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家出娘




 地上生活三十一日目。


== 8時22分 ==


 俺は今、旅館の経理の仕事を手伝っていた。

 現在経理担当の従業員がいないので、セルフィナに任せっきりになっている。

 俺は受付業務も忙しい彼女に負担をかけすぎても悪いと思い、書類整理やお茶を入れたりと簡単な補佐をしている。

 

 今日のセルフィナは先日呉服屋で仕立て上がったばかりの上品な着物を着ている。

 紺色で派手な模様は無くさりげなく花柄をあしらった大人びた着物だ。

 セルフィナの金髪を引き立ててすごく似合っていた。


「あ、ユラリ様。お茶ならわたくしがお入れしますのに」


「いいよ。仕事を続けてくれ。まだ人手不足なのに副支配人のセルフィナが経理の仕事もしてくれてるおかげで、この旅館がうまく回っているんだからさ」


「そんなことはありません。ユラリ様が従業員の皆にこうやって気を使ってくれるからこそ、旅館全体の仕事の流れが良くなっているのです。感謝するのはわたくし達の方ですよ」


「そうか? そう言ってもらえて良かったよ」


「経理専属の方がもうすぐ面接をしにいらっしゃるのでしょう?」


「ああ、もう来てるんじゃないかな。ちょっとロビーを見て来るよ」


 俺がロビーに出ると丁度マコトが家に帰ろうとしていた。

 マコトには母がいてペティ達のように住み込みで仕事はしていない。

 毎日二時間ほどの道のりを徒歩で通勤してきている。


 この国での移動は基本は徒歩なので大変だ。

 歩く事に慣れているこの国の人々にはなんてことはないだろうけど、俺としては馬とか空船で移動したい。

 旅館の経営がもう少し安定したら購入を考えてみよう。

 すべては俺が楽をしたいために!


「おお、マコト。今帰りか?」


「あ、お兄さん。母が待っていますので」


「お母さんによろしく伝えといてくれ」


「はい! それはそれは毎日のように母にはお兄さんの事を話していますよ。他に話題がないっていうのもありますが」


「そ、そうか。変な事は言ってないだろうな?」


「変な事? やだな〜まさか言うわけないじゃないですか〜。お兄さんは奥さん達と仲が良くて、毎日奥さん達を取っ替え引っ替え夜ラブしてるとか。森から可愛い女の娘を攫ってきて裸の付き合いをしたことくらいは話してますけど」


「そいいう事を言われるのを心配してたんだよっ!」


「はははっ! 冗談ですよ、冗談! ぼくはこれでもお兄さんにすごく感謝してるんです。ぼくを信頼してくれて旅館の宣伝を任せてくれてるんですから。それに給料も瓦版屋のときの五倍はもらえてるんで、もう本当に感謝しかありません」


「はぁ。そうか、俺としてもマコトを雇えて良かったと思ってるよ。マコトはこの国の宣伝事情に詳しいし、俺にはない人脈もあるようだしな」


「そう言ってもらえるともっとやる気を出しちゃいますよ?」


 尻尾が元気良く回転している。

 マコトは褒められると元気に尻尾が動くんだよな。

 なんか分り易くていいな。


「おお、じゃんじゃんやってくれ」


「……お兄さんて、すごくいい人ですよね……」


 その時マコトが小さく何かをつぶやいた。

 俺は常時【聴覚強化】を使っているわけではないので聞き逃した。


「え? 何か言ったか?」


「いいえ、なんでもありません。じゃあ母が待っているので帰りますね! 明日もよろしくお願いしますです!!」


「ああ、ご苦労さん。気を付けてな」


 俺はマコトの後ろ姿を見送った。

 ちょうどマコトが出て行ったのと入れ替わりに、赤い縁のグルグル眼鏡の娘が大きな風呂敷を背負って一人で旅館に入ってきた。

 俗にいう瓶底眼鏡っ娘だ。


 あの瓶底眼鏡度合いはこの世界の技術水準じゃ仕方が無いのだろうか。

 にしても分厚いレンズだな。

 レンズの向こう側が歪んで見えない。

 この娘はお客か?

