予期せぬ再会?
「この世界に落とされる前に、アマルテアはイナンナに必ず幸せになってねって言った。幸せの意味は知らなかったけど、イナンナは必ず幸せになるって約束した」
「意味を知らないまま約束したのか」
「聞き返す時間はなかった」
「そうか。なら仕方がないな」
う〜ん、幸せになると言われて連想するのは?
「じゃあ俺の嫁にでもなってくれ、なんてな」
「うん。そうする」
「そうだよな、なるわけないよな……って、なるのかよっ!!」
「幸せになれるなら。それで、嫁って何?」
「なんだ、知らずにオーケーしたのか」
どうする?
勢いで妻になれなんて言ってしまったが。
こんな意味不明な死神を旅館に連れて行ってもいいのだろうか。
称号に死を振りまく者とかあるけど、どうなんだ?
でも殺気や害意は全く感じない。
さっきの使役していた屍人からも俺の事は眼中にないって感じだった。
先に襲われたから反撃したとイナンナも言っていたな。
大丈夫か。
こんな森の奥に女の子一人置いて行くのも気が引けるし、ひとまず旅館に連れていってみるか。
それから皆で考えを出し合って、こいつの今後の事を決めたほうがいいような気もするし。
俺はそう考える事にした。
よし、ひとまず妖精達を解放して帰るか。
「まだ俺の名前を言ってなかったな。俺はユラリっていうんだ」
「ユルイ?」
「確かに! 確かに俺は緩いっ! でもユルイじゃなくユラリだから」
「緩いユラリ。うん、覚えた」
か、賢い娘で良かったよ……。
俺とイナンナはナオヨシがいた場所へもどった。
ナオヨシは既に逃げたのか姿は見えない。
妖精達の入った木箱があるから、フタを開けてやらないとな。
「なあ箱のフタ開けるの手伝ってくれるか?」
「うん」
俺はイナンナと二人で協力して木箱を全部開けた。
すると中から様々な姿の妖精が空に飛び立った。
白い毛玉のようなやつ、黒い煤の玉のようなの、羽の生えている小さな裸の女の子はもちろんのこと、飛び跳ねるキノコや、ちっこいおじいさんの集団とか、蝶の羽の小さな王子様だとか、まあ、いろいろだ。
妖精達は俺と会話ができることが分ると、丁寧にお礼を言って森の中にふわりと帰っていった。
あいつらいつもあんなにゆっくり移動するんだろうか。
だから簡単に捕まるんじゃないの?
木箱は全部開けて解放してあげたから、もう大丈夫でしょ。
さっきの三百体の屍人を倒したら、この辺の魔物の気配は無くなったし、妖精の森の解放も完了だな。
「さて、ひとまず俺の旅館まで行こう」
「うん」
俺たちは旅館への帰路につく。
イナンナは俺の後をひょこひょこ着いてきている。
さっきは上下に体が別れていたけど、その後の体の具合も平気そうだな。
「そういえば、お前は東江の都出身なのか?」
「天界」
「そうか、天界か。俺は行った事ないけど、良さそうな場所だよな」
「退屈」
「へぇー、そうなんだ。知らなかったよ天界が退屈な場所だったなんて…………って、天界!?」
それにイナンナって名前、いまさらだが聞いた覚えがある。
確か前の世界ではどこかの国の神話に出てくる神の名前だったような。
本当に旅館に連れて行って大丈夫だろうか。
不安だ。
== 19時43分 ==
俺はイナンナを連れて旅館に戻った。
旅館に着くとペティが浴衣と手ぬぐいを持って待機していた。
旅館到着前に【念話】で少女を保護した事を伝え、すぐに風呂に入れるように準備を頼んでおいた。
イナンナはペティに連れられて露天風呂に向かった。
その様子を見ていたセルフィナがやってきた。
「ユラリ様、あの娘は?」
「森で拾った。能力を見た限りだと死者を操る死神だそうだ」
「し、死神!?」
「ああ。俺も驚いたよ。ここに帰る途中いろいろ話したが害はないようだ。本人が言うには天界から来たって言ってたけど、セルフィナはその辺のこと詳しくないか?」
「申し訳ございません。私の前世も恐らく天界で暮らしていたとは思うのですが、記憶が全くないので詳しい事は分りません」
「あ、そうだったな俺こそ悪い。あの娘の事ではセルフィナには負担をかけるかもしれないが面倒を見てやってくれ」
