◉番外編 副支配人セルフィナ
※セルフィナ視点
「セルフィナ。お茶を入れたから一緒に休憩しないか?」
「ありがとうございます。この経理書類を処理してからいただきますね」
「ああ。副支配人の仕事もあるっていうのに経理も兼務させてすまないな」
「謝らないでくださいユラリ様。これくらいはどうという事はありません。わたくしはユラリ様のお役に立てる事ができてとても幸せですから」
わたくしは今、旅館の副支配人として働いています
とはいえ経理の従業員が不在なので、わたくしが副支配人と経理を兼務している状況ですが不満はありません。
それどころか、十二年も待ち続けた運命の人のお役に立てるので幸せなのです。
そんなある日の事。
ちょっとした事件が起こりました。
「お、おいっ! 金だ! 金を出せっ!!」
わたくしが受付で仕事をしていると、そこに短刀を持った男が現れたのです。
すぐに事務室からユラリ様がこられ、その男を取り押さえようとしましたが、わたくしは念話でユラリ様をお止めしました。
『ユラリ様。ここはわたくしにお任せくださいませんか?』
『え? お前に? でも……』
『わたくしは大丈夫ですから、どうかお任せ下さい』
『何か考えがありそうだな……わかった。お前に危険が及びそうになったら俺が出るから』
『はい。ありがとうございます』
強盗の男が着ている着物は汚れていて所々に穴も開いていました。
男は怯えた様子で声を震わせ再び金銭を催促してきたのです。
「き、聞いているのか!? か、金! 金を出せっ!」
「いらっしゃいませ。日乃光旅館へようこそおいでくださいました」
「はあ? ね、姉ちゃんっ状況分ってんのか!? 俺は強盗なんだぞ!客じゃねえんだよ!」
「いいえ。当旅館にいらっしゃった方はみなさんお客様でございます。拝見しましたところ、何かお困りのご様子ですね。わたくしでよければお力添えいたしましょうか?」
「お、おちからぞえ? あ、ああ、困ってんだ。奉行所の役人から追われてるんだが、金が無くて飯も食えなえから困ってんだよ! だから早く金を出しやがれ!」
「それはお困りですね。いかほどご入用でございますか?」
「え? そんなあっさり?」
「当旅館ではお客様のご要望には可能な限り応じるようにと、日頃から努めておりますので当然でございます」
「そ、そうなのか? じ、じゃあ金貨五千枚よこせ!」
「金貨五千枚でございますね。金貨一枚の重さは十二グラム程になりますので、五千枚ですと六十キログラムとなり、米俵と同じ重さという事になります。持ち運ぶのにかなりの労力が必要になりますが、それでもよろしいですか?」
「へ? そんなに重くなんのか!?」
「はい。六十キロの袋を担いで奉行所からの追っ手を振り切るのは至難の業かと思いますが、それでも五千枚の金貨をお持ちになりますか?」
「そ、そうだな。確かにそんなに重いんじゃ逃げ切れねえ。千枚でいいから袋に入れて俺によこせ!」
「畏まりました。千枚でございますね。ちなみに千枚の金貨を奪って逃げた場合の刑罰はご存知ですか?」
「え!? んなの知るわけねえだろが!」
「日乃光の国の刑罰では、金貨十枚を盗むと死に処されるとあります」
「じゅ、十枚で死罪なのか!?」
「はい。わたくしといたしましては千枚ではなく、仮に捕らえられたとしても死罪にならない金貨九枚をお持ちになるのをお勧めいたしますが、いかがでしょうか?」
「九枚か。確かに死罪にはなりたくねえな。じゃあ金貨九枚でいいからここに出せ。早くしろ! もう腹が減ってしかたねえんだ!」
「金貨九枚でございますね。畏まりました。ご用意できるまで当旅館自慢の料理をお召し上がりになってお待ち下さい」
その時、ペティさん達仲居の方々が大盛りの料理を乗せたお盆を、いくつも持ってこられました。
わたくしが強盗の男と話している最中に念話で手配したのです。
