虹に魅せられたゼレ
地上生活二十六日目。
== 11時51分 ==
俺は落差五十メートル、横幅二十メートルもある大きな滝の前にいる。
虹の滝と言われるだけあって、はっきりとした虹が常に見えていた。
元々この虹の滝は東江の都では古くからある有名な観光名所で、ここに来るまでの街道や川沿いの歩道などは整備させていて歩き易かった。
問題は虹の滝周辺に生息している魔物なんだが……。
でかいカメレオン。
そう、俺の知識の中ではカメレオンに似ている魔物が一匹だけいる。
そのカメレオンは象程の大きさで、肌の質感も象にそっくりだった。
虹の滝によじ上ったり降りたり、舌を伸ばしたり、口をパクパクさせたりして奇妙な行動をしている。
何やってんだ?
それにしても滝が見える位置まで歩いてきたが、魔物は一匹も襲ってこなかったな。
ペティの話ではここも魔物の巣窟になっているはずなんだけど。
考えられるのは、あのカメレオンに他の魔物が全て喰われたという可能性だ。
しかし、あのカメレオンはこの辺の主と言ってもいい大きさなのに、そんな事ができそうには見えない。
顔がちょっと間抜けな感じだからだ。
どちらにしてもやる事は同じだ。
魔物の討伐。
それだけ。
俺は奴に近づこうとすると俺の存在に気付いたカメレオンがこっちを見た。
そしてその巨体が景色に溶け込んで見えなくなった。
やはりか。
姿が見えなくなるタイプの魔物だと思ったよ。
魔物あるあるだよな。
この世界でもカメレオン型の敵が景色に溶け込み、姿が見えなくなるのはお約束らしい。
そんなものは俺には通用しないけど。
なぜなら俺の【気配感知】のレベルは十になっているからな。
と自信満々に意識を集中してみたが、なんの気配も感じられなかった。
え、嘘だろ?
十レベルだぜ、十レベルの【気配感知】だよ!?
おかしいでしょ。
生き物はすべて気配を出すものだ。
どうして【気配感知】に引っかからない?
他の五感を研ぎすませてみても、何も感じ取れなかった。
じゃあもう遠くに逃げたのか?
そうかもしれないと思った瞬間、腹部にものすごい衝撃。
「うぐぉ!」
俺はそのまま近くの森の中に弾き飛ばされ、木の幹にぶち当たってその木をへし折ってから止まった。
いてててててっ。
何が起きた? って決まってるか。
カメレオンの攻撃だ。
あいつ、完全に気配を消せている。
いいや、気配を消しているんじゃない、存在感を消しているんだ。
やっぱり、魔物は特殊で強い奴が多いな。
あんなのが都に入ってきたら大惨事じゃないか。
そういえばオウカが言ってたな。
人以外の異者も現れるって。
まさかこいつも俺と同じで異者かもしれない。
今の一撃は尋常じゃない攻撃力だった。
俺が油断してたというのもあるけど、肋の数本はやられたな。
異者は異常な強さを持っている奴が多いって聞いてる。
もしこのカメレオンが異者だとしたら余裕はない。
こっちが死ぬ前に全力で討伐するしかないな。
カメレオンは俺が死んだと思ったのか、虹の滝の付近で姿を現し再び奇妙な行動をとり始めた。
まずはアウレナを使って情報収集だ。
=====
◆ゼレ・ガル・ジレ
種族:魔物 性別:雌 年齢:129 職業:なし
LV:59 HP:4350 MP:0 SP:3480
物理攻撃力:3650 物理防御力:1430 敏捷力:2720
術効力:0 術抵抗力:1560 幸運:310
アクティブスキル:存在認識妨害10、嗅覚強化7、聴覚強化7、尻尾攻撃7、舌攻撃5、体当たり5
パッシブスキル:悪食6、気配感知6
称号:異世界転移魔物、姿無き狩人、虹の滝の主、食べキャラ
詳細:姿や音や気配すらも感じさせずに狩りをする魔物。主食は魔物の肉。繁殖期になると魔物の肉に限らず、有機物ならなんでも食べ消化してしまうという悪食。
=====
名前はゼレか。
気配さえも感じなくさせるスキル持ち。
それも【存在認識妨害】レベル10って。
どうりで感知できないわけだ。
やはり異世界から来た魔物のようだな。
試したい事があるから【集合フェロモン】を使う。
命令は防御姿勢で待機。
ヘヴンズアントが来るまで持ちこたえられればいいけどな。
さすがの俺でも気配が感じられなくて、見る事もできない相手と戦うのは不可能だ。
蟻達がくるまでは俺も守りに徹して時間稼ぎしよう。
俺は全力でジャンプしてみた。
おおっと!
五十メートル近く飛んじゃったよ。
俺ってこんなに高く飛べたんだな。
知らなかった……。
俺は今空中にいるが、ゼレは襲ってこないな。
空中戦は苦手と。
俺は空中で体勢を整え少し開けた川辺に着地する。
=====
◆パッシブスキル【跳躍】と【空中姿勢制御】を獲得しました。
=====
お? こんな時にスキル獲得か。
そういえば地中には空が無いから空中で取得できるスキルは何も持ってなかったな。
俺は周囲を警戒した。
どこから襲ってくるか分らないから【硬甲殻】を常時発動だ。
その直後、俺は横からの重い衝撃に弾かれ近くにあった岩に激突。
その岩に大きくひびが入った。
いつの間に姿を消して俺に近づいた!?
