お見合い相手が強敵だった件
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地上生活、二百二十一日目。
午前九時五分
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「私の名前はテッカ・ヒラメといいますの。今日は貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございますの。どうぞよろしくお願いしますの!」
座ったまま元気な笑顔で挨拶しお辞儀をしたのは、切り揃えられた前髪で目は隠れているが美人で大人しそうな印象の娘だった。
黄色を基調とした向日葵柄の上品な着物がよく似合う。
俺の左隣には付添人として今日仕事が休みのセルフィナが座り、俺の向かいにはテッカ、テッカの右隣にはクサカベが座っていた。
俺達は今鳳凰の間で座卓を挟んで四人で座っている。
「今日はお会いできて本当に嬉しいの!」
満面の笑みを浮かべるテッカの年齢は十六歳。
ヒラメ家という結構広い領地を持つ大名家の長女だ。
先日ヒラメ家の城代家老であるクサカベが、当主代理であるマロヒコ少年に仮病までさせて彼女とお見合いをするよう頼んできた。
いや正しく言おう。
お見合いをするよう脅された。
もしもお見合いを断ると言うなら、この旅館の料理を食べてから腹痛になったと都中に広めてやると言われたんだ。
俺を脅してきたこいつらを容赦なくぶちのめそうとかと思ったが、一度冷静になりよく考えて思いとどまった。
俺の行動は旅館の評判に直結する。
つまりは妻達や従業員の将来にも影響するんだ。
だから我慢できる事はしなければならない。
それがこの旅館を背負って立つ総支配人である俺の役割だ。
俺はお見合いだけでいいならとしぶしぶ承諾した。
「はっはっは! 姫がこれほどお喜びとは、会話をするまでもなく姫はユラリ殿を大層お気に入りのようで何よりですぞ」
何が「何よりですぞ」だ。
俺を脅して強引にお見合いさせたくせにいい気なもんだ。
今から一週間前。
お見合いを了承してからすぐに腹痛が治ったマロヒコは、ヒラメ家当主代理として参勤を無事に済ませ、クサカベや数人の従者と共に都にあるヒラメ家の大名屋敷に入った。
クサカベ達が仮病を使った真の目的は俺にテッカとお見合いをさせる事だったようだ。
詳しく話を聞くと、ヒラメ家当主と次期当主だった長男は先の反乱軍との戦で戦死してしまったらしい。
だから長女のテッカ姫に婿をとり、早急に新たな当主として領地を治めてもらう必要があった。
マロヒコに継がせればいいじゃないかと言ってみたが、そうもいかない事情があると言われた。
十三歳で成人したばかりのマロヒコには、すでに他の大名家の娘と婚約が成立しており婿養子に行く事が決まっていたため、取り消す事が許されないと言っていた。
女性が七割を占めるこの世界では男性の跡取りは貴重な存在だ。
どこの家も男の跡取りを欲しがっている。
それにヒラメ家よりも家格の高い大名家へ婿養子するという事もあり、今更取り消せないというのだ。
マロヒコは十三歳になったばかりで当主としては未熟なので、城代家老のクサカベがヒラメ家の実務を取り仕切っている。
だから長女であるテッカになるべく早く婿養子を迎えたい気持ちも分る。
しかし俺は大名なんて面倒な事はやりたくない。
だからお見合いはしてやってもいいが結婚は断るつもりだ。
その事はセルフィナにも話してある。
俺は念話でセルフィナだけに話しかけた。
『すまないなセルフィナ。せっかく仕事が休みなのにこんな茶番に付き合わせてしまって』
『わたくしはユラリ様のお役に立てる事でしたら何でも喜んで行いますよ。それにしても本当に断るおつもりなのですか?』
『え? そうだけど。何か気になる事でもあるのか?』
『ヒラメ家と言えば日ノ光国東部でも広大な領地を持っている有数の大名家です。もしユラリ様がテッカ様の夫になられたら一生生活には困る事はありませんよ』
『それはわかってる。でもその代わりに面倒な仕事が増えるのは嫌なんだよ。俺は地位や金よりも楽して暮らしたいからさ』
『ふふふ。ユラリ様らしいですね』
「それでは後は若いお二人にお任せしますかな」
というお約束な発言をする笑顔のクサカベ。
俺とテッカを二人だけにしようとしているようだ。
セルフィナも俺達と変わらないくらい若いんだけど、まあいいか。
セルフィナとクサカベは鳳凰の間を出て行き、俺とテッカとの二人だけになった。
しばしの沈黙。
一応お見合いなんだから趣味ぐらい聞いておくか。
「テッカ姫。ご趣味はございますか?」
テッカは無邪気に微笑む。
「普段の話し方でいいの、お兄ちゃん!」
「お、お兄ちゃん?」
初対面でいきなりお兄ちゃん呼ばわりとは驚いた。
いや、初対面じゃないのか?