「え!? こ、これ俺が食べていいのか?」
「もちろんですとも。お客様には当旅館の料理長が腕に縒りを掛けて作った料理を。満足いくまでお召し上がりいただきたいのです」
「そ、そうか! んじゃあ遠慮なく」
男は両手を使いかなりの勢いで食べ始めました。
「うめえ! なんだこれ! うめえっ!」
男が食べている間、わたくしは金貨九枚を用意しカウンターに置きます。
「お客様。ご用意できました。こちらが金貨九枚でございます」
「おうわりいな!それは頂いていくぜ! まだ食いたリ足りねえから食ってから行くわ。あむ、う! こっちもうめえ! おおっ! これもうめえ!」
男は金貨を受け取ると逃げるよりも食べる事を優先したのです。
それからすぐに、西町奉行所のお役人様がいらっしゃいました。
一日に一度決まった時間に旅館を見回りにいらっしゃる顔なじみのお役人様です。
「御免! 今日も変わりはないか? ん? その男の顔……どこかで……」
「んごっ! 同心!? ちきしょう! もう見つかったのか!?」
「むむっ!! やはりお前は食い逃げで捕らえられ、奉行所に連れていかれる途中で逃げだしたミチサブロウじゃないか!」
「げっ! ばれてんじゃねえか!?」
「ん!? その手に持っているのは金貨ではないか! もしやお主、金銭を盗み逃亡しようとしたな!? そうはさせぬぞ、神妙にお縄につけい!」
「まずい! 飯のあまりの旨さに逃げるのを忘れてた! 出口には同心がいるから逃げ道がねえ! こうなったらここの受付の姉ちゃんを人質にして……」
「お役人様。この方は当旅館のお客様でございます」
「へ!?」
「いやしかし、その金貨は旅館から奪ったものではないのか?」
「いいえ。ご覧の通り食事をお召し上がりいただいたので、その代金でございます」
「なんと! 本当なのか? ミチサブロウ!」
「うへっ!? え? そ、それは……」
わたくしは念話でミチサブロウ様にお声をかけました。
『お聞き下さいミチサブロウ様』
「うひゃい! なんだ? 頭の中に声が?」
『これは【念話】というスキルでございます。それよりも、このままお役人様に捕らえられると、金貨九枚の盗みと食い逃げ、さらに逃亡の罪も重なり最終的に死罪に処されることになってしまいます』
「ええ!? し、死罪!?」
『ですのでここはわたくしの話に合わせていただけないでしょうか? そして抵抗せずにお役人さまに捕らえられれば死罪にはなりません』
「ほ、本当か!?」
『はい』
「す、すまねえ。そうさせてもらうぜ!」
「おい! ミチサブロウ、何を先ほどから独り言を申しておる!?」
「あ、こ、これはここで飯を食った代金なんだ。奪った訳じゃねえ。ほら、この通りこの姉ちゃんに払うところだったんだよ。な?」
「はい。確かに金貨九枚いただきました。ありがとうございます」
「なんと、本当のようだな。しかし食い逃げして逃亡を図った罪は免れぬぞ! これ以上抵抗するというならば!」
「観念します!」
「何!?」
「俺は観念して奉行所に行く事にしたんだ」
「そ、そうか。それならば問題はないな。手に縄を結ぶのでこちらに来い!」
「へい! これで俺は死刑にはならねえんだよな?」
「ん? ああ、そうだな。食い逃げと逃亡だけでは死刑にはできぬからな」
別れ際、ミチサブロウ様がおっしゃっていました。
「危うく死罪になるところだったよ。死なずに済んだのは姉ちゃんのおかげだ。罪を償ったら心を入れ替えて真っ当に生きるよ。恩は返しにくるから待っていてくれよな」
「畏まりました。またのご来館をお待ちしております」
こうして強盗しようとした男は西町奉行所へ連れていかれました。
お役人様が旅館から出ると一部始終をご覧になっていたユラリ様が褒めてくださいました。
「すごいじゃないかセルフィナ! 強盗を捕らえるだけでなく改心までさせるなんて」