「はい。気にかけておきますね。ユラリ様もお疲れでしょう? カエデさんに夕食を用意してもらっていますから、食事ができるまでお風呂にでも入ってきたらいかがですか?」
「そうさせてもらうよ。走り回ったから疲れた」
俺は個室にある浴衣と手ぬぐいを持ち露天風呂に向かった。
男湯の暖簾をくぐり脱衣所で服を脱いで洗い場に入る。
体を洗ってから湯気の上がる露天風呂に肩を沈めた。
「あ〜天国天国〜」
これも年寄り臭いから、無し無し。
そういえば世界樹はあれから音沙汰ないが大丈夫だろうか。
水と植物の精霊エウロピスも出てこないんだよな。
温泉水の過剰な汲み上げは止めたから、この露天風呂は今源泉掛け流しになっているし、大丈夫だとは思うけど。
それにしてもこの温泉の効能はすごい。
俺の折れていた肋骨がもう治っている。
効能どころの騒ぎじゃないな。
奇跡に近いお湯だ。
この旅館にきた客が知ればリピーターになってくれるに違いない。
そうしてお湯の中で暖まっていると、世界樹を挟んで反対側の竹垣で区切られた女湯から声がした。
「お名前はイナンナちゃんって言うんですね。私はペティって言います。よろしくお願いしますね」
「よろしく」
「まずは髪を洗うからじっとしてて下さいね」
「うん」
ペティがイナンナの髪を洗ってあげているようだ。
「次は石けんを泡立てるから目をつむっていて下さいね」
「つむった」
よしよし、仲良くやっているようで安心した。
イナンナは髪も顔も汚れていたからな。
しっかり洗ってもらうのだ。
「お湯で流しますよー」
「うん」
何回か髪にお湯をかける音が聞こえた。
「次は体を洗いますからねー」
「うん」
「ゴシゴシ、ゴシゴシっと。わぁっ、イナンナちゃんの顔の汚れ落としたらすっごく可愛くなりましたよ!」
ほう、そうかそうか。俺も汚れの落ちたイナンナの顔を見てみたいな。
「そう?」
「うん、すごく可愛いです。ご主人様もイナンナちゃんの素顔見たらびっくりして喜ぶと思います!」
「よろこぶ?」
「うん、きっと喜びます。そして愛してもらえます!」
ぺ、ペティさん!?
俺は別に妻候補を連れて来たわけではないんだけど!?
「愛、って何?」
「え、分らないの?」
「うん」
「愛っていうのはね、色々な形があるんです」
「いろいろ?」
「そう。包み込むような暖かい愛だったり、強く求め合う愛だったり、静かで穏やかな愛だったり、いろいろあるんです」
「いろいろ……」
「イナンナちゃんは今までそういうの感じた事ないですか?」
「……ない、と思う」
「……そうなんだ。でもご主人様と一緒にいれば、イナンナちゃんだけの愛を感じられますよ。きっと。ご主人様は優しくて強くてすごい人ですから」
「イナンナだけの愛……?」
「愛はイナンナちゃんの心を満たすもの。イナンナちゃんが求めているものなんです。それを見つける事ができたら幸せになる事ができるんですよ」
「愛で幸せになれる?」
「なりたいですよね?」
「うん。なりたいっ」
幸せになりたいか……。
そういえばイナンナの奴、幸せになりたいとか言っていたな。
「セルフィナさんが言うには幸せの第一歩はキスです」
「きす?」
幸せを感じる時って人それぞれだったりするから、説明がむずかしいよな。
イナンナにどう言ったら分ってくれるかな。
「はい、そうです。自分の唇と相手の唇とを重ね合わせるんです。もっともっと幸せになりたいなら、次は相手の口に舌を入れてお互いの舌を絡めるといいですよって、セルフィナさんから教わりました」
「わかった。幸せになりに行って来る」
「え? イナンナちゃん、どこへ?」
俺ってああいう感じの不幸オーラ全開の女の子見ると助けたくなっちゃうんだよな。
ああ、分ってるさ、俺だって簡単に助けられるとは思ってない。
物事ってそう簡単に良い方向に流れてはくれないからな。
当然障害はあるし予想できない事も多々ある。
特に予想できない出来事なんかは、予想できないからこそ問題になるのだから。
その一例が俺の目の前にあった。
「烏兎っ!? どうしてここにっ!?」