「やはりテッカの事を忘れてしまっているの」
テッカとは昔に会った事があるのか。
でも何処で?
覚えてないから正直に聞いてみよう。
「すまない。いつ知り合ったのか覚えてないんだ」
「お兄ちゃんは仕方が無い人ですの。でもそんな忘れっぽい所もワイルドで素敵なの!」
テッカは俺と初めて出逢った時の事を話してくれた。
今から約八年前の夏。
テッカがまだ八歳でマロヒコが五歳だった頃。
実力のある者が当主に選ばれるヒラメ家では、長男と次男が家督争いの真っ最中だった。
長男と次男のどちらが家を継ぐかで領地を二分する内戦にまで発展。
当時小さかった長女のテッカと三男のマロヒコもそれに巻き込まれた。
テッカとマロヒコを攫って人質にとる事で長男陣営を脅し、家督争いで優位に立とうと目論んだ次男は、街道を進む二人の乗る馬車を襲撃。
二人を護衛していた長男の陣営に属する侍達と、襲撃してきた次男の陣営の侍達はその場で小規模な戦いを繰り広げる。
それに巻き込まれた二人はなんとかそこから逃げ出し、街道から外れた先にあった洞窟へと逃げ込むが、次男陣営の侍達が二人を捕らえようと洞窟まで追いかけてきた。
その時に突如地中から現れた一匹の巨大団子虫が、次男陣営の侍達を蹴散らしたらしい。
しかし今度はテッカとマロヒコがその団子虫に襲われ、あわや喰われそうになったところに俺が現れ団子虫を一撃で仕留めた。
あ〜、言われてみればそんな事あったな。
俺は巨大団子虫の最後の生き残りを仕留めるために、一度地上に近い洞窟の中に出た事があったっけ。
あの時は思った以上に団子虫が素早くて仕留めるのに苦労した。
団子虫を仕留めた場所の近くにひ弱な生物の気配を二つ感じたけど、害はないと思ってすぐに地中に戻ったからその気配が何なのかはわからなかった。
そういえば地中に戻る時に子供の声が聞こえたような気がしたけど、空耳だと思って無視した覚えがある。
その時の気配というのがテッカとマロヒコだったのか。
「あの時テッカはお兄ちゃんに助けてくれたお礼を言ったけど、お兄ちゃんはすぐに地面に潜ってしまったの。それ以来テッカはお兄ちゃんを探し続けて、つい先日ようやく見つける事ができたの」
「どうして俺を探し続けたんだ?」
「だってあのときのお兄ちゃん格好良かったの! 一目惚れなの!」
テッカは顔を赤くして俯いてしまった。
「あのときの言葉をもう一度伝えたいの。テッカとマロヒコを助けてくれてありがとうですの!」
そういう事か。
マロヒコの名前を聞いた時に聞き覚えがあったんだ。
今迄忘れていたけど、あの洞窟で聞いたお礼の言葉にマロヒコの名前が入っていたから聞き覚えがあったんだな。
「テッカはお兄ちゃんに釣り合う女になるために今迄ずっと辛い花嫁修業をしてきましたの、お兄ちゃんとの愛の未来予想図も何千枚と書き綴ってきましたの、お兄ちゃんと結ばれる為に今迄申し込まれたお見合いを全て断ってきましたの、お兄ちゃんの強さに近づく為に魔物を一撃で倒せる程に戦闘訓練もしてきましたの、家事から夜伽の作法まで寝る間を惜しんで完璧に習得しましたの、それからそれから……」
テッカは三十分程にわたり今迄俺と結ばれる為に積み重ねて来た努力を延々と語り続け、途中俺との夫婦生活を妄想し始めたあたりで興奮したらしく、鼻血が垂れるという一幕もあった。
