いつもの日常と四人の友人達
この次世代ナノマシン論の講師は、世界的なナノマシン研究の第一人者である月海原・大成。
つまり俺の親父だ。
親父はこの高校の正式な教員ではなく臨時講師として週に一度講義をしに来ている。
いくら天才と呼ばれるナノマシン研究者でも、息子の俺からするとただの変わり者の親父だ。
だけど世間一般ではそうじゃないらしく、アイドルでもないのに親父のサインをもらいに来る人が後を絶たない人気ぶりだった。
そのため親父の講義は毎回満員御礼大繁盛だ。
さっき千鳥が話していたアウレナという名称で知られるナノマシンは、すでに俺たちの体内で情報端末として役立っている。
俺たちの意思に呼応し視界の中にタッチパネルのようなボタンが表示され、それを意識するだけで操作でき、クラウドコンピューティングを介した様々なサービスが提供される。
公共サービスや情報検索はもちろん、体調のモニタリングやショッピング。他者とのコミュニケーションやゲームにいたるまで、おおよそ今迄パソコンやスマホができていたことを全て手ぶらで可能にした。
このアウレナが社会に浸透してからは、パソコンや携帯電話を持つ人がいなくなり、財布も必要なくなったからかなり便利になったのは間違いない。
それに加え、アウレナは俺たちが接種した有機物、つまり食べ物から自らの動力を得る事ができ、永続的に稼働し続けることができるのだから驚きだ。
もともと人間の体内には約四十兆もの微生物が住んでいるらしいので、それと似たようなものだろうか。
ちなみに過去のSF小説に出てくるような、ナノマシンによる人体への医療行為や肉体強化などは未だ実現していない。
親父に言わせるとあと百年は実現しないだろうとのことだ。
お? 俺の友人四人が談笑しながら講義室に入ってきたな。
ちなみに俺の友人は今入ってきた四人と千鳥を合わせて五人だけだ。
友人なんて多ければいいってものじゃないだろ?
数ではなく質が大事なんだよ、うん。
お、俺のコミュ力が無いからでは決してないぞ!
千鳥が四人に気付いたようだ。
「おっはよーみんな!」
「おはようございます千鳥ちゃん。由良里君も」
眼鏡をかけていて前髪を眉毛の辺りで切り揃え、腰迄あるストレートロングの女性が軽く手を振っている。
眼鏡の彼女は俺が小学五年の時に千鳥から紹介され、それ以来仲良くしている朝凪・皐月。
皐月の実家は古くから続く弓道場で、小さな時から弓に親しんできた彼女の弓の腕前は、全国大会で優勝する程のレベルだ。
それに加え常にテストの成績は学年トップテンに入るという文武両道の優等生。
ちょっと臆病なところはあるが礼儀正しく誰にでも優しく接する温和な性格。
千鳥とは大の親友だ。
眼鏡をかけているがかなりの美人で、眼鏡美人の称号は彼女の為に存在すると言える。
皐月の隣に立っているのは、長身イケメンの優男、氷輪室・駿。
こいつとは中学から仲良くしている。
テレビに出てくる男性アイドル顔負けにルックスが良いので、昔から女子からの人気が高い。
駿に告白して玉砕していった女子生徒達が何人いたことか。
俺と駿はいつもつるんでいたので、女子の轟沈シーンを幾度となく見せらつけれ、もう数が多すぎて百を超えたあたりで数えるのをやめた。
今もこの講義室に来ている女子高生の何名かの視線は駿に釘付けだ。
しかし、予想を裏切るようだが性格は勉強熱心で誠実。
絵に描いたような真面目君なのだ。
「由良里、千鳥さんのノートを写してるってことは、課題のレポートをまた忘れたのかい?」
「ああ、まあな。お前は終わったのか? 駿」
「僕は課題が出たその日の内に終わらせるから、今まで課題を忘れた事はないよ」
「毎度の事ながらお前は真面目君だね〜」
困った奴だと俺に哀れみの視線を向けて来る駿。
ほっといてくれ。
お前には一生分らんだろう。
異性にモテない男の苦しみが……はぁ。
あ、課題忘れたこととは関係ないか。
そんな駿の肩に腕を回し豪快に笑う男。
こいつも中学から友人の豪田・朧。
決して◯ャイアンの子孫なんかではない。
「まあ、いいじゃねーか。男は勉強より筋肉量だよな? なっ由良里!」
「そうだ。男は勉強より筋肉。強ければそれでいいのだ。強さこそ男の求めるべきものさ!」
千鳥がジト目になり俺の二の腕をプニプニと揉んできた。
「なーにが男は勉強より筋肉よ。それらしきものは何処にも無いじゃないの。ろくに運動もしない奴が言う台詞じゃないわね」
皐月は俺と千鳥のやり取りを見てクスクスと笑っている。
朧の親はボクシングジムを経営していて、朧自身も毎日トレーニングに勤しんでいる生粋の肉体強化系マゾ野郎だ。
性格を一言でいえば善良ないじめっ子?