「運がよかっただけですよ」
「ペティ達に飯を届けさせるタイミングもぴったりだったな。あの飯は体調不良のお客さんが急にキャンセルした飯だよな。ペティ達が客間から調理場に持ち帰る途中だったんだろ?」
「はい。事前にペティさんから報告を受けていましたので、捨てるよりは有効活用しようと思っただけです」
「同心が見回りに来る時間も考慮してたんだろ?」
「毎日この時間になるといらっしゃいますので、それまであの方にはここに留まっていただこうかと思いまして」
「極めつけはそんな回りくどい事をしたのは俺の為か?」
「ふふふ。ユラリ様にはお見通しでしたか」
「ああ。セルフィナがあの強盗の対応をしている時に奴のステータスを見てみたんだ。するとあの男は大工関連のスキルが軒並み高かった」
「あのミチサブロウというお方はこの都で一番の大工だと、食材を配達してくださっている問屋の方から、お名前だけはお聞きしていました。もしこの旅館を増改築するなら力になってくださると思ったのです」
「やっぱりな。さすが俺のセルフィナだ」
「そ、そんな、俺のだなんて……ありがとうございます」
ああ、なんて嬉しいお言葉でしょうか。
ユラリ様のお役に立てただけでなく頼りにされるなんて感無量です。
今のわたくしの顔は嬉しさと恥ずかしさで赤くなっているでしょうね。
ユラリ様は王女から奴隷に落ちぶれたわたくしを妻にしてくださり、愛してくださいます。
わたくしが天使の生まれ変わりだとお知りになっても気持ち悪がらずに、天使の生まれ変わりなんてすごいじゃないかと、笑顔でおっしゃってくださいました。
そんなユラリ様をお支えする事が今のわたくしの生き甲斐。
トランゼシアへの復讐は諦めたわけではありませんが、今はユラリ様が近くにいてくださるだけで満足なのです。
ですけれど、最近心配な事があります。
ユラリ様は根が優しい方ですので、わたくし達の為に頑張りすぎるのです。
この前だって怪我をされて帰ってこられました。
わたくし達の知らない所で、わたくし達の為に何かと戦っていらっしゃるに違いありません。
そんなユラリ様を見ると、胸が締め付けられるように苦しくなります。
また怪我をされないかと心配でなりません。
だからわたくしは仕事の後や休憩時間を使って鍛錬を始めました。
ユラリ様と共に戦って少しでもユラリ様の負担を減らしてあげたい。
その為に強くなろうと決意したのです。
今はまだユラリ様の足手まといでしかないでしょう。
ユラリ様の隣で共に戦えるようになるまでに、どれだけの時間がかかるのかは分りません。
それでも鍛錬は続けます。
わたくしはいつまでもユラリ様の隣にいたい。
ユラリ様に相応しい妻として死ぬまで一緒にいたいのです。
そう願えば願う程、胸の奥から力が湧き上がってくるのを感じます。
「セルフィナ?」
「は、はい! なんでしょうかユラリ様」
「大丈夫か? 顔が少し赤いぞ。熱でもあるんじゃないか?」
そう言ってユラリ様はご自分の額をわたくしの額につけて熱を測って下さいました。
「熱は……無いな」
わたくしは我慢できずにユラリ様に口づけをしてしまいました。
「ん……んんっ……」
「んっ……お、おいセルフィナ?」
「申し訳ございません。我慢できずについ……。はしたないわたくしをどうか嫌いにならないでください」
「い、いや、嫌いになるわけないだろ。俺はセルフィナと口づけできてすごく嬉しいからさ」
「ユラリ様っ!」
わたくしは思わずユラリ様に抱きついてしまいました。
ユラリ様は普段は凛々しい雰囲気ですが、たまにすごく優しい目をされるときがあります。
それがとても愛らしくわたくしの命に代えても護りたいと思ってしまいます。
「ユラリ様」
「ん? なんだ?」
「たとえこの先どのような困難があろうとも、わたくしはユラリ様から離れません!」