つまりテッカは俺に命を救われた事がきっかけで、俺に対する異常な愛着を抱いてしまい、生活の全てが俺に相応しい女になる為の努力に費やしてきたという事らしい。
一言で言うならヤンデレキャラだ。
俺を愛するあまり包丁をもって殺しにこない事を願おう。
再び俺との妄想夫婦生活を語り出そうとしたので、その前に話を切った。
「悪いけどお前と結婚する気はないんだ」
「恥ずかしがらなくていいんですの。お兄ちゃんがテッカを愛しているのは知っているんですの。テッカもお兄ちゃんを愛しているので何も問題ないですの」
今日初めて会話らしい会話をしたというのに、テッカの頭の中ではすでに俺達は愛し合っている事になっていた。
テッカのヤンデレ指数はかなり高めだな。
これはうまく断らないと後々厄介な事になりそうだ。
しかしこういうヤンデレタイプの娘を説得するのは至難の技。
俺も本気で受け答えをしなければいけないだろう。
多少大げさに言い訳をして諦めてもらうしかないな。
ラウンドワン、ファイト!
「俺は既に五人も妻がいる女たらしだ。というかお前の身体をもて遊ぶだけ遊んで飽きたら捨てるぞ」
「何人妻がいようともテッカは気にしないですの。それにテッカの身体に飽きても心と心が強い絆で結ばれていれば愛は永遠ですの」
責任感の無い駄目な女たらし男作戦効果無しと。
ラウンドツー、ファイト!
「実は俺、暗い部屋で一人になって膝を抱えてぶつぶつ独り言を言うのが好きなんだ。あまり人とは関わりたくないし明るい場所も怖いんだ」
「それならずっと一人で部屋に籠っていてもいいですの。テッカはスキルや道具を駆使してお兄ちゃんの行動を逐一観察できますの」
孤独で根暗男作戦でもびくともしないっと。
ラウンドスリー、ファイト!
「じ、実は俺異者なんだ。さらに言うと人じゃない。魔物なんだけどいいのか?」
「愛の前では全ての事が些細な事ですの。たとえお兄ちゃんの正体が魔物だろうと虫だろうと細菌だろうとテッカのお兄ちゃんへの愛は変わりませんの!」
そもそも人じゃない作戦も全く効果なし。
くっ……なんという強敵だ。
こうなったらテッカを少し傷つけるかもしれない作戦しかない。
ファイナルラウンド、ファイト!
「俺さ、お前みたいな娘は嫌なんだ」
「え……」
お? これは手応えがあったぞ。
もしかしたら俺を諦めてくれるかも。
「嫌よ嫌よも好きのうちと言うの。つまりはお兄ちゃんはテッカの事を大好きすぎて嫌になったに違いないの! 嬉しいの! あ、また鼻血が……」
何を言っても無駄だった……。
俺も遂に敗北か。
い、いや、まだだ!
まだ諦めるな!
最後の手段だ。
無理難題で諦めさせるしか方法は無い。
「お前の俺に対する深い愛はよく分かった」
「当然ですの。お兄ちゃんの全てを愛して愛して愛し尽くしますの!」
「じゃあ俺の妻になるのには条件がある」
「なんですの? なんでもやりますの」
「俺に一撃浴びせる事ができたら俺の妻に向かえてやるよ」
「そんなの簡単ですの!」
そう言ったテッカは微笑んだまま懐から包丁を取り出し、俺に襲いかかってきた。
やっぱり武器は包丁なのねっ!?