 お客の可能性もあるので俺は笑顔で迎えようとしたとき、その娘のほうが先に声をかけてきた。


「経理の仕事の面接に来たの。総支配人いるかしら?」


「え? 俺がそうだけど」


「あなたが噂の……。 あたしはイチゴ」


「経理の面接ね。じゃあイチゴさん、俺についてきて」


「呼び捨てでいいわ」


「わかったよ、イチゴ」


 俺とイチゴはセルフィナが仕事をしている事務室に入る。


「セルフィナ。この娘がさっき話していた経理志望のイチゴだ」


「あら、はじめましてイチゴさん。わたくし当旅館で副支配人を務めておりますセルフィナともうします。よろしくお願いしますね」


「な、なんて綺麗な人……。私はイチゴ。よろしく」


「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよイチゴさん。ふふっ」


 ああ、天使のような完成された微笑みだ。

 恐らく笑顔に天使補正がかかっているに違いない。

 ペティの【輝く笑顔】とは違った気品のある笑顔。

 イチゴもセルフィナの笑顔に見とれてる。


「き、緊張なんてしてないわ」


「じゃあイチゴ、総支配人室で面接するからこっちにきてくれ。セルフィナ、未処理の経理の書類を一枚貸してくれないか?」


「イチゴさんの試験に使うのですよね?」


「そうだ。できるだけ難解なやつを頼む」


 簡単な書類だとどれだけ出来るか判断できないからな。

 俺とイチゴは連れ立って総支配人室に入り、応接ソファに向かい合って座った。


「早速だが、イチゴのスフィアカードを見せてもらっていいか?」


「はい、これよ」


=====

 ◆イチゴ・エチゴヤ

 種族:人族  性別:女  年齢:16  職業:なし

 LV:2  HP:140  MP:0  SP:110

 物理攻撃力:35  物理防御力:25  敏捷力:30  

 術効力:40  術抵抗力:30  幸運:50

 アクティブスキル:高速計算3、速記3、速読3

 パッシブスキル:暗算5、経理5、並列思考計算3、金銭感知5、商人の心得3

 称号:商人の娘、夢を抱く者、価値を知る者、家出娘、猫好き

=====


 おおっ。

 この娘自身のレベルは低いのに、パッシブスキルの熟練度が高いな。

 称号に商人の娘とあるから、小さい頃から商人としての英才教育でもされたんだろう。


 知らない心得スキルがあるから内容を見てみよう。


=====

 ◆商人の心得3

 筆記3、計算5、学識3、交渉3、金銭感覚5、洞察力3、算盤6、鑑定3

=====


 経理というより商人に向いてる娘だな。

 まあでも【算盤】や【経理】というスキルもあるから問題なくうちで働けるだろう。


 家出娘か。

 触れないであげよう。

 地雷が仕掛けられてるような気がする。


 セルフィナから借りた経理書類をイチゴに見せた。


「この書類を計算してみてくれ」


 イチゴは眼鏡の位置を片手で直してから即答した。


「出来たわよ」


「早っ!」


 まじで算盤も使わず今の一瞬で終わったのか!

 すでに計算結果を紙に書いてる。

 俺は答え合わせをする為にセルフィナに計算してもらうと、間違いなく正しい計算結果だった。

 スキルを見た限りでは暗算レベルは三なのにこんなに早いのはなんでだ?

 もしかしてその瓶底眼鏡が計算を早める術具だったりするのか?

 まさかな……。


「経理書類の見方も知っているようだし、計算も速い。よし、採用だ」


「え!? そんなに即決でいいの?」


「ああ、今は一刻も早く足りない人員を雇わないといけないからな。ちなみにどうしてそんなに計算が速かったんだ?」


「それは【並列思考計算】のおかげよ。このスキルはレベルの数だけ同時進行で計算可能なスキルなの」


「【並列思考計算】が三レベルということは、普通の三倍の計算速度だということか?」


「そうね。さっきの経理書類の内容を三つに分割して、それぞれを同時に【暗算】で計算したのよ」


「すごいな」


 まるで頭のなかに高性能計算機が入っているようなものだ。


「あたしの父は根っからの商人なの。あたしは小さい頃から商人になる為に厳しく英才教育を受けてきたのよ」


「なら、どうして商人にならないで旅館の経理の仕事を選んだんだ? イチゴの能力なら一流の商人として成功できると思うんだが」


「それは……」


 イチゴの可愛い顔が悔しそうに歪む。

 これは聞いてはいけない事だったのだろうか。


「ま、言いたくないならいいよ。イチゴを採用するのはかわらないしさ」


「……」


「いつから働ける?」


「い、今からでも働けるわ。その為に自分の私物は持ってきているから」


 その背負っている荷物は家出してきたからだよな、だぶん。

 俺としてもすぐにセルフィナの負担を軽くできるなら、それにこした事は無い。

 さっそく今日から働いてもらおうじゃないか。


 俺はイチゴを従業員寮に連れて行き彼女に部屋を割り当てて、仲居が着ているものと同じ着物を二着渡す。

 一時間後、俺は旅館で働く為の心得などを伝え、セルフィナに仕事の引き継ぎをしてもらった。


 えーと。

 ダークエルフに天使、鬼料理人、ぼくっ娘猫に死神ときて、それから瓶底眼鏡っ娘か。

 個性豊かでゆかいな仲間達が増えつつある。

 あ、そうそうツクモもうちの従業員だったな、最後にブタ追加と。


 よしよし。

 しばらくは様子はみるが俺のイチゴに対する印象では、このまま経理を任せてもいいと思う。

 これでまた俺の仕事が少し楽になったぞ。

 いいぞ、いい調子だ!


 このままゆるゆる人任せ異世界生活にまっしぐらだ!

 次の日。

 新たな問題が起きてしまうのであった。


 誰か早く俺に楽をさせてくれっ!!




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