すよ。今はまだお客も少ないからできるだけ経費削減して、はやく旅館の経営を軌道に乗せないとな」


 この時からあたしの経費削減計画が始まった。



 始めにあたしが取り組んだのは、相見積もりの徹底だったわ。

 相見積もりとは一つの取引について複数の問屋から見積もりを出させて比較することなの。


 この旅館で使用する食材や消耗品を仕入れている馴染みの問屋はある。

 けれど、そういった長い間特定の問屋だけと取引をしている場合、時代の流れから隔離された取引条件となってしまっている場合があるわ。

 つまり最近になって安価になった商品を、昔の価格のままで仕入れているかもしれないということ。


 取引先と信頼関係を築くことはもちろん重要だけど、商売である以上一定の緊張感を保つことも必要なのよね。



 次に取り組んだのは館内の明かりを変える事。

 この旅館では全てロウソクを使っているけど、ロウソクは高級品だから維持費がかかるの。

 だから全てのロウソクを最近安価になった光の術具に取り替える事にしたわ。


 安価になったとはいえ、その術具はロウソクの五十倍の値がする。

 でも、購入したあとの維持費はゼロ。

 少量のMPを使用するだけで半日以上も明かりを維持できるというもの。

 初期投資にお金がかかるけど将来的にはかなりの削減になるわ。



 他には料金形態の追加かしら。

 現状、日乃光旅館の料金形態は一泊二食付きしか無いけれど、お風呂だけ入りたいお客だったり、食事の無い素泊まりでもいいお客も中にはいる。

 いろんなお客の要望にあわせた料金形態を作る事で、より多くの集客が期待でき、空いている旅館の客室を埋める事ができるはず。



 最後にお客に食事を出す時間を三段階に分ける事にしたわ。

 お客が増えるのはいい事だけど、多くなればなる程これまでのように全てのお客が同時に食事を始めるのは難しくなる。

 一度に多くの料理を作らないといけないし、料理を運ぶ仲居の人数も大勢いないと配膳しきれない。


 具体的には夕食を出す時間を五時、六時、七時の三つに分けることで従業員を増員する必要もなく調理場の負担も軽減させる事ができるわ。

 決められた時間になっても料理が一向に届かなくて苦情がでるよりはよっぽどましよね。



 この日乃光旅館は他の旅館より有利な点が幾つかあるけど、中でも掃除洗濯費用と館内の修繕費に関しては圧倒的よね。

 忍者のギンコが掃除洗濯を一手に引き受けてくれているおかげで、掃除洗濯にかかる費用は一般的な旅館と比べて二十分の一。

 旅館の建物の修繕費もツクモとかいう変なのが直してくれているので専門の職人に任せるより費用はかかっていない。


 ユラリはどこでギンコとツクモを見つけてきたのかは知らないけど、この二人がいる事で相当な経費削減になってる。


 この数日間であたしが考えた経費削減計画を皆に周知できた。

 あとは新しい方法にみんなが慣れるだけね。

 細かい事はまだまだできるけれど、あたしの役目はここまでかしら。


 あたしは今日の分の経理仕事を終わらせてお茶を飲んでいると、ユラリが旅館を出て行くのを見かけた。

 なんだか楽しそうな横顔が少し気になったから、受付にいたセルフィナさんにユラリの行き先を聞いてみたの。


「セルフィナさん。ユラリがどこに向かったか知ってる?」


「たしか南町の菊屋という小間物屋に行くとおっしゃっていましたよ。それがどうかしたのですか?」


「いえ、何でもないの。気にしないで」


 あたしはそのとき、ユラリは買ものに行くんだと思った。

 だけどユラリはそれから一週間、毎日のように小間物屋に通ったのよ。

 同じ小間物屋に毎日通うなんて変。

 これって、もしかして……う、浮気!?