俺は確かに視線でゼレを捕らえていたはずなのに、気付いたら見失っていて攻撃を受けていた。
動きが早い。
おおよそ【縮地】レベル八に匹敵するほどの早さだな。
幸い体の表面は【硬甲殻】によって強化されていたため、ダメージはないが、すごい速度で岩に打ち付けられたから内蔵のほうにダメージがきてる。
このまま何度も内蔵に攻撃を受け続ければ、さすがの俺でも五分と持たないな。
仕方が無い、【柔甲殻】を重ねがけする。
肌の表面を硬くする【硬甲殻】に対して【柔甲殻】というスキルは、表面に受けた衝撃を意図した場所へと逃がすことのできるスキルだ。
この二つは重ねがけする事で、ほとんど全ての物理攻撃に対処できる。
俺は【柔甲殻】を重ねがけし、丸い川砂利の広がる開けた場所で防御姿勢のまま待つ。
直後に三度目の攻撃。
ドンッ!! という重い衝撃音とともに俺の足元が円形にへこむ。
ゼレの攻撃の衝撃を足元に逃がす事ができたようだ。
それにしてもすごい衝撃だ。
さすが物理攻撃力三千の化け物。
だが、俺の身体にダメージは無い。
さらに四度目の攻撃。
ズドンッ!! 今度はさっきの倍ほどの威力。
俺の足元が広範囲に陥没し、地面の丸石が細かく砕け散る程の衝撃だった。
よし、防御は成功している。
蟻スキル様様だ。
気を緩める暇も無く、すぐに五度目の攻撃がきた。
ズドンッ!! という轟音と共に足元へ衝撃を逃がした瞬間、俺は手刀を横薙ぎする。
だが手応えがない。
カウンターでゼレにダメージを与えようとしたが躱されたようだ。
強いし隙もない。
それから数分。
攻撃はこない。
逃げたわけないよな。
俺が反撃したから、警戒しているんだろう。
そろそろ蟻君達の到着だ。
俺は周囲を見ると数百の蟻達が森の中から川辺に姿を現し始めた。
俺はこの付近を見渡せる数キロ先の高台を【望遠】スキルを使って見る。
よし、目当ての蟻はちゃんと来てるな。
集まってきた兵隊蟻達にもゼレの姿は見えていないようで、次々に弾き飛ばされ屍をさらしていく。
ヘヴンズアントの兵隊蟻が防御していても一撃か。
だろうな、ゼレの攻撃力はハンパないし。
そろそろ反撃の時間だ。
俺は【望遠】で高台の上にいる特殊なヘヴンズアントを視認、【蟻使役】で使役してから、【視覚共有】というスキルで使役した蟻の視界を共有した。
そして、狙って撃つっ!
そのとき周囲で兵隊蟻を蹂躙していたゼレの姿が見えたと同時に、ゼレの腹部が半透明の体液とともに爆散した。
よし、命中だ!
ゼレの上半身だけが地面に横たわる。
ゼレの透明な体液が飛び散り雨のように降り注ぎ、瀕死のゼレの頭上に小さな虹を掛けた。
虫の息だったゼレは何を思ったのか、舌を虹に伸ばしている。
それからすぐに舌をだらりと地面に横たわらせて息絶えた。
そうか、そういうことか。
さっき滝の近くで奇妙な行動をしていた理由が分った。
ゼレは虹を食べようとしていたんだ。
虹は光が屈折して起きる光学現象だから、実際に食べられるものではないんだけど、そのことを知らなかったんだろう。
ゼレが元いた世界には虹が無いのかもな。
今回は結構危うい状況だった。
まさか存在自体を認識できない魔物とは。
でも、対策はすぐに思いついた。
俺はゼレが持っていたアクティブスキル、【存在認識妨害】というスキル名に注目した。
このスキル名の通りで俺がゼレの存在を認識しようとしても妨害されてしまうんだ。
つまり、ゼレの存在自体が消えているわけではないという事。
それで俺は電波妨害のように妨害できる範囲が決まっていると予想し、その認識妨害の範囲外からならゼレを仕留められると考えた。
それには長距離攻撃をする必要がある。
実は俺のアクティブスキルには長距離攻撃はない。
せいぜい俺ができるのは、五十メートル程離れた相手に術攻撃ができる程度。
何キロも先の敵を正確に攻撃する手段は持っていないんだ。
だから【集合フェロモン】で蟻を呼び寄せた。
ヘヴンズアントの兵隊蟻の中でも、長距離攻撃に特化した手足の長い長弓蟻という蟻を呼び出したんだ。
長弓蟻はその長い脚を弓にして、蟻の幼虫が口から出す糸で作られた弦と矢で、最大攻撃射程が五キロメートルという長距離攻撃に特化した蟻だ。
その長弓蟻は俺が【集合フェロモン】を使用した場所から、数キロメートル離れた見晴らしのいい位置を好んで現れる。
俺はそいつを呼び寄せ【望遠】で姿を確認し【蟻使役】で使役した後、【視覚共有】で蟻の目を借り三キロ先からゼレの姿を見た。
すると俺の予想通りにゼレの姿は丸見えだった。
俺はすぐにゼレに向けて三キロ先から矢を放った。
放たれた矢は長弓蟻の持つアクティブスキル、【無重力の矢】のおかげで山なりではなく銃の弾丸のように直線で飛んでいく。
ゼレの物理防御力が低かったことが幸いし一撃で仕留める事ができたんだ。
俺は念のために周囲を広範囲に索敵し他に魔物がいないか確認したが、ゼレが全部喰ってくれたようでまったくいなかった。
おれは蟻達に現場の後片付けをまかせて旅館に戻る事にした。




