うまいぞぉー!
== 18時9分 ==
俺は旅館のロビーに入るとツクモにさっそく仕事を依頼した。
全館の壊れている物や、壊れかけている物を修復するように頼んだんだ。
一日金貨一枚やると言ったら大喜びで飛び出して行ったな。
今はできるだけ出費を抑えたい時だが仕方が無い。
俺は夕食をもらおうとして調理場に入ると、カエデが料理を作っている所だった。
従業員たちへの賄い料理も毎日カエデが作っている。
何を作らせても旨いので今日も楽しみだ。
「あ、総支配人。お疲れ様です!」
「ご苦労さん。今日の賄いはなんだ?」
「今日の賄いは大陸の料理を作ってみました。ぜひ食べてみて下さい」
俺は厨房の台の上を見ると、そこにはひき肉を捏ねて円形にし両面を焼いた肉料理が載っていた。
それはまさしくハンバーグだった。
肉にはちゃんとソースもかかっており、野菜の付け合わせも俺の知っているハンバーグそのものだった。
「これは、ハンバーグだな」
「この料理名を知っているなんて、さすがは総支配人です」
ん? どうしてこの料理がハンバーグという名前で通っているんだ?
ハンバーグの起源は十八世紀頃のドイツにあるハンブルクという町の名が由来だったはず。
ここは異世界だ。
この世界に同じ名前の都市はないだろう。
ということは地球からの転移者が料理名を伝えたんだろうか。
「この肉料理は大陸のハンバルングという田舎町が発祥だそうです」
そ、そう来たか。
ハンバーグはどの世界でもハンバーグとして周知される運命にあるようだ。
俺は近くに置いてあった箸を使って肉を切りわけ口に運んだ。
……う、うまい。
俺は日本にいた頃は料理にあまり関心はなかった。
母さんが死んでからは親父と一緒に閑静な住宅街の一軒家に住むようになり、親父はいつも研究で忙しく殆ど家に帰ってこないから、毎日の俺の食事はコンビニ弁当を買って食べるか、自分で作るといってもカップラーメンくらいだったからだ。
だからちゃんとした料理に飢えていたのか、カエデの作る賄い料理は心にしみる美味しさのものばかりに感じられ、いままでカエデの料理を米の一粒たりとも残した事が無い。
このハンバーグも俺の知っているハンバーグとはまるで違う。
旨い、とにかく旨い、旨すぎる。
これは食の芸術品と言っても過言ではないだろう。
ほっぺたが落ちるというのも気持ちが分る。
ただの捏ねたひき肉じゃないか、と言う奴がいたら可哀想でならない。
食欲をそそる香ばしく焼けた肉の香りはもちろん、口に入れた瞬間ジュワリと溢れる肉汁と濃厚なデミグラスソースの深い旨味。
それを引き立てているのは、数種類の香辛料が奏でるスパイシーな香りの協奏曲。
その味のオーケストラは肉の後味を最大限に演出し味に奥深さや厚みを加えている。
さらに舌の上の大演奏会のフィナーレを飾るのはタマネギのまろやかな甘みだ。
絶妙なタマネギの甘さが肉全体を指揮していると言っても過言ではない!
俺は感じた事のない美味しさと幸福感の海に溺れてしまった。
これがカエデの調理スキルレベル八の威力か!
俺は気付くとご飯を三杯もおかわりしてハンバーグを完食していた。
「総支配人。お味はいかがでしたか?」
すごく真剣な顔をしてカエデが返事を待っている。
俺も真面目に答えなきゃならんだろう。
「カエデ……」
「は、はい」
「俺のものにならないか?」
「え? それはどういう意味ですか?」
「俺はお前が欲しい。そう言ったんだ」
「え、ええっ!? あたいを欲しいって!?」
「俺にお前の全てを捧げてくれ。俺もお前に全てを捧げる」
「こ、ここ、こんな場所で、け、結婚の申し出ですかっ!?」
「返事は今じゃなくていい」
「は、はい。すみません、あたい、そ、そういう事言われたの始めてで」
「ああ、俺こそ急にすまない」
「いえ、その、嬉しかったです」
「そうか。返事を待ってるよ」
俺は調理場から総支配人室に向かおうとして足を止める。
「あ、それと、ハンバーグ旨かった! 一生カエデの料理が食べられたらどんなに幸せかって本気で思ったよ!」
俺の顔には満面の笑みが浮かぶ。
カエデは顔を真っ赤にしてまた泣いていた。




