忍者の掃除洗濯係
黒い沼から逃れるために空中へ飛び出した忍者は、五人の分身をつくり、俺に向かって苦内や手裏剣を投げつける。
俺はそれを避けずに自分と忍者達を一緒に【影牢】に閉じ込めた。
俺の身体に手裏剣や苦内が深々と刺さる。
しかし既に【蟻体】を使っていた俺の身体は蟻の塊に変化した。
俺は近くの木の影から姿を現す。
忍者達を閉じ込めた【影牢】は【闇沼】の上に落ちて少しずつ沈んでいき、忍者の分身達は霧散して本体だけが牢に残された。
俺は【闇沼】の影響を受けずに沼の上を歩けるので忍者の側まで近づく。
「商人組合の黒幕の居場所を言え。言えば命だけは助けてやるぞ」
牢に閉じ込められた忍者はすでに腰の位置まで沈んでいた。
忍者は牢から出ようとしてもがいているが俺の質問には答えない。
「黙りか。雇い主の情報は死んでももらさないとか、見上げたプロ意識だな」
よし、【吸収】というスキルを【闇沼】へ重ねがけする。
吸収するのはHPだ。
この【吸収】というスキルは本来、術者が対象に直接触れてなければ発動しない術だけど、【闇沼】に重ねがけする事で忍者のHPを吸収できるようになる。
スキルの発動と同時に【闇沼】全体が弱い紫色の光を放つ。
「っ!?」
すでに胸の辺りまで沈んでいた忍者は沼の変化に驚いている様子だ。
全身から力が抜けていく感覚に襲われているはず。
この辺で沈めるのはやめだ。
俺は【影牢】を消し忍者の沈没をとめた。
「おい、感じるか? この沼はお前のHPを吸収し続けている。早く黒幕の居場所を言わないとHPがゼロになって死ぬことになるぞ」
さすがに忍者やってるだけあって拷問や脅迫に耐え忍ぶ訓練をしてるようだ。
表情を伺うが少しも動揺した様子はない。
ん? こいつ、今俺の着ている着物を見た時に初めて動揺した?
なんで? 俺の服に汚れが付いてる?
気をつけて戦ってたから汚れていないと思うけど?
趣味が悪いと思われたか?
これは俺の趣味ではないぞ。
桜花からもらった着物だ。
何度かツクモに修復を頼んで新品ではないけどな。
その時はじめて忍者が俺に話しかけてきた。
「お主、見た所何処も汚れておらぬようだが……ま、まさか、我との戦闘の最中、着物に汚れをつけぬように戦っていたのか!?」
「え? ああ。汚れるのは嫌いなんだ。それがどうかしたのか?」
「な、なんということだ……」
「え〜っと、何を言っているんだ?」
「我の、完敗だ……」
「どうしてそうなった!? 俺の着物に汚れが無いからって自分の負けを認めるのか? かなりずれている気がするんだけど」
「我は忍者になってから一度も着物に汚れをつけたことがなかったのだ。着物の汚れは心の汚れ。いかなる場合でも着物に汚れがついたのならば、それは未熟の証」
一度も服に汚れをつけたことがないってすごい奴だな。
「それがいまや黒く淀んだ沼に全身を沈めている。我の着物を汚したお主は、我よりも強く美しい心の持ち主に違いない!」
「あのさ、俺は強く美しい心なんかじゃないぜ。人だって殺すし、欲しい物は力ずくで奪ったりもする奴なんだ」
「我の考える強く美しい心というのは、いかなる状況でも服を汚さずにいられる何者にも屈しない強さを持ち、常に美しい状態を保とうとする美を愛する心。それは我の目指す究極の目標に他ならないのです! そのために我は……」
「つまりお前はこう言いたいのか? 俺には戦闘中でも服を汚さないように戦える強さと、綺麗な状態を保とうとする美意識があると?」
「その通りです! ど、どうか我を弟子にしてくだいませんか!?」
「は? 俺は弟子なんて面倒なものはとらないから」
「お側に置かせてもらえるだけで良いのです!」
なんだこいつ。
そういえば称号の中に潔癖性ってあったな。
だから汚れにこだわっているのか。
ん? 汚れにこだわっていて綺麗好き?
旅館の掃除洗濯係として働いてくれないかな。
聞いてみるか。
「よし。じゃあ俺の旅館で掃除洗濯係として働け。そしたら今回の件は水に流して弟子にしてやってもいい」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、お前の依頼人について教えてもらうけどな」
「仕える主が変われば前の主に義理だてする必要はありません。ぜひ教えて差し上げたいが、あいにく南町の大商人という事しか知らぬのです」
「やっぱりか。その可能性も考えてたんだ。商人組合の黒幕はかなりの用心深さだな。まあ、でも南町の大商人という情報だけでも無いよりはましか」
「申し訳ない。お役に立てず」
「いや、いいさ。お前にはこれから旅館で役に立ってもらうから」
「掃除洗濯係ということは、我にあの大きな旅館の百以上ある部屋の掃除や、客が汚した大量の洗濯物を洗えということですか?」
あ、やっぱり嫌か?
あの旅館でかいし客も多いもんな。
俺だったら断る。
「そのつもりだけど、やっぱり嫌か?」
「そんなまさかっ!? あんな大きな旅館を綺麗にできるなんてなんという至福! 我の名はギンコ。我の命に代えても師匠の旅館を隅々まで磨き上げ、世界一清潔な旅館にしてみせましょう!」
掃除に命がけって、こいつはよっぽど掃除が好きなんだな。
まあいいか。
「お前の称号に輪廻周回者ってあるけど、これなに?」
「っ!? もしや師匠はその称号が見えるのですかっ!?」
「え、ああ、普通に見えるけど?」
「もしや我は師匠とここで出逢う為に今迄輪廻を廻っていたのかもしれぬ」
なんかこいつ感激して震えているのか?
この称号に何か特別な意味があるんだろうか。
まあいいや。
なんだか変な奴だけど、潔癖性のこいつならしっかりと掃除も洗濯もしてくれそうだ。
その時セフィリアから【念話】が届いた。
『ユラリ様、傭兵達は全て撃退しました。もう周囲に敵影は見えません』
『そうか、夜が明けるまでは警戒を維持してくれ。まだ攻撃が終わったとは限らないからな』
『わかりました。ユラリ様にお怪我は?』
『お前の未来視のおかげで大丈夫だったよ』
『よかったです……本当に』
『それと、一人従業員が増えた。これから連れていくから仕事について教えてやってくれ』
『え? 従業員を? はい、わかりました。お任せ下さい』
俺はギンコを【闇沼】に沈めたまま問いかける。
「お前の目標は強さと美しさを追い求める事だと言っていたな?」
「は、はい、師匠!」
「それならお前に二つの道を示す。一つは旅館で平凡な清掃係として暮らす道。この道は穏やかな日々を送れるだろう。もう一つは俺にお前の命とこれからの人生の全てを委ねて生まれ変わり、お前の目指すべき強さと美を追及する道だ。この道は苦痛や困難が絶えない道になるだろう。お前はどちらを選ぶ?」
「……我の望むべきは平穏な暮らしではありません。我の望むべきは美の追及とそれを実現させるための強き力。苦痛や困難など我には障害とならず!」
「よく言った! お前の覚悟はわかった」
俺はギンコの覚悟を確かめ【守護者契約】をするため意識を集中する。