 ここはセルフィナさんに相談したほうがいいかしら。


「ねえセルフィナさん?」


「どうしたのですか? イチゴさん」


「最近のユラリ、変じゃないかしら。毎日南町の小間物屋に出かけているようだし、あたしがどうして何回も通うのかを聞いても、そわそわしてうまくごまかされたのよね」


「もしかして、イチゴさんはユラリ様が浮気をしていると考えているのですか? ユラリ様はそんな事をされる方ではありませんよ。イチゴさんもお分かりでしょう?」


「あ、あたしだってそうは思いたくはないけど……でも……」


「好きになればなるほど相手の事が気になるものですからね」


「い、いえ、そういう事では、なきにしもあらずなんだけれど……」


「ふふふ。心配ならその小間物屋に行かれてみてはどうですか? 場所はわたくしも知っていますから教えて差し上げますよ」


「そうね。このままじゃ気になって眠れないから、自分の目で確かめてくるわ」


 あたしはセルフィナさんから小間物屋の場所を教えてもらい、ユラリが出かけた後にあたしも小間物屋に向かったの。


 そしたら小間物屋の店員の女が結構な美人で、む、むむ、胸も大きかったのよ。

 あたしはユラリとその女が何を話しているのか聞き耳を立てたけど、【聴覚強化】スキルを持ってないから全部は聞き取れなかった。

 聞こえなかった部分を予想して埋めるとたぶんこうよね。



=====


「………よろしく……………よ、スズラン……」

「二人でよろしくやりにきたよ、スズラン……」


「まあ、私の……に毎日通う………、よほど…………大好きなんですね」

「まあ、私のために毎日通うなんて、よほど私の事が大好きなんですね」


「まあな。……………可愛くて俺の………………なんだよ」

「まあな。胸も大きく可愛くて俺の好みど真ん中なんだよ」


「そんなにはっきりと…………れたら、………嬉しくなって……………」

「そんなにはっきりと告げてくれたら、とても嬉しくなってしまいます」


「奥の部屋…………………る?」

「奥の部屋に行ってアレする?」


「…え、………ユラリさんだけ…………、私がじっくりと、…………作り方を教えて差し上げ………」

「ええ、わたしユラリさんだけが好きよ、私がじっくりと、こどもの作り方を教えて差し上げたいわ」


=====



 な、なな、なんて事!?

 これってやっぱり浮気よね!?

 どうしよう、どうしよう!

 こういう場合妻としてどうしするべきなのかしら。


 落ち着きなさいあたし!