いや善良ないじめっ子筋肉バカか。
こいつは正義感が強く弱いものいじめは許せない性格で、いじめの現場を目撃したら被害者を助け、尚かついじめが再び行われないように悪者どもを成敗してしまう奴だ。
そういえば中三の夏に伝説になる程の大事件があったな。
朝登校してみると不良グループがボコボコにされたあげく、全裸で正面玄関に吊るされていたのだ。
危うく警察沙汰になりかけたが、不良グループが訴えでなかったらしい。
結局犯人は捕まらずにうやむやになったが、朧が俺と駿にだけ真実を話してくれた。
そのときの朧は笑顔で言った。
「俺がやった」と。
ははは、洒落にならねえ。
そして最後は友人五人目。
この高校に入学してから知り合った娘だ。
彼女は今、何故か俺を背後から抱きしめ鼻をクンクンしている。
「由良里の臭い好き〜」
このとおり彼女はちょっとアレな娘だ。
「烏兎さんや。毎度の事ながら俺の匂いをクンクンするのは止めてくれ。いくら日本に来て間もない外国人でも、危ない娘認定されてお巡りさんに連れていかれるぞ」
彼女の名前は、なんちゃらなんちゃらのなんちゃーら・烏兎。
父親がドイツの貴族らしく名字は覚えられないくらい長い。
母親が日本人とドイツ人のハーフという事で日本語もしっかりと学んでいる。
外見は中学生と言われれば納得するような小柄で、肩まである髪は銀色に近い金髪のくせっ毛。
彼女の性格は出逢って一年と数ヶ月経ったけど、正直よくわからん。
何故か俺は彼女に懐かれてしまい、頻繁に抱きつかれて臭いを嗅がれている。
女子に抱きつかれるのは嬉しい。
ただ、千鳥程のビック胸プリンではないのが非常に惜しい。
もう少しおっぱ、コホンッ、胸プリンがあればさらに良かったのにと思う。
抱きつかれたときとかね。
千鳥は俺に張り付いた烏兎を引きはがし、保母さんのように優しく彼女に言い聞かせる。
俺にはそんなに優しく接してくれた事ないのに。
「烏兎ちゃん。こいつにくっつくとユラリ菌に感染して、可愛い顔がだらしない顔になるから離れたほうがいいわよ」
「何が由良里菌だよ。お前は子供かっ。それに微妙に発音がピロリ菌っぽいからイラっとしたぞ」
俺の突っ込みを聞いた皐月が、またクスクスと笑っている。
その時、俺の親父が講義室に入ってきた。
友人達もそそくさと空いている席に座る。
講義がもうすぐ始まるようだ。
俺は千鳥のレポートを写さないといけない。
これからいつもの平和な日常が続いていく。
そのはずだった。