 ま、まずは、穏やかに話し合いよね。

 正妻としての器の大きさを見せないといけないわよね。

 ユラリが出て来るまで待ちましょう。


 そうしてあたしは一時間程路地の物陰に隠れて待った。

 するとユラリが小間物屋から出てきたの。

 あたしは急いでユラリの後を追いかけて呼び止めたわ。


「ユラリ!」


「お、イチゴじゃないか。ちょうどよかったよ」


「ユラリ。聞きたい事があるの……」


「聞きたい事?」


「そ、そこの小間物屋の女とはいつからなの?」


「あ〜ばれたか。お前には内緒にしたかったんだけどな。実は一週間前から通ってるんだ」


「そ、そんなにあの女がいいっていうの?」


「スズランって名前なんだけど、あのひと上手いんだぜ」


「う、上手いって!? その、あ、アレの事よね!?」


「ああ、アレの事だけど」


「やっぱりユラリは浮気してたのね!?」


「へ? 浮気? どうしてそうなるんだ?」


「だって、だって! 一週間前からあの女の所に通って、アレしてたんでしょ!? それってどう考えても浮気じゃないの!?」


「ちょ、ちょっと落ち着けよイチゴ」


「あたしは何かの間違いだって思っていたのに……。ユラリの事は信じていたのに!」


「かなり勘違いしてないか? 俺はただここで開かれている裁縫教室に通っていただけだぞ。縫い物を教わっていただけなんだ」


「嘘よ! 所々は聞こえなかったけど、二人の会話を予想して繋ぎ合わせると、浮気しようとしている会話だったもの!」


「俺は本当に浮気なんてしてないって。俺の記憶ではスズランとの会話はこうだったよ」



=====


「今日もよろしくお願いするよ、スズラン先生」


「まあ、私の教室に毎日通うなんて、よほど奥さんが大好きなんですね」


「まあな。頭が良くて可愛くて俺の自慢の奥さんなんだよ」


「そんなにはっきりとのろけられたら、私まで嬉しくなってしまいます」


「奥の部屋他の生徒さんいる?」


「いえ、今日はユラリさんだけですので、私がじっくりと、お財布の作り方を教えて差し上げますね」


=====



「え!? そ、そんなはずじゃ……」


「俺が話した内容とお前が聞き取れた文章、それに予想したっていう文を比べてみろよ」


「わ、わかったわ。やってみる」



=====


「今日もよろしくお願いするよ、スズラン先生」

「………よろしく……………よ、スズラン……」

「二人でよろしくやりにきたよ、スズラン……」


「まあ、私の教室に毎日通うなんて、よほど奥さんが大好きなんですね」

「まあ、私の……に毎日通う………、よほど…………大好きなんですね」

「まあ、私のために毎日通うなんて、よほど私の事が大好きなんですね」


「まあな。頭が良くて可愛くて俺の自慢の奥さんなんだよ」

「まあな。……………可愛くて俺の………………なんだよ」

「まあな。胸も大きく可愛くて俺の好みど真ん中なんだよ」


「そんなにはっきりとのろけられたら、私まで嬉しくなってしまいます」

「そんなにはっきりと…………れたら、………嬉しくなって……………」

「そんなにはっきりと告げてくれたら、とても嬉しくなってしまいます」


「奥の部屋他の生徒さんいる?」

「奥の部屋…………………る?」

「奥の部屋に行ってアレする?」


「いえ、今日はユラリさんだけですので、私がじっくりと、お財布の作り方を教えて差し上げますね」

「…え、………ユラリさんだけ…………、私がじっくりと、…………作り方を教えて差し上げ………」

「ええ、わたしユラリさんだけが好きよ、私がじっくりと、こどもの作り方を教えて差し上げたいわ」


=====



「え……これって本当にあたしの勘違い?」


「だろうな。俺は本当に浮気なんてしてないよ。こんなに頭が良くて可愛い奥さんがいるんだからな」


「ユラリがここに通ったのって……」


「ああ。イチゴにはうちの旅館の経理や節約を頑張ってもらってるから、俺は感謝の印に何か贈り物したいと思ったんだよ。イチゴ。これを受け取ってくれ」


 ユラリはあたしの手に、がま口の財布を握らせた。

 その財布はお世辞にも良くできているとは言えない不格好な財布だった。


「もしかして本当に? 手作りで……あたしの為に?」


 形は歪んでいて縫い目も雑だけど、柄はあたしが好きなイチゴ柄だったの。

 すごく嬉しい。

 あたしがイチゴ柄を好きなのを覚えていてくれたのね。


「だからそう言ってるだろ。まあ、初めて作ったから形は悪いけどな。もっと綺麗に作りたかったんだけど自分でも驚く程俺って不器用でさ。たぶんこの財布をお前の【観察眼】で見たら値段はつかないだろうな」


 ふとユラリの指を見てみると幾つも絆創膏が貼られている。

 何度も針を指に刺したのね。

 そんなになるまであたしの為に……。


 ユラリが言うように値段はつけられない。

 この財布にはあたししか分らない価値があるから。


「……そ、そんな事ない。あたしにとってこの財布はこの世界全ての国家予算を足して万をかけた値よりも価値があるから……」


「そ、そんなにか!?」


「ユラリ。う、疑って悪かったわ」


「分ってくれればいいよ。俺としてはお前に嫉妬される程好かれていた事が分ってすごく嬉しかったし」


「……ユラリ」


 ユラリは笑顔であたしの勘違いを喜んでくれた。

 胸がドキドキする。

 顔が熱くて火がつきそう!


「そ、そうよ! あたしがこんなに思ってあげてるんだから、浮気なんてしたら……」


 自分でも気付かないうちにユラリの事がこんなにも好きになってたのね。

 今までの人生でここまで怒って苛立って動揺して、そしてこんなに悲しくなったことなんて無かった。

 それだけあたしの中でユラリの存在が無くてはならないものになったという事。


 そんなあたしをバカにするかのようにユラリはにやけ顔で聞いてきた。


「もし俺が浮気したらどうするんだ?」


 ユラリを好きな気持ちを素直に言えないから、せめてもの反撃をしてやるわ。


「この世界の経済全てを、大恐慌に陥れてやるわ!」


 どう? 驚いた?


「世界が大恐慌になったとしても、俺がイチゴを好きな気持ちは変わらないよ」


 またあなたは、恥ずかしい事を当たり前のようにを言うのね。

 確かに人の気持ちはお金の力じゃ変えらえない。

 あたしのユラリを好きな気持ちだって同じ。


 あたしの負けよ。

 認めてあげる。


「ねえユラリ。今まであなたに言い出せなかった事があるの」


「何だ?」


「……あなたの事が、好き!」




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